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銀の軌跡  作者: sanstar
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79 黒檻の回収

「結局、体には傷一つつけられなかったか」


シュバルツは、目の前で倒れている《金剛獅子(レイガスト)》を前に呟いた。


シュバルツの攻撃はレイガストの防御力を上回ることはできなかったため、レイガストには外傷はない。


しかし、シュバルツが繰り返し攻撃することで蓄積したダメージは徐々にレイガストの肉体を蝕み、最後には意識を奪うことができた。


「さて・・・」


レイガストから視線を外したシュバルツは、何かを探すように周囲を見回した。キョロキョロと視線を動かしていたシュバルツであったが、少しして対象を見つけたのか目線を固定すると、目標に向かって歩き出す。


シュバルツの歩く先には、人が複数人は隠れることができる岩があった。そして、あと数歩歩けば到着ということころまで来るとシュバルツは立ち止まる。


ズガンッ!!!


大きな音とともにシュバルツの目の前の岩が粉々に砕け散る。


「これはこれは。王国軍じゃないか。偶然だな。散歩か?」


「シュバルツ・スタイリッシュ!! な、何のつもりだ!?」


岩の後ろには、獅子王族を監視していたクリスティア王国軍の第4小隊が隠れていた。小隊長のロール少尉は、いきなり攻撃してきたシュバルツを責めるように問い詰める。


「気を悪くしたのなら謝罪しよう。だが、わざとじゃない。あんたらが隠れているなんて知らなかったんだ」


シュバルツが大袈裟な動作とともに答える。先ほどのシュバルツの動きを考えれば、王国軍の存在を認識していない可能性がないことは明らかだったが、悪びれる様子はない。ロール少尉にもそれはわかっていたが、シュバルツの攻撃が故意だという証拠はない。また、Sランクのハンターが相手では武力行使に出ることもできない。


結果として、ロール少尉にできるのはシュバルツを悔しそうに見上げることだった。


「いや、ほんとに悪かったよ。あんたの部隊の隊員も気絶してしまったみたいだし」


「は?」


ロール少尉が慌てて後ろを振り向くと、第4小隊の隊員が白目を剥いて気絶していた。見える範囲では怪我している部分はないものの、よほど上手くやられたのか、全く覚醒しそうな気配がない。先ほどまでシュバルツと獅子王族の戦闘を監視していたのに、いきなりシュバルツと単独で対面することになってしまったロール少尉は動揺する。


しかし、腐っても王国軍の小隊を率いる長である。ロール少尉は、すぐに立ち直ると現状を報告するために連絡石を手に取る。


しかし、実際にロール少尉が手に取ったのは、今にもバラバラに砕け散ろうとしている連絡石であった物だった。


「あぁ!!!??!?」


ロール少尉が、先ほどとは比べものにならないほどに悲壮な声で叫び、狼狽える。


「れ、連絡石が!!? 司令部、応答してください。司令部!!」


「いや、試さなくてもわかるだろ。それはもう使えない」


「そんな!! 私は一体どうすれば・・・」


兵士は作戦目標を達成するために個人の判断ではなく、組織の指示に従って行動する。作戦が始まる前に全てを予測することはできないが、想定される事象を洗い出したうえで、作戦目標に照らした対応を決めておくことで柔軟に対応できる。


実際、獅子王族の登場というイレギュラー自体は、作戦開始後に王国軍では対応不可能な第三者が介入するというシナリオが設定されていた。しかし、そのうえで強大な第三者をハンターが倒したうえで接触してくるシナリオまでは検討されていなかった。そもそも連絡石さえ壊れていなければ、司令部からの指示を仰いで対応できた。


作戦開始前は想定されていなかったイレギュラーに対して、全て自分の責任で対応しなければいけない状況にロール少尉は頭を抱えた。


「ったく、柔軟性がない奴だな。上ばっかり見てるからそうなるんだ」


「う、うるさい!! 元はと言えば、お前が!!!」


「俺が何だ。証拠はあるのか?」


「ぐっ・・・!!」


「まぁ、仲違いしても仕方ないだろ。この近くには、俺とお前しかいないんだ。建設的な話をしよう。あんたらの目的はわかってる。亜人を生け捕りにするんだろ? あいつは捕まえないでいいのか?」


シュバルツが少し離れたところで倒れている獅子王族を指差した。


「い、生きているのか?」


「生きているどころか、外側は無傷だ。もちろん気を失っている今ならどうにでもなるが・・・いいのか?」


「ま、待て! 少し考えさせろ」


「考えるまでもない。獅子王族だぞ? 奴を捕まえることができれば、クリスティア王国が獅子王族へのトラウマを払拭する大きな一歩になる。間違いなく、今回の作戦の一番の功績になるだろう。手柄は欲しくないのか?」


「手柄・・・一番・・・よし、やろう!」


ロール少尉の行動原理はシンプルである。偉くなりたい。その気持ちだけが、彼をつき動かしていた。


ロール少尉がレイガストに近づいていく。そして、ある程度近づいたところで、レイガストに《黒檻》を投げた。


《黒檻》は、グニャグニャと蠢きながら宙を飛び、レイガストの頭上に到達したところで檻の形へと変わった。


ガンッ!!


《黒檻》がレイガストを収容する。


その檻には、一度閉じ込められると二度と出られないと思わせる凄みがあった。あらゆる光を吸い込んでしまうように黒く、一流の職人が作ったような表面の滑らかさからは気品すら感じられる。外見の美しさと与えられた役割のアンバランスさが禍々しさを放つ。


雰囲気にあてられたのか、自身の将来の評価を想像したのか、ロール少尉は恍惚とした表情で《黒檻》を見つめていた。


「ふふ・・・やったぞ。これで俺は」


「ところで、聞きたいことがあるんだが」


ロール少尉が1人余韻に浸っているところをぶったぎって、シュバルツが話しかける。


「な、なんだ・・・まだ何かあるのか?」


「本題はここからだ。あんたらが亜人を生け捕りにしたいのはわかった。だが、ここは第二層だ。どうやって彼らを()()()()つもりだ」


「軍事機密だ」


「そりゃそうか。野暮なこと聞いて悪かったな。コミュニケーションの一環として聞いてみたんだが、自分の口から言えるわけないよな。じゃあ、当ててやろう。それ飛ぶだろ?」


ロール少尉の顔が一瞬だが引き攣る。それを見たシュバルツは、確信を深めたように笑うと、畳みかけるように言葉を繋ぐ。


「わかるさ。こんな所にデカい檻作って捕まえたって研究なんか出来やしない。それに、アンタらの戦闘力じゃ、亜人との長期戦はできない。実力では負けてるんだからな。となれば、あと考えられるのは道具頼りの速攻しかない」


「ぐ・・・目的はなんなんだ」


ロール少尉はシュバルツの予測を否定も肯定もしないものの、(実質的には肯定の流れで)質問する。本作戦において、王国軍とハンターの間には積極的な協力関係はない。ハンター達には一切情報を共有していないにも関わらず、亜人同士の戦闘に介入し、作戦目標に含まれる亜人達のエース級をサポートしたかと思えば、戦闘が終われば王国軍への便宜をはかるように獅子王族の捕獲に協力してきた。


狙いが見えない。不気味ですらある。


「警戒しないでくれ。獅子王族の捕縛には関わったんだ。最後までフォローさせてもらうだけだ。まず、繰り返しになるが、奴は気絶してるだけだ。よって、いつ覚醒するかはわからん。あの檻は獅子王族を抑えられるのか?」


「・・・」


「どっちだ? 知らないから答えられないのか、言いたくないのか」


「き、機密情報だ」


「そうか。じゃあ、あとは好きにしろ。自分で判断するんだな」


「待て、待ってくれ! 少し考える時間をくれ」


突き放すように言うシュバルツに、ロール少尉は懇願する。


作戦に関する情報なのだから、言うべきではない。だが、ここでロール少尉が判断ミスをして、獅子王族を逃してしまったらどうなるか。


まず、考えられるのは獅子王族が再度作戦に介入してくることで作戦が失敗する可能性がある。さらに、作戦自体は想定通りに進んだとしても、獅子王族の捕獲に失敗したことの責任を問われる可能性がある。獅子王族はクリスティア王国にとっては特別な亜人であり、象徴的な存在である。


派閥のボスであるザムザ大将は結果を重んじる。ロール少尉が適切な判断をしたとしても、結果が伴わなければ、心証を著しく損ねるリスクが高い。一方、この場にいるのはシュバルツとロールのみである。ロールが多少の情報を共有したとしても、シュバルツが王国軍に対して、その事実を共有するとは思えない。


わずかな時間の間にロールの頭の中で様々な可能性に対するシミュレーションが行われる。


「わかった。言う! だが、くれぐれもこの事は・・・」


「わかってる。アンタと俺だけの話ってことだろ。それでいい。改めて聞くぞ。あの檻は獅子王族を抑えられるのか」


「結論としてはわからない。事前の調査では獅子王族の存在は確認していなかったので、作戦の想定には明示的には含まれていない」


「じゃあ、()()()()ではどうだ? 檻から出た獅子王族に対応できるか?」


「おそらく問題ない。複数のSランクハンターに協力要請が出ている」


「アンタらはいつもそうだな。自分達の近くだけは手厚くして・・・まぁ、今はいい。グダグダと勿体ぶるわりにはシンプルじゃないか。すぐに飛ばせばいい」


「それは・・・」


「できないのか?」


「いや、できることはできるが・・・」


「煮え切らないな。さっさと全部話せ。俺が判断してやる」


「《黒檻》の回収を起動できる権限は小隊長以上が保有している。だが、発動には司令部の事前確認が必要だ」


「アンタが指示を出したら、他の部隊の檻も飛ばせるのか?」


「いや、他の小隊は無理だ。回収の指示は小隊単位で一度きりで、自分の小隊の檻以外は動かせない」


「じゃあ、アンタが行動不能になったらどうするんだ」


「司令部が回収する」


「まとめるとこういうことか? 回収自体はできるが、本来必要な司令部への確認をスキップしないといけないのが気になると」


ヒアリングを終えたシュバルツは、額に手を当て、ため息をついた。


「連絡が取れないんだから省略するしかないというのが俺の結論だ。それが嫌ならさっさとこの場を離れろ」


シュバルツは言いたいことを伝えると、口を閉じ、ロールをジッと見つめた。それは、ロールの答えを待つようでいて、実際は違うことを考えていた。


(王国軍の作戦の全体像は大体把握できたな。《黒檻》の機能は捕獲と回収に特化しているようだし、回収さえ阻止できれば問題ない。欲を言えば、実際に回収するところを見てみたいが・・・)


一方、ロールはシュバルツの言葉を素直に受け止め、必死で結論を出そうとしていた。


(どうする。なんとかして司令部の指示を仰ぎたいが・・・あぁ、ダメだ。時間がない。できないことを考えても仕方ない。獅子王族だぞ。最大の脅威だ。それに我が小隊はこのままでは成果なしだ。小隊は壊滅してるし、既に作戦は開始している。今更向かっても大したことはできない・・・)


「今から回収を始める」


「いい判断だ。じゃあ、俺は他の獅子王族がいないかを探しに行く。あとは任せる」


シュバルツが背を向け、はぐれ者の集落へ歩き出そうとすると、ロールは慌てて声をかける。


「ま、待て! 勝手なことをされては困る!!」


「俺はずっと勝手に動いてる。今回のことも必要だと思ったからやっただけだ。わかったら自分の仕事をしろ」


シュバルツの返事を聞いたロールは、尚も引き止めようとするが、シュバルツは今度こそ振り返らずに歩き続ける。


シュバルツは意地悪な笑みを浮かべていた。明らかに何かを企んでいる顔で、ロールが一目見れば、《黒檻》の回収を考え直すであろう表情だったが、当然ながら気づくことはない。


(目的は達成した。あとは、この情報を何とかしてノイエに・・・)


シュバルツの後ろで《黒檻》の回収が発動する音が聞こえる。


こうして、獅子王族の乱入に伴う一連の問題は解決し、次の舞台は集落の中心へと移る。

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