77 ノイエVSレイガスト
はぐれ者の集落近郊。
全身の毛を逆立たせて殺気立つ兎人族の男と、凶暴な笑みを浮かべる獅子王族の男が向き合っている。
「何がおかしい?」
ノイエは普段の軽い雰囲気が嘘のように苛立ちを隠さない。
「わからないのか? 無様に逃げたとはいえ、一度拳を交わした仲だろう」
「俺達に何をしたか忘れたのか!? エレナを・・・里のみんなを皆殺しにしておいて!!?」
「強者との闘い以外は全て些事だ」
「貴様ぁぁあああああああああ!!」
獅子王族は強さこそが絶対の価値基準。強者との闘争以外に関心を示さないレイガストに激昂したノイエは、足元で空気を爆発させることで推進力を生み出し、レイガストに突進する。
「そうでなくては! さぁ、来い! 《銀旋風》!!」
ノイエは膝から下を覆う銀色の靴によって圧縮した空気を噴出することで、さらにスピードを引き上げるとともに、全身に暴風の鎧を纏う。
「《風兎突旋風》!!」
「《獅子王石鉄功》!!」
レイガストは、魔力で自身の皮膚を硬化させるだけで、超高速で向かってくるノイエを避ける素振りは一切見せない。
両者の距離はグングンと縮まり、あと数瞬で衝突というタイミングでノイエが微妙に軌道をずらす。レイガストが前に掲げた右手を擦るように交差して上空へと移動したノイエは、レイガストを見下ろす位置で静止した。
「逃げたな?」
「・・・」
「反撃を恐れるような中途半端な攻撃では、俺を傷つけることはできない。これでは数年前の繰り返しだ。そうだろう?」
レイガストの言葉に、ノイエは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「こんなものじゃないだろう。俺から金剛を引き出してみろ」
「獅子王族最硬の《金剛獅子》・・・俺はお前が憎い。だが、最も許せないのは自分自身だ。獣人族最弱の兎人族にあって、獣人族最強級の戦士。くだらない評判に良い気になって集落に災厄を招き、あげく、その相手には傷一つつけられずにのうのうの生きている。そんな自分が許せない」
「ならば来い!!」
レイガストは、ノイエを煽るように両腕を大きく広げた。
「言われずとも・・・!!」
ノイエの言葉に合わせ、レイガストの足下から竜巻が発生する。ノイエが生み出す人工の風は、本来であれば、王国軍はおろか、一線級のハンターすら完封し得るポテンシャルを秘めている。しかし、レイガストは獰猛な笑みを浮かべるだけで微動だにしない。
「まだだ!!」
ノイエが両手を横に突き出すと、異なる方向に回転する2つの竜巻が現れる。ノイエの左右に大きく伸びる竜巻は、ノイエから離れるほどに速く太く、規模を増していく。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
ノイエの叫びに呼応するように、2本の巨大な竜巻が規模を維持しながら軌道を変える。
向かう先は金剛の獅子。
目標に近づくにつれ、太く大きな竜巻は細く小さな竜巻へと収束していく。ノイエは、威力を極限まで高めた竜巻を神業とも言える精度でコントロールし、レイガストを中心に交差させた。
「《風兎三旋風》!!」
レイガストを中心にして、3つの異なる方向に回転する竜巻が交差する。しかし、レイガストの身体は揺らがない。
「魔力を込めた皮膚は鋼鉄となり、無敵の防御を得る。そしてっ!」
「っっ!?」
レイガストが凶暴な笑みとともに、右腕を無造作に地面に叩きつける。レイガストの拳が地面と接触した瞬間、地面が爆発し、その衝撃によってノイエの竜巻まで吹き飛ばした。
「無敵の防御を攻撃に転じれば、全てを破壊する武器となる。最硬こそが最強」
「・・・いいだろう。とっておきを見せてやる」
(時間をかけるわけにはいかない・・・出し惜しみはなしだ)
ノイエが右の手のひらを上に向けると、手のひらの少し上の空間に穴が空いたかのように、あらゆる方向から風が吹き込み始める。
吹き込んだ風はノイエの魔力により、1点に留めおかれ、拳ぐらいの大きさの球となるが、時間が経過しても球の大きさは変わらず、どんどん凝縮されていく。
「素晴らしい! いいじゃないか!!」
ノイエの手元を見たレイガストは、心の底から嬉しそうに言う。
「前回もそうだったが、俺達は相性が悪すぎる。貴様の攻撃は俺には通らんし、俺の攻撃はお前に当たらん」
もちろんやり方はあるが・・・とレイガストはつけ加えつつ、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
レイガストは獅子王族の中でも最も防御に秀でた戦士であり、近接戦闘を好む。一方、ノイエは風を操ることであらゆる距離の戦闘に対応するが、同格の戦士と比べると絶対的な攻撃力は見劣りしていた。
「あの日のことを覚えているか? 俺にかすり傷すらつけられず、逃げるしかなくなった貴様の絶望した顔を」
「当然だ。だが、あの日とは違う。貴様とのくだらない因縁もここまでだ」
「そのようだな。それは中々だ」
レイガストと言葉を交わす間にも、ノイエは魔力球の密度を高め続ける。魔力球の内側は荒れ狂うような暴風に支配されており、異様な存在感を放っている。
「俺には護るべき人達がいる。2度と貴様に奪わせはしない」
「やってみろ。貴様の全力を受け止めてやる!!」
「いい度胸だ。レイガスト。死ねぇぇぇええええええ!!」
ノイエは右手を前に突き出し、力を溜め続けた魔力球をレイガスト目がけて打ち出した。瞬時に超高速まで加速した魔力球はレイガストとの距離を一瞬でゼロにした。
「《風兎王球》!!」
「《獅子王鋼鉄功》!!」
ドゴオオオオオオン!!
(やったか!?)
一歩も動かずに攻撃を受けたレイガストが吹き飛ばされる。高速で地面にぶつかり、砂埃を巻き上げながら数十メートル先で停止したレイガストをノイエは固唾を飲んで見つめた。
しかし、数秒後、砂埃が晴れた後には何でもないように立ち上がるレイガストがいた。
「クソッタレが・・・」
レイガストの様子を見たノイエの顔が絶望に染まろうとした瞬間
「ゴホッ・・・」
レイガストが咳き込みながら吐血する。それは大した量ではなく、レイガストの口の周りを少し汚しただけであったが、その血が獅子王族最硬の戦士のものであることを踏まえれば、大きな戦果だった。
レイガストは、手のひらで血を拭い、ジッと見つめる。
「フフ・・・」
「?」
「ハハハ! フハハハハハハハッッッ!!!」
レイガストが心底嬉しそうに笑う。
「数年ぶりだ。俺の鋼鉄を貫ける強敵と見えたのは」
「この戦鬪狂め」
「闘争によって自らを高めることは、獅子王族の人生だ」
「くだらない。そんなものに他人を巻き込むな!」
「ならば俺を倒してみせろ。もう一度だ。今度は俺の金剛を貫いてみせろ」
「いいだろう。何度でもやってやる」
ノイエが再び《風兎王球》を放つべく準備を始める。レイガストは、先ほど自身に傷を負わせた攻撃の準備が進む様子を妨害するどころか、待ちきれない贈り物を見るような視線を向ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「いいぞ! もっとだ!!」
(奴の防御には、まだ上がある。さっきと同じ攻撃じゃ防がれる。だから・・・)
暴風を閉じ込める魔力の球がノイエの思考を反映し、槍へと形を変えていく。
それは《風兎王球》のコンセプトから逸脱する試みであった。荒れ狂う暴風を抑え込み、極限まで収束しながら形を維持するには球の状態が適している。
愛した人の仇であり、護りたい人たちの助けに向かう前にそびえ立つ壁であるレイガストを打ち倒すというノイエの強い意思が魔力制御に関する矛盾を踏み倒し、凶々しい迫力を放つ風の槍を生み出した。
「素晴らしい!! そろそろだろう? いつでも来い!!」
「避けんなよ?」
「無論!!」
ノイエは、右手に持った風の槍ごと大きく振りかぶり、レイガストに振り抜いた。
「《風兎王撃槍》!!」
「《獅子王金剛功》!!」
ノイエの手を離れた風の槍は、内に秘めた威力に反し、周囲の空気を一切揺らすことなく、レイガストに一直線に向かう。
そして、レイガストは宣言通り、回避行動を取ることなく、右手を前に突き出した。
接触の瞬間、風の槍に詰め込まれていた暴風が解放され、レイガストを中心に爆風が吹き荒れる。
「クソッ・・・」
目の前の光景にノイエが悪態をつく。レイガストは健在だった。ノイエの渾身の風の槍を真正面から受け止め、無傷のままであるばかりか微動だにしなかった。
「もし、鋼鉄のままであれば、俺を貫いていただろう。素晴らしいぞ! 次はどうする!?」
「ぐっ・・・」
レイガストの問いかけにノイエが怯む。
「この数年磨き上げてきたはずだ。これで終わりということはないだろう?」
「・・・当然だ」
ノイエの返答に合わせて、ノイエの武装である銀の魔法靴が風に包まれる。
アエリス・シルヴァには、2つの能力がある。1つは武装の主要構成物質である魔銀の特性により、魔力のコントロールがサポートされる。もう1つは、それぞれの靴に嵌め込まれた大きな緑の魔法石に魔力を蓄積し、任意のタイミングで解放できることだった。
いずれもシンプルな効果ではあるが、ノイエの風を操る力は既に非常に高い水準にあることから、武器の力で増幅するだけで脅威となる。
それが普通の相手であれば。
「いいぞ。先ほどよりも期待できそうだ。だが、俺に近づいてもいいのか?」
「貴様を倒せば問題ない」
アエリス・シルヴァはノイエの素の能力では取り扱えない強度の風を操ることができるようになる一方、限界を超えて出力を上げる場合には近接戦闘をせざるを得ないという課題がある。
通常であれば、高出力の風を安定的に操るといった使い方も可能であるが、今回は獅子王族が相手であるため、可能な限り威力を引き上げる必要がある。
(もう本当に時間がない。奴を集落に近づけるわけにはいかないんだ)
先ほどレイガストにも看破された通り、ノイエは賭けに出ようとしていた。すなわち、自身と武装の限界まで高めた魔力をもって発生させた暴風を両足に纏い、レイガストに直接ぶつけることで、獅子の金剛を貫く。
賭けに勝ち、ある程度のダメージを与えられるのであれば、ノイエはレイガストを上回る機動力を活かしたヒットアンドアウェイでレイガストを一方的に攻撃できる。逆に、レイガストに攻撃が通らない場合、ノイエに打ち手はなくなるうえに、もし、レイガストに捕まってしまった場合、待つのは死である。
(無茶は承知。ここで乗り越える!)
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ノイエの叫びに合わせて、ノイエを覆う風の勢いが爆発的に強くなる。さらに、それに呼応するようにアエリス・シルヴァの魔法石も激しい光を放つ。
「レイガスト!!」
「いい。いいぞ、いいぞ! さっきよりも良い!! さぁ、来い!! 俺の金剛を貫いてみろ!!!」
レイガストの興奮が最高潮に達する。
ノイエが自身の限界を超えてつぎ込んだ魔力による風は、ついに管理できるキャパシティを超え、ノイエの周囲まで巻き込む暴風が発生し始める。
レイガストとノイエの周りには、近づくものを無差別に吹き飛ばしてしまう風の結界が発生していた。王国軍や並のハンターでは立っていることすらできない。
そんな人工の闘技場に、1人の男が乗り込んだ。
その男は、吹き荒れる風に体のバランスを崩されることなく、真っ直ぐとした足取りでノイエ達に近づいていく。
まるで見えない壁に遮られているかのように髪の毛すら揺らさずに歩く男、Sランクハンターにして鬼を宿す人間であるシュバルツが、ノイエとレイガストの戦いに乱入する。
「そこまでだ。選手交代といこう」




