6 任務受領
シュバルツは、ハンター協会会長からの呼び出しを受けて、ランクSの任務を受領するためにハンター協会を訪れた。
人間と魔物の両方が生存圏を奪い合うバロック大陸のグレイスという町に、ハンター協会は存在していた。
バロック大陸では、いかに魔物から身を守るかが重要になるが、グレイスにはハンター協会があるため、バロック大陸でも1,2を争う安全な街であり、それ故に非常に栄えている。
「さて、久しぶりのグレイスだな。ちょっとゆっくりしていきたいところだが、とりあえず、ガイアのジジイのところに向かうか」
シュバルツの周りには誰もいないため、周囲から見れば、独り言を言っているだけに見える。ただ、実際はシュバルツの頭の中では声が響いていた。
(まぁ、それがマトモな判断だな)
「マトモ? 鬼のお前がマトモを語るのか。そいつは傑作だな」
(目覚めてからそれなりの時間が経つ。我も色々と見てきた)
声の主はシュバルツの中で目覚めた鬼である。
「流石の光鬼様ということか」
(今日は皮肉が多いな。何か嫌なことでもあったか?)
「俺の中にいるんだから、大体わかってるだろう?」
2人(周りから見ると1人だが)が歩いていると、目の前に大きな建物が近づいてくる。
ハンター協会は、魔物から国民を守るために、ハンターを管理・運用していく役割を持つ。具体的には、ランク制度の運用や、ハンターへの依頼の受付・斡旋、ハンターの育成などを行っている。
(あの爺さんに会うのも久しぶりだな)
「ん? あぁ、そうだな」
(一応、親代わりなんだろう? もう少し顔を出してやれば良いではないか)
「鬼とは思えない発言だな。あのジジイがそんなんで喜ぶようなタマか。まぁ、リアとシルバーには会いたいだろうが」
シュバルツは、光鬼と話しながらハンター協会に入る。入ってすぐの部屋は広めの空間となっており、壁には各種案内、ハンターへの依頼、ハンターの募集案内などが貼られている。部屋には机がいくつか並んでおり、談笑している者、真剣に打ち合わせをしている者など、さまざまである。
シュバルツは、入り口とは反対の位置にある受付に向かう。
(しかし、いつ見ても大層な場所だな。魔物と戦うのにこんな場所が必要か?)
「鬼様とは出来が違うんだよ人間は」
周りに人がいるため、シュバルツは変に思われないようにできる限り小さな声で話す。必要ならば声を出さない念話も可能だが、シュバルツ自身があまり好きではないため、使用されることは少ない。
(まぁ、別になんでもいいんだが。理解はできん)
「鬼の理解なんぞ必要ない」
(違いない)
ダラダラと話しながら歩き、受付に近づく。受付には女性が2人座っており、シュバルツが近づいてきたことに気づき、1人は立ち上がってお辞儀をした。
「やぁ、メアリー。調子はどうだ?」
「おはようございます。シュバルツ様。もちろん、万全です。体調管理も仕事の一部ですから。って、ちょっとエミリー! 何をボケっと座ってるの!?」
「え、メアリーさん、急にどうしたんですか? さっきまで、現役ハンターで結婚するなら誰がいいか話してたのに」
「ば、馬鹿なこと言わない! Sランクハンターのシュバルツ・スタイリッシュ様よ。挨拶して」
「え!? 大変失礼しました! 私、エミリー・モリスと申します。最近、ハンター協会の受付に採用していただきまして、その・・・すいません。失礼ながら顔を存じ上げなかったもので・・・《鬼纏》のシュバルツ様ですよね? お会いできて光栄です! 私昔から」
「いつまでダラダラ話してるの! 申し訳ありません。後でキツく言っておきますので・・・ それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あぁ、いや、気にしないでくれ。エミリーもよろしく。用件を聞かれるということは、そちらには話がいっていないのか。あのジジイ・・・横着しやがって。ジジイ・・・じゃなくて、あー、えっと、ガイア会長と面会したいんだが繋いでもらえるか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
シュバルツの用件を聞いて、メアリーが受付の連絡石に手を置く。電
「お待たせしました。大丈夫ということでしたので、面会に向かってください。会長の執務室への行き方はご存知ですよね?」
「あぁ、問題ない。ありがとうメアリー。新人さんも頑張ってくれ。」
「それでは、いってらっしゃいませ。」
「あ、ありがとうございます!!」
受付の2人に声をかけて、歩き出すシュバルツ。後ろからカッコいいだの、あれが噂のというような言葉が聞こえるが気づかないふりをする。
(モテモテじゃないか。)
「珍しいだけだ。」
光鬼と話しながらシュバルツは会長室へ向かう、会長室はハンター協会の最上階である5Fに位置している。
「さて、着いた。」
会長室は重要な場所であるため、複雑な経路で向かわないとたどり着けないようになっているが、シュバルツ達は最短距離で会長室へたどり着いた。ドアの前に立ったシュバルツは、ノックをする。
「開いとるぞ。」
中から野太い男の声が返ってくる。シュバルツはドアを開けて中に入る。
「邪魔するぞ。」
「邪魔するなら帰れ。」
「そうか。では失礼する。」
「こらこら。待たんか! 冗談の通じん奴じゃ。」
会長室は細長い形をしており、周囲には本棚、真ん中に応接をするための机と椅子がある。ドアとは反対側に会長用の大きな机があり、机の後ろには巨大な斧が飾ってある。
その大きな机の前の椅子に会長は座っている。剃っているのか、元からかは不明だが、髪はなく、縦にも横にも長い体をしている。雰囲気は人の良いおじいちゃんという感じで、親しみやすい感じが出ている。
「で、ジジイ。クエストの詳細を聞こうか。」
世間話は不要とばかりにシュバルツがガイアに話しかける。
「まぁ、そう焦るな。久しぶりの再会ではないか。こういう時は世間話から入るべきじゃろ? で、わしの可愛いリアちゃんは元気しとるか?」
「あんたのじゃないし、ちゃん付けで呼ぶな気持ちが悪い。」
「ハッハッハッ!」
「笑うな。こっちも忙しいんだ。本来なら今日はシルバーの修行の相手をする予定だったんだ。さっさと用件を・・・」
「あぁ、すまんすまん。では、本題じゃが、お前からもリアちゃんにワシのことをおじいちゃんと呼んでくれるように言ってくれんか?」
「帰る。」
「だー待て待て! 冗談の通じん奴じゃ。シルバーには悪いことをしたのう。あいつは頑張っとるか?」
「あぁ。よく頑張ってるよ。成果があがっているかというと少し苦労しているが・・・」
「ふむ。まぁ、あまり要領のいい方ではないからの。とりあえず、注意して見てやってくれ。あの子も色々抱えておるしのう。」
「言われるまでもない。」
一旦、会話が終わり、少しシンとした雰囲気になるが、すぐにガイアが口を開く。
「さて、では今度こそ本題じゃ。」
「やっとか。」
「バットから簡単には聞いていると思うが、鬼絡みじゃ。報告では突如吸血鬼が現れて、ヴァイス城に住み始めたらしい。城壁の中じゃな。」
「城壁内だと!? ふざけた野郎だ。被害は?」
「まだあまり騒ぎにはなっておらんが、近隣の村から若い女性が何名か連れ去られている。村にはハンターを派遣するとともにパニックにならんよう情報が広がらないようにしとる。しかし、時間の問題じゃろうな・・・」
「なるほど・・・で、討伐は?」
「こちらからは派遣しとらん。結果は見えとるしな。近隣の村が独自に依頼を出して討伐隊を組んだらしいがその全てと連絡がつかん。無駄な犠牲が出ないように本件についての独自依頼は禁止した。」
「なるほど。賢明な判断だ。」
「魔物の特徴から鬼である事は間違いない。ハンター協会は昨日、本ミッションのランクをSランクと認定した。」
「で、俺にお鉢が回ってきたと。」
「そういうことじゃな。自分でもわかっているとは思うが、お主が適任じゃろう。」
そう言ってガイアはシルバーを見る。
「異論はない。鬼には鬼をぶつけるのが得策だろう。」
シュバルツの答えを聞いて、ガイアも頷く。そして、真っ直ぐとシュバルツを見据えながら言った。
「うむ。それでは、ハンター協会会長ガイア・バーンスタインからシュバルツ・スタイリッシュに任務を依頼する。ヴァイス城を奪還し、囚われた人々を解放せよ。」
「承知しました。我が心身の全てを以って、本任務を遂行します。」
シュバルツが任務の受領の意を示した。
「さて、形式的なやりとりはおしまいじゃ。もう少し詳細な情報を伝えよう。」
「そうだな。頼む。」
「ぶっちゃけ何もわからん。」
そう言ってガハハとガイアは笑う。
「能力のヒントとかもないのか?」
ガイアの返答を予想していたのか、シュバルツは、特段、気を害した様子も見せず、淡々と答える。
「無い。独自派遣されたハンターが戦えたのかどうかすらわからん。」
「なるほど・・・」
「なので、まぁ、頑張ってくれ。」
「簡単に言ってくれる。」
「こんな時のためのSランクハンター様じゃからな。普段チヤホヤされとるんだからたまには働いてもらわんと。」
「Sランクにしてくれと頼んだ覚えは無い・・・ただ、これ以上鬼の評判が落ちるのは勘弁だ。やってやるさ。」
「うむ。任せた。」
「それじゃあ、話は終わりだな。明日出発する。」
「吉報を待っておるぞ。」
「あぁ、あんたはそこにふんぞり返って、偉そうに座っておいてくれればいい。」
「ふん・・・ワシもたまには体を動かしたいんじゃがな。」
帰り支度を整え、シュバルツが席を立ち出口に向かう。ドアを開け、そのまま振り向かずに小声で呟く。
「それじゃ、行ってくるよ。父さん。」