5 修行
雪とリアが事務所で話し込んでいる頃、シルバーとエルは修行に来ていた。おもいきり体を動かしても問題ないよう、修行の場所には開けたところを選んでいる。
「どうした。シルバー! 熱さが足りない! お前はそんなもんか!」
「まだ・・・まだやれます!」
筋トレと熱さに何の関係がと思うシルバーであったが、いつものことなので、それには触れず、黙々と決められたメニューをこなす。
「正直、お前には足りないところばかりだが、まずは筋力とか体力とかの基礎が足らん」
「は、はい!」
「一定のレベルになると中々訓練じゃ強くなれない壁にぶつかるん。だが、お前はやればやるだけ伸びる熱い状態だ。とにかく励め」
シルバーはエルのコメントを聞きながら順番にメニューに取り組む。
「兄貴、終わりました」
「よし。次は実戦形式で訓練するか。このままいけるか?」
「はい!」
「いい返事だ。それじゃあ、いっちょやるか」
「よろしくお願いします!」
大声で返事をしたシルバーは剣を構える。エルは武器を使わないので、何も持たずシルバーに相対する。
「とりあえず、かかってこい」
「はい。失礼します!」
エルの言葉を合図に、シルバーが斬りかかるが、エルはシルバーの剣の動きに合わせて体をずらし、なんなく攻撃をかわした。
シルバーも当たらないことはなんとなく予想していたのか、気にせず打ち込みを続け、エルが避けるのを何度も繰り返す。
何度か剣を振ったところで、今まで避けるだけだったエルの雰囲気が変わり、大声で叫ぶ。
「うおおおおおおおお!」
「うわっ!」
反撃されると思ったシルバーの動きが一瞬とまる。その隙を逃さず、エルはシルバーの手を蹴り上げて一気に接近し、顔に向けて拳を繰り出す。そのままいけばシルバーの顔にエルの拳が入るところだったが、寸前で止まった。
「シルバー。ビビってんじゃないぞ!」
「す、すみません!」
エルの拳が向かってくるのを見て、シルバーが取った行動は防御でも回避でもなく目をつむることだった。それをエルが咎める。
「前の任務でも思ったが、心で負けるな。怖いってのはわかるし、危険を感じること自体は重要だが、それで体が動かなくなるんじゃダメだ」
「はい・・・」
「お前はハンターなんだ。魔物から人々を守っていく必要がある。まだランクはDで駆け出しも駆け出しだが、それでも魔物に人々が襲われている時、近くにお前しかいないことだってあるんだ」
「そ、そんな時はどうすればいいんですか?」
「正直どうにもならんこともある。例えば、お前一人の時に竜に襲われたら何やったってダメだ。壁を越えるとか超えないとか、殻を破るとか破らないとか、そういう問題じゃない」
「じゃあ、そういう時は逃げるしかないんでしょうか?」
「知らん」
「そ、そんな・・・」
「この世は小説じゃないんだ。ちょっと頑張ればクリアできる試練が順番にくるわけじゃないし、ピンチになったら仲間が助けに来てくれるとも限らない。こんなものは無理だ不公平だ理不尽だと思っても現実は何も変わらない。あるのはその現実にどう対処するかという問題だけだ。自分は何がしたくて、何ができるのかを考えて、ベストだと思うことをやるしかない」
「なるほど・・・」
「話を戻すが、敵を前にビビって動けないじゃダメだ。自分がやらないと誰かが死ぬ。自分で助ける。誰も頼らずに魔物を倒すという気概で臨め」
「兄貴の言うことはわかりました。僕がやらなければ守れない人がいる。その自覚が必要ってことですね」
「そうだ! 飲み込みの早いお前に俺から極意を伝授してやろう」
「ほんとですか!?」
エルからの申し出にシルバーは目を輝かせる。
「あぁ、閉店セールも真っ青の超特別大売り出しだ。それはな」
「それは・・・?」
「熱い心だ」
「え?」
「だから、熱い心だ。俺らしくなく色々と難しいことを言ったが、全ては熱い心が解決してくれる」
「えっと・・・」
いつものことではあるが、エルが熱い心の重要性を説き始める。
「何をやるにしても重要な原動力となるのは何だ? そう、やる気だ。それがなければ何も始まらん。じゃあ、やる気を出すために必要なものは何だ? シルバー、言ってみろ」
「あ、熱い心ですか?」
「そうだ!」
「いや、これ誘導尋問・・・」
「何かをやらずにはいられない。その先にどんなに困難があっても立ち向かう。そして、絶対にやりきるという気持ちで常に物事に取り組め。そうすれば世の中大抵のことは何とかなる」
「聞いてないし・・・」
「ということで、シルバー訓練再開だ!」
「えっと・・・あぁ、もう。はい! よろしくお願いします!」
その後、エルとシルバーは訓練を続ける。ただ、やはりシルバーの攻撃を受けると動きが止まってしまう癖は中々直らず、エルは頭を悩ませる。
「んー、一旦休憩にするか。シルバー、お前やっぱりハンター向いてないんじゃねぇか?」
「そ、そんな・・・まだやれます! 続けましょう!」
エルの発言にシルバーが焦る。ただ、エルはそれに取り合わない。
「あーいいから。冗談だよ気にすんな。とりあえず、一旦座れ」
「うう・・・はい」
渋々とエルの横にシルバーが座る。
「何だろうな。具体的なイメージが足りないか?」
「具体的なイメージというと・・・」
「自分が弱いと何が起こるかっていうイメージだ。まぁ、さっきも話したから繰り返しは言わんが。いつも俺やシュバルツ、雪が近くにいるとも限らないんだぞ?」
「はい・・・」
「そういえば、シュバルツは今頃協会か」
「あぁ、鬼関連で任務を受領するんですよね」
「そうだな。厄介な任務になるだろう。先に言っておくが、シルバー、今回は留守番だからな」
「そ、そんな! 連れていってくれないんですか?」
「当たり前だ。流石にランクS任務に連れていけるか。ハンター業舐めんな。下手したら俺達3人でも危ないんだ。ガキのお守りなんぞしてられん。まぁ、もしかすると、シュバルツが・・・」
「師匠が?」
「いや、気にすんな。とにかく留守番だ」
そう言いながらエルはガシガシとシルバーの頭を撫でる。
「じ、じゃあ! せめて鬼のこととか色々教えてください。大陸最強の魔物のはずなのに情報が全然無いですよね。前からすごい気になってて・・・」
「あー・・・まぁ、仕方ないか。いいだろう。知っている範囲で答えてやる」
「じゃあ、まず、鬼ってどれくらいの人数いるんですか?」
「知らん。それなりにはいるんだろうが、詳細は不明だ。そもそも第5層まで行ったことある人間がほとんどいないからな」
いきなり知らないと言われてしまい、シルバーはガクッと肩を落とす。
「仕方ないだろ。情報が少ないんだから。嘘はつかんが答えられるのは知っていることだけだ」
「はい・・・すいません。鬼は種族としては最強の亜人なんですか? それとも・・・」
「人間が化けるものなんですか?ってか?」
「あ・・・そうです・・・」
「両方のパターンがあるというのが通説だが、それもよく分かっていない。そもそも鬼化は何か知っているか?」
「あまり詳しくは・・・」
「鬼化、今までは人間だった人がある日突然鬼になってしまう現象だ。兆候は一切なく、事前に知ることはできないらしい。また科学的な検査では人間と区別できたことはないらしい。ただ、鬼化した人間には明確な特徴がある。全身に真っ赤な紋様が現れ、目は真紅に染まり、人間ではあり得ない強大な力を得る。そして・・・」
「そして?」
「自我を乗っ取られる」
「そんな・・・」
「自分の中にもう一人の自分がいるという感覚らしいんだが、鬼には鬼の自我があるらしい。稀に鬼の自我を抑え込める者もいるが、基本的には鬼に取り込まれる。お前も知っているだろうが、鬼は人間に友好的な感覚を持っていない。だから、大抵はひどいことになる」
「なるほど・・・それで、鬼化したのに自分の自我を保っているのが」
「シュバルツだな。《鬼纏》という二つ名の通り、奴は鬼を纏う。鬼化しながら自我を保つだけでなく、体内の鬼と共存し、必要に応じて、その力を行使している」
「とんでもないですね」
普通の人間であれば。耐えられないだろう鬼化という異常事態に対応している自らの師匠にシルバーは感嘆の呟きを漏らした。
「シュバルツによると鬼の力は部分的な行使が可能らしい。少しだけなら自我を乗っ取られる可能性も低い一方、力は限定的になる。また、身体に現れる紋様などの鬼特有の身体的特徴もあまり出ないらしいんだが、力を強く引き出せば引き出すほど、乗っ取られるリスクは高まり、見た目もより鬼に近づいていくらしい」
「もう一つ質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「先ほど師匠は鬼と共存していると言われていましたが、それでも体を乗っ取られる可能性はあるんですか?」
「可能性はある。鬼化すると自分の中の鬼と会話できるようになるらしいが、どこまでいっても人は人、鬼は鬼らしい」
「なるほど・・・」
「基本的に鬼化した人間は恐れられ、忌み嫌われる。いつ鬼に乗っ取られるかわからないし、近くにいると危険だからな。まぁ、普通の人間なら鬼化した瞬間に自我を乗っ取られるから、そこで終わりなんだが・・・」
「じゃあ、もしかして、師匠も・・・」
「そうだな。特に鬼化してからしばらくは大変だったらしい。まぁ、今はハンターとしての地位を確立しているから、そういうことも少なくなったけどな」
「流石師匠ですね。もう怖いものなんてないんだろうなぁ」
「いや、あいつは鬼になるリスクを怖れているよ。臆病なやつではないし、カッコつけだからな。口に出したりはしないが。だから・・・」
と、そこまで言ってエルが口を閉じる。
「だから? だから何ですか?」
不思議に思ったシルバーが質問するが、エルは何も答えず、悩む素振りを見せる。しかし、少ししてエルはまた話し始める。
「まぁ、いいか。特にお前は知っておいたほうがいいな。この事は俺とシュバルツしか知らない。だから、雪には秘密だし、俺が話したってことをシュバルツには言わないこと。いいな?」
「は、はい・・・」
何を話されるんだと身構えるシルバー。
「あいつと俺は約束をしてるんだ。もし、シュバルツが鬼に取り込まれて人を襲い出したら、俺があいつを殺すってな」
「そんな!」
「だから、俺が強くなろうとしてるのは、いつかあいつを殺すためでもある。どうだ。いい約束だろ?」
「わからないです・・・」
「まぁ、完全に鬼化したあいつは強そうだけどな」
「兄貴・・・」
「まぁ、そんな日は来ないと思ってる。あいつが鬼ごときに負けるはずがない」
「兄貴と師匠の絆はすごいですね。何か羨ましいです」
エルは、シルバーの頭をガシガシと撫でた。
「お前にも見つかるさ。バットの所のガキなんざ、丁度いいんじゃねえか?」
「シャインですか? どうですかね。確かにライバルですけど、だいぶ先行かれちゃいましたし」
「なら追いつけばいいだろ。俺がついてるんだ心配すんな。ただし・・・」
「ただし?」
エルが両手でシュバルツの肩を掴み、顔を近づけながら言う。
「負けることは絶対に許さん」
「ひっ・・・」
「いいか。大事なのは熱い心だ。お前の心意気を見せてみろ」
「は、はい!」
「話は以上だ。ぼちぼち修行に戻るか」
「はい!」
その後、シルバーとエルは修行を続けた。シルバーの怖がり癖は中々直らなかったが、 エルからの熱い指導があり、修行は有意義なものとなった。