4 ランクS任務
バットとシャインがシュバルツの事務所を訪れた次の日の朝、シュバルツ、シルバー、リアは事務所で朝食を食べていた。シュバルツの事務所は住居も兼ねており、3人は一緒に住んでいる。
「リア、今日の予定は変わりないか?」
シュバルツがリアに質問する。
「はい。今のところ任務なしです。買い物も昨日行きましたし、フリーですね」
「そうか」
と言いながら、少し考え込むシュバルツ。
「師匠?」
気になったシルバーが尋ねる。
「今日は久しぶりに稽古をつけてやる。シャインにも差をつけられてしまったし、取り返さないとな」
「あ、ありがとうございます!」
「あとは、リア、昨日の件で依頼が来るかもしれないが、一旦仕事は受けずに保留にしといてくれ。俺が直接話を聞きたい」
「はい。わかりました」
「昨日の件といえば、本当に鬼なんですかね。何かの間違いじゃ・・・」
シルバーが呟く。
「何とも言えない」
「そもそも鬼って、誰も行ったことが無いと言われる暗黒大陸を除けば、最強種族ですよね? 生息域も真反対ですし、わざわざこっちまで来るんですかね」
「個の種族だからな。考え方や趣味、嗜好まで鬼それぞれだ」
「お父さまは第5層まで行ったことあるんですか?」
「一度だけな。まぁ、確かに魔物の領域からわざわざ人間の領域に来るのは、人間の領域と接している第1層の魔物達を除けば、鬼が1番多いだろう。第2層の亜人、第3層の魔女、第4層の竜はそれぞれ自分の領域から出ることは滅多に無い。人間と魔物の陣取り合戦も最近は少し力を入れているようだが、向こうからこちらに来ることは少ない」
「そうなんですね。あまりこちらに興味ないんでしょうか」
シルバーが質問する。
「第1層の魔物は知能も低くてコミュニケーションが取れないから、何を考えているかわからん。それ以外の魔物も積極的に攻めたいとは思っていないんだろう。距離も離れているしな」
シュバルツ、シルバー、リアが話していたところで、事務所のドアが開く。
「うっす」
「おはようございます。エルさん」
「おはようございます! お茶入れますね」
「おはよう。エル、今のところ今日はフリーだ」
シルバー、リア、シュバルツの順に挨拶する。
「了解」
「だから、シルバーの修行に付き合おうと思ってるが、お前はどうする?」
「いいな。俺も付き合おう」
「ありがとうございます!」
話がまとまりかけたところで、再度事務所の扉が開く。
「おはようございます。私が一番最後ね」
雪が事務所を簡単に見回してから言う。
「雪、おはよう」
「雪姉さん、おはようございます!」
「うっす」
「雪さん、おはようございます」
挨拶をしながら入ってきた雪にシュバルツ、シルバー、エル、リアの順に挨拶する。
「今日はいい天気ね」
「絶好の修行日和だな」
「修行?」
エルの修行発言に雪が質問する。
「あぁ、今日は任務が無いから、シュバルツと俺でシルバーを鍛えてやろうかと思ってる」
「あらあら・・・まぁ、シャイン君もCランクに上がっちゃったし、頑張りたいところよね」
なるほどと頷く雪に今度はシュバルツが聞く。
「雪、お前はどうする?」
「んー・・・どうしようかしら。シルバーの修行を手伝ってもいいけど、2人がいるなら私が行っても・・・」
頬に手を当てて考え込む雪だが、やがて何か思いついたようで口を開く。
「私は事務所でリアちゃんとお茶でもしているわ。仕事があるなら手伝うし」
「そ、そんな・・・雪さんに仕事を手伝っていただくわけには」
雪の提案にリアが慌てて、断ろうとする。
「あら、私とお茶・・・したくない?」
「いや、それは是非お願いしたいんですけど。私が言ってるのは仕事のほうで・・・」
「いいじゃない。もしかして、私が失敗すると思ってる? 大丈夫よ。最近まで、一緒にやってたじゃない?」
「いや、雪さんが失敗するだなんてそんな」
「じゃあ、決まりね」
雪とリアのやり取りが終わったところを見計らい、シュバルツがしめる。
「よし、全員の予定が決まったところで、各自行動にうつるか。シルバー、30分後に出るから準備しとくように」
「はい!」
話がまとまった瞬間、まるでタイミングを見計らったように部屋の隅が光る。
「あ、連絡石に通信ですね。出てきます」
リアは連絡石と呼んだ物体、明らかに人工的に作られたことがわかる滑らかな表面に手を置いた。
「はい。こちらシュバルツ事務所です」
「おー、リアか! どうじゃ。元気にやっとるか?」
連絡石から豪快な雰囲気をもった男性の声が聞こえる。
「ガイア会長! お世話になってます。はい。おかげさまで」
「それは良かった! じゃが、ガイア会長なんて、よそよそしい呼び方はやめてくれい。おじいちゃんと呼んでくれんか?」
「いやいや、ガイア会長のことをそんな風には呼べないです! おと・・・シュバルツさんに用事ですよね。今変わります」
リアが苦笑いしながら、シュバルツを見ると、既にリアの近くまで来ていたシュバルツが話し始める。
「シュバルツだ。吸血鬼の件か? あと、リアに変なこと言わないでもらえるか」
「変なことなど言っておらん! 大体お前は挨拶もなしか!?」
「あーわかったわかった。で? 昨日バットからも聞いたが、鬼の件か?」
「そうじゃ。ハンター協会まできてくれるか」
「・・・わかった」
通信を切ったシュバルツは振り返って言う。
「久しぶりのランクS任務だ。昨日の話の通り、俺にまわってくるらしい。とりあえず、話を聞いてくる。シルバー、すまないが、今日の修行はエルと二人で頼む」
「了解しました! 気にしないでください」
「あぁ、まぁ、俺に任せておけ。バッチリシルバーを鍛えてやる」
「よろしく頼む。それじゃあ行ってくる」
「俺達も行くか。シルバーとっとと支度してこい」
「はい!」
シュバルツはハンター協会に向かい、シルバー達も準備を終えて、修行に出たため、事務所に残ったのは雪とリアだけになった。朝食の片付けも終えて、一休憩というところで、リアが雪に話しかける。
「あの・・・雪さん。ランクS任務って危なくないんですか?」
「んー・・・危ないか危なくないかで言うと、危ないわね。最高難度のミッションだしね。私やエルだけじゃ受けられないもの。えっと・・・知ってる? 実はランクAまでの任務はね、そのランク以上のハンターがいなくても受けられるの」
「そうなんですか? 確かダメだったような・・・」
「基本的にはね。ただ、裏ルールがあるのよ。ランクA任務なら、ランクBのハンターが5人いればいいとかね」
「知らなかったです。すみません。勉強不足で・・・」
シュンとうなだれるリアを雪がなだめながら説明を続ける。
「表には出てないルールだから仕方ないわ。一応、ランクが1つ違いならなんとか引っ繰り返せるという感じかしら。2つ以上離れると数の問題じゃなくなるから、何人いても承認は降りないわ。でも、ランクSについては、ランクSのハンターがいないとダメ。記号以上の壁があるということね」
「すごいですね。確か現役のSランクハンターって30人くらいですよね」
「そうね。シュバルツがそうだし、昨日来ていた《竜殺し》さん、バットもSランクね」
「すごい2つ名ですよね。《竜殺し》って。ほんとに倒したんですか?」
「昔ね。迷い込んだのか、何かに怒っていたのかまではわからないけど、竜がこっちまで来たことがあってね。その時にバットが倒したらしいわ」
「なるほど。バットさん以外には竜を倒した人はいないんですか?」
「単独で倒したのはバットだけ、とまでは言わないけど、少なくとも私は聞いたことないかしら。ちなみに、バットは竜殺しが理由でSランクハンターに昇格したのよ」
「そうなんですか。あれ、でも、確か竜もSランクですよね? ランクS任務の許可はAランクハンターには出ないって言いませんでしたっけ?」
リアは首をかしげながら雪に質問する。
「そうね。突発的な案件だったらしいから、正式なランクが出る前だったのかもしれないけど、竜が絡めばランクSというのは周知の事実だから、ハンター協会の許可が出ないことはわかっていながら戦ったんでしょうね」
「ええっ!? そんな事して大丈夫なんですか?」
バットの独断専行だと聞いてリアが驚く。
「ハンターの一番の使命は人間を魔物の脅威から守ること、というのは知ってるわね? 敵が強すぎる場合には、敵の排除ではなく人間の避難をするべきというのが、模範解答ね」
「でも、例えば、いきなり魔物が現れたりしたら避難なんてできないんじゃ」
「リアちゃんの言う通り。でもね、この事務所にいると忘れがちになるけど、基本的には魔物は未知で強大な生き物なの。魔物が現れた時に対応できるハンターがいないことはあるのよ。立ち向かうのはいいけど、それで負けたら全員死んでしまうかもしれない。そんな状況では、たとえ全員を助けられなくても避難を選択すべき時あるわ」
「・・・」
そんな状況に陥った時に自分ならどうするだろうかとリアは考えているようだったが、何も言葉が出てこなかった。
「ただ、一時的には避難を選んだとしても、最後には戦う必要がある。そうしないと被害は拡大する一方だし、住む場所もなくなってしまう。そんな任務を請け負うのが、シュバルツをはじめとしたSランクハンターなの。通常、任務を受ける受けないはハンターの自由だけど、SランクハンターはランクS任務を断ることはできない」
「どんなに困難な任務でもですか?」
「そうね。断っても他にできる人がいないから。最高の名誉についてくるのは、無限大の責任。だから、Sランクハンターは簡単になれないし、なっちゃいけないの。バットみたいにランクS任務に無理矢理挑んで解決するとか、あるいはSランクハンターと一緒にランクS任務を解決するか・・・」
「なるほど。改めて、よくわかりました。ランクS任務が大変でSランクハンターがどれだけすごいかが。でも・・・」
そこまで話したところでリアが俯いて黙る。
「どうしたの?」
「その・・・雪さんは心配じゃないんですか? お父さまがそんなに危険な任務を受けることが。もしかしたら、死んでしまうかもしれないじゃないですか」
「心配じゃないかと言えば嘘になるわ。むしろ、とても心配。リアちゃん、実はね私・・・」
「は、はい」
急に改まる雪にリアは少し身構える。
「シュバルツとずっと一緒にいたいの」
「あ、はい。知ってます」
真顔でリアが答える。
「シュバルツは私を大事にしてくれるし、私も彼を大切に思っているわ。強くて優しくて、カッコつけている所がカッコいいし、可愛いし」
「・・・」
「私は彼の傍にいたいし、危ない目にはあって欲しくない。だから、本当ならハンターなんて辞めてしまって、二人で隠居するのが、一番幸せなのかもしれない。私達なら自分の身ぐらいは守れるしね。1年後に私達の世界が終わるとしたら、最後の日まで生きていられる自信があるわ」
「じゃあ、どうしてそうしないんですか? あ、いや、そうして欲しいわけではないですよ。もちろん」
「なんででしょうね。シュバルツに聞けば、そっちのほうがカッコいいからだとか言いそうね。そうしたら私の答えはシュバルツと一緒にいたいからになるのかしら」
「え、それだけですか?」
想定外の理由だったため、リアが驚いて聞き返す。
「探せば、もしくは、考えればもっと立派な言葉は並べられると思うわ。でも、案外そんなものよ」
「んー・・・」
「あら。納得いかない? なら、私がどれだけシュバルツのことを愛しているかをエピソードつきで教えてあげましょうか?」
「あ、いや・・・」
「そうね。そうしましょう。とりあえず、お茶とお菓子が足りないわね」
「いや、ちょっと雪さん? 雪さん、ストップ! わかりました! わかりましたから!」
気にならないわけじゃないが、これ以上惚気を聞かされるのはたまらないと、リアが慌てて断りを入れる。
「あらそう? 本当に大丈夫?」
「はい。とてもよくわかりました」
「そう・・・じゃあ、今日はこれくらいにしましょうか」
「ありがとうございました」
いえいえ、と言いながらリアをじっと見る雪。
「な、なんでしょうか?」
「いや、リアちゃんが本当に納得したのかなって。シルバーのことが心配なんでしょう?」
「それは・・・」
「さっきの私の回答はね。別に適当なことを言って、リアちゃんを煙に巻こうとか、そういうんじゃないの。私は本当にそう思ってるし、シュバルツが考えてることも私が言ってるんだから間違いないわ・・・とか言うと、また冗談っぽく聞こえてしまうわね。あの人はハンターという仕事が、在り方が好きなの。だから、私もそれについていく。それだけよ」
「んー、難しいですね。やっぱり良くわからないです」
「リアちゃんにはまだ早いのかしらね。まぁ、答えがあるわけじゃないし・・・答えがない問題っていうのはね、とにかく考え続けることが大事なの。そうするとある日突然自分の中でピタッとはまる日がくるわ」
「考え・・・続ける・・・」
「そう。その作業は大変かもしれないけれど。まぁ、四六時中考え続ける必要はないけれどね」
「はい・・・ありがとうございます。やっぱり良くわからないですけど、良くわかりました」
「あらあら。難しいこと言うのね」
「先に難しいことを言ったのは雪さんです」
そう言って雪とリアは二人で笑いあう。
「さて・・・それじゃあ、お仕事しましょうか」
「あ、そんな。やっぱり申し訳ないです・・・」
「話し込んじゃったし、手伝わせてちょうだい?」
「雪さん・・・ありがとうございます」
そして、その後二人は一緒に仕事をしながら、他愛もないことを話し続けた。