3 レッスンと来客
リアは、シルバーが眠っているベッドの横に座り、腕と頭だけをベッドに置いて眠っていた。
リアもシルバーも目を覚ます気配はなかったが、ふとした拍子に、リアが眠りながら伸ばした腕がシルバーの頭にぶつかった。
「ん・・・」
そして、それがきっかけになったのか、シルバーが覚醒する。
「ここは? 僕は確か任務に出ていて・・・」
シルバーは体を起こし、頭をさすりながら周りを見渡す。どうやら自分が任務で気絶し、部屋で寝かされているのだろうとわかったところで、シルバーは自分の視界の端に誰かいることに気づく。
「リア・・・」
シルバーは自分を心配して見ているうちに寝てしまったリアを見て、任務に行く前、無事に帰ってきてねと言われたのを思い出して、心を傷める。
「ごめんね。リア」
起こしても悪いし、リアが目を覚ますまで見ておこうかとシルバーは考えた。リアは規則的な寝息を立てながら寝ている。
「よく寝てるな・・・しかし、無防備な」
リアの寝顔ならいつまでも見ていられると思ったシルバーだが、リアがあまりにも無防備なのを見てしまい、別の感情が湧き上がってくるのを感じていた。
「頭を撫でるくらいなら・・・」
シルバーは、リアを起こさないように細心の注意を払い、体を近づけて手を伸ばす。そして、あと少しでシルバーの手がリアの頭に届く・・・というところで、リアが頭を上げた。
「わわっ!」
シルバーは伸ばしていた手を慌てて戻し、出来る限り平静を装いつつ、リアに声をかける。
「や、やあ、リア。おはよう・・・ごめんね、心配かけて」
「ん・・・」
まだ頭が覚醒していないのか、リアは目をこすりながら、ぼーっとシルバーのことを見ていた。ただ、少しずつ頭がはっきりしてきたのかリアの目に力が戻っていく。
「シルバー!」
リアがシルバーに抱きつく。
「は、はい!」
「無事で良かった! 大丈夫? 痛いところない?」
「痛いところ・・・は正直あるけど、大丈夫。大したことないよ。というか、リア、離れて」
勢いでシルバーに抱きついていたリアは、素直に体を離した。
「もう・・・あまり心配させないで」
「ごめん。でも、聞いてよリア! 初めて魔物を倒せたんだ!」
「そうなの? おめでとう!」
リアが笑顔でシルバーを祝う。
「ありがとう! 魔物を前にするとまだ怖いって気持ちはあるけど・・・でも、強くなりたいんだ」
「あのシルバー・・・それは、私のため?」
今度は少し硬めの声でリアが質問する。
「あのね、シルバー。前も言ったけど、私を守るために強くならなくてもいいの。もちろん、気持ちは嬉しい、いや、すごく嬉しいんだけど、でも、心配で・・・」
「リア・・・」
「貴方はハンターに向いていないわ。強くないし、怖がりだし、何より優しいし」
リアは俯きがちにポツポツと言葉を並べる。シルバーはジッと考え込むようにしていたが、やがてリアに言葉を返す。
「リア、ありがとう。でも、僕はハンターになるよ。師匠や兄貴、雪姉さんは格好いいし、あんな風になりたいんだ。僕は自分の意思で、自分のために強くなりたい。そして・・・」
「そして?」
「君を守るよ」
「シルバー・・・」
「血は繋がってないけど、僕たちは家族じゃないか。僕は強くなって、絶対に君を守る」
「わかったわ。シルバー、私を守ってね。そして、絶対に死なないで。約束よ?」
「約束する」
「ありがとう」
そう言ってリアが嬉しそうに笑う。
「さて・・・そろそろ下に降りましょうか。シルバーが起きたって報告しないといけないし」
「そうだね。そろそろ降りようか」
前向きな結論が出たところでこの話は一旦終わりということで、2人は部屋から出て階段を降り、シュバルツと雪がいる部屋に入る。
「「あ・・・」」
2人が目にしたのは、目を閉じて何かを待つように座る雪と、雪の肩に手を置いて顔を近づけようとしているシュバルツだった。突然の光景にシルバーとリアは何も言えないままでいる。すると、シュバルツが雪の肩から手を離して立ち上がり、ゆっくりと歩いて、シルバーとリアの前まで来る。
「シルバー」
「は、はい・・・師匠」
「1つレッスンだ。カッコいい男になりたいなら常に平静を保て。想定外のことが起きたとしても、慌てず、騒がず、余裕をもって事態の解決に取り組むんだ」
「な・・・なるほど」
「お父さま、落ち着いていらっしゃいますけど、心の中ではまずいと思ってるんですね」
なんとも言えない空気が流れる。
「というか、雪。いつまでその姿勢でいるんだ」
無視。
「師匠、これはもしかして、続きを求められてるんじゃ?」
「お父さま、私なら大丈夫です。こうやって手で目を隠せば・・・ほら!」
両手の平を目の前に持ってくるリア。
「リア、隠すなら指と指の間を閉じろ。シルバー、もう1つレッスンだ」
「は、はい」
「人前でイチャイチャするのは良くない。なぜなら、誰もそんなものは見たくないからだ。だが、人生は長い。そういう事を求められることもある。その時は・・・」
「その時は・・・?」
「躊躇するな」
そう言いながらシュバルツは雪の前へ行き、元の姿勢に戻る。そした、そのまま雪の顎を指で掴み、自分のほうへ向けてキスをした。
「きゃー」
手を口に当てて、歓声をあげるリア。手を口に当てているので、当然リアの目の前に、手はない。
シュバルツと雪はたっぷり5秒ほどしてから唇を離す。
「と、まぁ、こんな感じだ」
「ふぅ・・・シルバー、おはよう。体は大丈夫?」
「あ、大丈夫です。雪姉さんこそ顔真っ赤ですけど、平気ですか?」
「えぇ、キスなんて慣れたものかと思ってたけど、人前ですることはあまりないから・・・」
「雪姉さん・・・えっと・・・」
身近な女性のキスなんて慣れたという発言に、さぁ、なんて返そうかという風にシルバーが思考を巡らせ、行く先が見えない空気が蔓延しかけたその時、急に事務所のドアが開いた。
「邪魔するぞ」
「お邪魔します!」
ドアから2人の男が入ってくる。最初に挨拶して入ってきた男は、非常に大柄で全身を重厚な鎧で覆っている。さらに、背中には常人では扱えないであろう大きさの剣が見えた。
もう1人はまだ少年と言っても差し支えない見た目で、中肉中背、髪は金色で青い目をしている。
「バット、来たか」
「シャイン君もいらっしゃい。リア、お客さまにお茶を入れて差し上げて」
ナイスタイミングとばかりに、シュバルツと雪が来客の対応を始める。リアもわかりましたと言って、パタパタとキッチンへ向かう。
「さて、今日はどうした。話はこの部屋でいいか?」
シュバルツがバットに質問する。バットは少し考えたが、この部屋で問題ないという答えだったので、シュバルツ、雪、シルバー、バット、シャインでテーブルを囲む。
「今日の用件は2つだ。そうだな・・・とりあえず、シャインの件からにするか。シャイン、報告を」
「はい! ブレイズ事務所所属ハンターシャイン、本日付でCランクへと昇格しました!」
「ええっ!」
バットに促されてシャインが報告する。報告に驚いたのはシルバーだ。
「早いな。やるじゃないか。シャイン」
「シャイン君、おめでとう」
「シュバルツさん、雪さん、ありがとうございます!」
「シャイン、おめでとう。すごいね」
「シルバーもありがとう」
「Dランク任務ならもう単独でこなせるし、一応、サポートはついていたが、Cランクでも問題なかったからな。昨日、ハンター協会から通知が来た。で、そっちの坊主にも世話になってるから、報告に来たというわけだ」
「お茶入りました。シャイン君、Cランク昇格おめでとう」
「リアさん。ありがとうございます。ところで、シルバーはどうなんだい?」
「え・・・いや・・・」
ランクの件について話を振られてシルバーが詰まってしまったので、横からリアが答える。
「シルバーはまだまだよ。今日だって任務についていって、気絶して帰ってきたんだから」
「ちょっとリア!」
「事実でしょ?」
「事実だけど、それには事情が・・・」
事情がと言ったところで、それが、言えない事情であることに気づいて、シルバーが黙る。
「まぁまぁ、2人ともその辺で! シルバーは僕のライバルなんだ。確かに僕のほうが早かったけど、すぐ追いついてくるんだろ?」
「あ、あぁ・・・もちろん」
果たして追いつけるだろうかとでも思っているのか、シルバーは力無く笑いながら答える。
「まぁ、お互い高め合うことだ。俺とシュバルツもそうやってきたしな。そして、後進育成は今のところ俺が一歩リードだなシュバルツ」
「ふん。言ってろ。すぐに追い抜く」
「一つ目の用件はそんなところだ」
「二つ目はどうする。席を外させるか?」
「いや、まぁ、いいだろう。シュバルツ、最近、郊外の古城に吸血鬼が住み着いたのは知ってるか?」
「なに!?」
「吸血鬼って、《鬼》ですよね? 第5層の・・・大陸最強じゃないですか」
シュバルツとシルバーが驚きの声をあげる。
「誰か《鬼化》したのか?」
「いや、詳細はわからん。その様子だと、まだ知らなかったみたいだな」
「あぁ、誰から聞いたんだ?」
「今日こいつの昇格手続きにハンター協会に行った時にな。じじいから聞いてお前に伝言を頼まれた。仕事を回すとのことだ」
「あのじじい・・・まぁ、鬼が絡んでるなら仕方ないか」
「用件は以上だ。久しぶりに飲みたい気持ちもなくはないが、こいつを祝う必要もあるしな。今日はお暇するよ」
そう言って、バットがシャインの頭を撫でる。
「ちょっと師匠! 子供扱いするのはやめてください!」
「ガキが何言ってんだ。まぁ、そういうことだから今日はもう帰ることにする。じゃあな」
バットが席を立ち、出口へと向かうので、シャインもそれを追いかける。
「そ、それじゃあ、今日はありがとうございました! シルバーも早く追いついてこいよ!」
シャインの檄にシルバーが答える。
「あぁ・・・努力するよ」
「シルバー? あ、ちょっと師匠、待ってください! と、とにかく君は僕のライバルだ。絶対負けないからね。じゃあね。シルバー!」
覇気の無いシルバーが少し心配になり、立ち止まろうとしたシャインだったが、バットが出て行ってしまったため、慌てて追いかけ、事務所から出て行った。
バットとシャインを見送り、その場から動かないシルバーの後ろにシュバルツが立ち、肩の上に手を置いた。
「師匠?」
「少し先を行かれたが、元気を出せ。お前は俺の弟子だ。すぐに追いついて、追い抜くさ」
「し、師匠! はい。頑張ります!」