2 リア
「おかえりなさい! って、みんなどうしたんですか!? ボロボロじゃないですか!?」
仕事を終えて帰ってきたシルバー達を女の子が迎え入れた。その女の子は背が少し低めで、黒い髪を肩の上で揃えており、まだ大人ではないが、子供というほどは幼くはない。
「ただいま、リア」
「とりあえず、入ってください」
リアと呼ばれた女の子が、ドアを広げてシュバルツ達を迎え入れる。
「今日の任務のランクってCでしたよね? それなのになんでみんなボロボロに? というか、エルさん、もしかして、その肩に担いでるのって・・・」
「ん? あぁ。シルバーだ。こいつ任務の最後に気絶しちまってな」
「やっぱり! シルバー、大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫・・・のはずだ。なぁ、雪?」
リアの心配にシュバルツが答える。
「えぇ、そんなに強くしてな・・・じゃなくて、少し疲れてしまっただけだと思うから。心配しないでも大丈夫よ」
「良かったぁ。私、すごく心配していて・・・」
「ふふっ。リアはほんとに優しい子ね。エル、シルバーをソファに寝かせてあげて」
「あいよ・・・っと」
「あ、私掛けるもの持ってきます」
そう言いながらパタパタとかけていくリア。
「とりあえず、俺らも座るか。しかし、シルバーの野郎、いつまで寝てやがるんだ」
「雪、ほんとに大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫よ。きちんと手加減したわ。私だって、そこまで見境なしじゃないもの」
「仲間に《ジャッジメント》カマしておいて良く言うぜ」
「雪さん、ジャッジメント使ったんですか!?」
「早かったわね。えっと・・・どこから話せばいいかしら?」
「あ、はい。ジャッジメントと言われていたのが少し聞こえただけで・・・あ、あの!」
「どうかした?」
「もしかして、私・・・仕事を受ける時に何かミスをしたでしょうか? 今日はランクC任務のはずで、シルバーが参加するからフルメンバーで参加しましたが、そんなに大したことないはずですよね? なのに、お父さまもエルさんもボロボロで・・・」
心配そうに言うリア。それを見てシュバルツが声をかける。
「リア」
「はい。お父さま」
「大丈夫だ。お前は何もミスしていない。まぁ、ちょっと途中でイレギュラーがあっただけだ。」
「ほんとですか?」
リアは、じーーっとシュバルツのほうを見る。
「ほんとだ。その・・・途中で他のハンターに会ってな。俺とエルでじゃれてただけだ。雪もジャッジメントを使ったわけじゃない。そう・・・俺たちが少し遊びすぎて雪に怒られそうになっただけだ。なぁ、エル?」
「あ、あぁ、そうだ! 男たるもの売られた喧嘩は買うべきだ! その辺を雪はわかっちゃいねぇんだよ」
「そうねーわかっていないわねー」
「なるほど・・・良かったです。安心しました」
「そういうことだ。さて、少し仕事するか・・・リア、何かあったか?」
シュバルツが、皆で座っていたソファから立ち上がり、仕事机に向かう。
「はい、お父さま。今のところ、新しい任務は来ていません。ただ、新規の予定が1つ」
「なんだ?」
「本日、バットさんがいらっしゃいます。なんでもお父さまに話したいことがあるとか。特に、予定も入っていませんでしたので、一旦、了解しておきました。良かったですよね?」
「問題ない。他には?」
「ええっと。シルバーがあんななので、後で買い出しに付き合っていただけますか? 今日は買い込みたくて。以上です」
「最後のは少し違う気がするが・・・とりあえず、今日はもう解散だな。エル、雪、あとは自由にしてくれ」
「わかったわ」
「了解」
シュバルツの言葉に頷く2人だが、とりあえず、くつろぐようにしたようで動く気配はない。
「シルバー起きねえな。ベッドに運んでおくか」
そう言いながらエルがシルバーを肩に担ぐ。
「あ、私も一緒に行きます! 心配で・・・」
リアもエルと一緒に歩き出すが、部屋から出る前に振り返ってシュバルツに声をかけた。
「お父さま、後で買い出し付き合ってくださいね。約束ですよ?」
「あぁ、わかってる」
ひらひらと手を振るシュバルツ。
「さて・・・とりあえず、休憩だな」
「そうね。少し落ち着きましょうか。でも、リアにはだいぶ懐かれたわね」
そう言いながらシュバルツの近くに来て隣に雪が座る。
「まぁ、あれから10年近く経つからな」
「嬉しい?」
「まぁ、そうだな」
「私がいるのに?」
「茶化すな。わかってるだろ雪。俺にはお前だけだ」
「ふふっ」
嬉しそうな顔をしながらシュバルツに寄り添う雪。
「まったく・・・とにかく、リアとそれからシルバーも俺が面倒見ると決めたんだ。一度決めたことを投げ出すなんてダサいことはしない」
「そうね。2人には幸せになってほしいわ」
そう言って、2人は微笑み合った。
一方、シルバーを担いだエルとリアはシルバーの寝室に来ていた。
「よっと」
エルがかけ声と共にシルバーをベッドの上に投げる。
「エルさん! 乱暴にしないでください。シルバーは、怪我して気絶してるんですよ?」
「大丈夫だろ。こいつだってそんなにヤワな体はしていない」
「もう・・・」
「しかし、ほんとに起きないなこいつ・・・」
「大丈夫なんですよね?」
「雪がそう言ってるし、問題ないだろ。心配か?」
リアはベッドに投げ出されたシルバーに布団をかけながら答える。
「心配ですね。どうしてハンターになんて・・・優しくて、怖がりのくせに」
「まぁ、シュバルツの背中を見てるしな。憧れじゃないか? もちろん、俺にも憧れていると思うが」
「お父さまもエルさんも特別じゃないですか。お父さまには《鬼》の力があるし、エルさんのお家だって・・・でも、シルバーにはそんなものないんです」
「まぁ、そう言ってやるな。男ならやっぱ強くならないとな! 熱い気持ちがあれば、大抵のことはなんとかなるように世の中出来てるんだよ」
「でも・・・」
「とにかく! シュバルツもいるし、雪もいる。何よりこの俺がいるんだ。お前がそんなに心配する必要はない。下に戻るぞ」
心配そうにしているリアの頭をぽんっと叩いて、エルが言う。
「エルさん・・・ありがとうございます。少し元気が出ました。私は、もう少しだけシルバーのこと見てます。すぐ降りますから」
「はいよ。まぁ、ゆっくりしてこい」
リアに背を向けながら手を振って、エルが出ていく。リアはそれを見送ってからベッドで眠るシルバーに目を向ける。
「ほんとに心配ばかりかけて・・・待つほうの事も考えてほしいわ」
リアが呟きながらシルバーを見るが、当然ながら反応はない。
「それにしても気持ち良さそうに寝てる。私も少し眠いな・・・」
ふぁぁと欠伸しながらリアはベッドの横に座り、頭と腕だけを乗せる。
「少し寝ようかな。お父さまもバットさん来るまでは出られないし。布団に入るのは、シルバーに怒られるかな・・・」
以前、シルバーが寝ている布団に入って寝たら、後から顔を真っ赤にしたシルバーに怒られたことを思い出しながらリアも眠りについた。
リアをシルバーの部屋に置き、一足早く降りてきたエルは、シュバルツと雪が抱き合うという光景を目にしていた。
「あー・・・お二人さん?」
「おかえり。エル。シルバー大丈夫そうだった?」
「話をする前に離れろ。鬱陶しい。というか、リアも一緒だったらどうするつもりだったんだ」
「当然その時は普通に会話してる俺たちを見るだけだ。流石に足音を聞き分けるくらいの余裕は残している」
明らかにイライラしているエルだが、シュバルツと雪は離れることなくそのまま話を続けようとする。
「はいはい。お熱いことで。シルバーは大丈夫そうだ。リアはもう少し見てると言ってたから置いてきた」
エルの言葉に、シュバルツの胸に顔をうずめていた雪が顔だけをエルの方に向けて反応する。
「そう。それは良かった。少し心配していたから・・・」
「いや、ほぼお前のせいだからな?」
「元はと言えば、あなたたちが悪いのよ? まさか忘れてはいないでしょうけど」
そう言いながら雪がシュバルツを抱きしめる腕に力を込める。
「雪。痛いんだが・・・と、まぁ、冗談はこの辺にしてかそろそろ真面目な話をするか」
そう言いながらシュバルツは抱きあっていた雪の肩を押して自分の体から離す。
「雪、シルバーはどうだった?」
「頑張っていたわよ? 時間はかかっていたけど、1匹は倒したわ」
シュバルツからの問いに雪が答える。エルが質問を重ねる。
「魔物が複数来た場合は?」
「それはまだ無理そうだったから全て私が。なので、実力はまだDランクの範囲内ね」
「そうか・・・まぁ、そんなものだろうな」
シュバルツが予想通りだという風に頷く。
「まずは慣れが必要ね。実力を発揮できるようにならないと」
「しばらく様子見か。本当はハンターにしたくないんだが・・・」
「そうね・・・でも、あの子は強くならないと」
「2人して暗い顔してんじゃねえよ! 熱い気持ちがあれば何でもできる! 大体シルバーだってやりたいって言ってるんだ。話はそれで終わりだろ」
「わかっている。あいつが望むなら応援してやりたいし、導いてやりたいと思っている。それに・・・どちらにしろ選択肢はない」
「はぁ・・・とりあえず、一息入れましょう。2人とも何か飲む?」
シュバルツとエルがコーヒーと答えて、雪が席を立つ。
「そういえば、エル。次の王国軍の侵攻の噂は聞いてるか?」
「第1層の魔物を殲滅し、人間様の領土を広げるってか。今のところ聞いてないな。確かなのか?」
「噂程度だ」
「そうか。まぁ、またレイにも聞いとくわ。王国軍が何をしようが構わないが、何も知らずに巻き込まれるのは勘弁だ」
「そうだな」
「コーヒーできたわよ。どうしたの? 難しい顔して」
「ありがとう。大した話じゃない。ただの噂話だ」
気にするなといった風にシュバルツが答える。
「そう? でも、女の子はみんな噂話が好きなのよ?」
「何が女の子だ。砂糖でも食っとけ」
「あらひどい。ちょっとシュバルツ何とか言ってよ」
雪がシュバルツを見ながら甘えたように声をかける。
「雪・・・」
「シュバルツ・・・」
お互いの名前を呼び合うシュバルツと雪。エルがそんな2人の顔をまた始まったという感じで見る。
「愛しているよ」
「私も」
「ああ、もう! 付き合いきれん! 俺は出かける!」
我慢できんと言いながらエルが席を立つ。
「いってらっしゃい。エル。注意してね」
「あいよ。末永くお幸せに」
投げやりな返事と祝いの言葉を返して、エルは事務所の外に出た。