第4章 -セリーナとサファイア-
週が明けた月曜日。
朝から全校集会があり、全校生徒は全員講堂に集まっていた。
3千人を収容するにはやや手狭な講堂より、体育館や校庭でも良いのではないかとも思ったが、どうもスクリーンでズームする必要があるらしい。
その点講堂の方が設備に優れており、劇場のような造りになっているので、席に着いてゆっくり話を聞くには適している。
「あ〜、朝から集会か…」
「焔は朝はよくだるそうね。ちゃんと寝てるの?」
「うん、まあ…」
昨日は寝た。昨日は。
しかし、土曜日は夜までデートを満喫したあと、日曜の夜にフェリシアたちが帰るまで、食事以外のほとんどの時間を愛を育むことに費やした。
一度に4人、しかも丸一日とくれば、いかに体力に自信のある焔でも絶好調とはいかなかった。ある意味では絶好調だが。
「それより、こういう全校集会はよくあるのか?」
「たまにね。理事長はお喋り好きだから」
「よく校長に話が長いって怒られてるな」
「ふ〜ん…」
不知火月華。先日会った不知火縛羅の父親で、この学園の理事長を務める男だ。
世界的にも名の知られた魔法使いで、イギリスで教鞭を振るっていたこともあるという。
生徒想いでイベントにも積極的な理事長だと聞いている。表向きには。
「ところで鬼城君、噂の方はいいの?」
「噂?」
「あら、知らないの?学校の掲示板は朝から大騒ぎよ」
そういって瑛里華が生徒手帳を開き、生徒の掲示板を開いてみせる。
そこには、土曜日の日付で投稿された記事が、ぶっちぎりの閲覧件数で表示されていた。
記事のタイトルは『悲劇』だ。
ページを開くと、本文はなく、腕を組んで街を歩くフェリシアと焔の写真が1枚載っていた。
「やかましいわ!」
何が悲劇だ!
コメント欄はフェリシアの噂の彼氏が遂に登場したことへの嘆きのコメントと、焔への罵詈雑言でいっぱいだった。
「いつ撮ったこの写真!つか俺の名前とクラスゲロッたの誰だ!」
焔の個人情報については好き勝手に憶測が書かれていたが、どうやらFランクらしいという書き込みが多々あった。
「あちゃ〜」
「堂々とデートなんかするから…」
「こそこそとデートなんかしてたまるか!誰だこの記事作ったのは…。『フェリシア・ファンクラブ会員No.6421』て誰だ!つーか会員多いな!」
「なになに…。『これについて新聞部は突撃取材を行う予定である』『格闘技系の部活がいつもよりハードなメニューをこなしている』『職員室で独身男性教諭陣による涙の酒盛りが開催されていた模様』」
「もう嫌だこの学園…」
「あ〜、それでさっきから殺気に満ちた視線がこっちに向けられてたのか」
「なんでこう注目されるようなことばっか起こるかな」
「いや、鬼城君はけっこう自分から目立つことしてるよ?」
「何⁉︎」
「あ、しかも刀那先輩と刹那先輩とも腕組んでる写真がアップされてる」
「うわ、犯行予告が続いてる…」
「『この美人は誰だ⁉︎』ですって。誰なの?」
「京の写真まで…。なんつーか、知り合いだ」
「?」
「あとで教えてあげるわよ」
「おい、コメント投稿者のほとんどがファンクラブ会員なんだが。燿子も書き込んだりしてないよな?」
「私はネットでそういうことはしない。よくわからないしな」
「ファンクラブの会員であることは否定しないんだな…」
燿子が暴れていないのが逆に怖い。まだこのあいだのことを気にしているのだろうか。
とりあえず京にサーバをハッキングさせて掲示板を消してやろう、と決心する。
と、いきなり講堂の電気が落ちたかと思うと、ステージの上だけがスポットライトに照らされ、ドラムロールが鳴りはじめた。
「なんだ?」
「あぁ、理事長でしょ」
「いつもこんな登場なのか?」
「まあね。ほら」
ステージに目を向けると、紙吹雪と共にクラッカーが鳴り、銀髪の男性が派手に登場した。
真っ白なスーツ。胸には赤い花。キメ顔でキング・オブ・ポップのようなポーズをとっている。
ワー!と歓声が上がるが、スピーカーから出たもので、特に声を上げた生徒はいなかった。
『レイディィィスアンジェントルメェェェン‼︎』
マイクに向かって叫ぶ。
『今日は集まってくれてありがとう!』
『理事長、前置きは不要です。早くして下さい』
原稿を開こうとした理事長に先手を打ち、瑞乃さんが先を促した。
『相変わらずつれないね〜。やあみんな!私こそがこの学園の理事長、不知火・ハーシェル・月華だ!』
「知ってるよ」
誰かがボソッと呟いたのが聞こえる。
日本人とドイツ人のハーフである月華は、その派手な格好と相まって、やたら印象が強い男だった。
『今日みんなに集まってもらったのは他でもない。先日の痛ましい事件を受け、マイケル・ロックスミス先生と大塚志乃先生の2人が退職されてしまったことは知っているだろう』
(よく言うぜ)
焔が正にこの学園に来た目的である月華は、恐らく先日の事件でも糸を引いていたはずだ。
生徒たちにはちょっと変な教師くらいに思われているかもしれないが、月華がある秘密結社に深く関わり、テロ行為を助長していることは焔と瑞乃しか知らない。
逮捕されたスミスと志乃の取り調べは今も続いており、2人の供述からも第三者の関与を伺わせる証言が出ていた。
『そこでだ!心を痛めた2人に代わり、新たに2人の先生が星宙魔導学園に赴任してきて下さった!』
生徒たちがざわつく。生徒会として前に整列しているフェリシアも今知ったという顔をしており、どうやらサプライズのようだ。
『ふふふ、大いに期待するがいい!私はそれを裏切らない!』
「ハードル上げるな〜」
「新しい先生、まさか大物魔法使いとか?」
「ていうか、ハードルを飛ぶのは理事長じゃなくてその先生だろ…」
「確かに」
『さあ、それでは紹介しよう!どうぞ!」
そう言って手を叩くと、理事長の両脇の床が開き、それぞれ中から昇降機で2人の女性が上がってきた。
(劇団の舞台かよ!)
その2人の女性にスポットが当たり、カメラがズームした瞬間
『ワーーーーーーー‼︎』
講堂中から歓声が上がった。
今度はスピーカーではなく生徒たちの生の声だ。
1人は、スーツの上から白衣を纏った銀髪の白人女性。
もう1人は、修道服を来た金髪の白人女性だ。
2人とも息を飲むほどの美人で、銀髪の女性の方は腕を組み冷たい視線を、金髪の女性の方は柔らかな微笑みを生徒に向けている。
「ぶはっ‼︎」
2人の姿を見た瞬間、周囲が歓声を上げる中、焔は驚きのあまり盛大にむせた。
「な、な、な、な、な」
理事長が何を言っているかわからないほど黄色い悲鳴が飛び交っている。
「ん、どうした焔?」
「な、な、な」
「な?」
「え⁉︎あぁ、いや、な、なんて美人なんだー」
「すげえ棒読みなんだけど」
「きゃー!すっごい美人!これはサプライズね」
「しかし、見たことはないな…。著名な魔法使いではないのか?」
(嘘だろオイ!)
まさかこう来るとは…。
ゴクリと唾を飲み込んだ焔は、こっそりスマホを取り出し京にメールを送る。
『知ってたのか!』
と、すぐに返信が来る。
『ええ』
『手続きってこのことか。いったいどうやったんだ?』
『それはもう、偽装工作にはあらゆる手を使いました。貴方へのサプライズです』
『俺の心臓を止める気か』
『放し飼いにしていたのは貴方です。ちゃんと可愛がってあげて下さいね?』
京の返信にイラッとした焔は、そのままポケットにしまい直した。
『えぇーい!私の話を聞けーっ!紹介が出来ないだろう!』
ようやく理事長の声が聞こえるくらいに収まってきた。
『さっきの私の紹介は恐らく誰も聞いていなかったな。まあいい、自己紹介をしていただこう』
理事長は自分のマイクと予備のマイクをそれぞれに手渡す。
『え〜、ではわたくしから。フランスから来た、セリーナ・ダルクですわ。英語とフランス語を担当させていただきます。どうぞよろしく』
『サファイア・ダークホルムだ。前任者に代わり第2保健室を預かる』
温和で人当たりのよさそうなセリーナと、対象的にサバサバとしたサファイアはそれぞれ挨拶をする。
『ダルク先生は第2保健室でカウンセリングも受け付けて下さる。まあ、どちらかと言えば懺悔室だろう。是非利用してみるといい』
「「「はい‼︎」」」
多くの生徒からとても元気の良い返事が上がった。カウンセリングは必要そうにない。
「はぁ〜〜〜」
集会が終了と言われてもなかなか講堂から皆出ようとしない中、焔は大きな溜め息を吐きながら早々に教室へ戻った。
教室に戻っても、クラスの中はセリーナとサファイアの話で持ちきりだった。
「いや〜、俺毎日保健室に通っちゃうわ〜」
「すげえよな!金髪美人と銀髪美人!むさいスミス先生よりよっぽど…!」
「はぁ〜、まだ興奮が冷めない」
「しかも2人ともすげえスタイル抜群で。サファイア先生は近衛先生と同じくらいだったけど、セリーナ先生のあの…」
「修道服なのに全く隠れてないあの胸!凄すぎるだろ!」
「あぁ、お近づきになりたいぃぃぃ!」
「理事長もたまにはいいことするな!」
「たまにはな!」
そんな会話をなんとなく聞きながら、ショックが冷めてぼーっとしていると、フェリシアからメールが来た。
『お前の知り合いか?』
(鋭い!)
『後で生徒会室へ』
『フェリシア様より大きい』
刀那と刹那からも続けてメールが来る。
(あいつら、さては生徒会だから先に挨拶したな?つか刹那はどこに注目してんだよ…)
とりあえず学校内で接触するわけにはいかない。
7組の英語の授業は既に別の教師が着いているし、保健室に行く予定もない。
面倒を後に回し、考えるのをやめて机に突っ伏した。
昼休み、焔たちは学食でテーブルを囲んでいた。
今日のメニューはトンカツ定食だ。
「なるほど、じゃああの写真に写ってたのはその秘書さんなんだ」
「なんで高校生に秘書がいるのよ…」
ここにいる5人は、グリード事件のときに焔が実力を偽装していたことを知っている。
なので今更秘密を徹底するつもりもないが、それでもまだ焔の目的や組織のことについては触れていなかった。
ミラや伊織はもっと深い部分があることに勘付いているようだったが、焔が答えないこともわかっているのだろう。
京についても、深い関係であるということまでは言及しなかった。腕を組んだ写真を見られているが。
「で、せっかく色々秘密にしてたのに、あんなに堂々と会長とデートしちゃってよかったの?注目が集まるばっかりじゃない」
「本当だよな」
「豪胆なのか呑気なのか…」
実を言うと、早々にアプローチの仕方を変えようと思ってのことだったりもする。
イレギュラーが多いどころか、今のところ想定通りには何も進んでいない。
敵がどこまで焔の情報を把握しているかは定かではないが、グリード事件のときのような民間人にも被害が及ぶ事態になってしまった場合、案外知名度があった方が被害を抑えやすかったりするのだ。
好きで選んだわけではないが、学校という場所を戦場に選んでしまった以上、隠密行動に徹底するのも難しい。
焔に注目が集まっていれば、その間に仲間が動けるという手段もある。
(そういう役回りは、柄じゃないんだけどな…)
しかし、校長に生徒会長と学校の要所とパイプが繋がっているというのは利点か、などと1人でうんうん考えていると、いつの間にかやってきた人物に声をかけられた。
「そこの悩める子羊さん」
「ん?ーっぶはっ!」
そこには、今日着任した新任教師の1人、セリーナ・ダルクが立っていた。
「うわわ、ダルク先生!」
「どうしてここに⁉︎」
「お昼を食べにきたんですわ。ここは凄いですね、向こうにも学食がありました」
「ち、近くで見るとすげえ…」
「せ、先生よかったらこっちのテーブルで食べませんか⁉︎」
「いやいや是非こっちに!」
「あらあら。お誘いありがとうございます。でも、わたくしお昼より気になることがありまして…」
そういって焔に視線を向けてくる。
澄まし顔をしているが、焔はその瞳の奥の激情を看破していた。
「わたくし、明後日から相談室を開こうと思っているんですけれど、いきなりやるのも何か不安で…。貴方は何かお悩みの様子、よろしければ、わたくしと少しお話しませんか?」
「いや、その…」
「「「ええええええ‼︎」」」
悩みの元から相談の申し出があるとは。
「さあ、こっちへどうぞ」
優しく立たされ、有無を言わせぬように腕を組まれる。
それもかなり親しげに、身体を押し付けるような格好のため、セリーナの超弩級の胸部が盛大に形を変えて焔の腕を圧迫する。
「先生!悩みなら俺の方が海より深い悩みが!」
「いやいや、俺の方は人類の存亡に関わるんです!」
「あいつ掲示板の写真に載ってた奴じゃないのか⁉︎なんであいつばっかり!」
「チクショオオオオオオオ!」
「俺もお悩み相談してええええ!」
「あらあら、皆さんとても元気ですわね。もしかしたらわたくしの仕事は案外少ないかもしれません」
「「「そんなぁ⁉︎」」」
セリーナはニコニコしながらポカンとする焔を引っ張って学食を出ていった。
「え…」
「どうしよう、これ」
焔の皿には、まだトンカツが3切れ残っている。
「「「………」」」
残った5人は、焔の安否など気にも留めずにトンカツの争奪線を開始した。
コンコン。
セリーナは焔を第2保健室まで引っ張っていき、扉をノックした。
『はぁ〜い』
中から気怠そうなサファイアの声が返ってくる。
「サフィちゃん、わたくしです」
『あ、セリーナか。いいよ』
扉を開けて中へ入ると、サファイアはパンを齧りながら様々なノートや資料、器具、薬品を片付けていた。
「学食に行ったんじゃ…ん?」
「うふふ。相談室に悩める子羊を連れてきちゃいました♪」
サファイアは焔の顔を認めると、ニヤッと口の端を釣り上げてセリーナと頷き合う。
そして、サファイアは片付けを放り出して窓のカーテンを閉め、セリーナは後ろの扉を閉めて鍵をかけた。そして、
「ボォォォォスゥゥゥゥッッッ‼︎」
サファイアは満面の笑みで思い切り焔に抱きついた。
「ボスボスボスぅ!やっと会えた〜!」
「お、落ち着けサファイア」
「サフィちゃん、ちょっとフライングですわ」
そう言ってセリーナは近くの鞄を漁ると、中から野球ボールより少々小さいくらいの大きさの鉄の球体を取り出した。
それを部屋の中心の方へ放ると、不思議なことに地面には落ちず、僅かに音を立てて浮かび上がる。
そして、表面の小さな穴が発光して起動状態になると、緑のオーラを放って保健室全体を包んだ。
これは充電式の簡易防音壁だ。
そこまで効果範囲は広くないが、持ち運びに優れている。
これにより、保健室の前まで誰かが来ても、中のやり取りには気がつかない。
サファイアは銀髪を振り乱して焔の胸にぐりぐりと顔を埋める。
セリーナも「はぁ」と頬を緩ませ、焔を背後から抱きしめた。
「あ〜、久しぶりのボスだぁ〜♡」
「相変わらず逞しい背中…。お久しぶりです、焔様」
「2人とも…」
焔は何か言おうとしたがやめ、黙ってサファイアの頭を撫でた。
それを羨ましがったセリーナの頭も頭巾を脱がせて撫でる。
主人に甘えるペットのように、しばし至福のひとときを過ごした2人は、ようやく焔に向き直る。
そして、胸に手を当てこうべを垂れる。
「貴方の忠実なる腹心、セリーナ・ダルク。悪の討滅の手助けのため、参上致しました」
「同じくサファイア・ダークホルム、主の下に馳せ参じました」
「「我ら“焔の同盟”は魔法と武力を信念のために」」
「大袈裟だって…。俺のいない間、本部の様子は?」
「報告の通り、全ての任務を遂行しています」
「売り込みは順調です。世界のあちこちで“稲妻に裂かれた髑髏”のマークは噂になっています」
「ジャスティンから聞いているだろうが、こっちでの目的はイレギュラーだらけだ。思ったよりも奴らは深く巣食っているようだ」
「何故この地なのでしょう?」
「さあな…。師匠も瑞乃さんも、在学中には目的に出会わなかった。ただ、奴らの行動が目的ある悪意であることは間違いない」
「しかし、秘密結社とイカれた宗教団体など紙一重でしょう?」
「修道服のお前が言うなよ…。ま確かにそうだな。ただ、俺にとっちゃ動機なんて瑣末な問題だ。潰せばそれで終わる」
「ボスらしい。事後処理に追われるジャスティンが泣きますよ?」
「それがあいつの仕事だろ?」
焔はくくっと笑う。
「で、お前たちはこっちで馴染めそうか?」
「住居には適当なマンションを借りてあります。わたくしは教員免許も持っていますし」
「私はまあ、なんとか…」
「ようやくリーグにも慣れてきたとこだってのに…。アレは完成したのか?」
「ええ、これよ」
そう言ってサファイアはシャツのボタンを3つほど外し、豊かな谷間に乗る円盤状のペンダントを露出させた。
円が何重にもなっているそれは、傍目にはただのペンダントだ。
しかし、中央の部分に手を触れると、どくんという鼓動の後に、ペンダントから波紋が広がった。
そして、その波紋に当てられたサファイアの身体はペンダントを中心に青く染まり、青色の皮膚と紫色の髪を持つ異形の姿に変貌した。
黄色の瞳、尖った耳、その姿はまるで、悪魔だ。
【デビル】
エルフの中でも、その特異体質が目に見える形で身体に現れているエルフの亜種。
体内機能はエルフと変わらないが、肌や瞳の色が著しく変質しており、その姿から“悪魔”と呼ばれる。
この異形の見た目を持って生まれてくる者は極々稀で、世間一般では都市伝説のような扱いになっている。
「生体偽装装置。ボスの義手に組み込まれた試作品のデータを元に改良された新型よ。防水機能と取り外しが可能。私が普段魔法で化けている姿をプログラミングして再現してもらったの」
要は、肌と瞳の色を普通の人間と同じに見せているのだ。
「これがあれば、魔法を使わなくても人間の姿でいられるわ。養護教諭ならほとんどこの格好だし、怪しまれることもない」
その異形の見た目から迫害されて育った過去を持つサファイアは、自分と人間を区別して考えている。
「そうか…。あとは人付き合いだな。講堂でも素っ気なかったし」
「あ、あんな大勢の前に出るとは思わなくて…。あの理事長も鬱陶しいし…」
「まあ、その辺はセリーナにサポートしてもらうしかないな。そのためにここで相談室なんだろ?」
「ええ、そうですわ。サフィちゃん1人にしたら、すぐキレて生徒を傷付けてしまいそうですから」
「そ、そんなことないって!」
「まあ、瑞乃さんにも話をしておく。お前たちは目立つから、馴染むまでは行動に気をつけろ」
「「え?なんで?」」
「不思議そうにするな。講堂でのあの歓声でわかるだろ。スルーするには美人すぎるんだよ」
「そ、そんな…」
「美人だなんて。もう、ボスったら…」
照れ照れと顔を赤らめる。
(大丈夫かこいつら…)
人嫌いなサファイアは言わずもがな、正体を隠すのにもそれなりの苦労があるだろう。
そして、セリーナはこう見えて“殲滅の聖女”と渾名がつくほど、こと戦闘においては過激で容赦がない。
一度暴れ出したら手がつけられないのだ。
焔も大概だが、2人とも隠密作戦には向かないと思う。
「焔様、わたくしたちは今日明日でセーフハウスの用意をして、明後日は夜に歓迎会があります。なので、木曜日の放課後にご自宅へお伺いしますわ」
「家具とか生活用品は先に送っておいたから」
「わかった…。え、ウチに住むのか⁉︎」
「もちろんですわ」「当たり前でしょう?」
「マンションはどうなるんだよ?」
「ただの偽装です」
「ぶっちゃけボスに会いに来る口実が欲しかっただけだもん」
「本当にぶっちゃけたな!」
「京とは毎日お楽しみなのでしょう?わたくしたちも混ざりますので」
「ふふっ、自分だけちゃっかり抜け駆けしたオシオキをしてあげないとね…」
2人の笑顔が怖い。
「ところで、3人?なんか知らない女の匂いがするんだけど」
「ええ、わたくしも気になっていましたわ」
くんくんと匂いを嗅がれる。
(なんで女はこう匂いに敏感なんだ…!)
正確には、匂いそのものではなく焔の纏う空気等のことを言っているのだが、焔はそれを知る由もない。
「いや、実は…」
焔はフェリシアたちのことを説明する。協力者だということを特に強調して。
「エイゼルステイン家の時期党首か…。まあボスに惚れる女をいちいち排除してたら面倒だし、使える女ならまあいいか…」
判断が怖すぎる。
「さっき会いましたわね。あの歳であの完成された美貌、末恐ろしいですわ」
フェリシアは浮気を容認しながらも常に焔の隣を狙っている節があり、実はかなり欲深い性格をしている。
セリーナの警戒もあながち外れではないかもしれない。
「本当はここで可愛がってもらいたかったのですが…」
チラッと時計を見ると、丁度チャイムが鳴った。
「仕方ありません、今日はこれだけで」
そう言ってセリーナが唇を重ねてくる。
圧倒的な質量を持つ胸が、焔との間でいやらしく形を変える。
「ああん、私も」
サファイアが急かすように顔を近づけ、セリーナと唇を離した焔に間髪入れずキスをする。
「さて、表で聞き耳を立てている生徒さんたちに見つかると面倒です。影魔法で移動して下さいな」
「わーったよ」
セリーナと焔が保健室に入ってから、扉の外にも窓の外にも野次馬がいるのには気づいていた。
防音壁のお陰で会話は聞かれていないが、逆に不審に思われていそうだ。
「焔のクラスはわたくしの授業には入っていないのが残念です…」
「じゃあボス、またね〜」
「あぁ、じゃあな」
焔は足下の影に消えていく。
それを見送ったセリーナとサファイアは顔を見合わせてクスッと笑い合い、サファイアがもう一度生体偽装装置を作動させてからドアを開けた。
「あらぁ?皆さん、どうしてここに?」
猫を被って上手く生徒たちをあしらう2人を、まさか学園に潜入した傭兵だと思う生徒はいなかった。