また助けてもらいました
「雪ちゃん、朝だよー」
「雪、起きなさーい、早く起きてお風呂入っちゃわないとすごいことになってるわよー……」
雪の眠ってる近くでサクラと縁の声が聞こえてくる。
どちらの声も少し苦笑してるような声で、雪を揺さぶって起こそうとしているのが伝わった。
雪は二人の声に反応してぼーっとしながら体を起こすと体がやけに重たかった。
「あれ? なんか重い……?」
「あらら、結構しっかりしがみついてたのね……イツキ離れないじゃないの」
「むー、イツキちゃんは私には抱き着いてくれないのに……、雪だけずるい……」
雪は体の重さに不思議そうな顔をした後、重く感じる場所を見るとイツキがしがみついているのが見えた。
イツキは離れるのが嫌なのか眠っているはずなのに手を放そうとしない。雪も無理やり外そうとせずに抱き着かれたままになっていた。
「って、早くいかなくていいの? おじいちゃんは先にいったわよ?」
「え!? あ……、もうこんな時間!? い、イツキちゃんどうしよう……」
「あーもう、イツキ! 起きなさーい!」
「ふぇ? あ、おはよう……あ、雪おねえちゃんもおはようー」
「ほら、イツキ? 雪ちゃんから離れて?」
「え!? あ、ごめんね雪おねえちゃん」
イツキは最初ぼーっとしてて気が付いていない様子だったが、自分の手が雪に離れまいとしがみついているのに気づくと、雪から慌てた様子で離れた。
雪はそんな離れ方をされて寂しかったのか、落ち込んでいる様子だったが、縁とサクラに肩をたたかれたあと二人が雪の胸を指さしてきた。
「ん? 二人して胸指してどうしたの? って、あはは…よだれでべとべと……。お風呂入ってくるね?」
「あ、雪おねえちゃんごめんなさい……」
イツキは顔を赤くしたかと思うと、雪の胸に付いたよだれを見ながら謝った。雪はそんなイツキの頭を軽くなでると急いで風呂場に行ってシャワーを浴び始めた。そのあと扉の奥からイツキがひょっこり顔を出したかと思うと、服を脱いでシャワーに飛び込んできた。
「うわわ、イツキちゃん! 危ないよ!」
「あ、ごめんなさい雪おねえちゃん。えへへ、朝からシャワー浴びるの気持ちいいね!」
「もう……、イツキちゃんったら……、えへへ、でも、そうだね気持ちいいよね」
「うん!」
雪はイツキが突然飛び込んできたことに驚いた様子だったが、イツキの笑顔を見て雪も笑顔になりながらシャワーを浴びるとさっぱりしたのか、二人でニコニコしながら風呂場からあがると、雪は急いで制服に着替えて、イツキにまた後でねと言っておじいさんのところに向かった。
「おじいちゃん、ごめんなさい、遅くなっちゃって。あ、カスカさん! おはようございます」
「ふふふ、大丈夫だよ。まだ、時間があるからね。あ、分かってると思うけど、今日からは新しいバイトが入ったからね。カスカさんよろしくお願いしますね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
カスカはおじいさんの言葉に緊張したような顔で頷きながら頭を下げた。
「ふふふ、そんなに硬くならなくてもいいよ? あ、明日からは朝の掃除とかも頼みますから頑張ってくださいね?」
「はい! 頑張ります!」
おじいさんは妙にかしこまった様子のカスカに笑いかけたあと、カスカの返事の良さに苦笑しながら頷くと二人から離れて厨房のほうに向かった。
「えへへ、カスカさんよろしくお願いします!」
「あ、雪さんよろしくお願いします」
雪はそんなおじいさんを見送った後、カスカのほうを振り向いて笑顔で頭を下げたあと手を前に差し出した。
カスカはそんな雪に呆けたような顔を一瞬だけ見せた後すぐに笑顔を見せるとカスカも手を前に出すとそのまま握手をした。だが、握手をしたのはいいものの恥ずかしいのか手を握りあいながらも離そうとしては、先に離したら誤解を生むと思っているのか再度握りしめるという行為が行われていた。
「えっと、その……、もうそろそろ行きましょうか!」
「あ、はい! そうですね! 行きましょう行きましょう」
雪がカスカの手を取りながらおじいさんの待っている厨房に向かうとおじいさんと目が合った。
おじいさんはそんな雪とカスカの様子を見て不思議そうな顔をした後、納得したような顔をして雪たちのほうに歩いてきた。
「あはは、いつの間にか仲が良くなったみたいだね。うんうん。やっぱり一緒に働くんなら仲がいいほうがいいからね。これからもうちの雪ちゃんと仲良くしてくれると嬉しいな」
「ふふ、はい、大丈夫です。雪さんはすごくいい子ですし。それに私を見て怖がったりとかはしないですしね」
「え? カスカさんって怖い人なの?」
雪はカスカの言葉に驚いた顔をしながらカスカの顔を見るが、怖くなかったのか不思議そうな顔でカスカを見ていた。カスカはそんな雪の言葉に微笑むと、雪の頭の上に手を置いて優しい手つきで撫で始める。
「え……、えっと……、カスカさん?」
カスカは今までの雰囲気とは別人のように変わったかと思うと、雪の頭に手を乗せたままもう片方の手を自分の唇に寄せると内緒、怖がられたくないもの……、と呟いてから手を放した。
雪はそんなカスカの様子に呆然とした顔を見せた後、不機嫌そうな顔をして顔を背けた。
「うー、私はそんな簡単に人を怖がったりしないですもん……」
「え、あれ? そういう反応は予想してなかったわ……、ふふ、そうよね雪ちゃんは怖がったりしないわよね?」
「はい! えへへ、分かってくれればいいんです」
雪はカスカの言葉に少し違和感を感じたが嬉しさのほうが増したからか、たいして考えることもなく嬉しそうに頷いていると、おじいさんがお店を開けるための準備をしていることに気が付いて慌てて手伝いに向かった。
その時には先ほどまで感じていたカスカへの違和感はなくなり、朝見たときのような雰囲気に変わっていた。準備が終わり、開いた少しの時間でカスカはおじいさんと雪にお店ですることを教えてもらいながら、お店の始まる少し前まで三人で話し込んでいた。
「あ、もう時間だね。よしじゃあ、今日はよろしくね、二人とも」
「はい! よろしくお願いします」
「うん! おじいちゃんもカスカさんもよろしくお願いします」
雪の言葉に二人は頷いておじいさんはお店の外に[open]の看板を掛けに行き、カスカは事前の打ち合わせ通りレジの前で立っていた。
お客さんがまばらに入ってきたころ、やはり一人だけいつもと違う人がいると気になるのか、入ってくる人達はカスカを見ながら席に座って、ちらちらとカスカのほうを見ていた。
カスカはおじいさんが来るまで、レジの前でみんなに見られて居心地の悪そうな顔で体をもじもじさせながらおじいさんを待っていた。
「あはは、皆さんにじろじろ見られて困っているじゃないですか。それじゃあカスカさん、皆さんに紹介するからこっちに来てね。常連さんしかいないからすぐに顔も覚えられると思うけどね。さてとまず……、雪ちゃんの友達のユキネさんのところに行こうか?」
カスカはおじいさんの言葉にこくりと頷くと一人で座っているユキネのところに案内された。
ユキネはおじいさんと一緒に来たカスカの顔を見て不思議そうな顔をしていたが、そのあとに制服を見て納得したのか、次は観察するように上から下までなめるように見ていた。
「あ、あの……?」
「うん? ユキネさん。そんなに見てどうかしたのかい?」
「え、あ、いや何でもないですよ? 見たことない人だなって思って」
ユキネはおじいさんに話しかけられて慌てた様子で目をそらしたかと思うと、もう一度おじいさんのほうを見た。
もう一度見たときは先ほどまでとは違い監察するような目ではなくなっていた。
「それで、どうしてここに連れてきたんですか?」
「今日から新しく入る子だからね。常連さんのところに紹介しようと思ってね。それにカスカさんはユキネさんと年も近いし……」
「あの、よろしくお願いします!」
「え!? あ、はい……? よろしくお願いします? ……なんか、性格良さそうな人だし大丈夫かな……」
「ん? 何か言ったかい? ユキネさん?」
「いえ、何も言ってませんよ?」
「そうかい? それならいいんだけどね。雪ちゃんの時みたいに仲良くしてあげてね?」
「あはは、分かりました。あ、注文大丈夫ですか?」
「おや、先に聞いとけばよかったね。大丈夫だよ、そうだね、カスカさん注文を受け取ったら私のところへ持ってきてね。私は厨房に行っているからね」
「あ、はい! 分かりました! えっと……その、ど、どうぞ!」
「ふふ、そんなに緊張しなくても、雪ちゃんもそこまでは緊張してなかったですよ?」
「あ、いや……その、こういう仕事は初めてでわからないことだらけで……」
カスカは注文の名前を書くための紙を手に持ちながら、もじもじすると消えそうな声で話し出した。
「えっと、カスカさんは何歳なの?」
「え……、えっと今年で二十歳になります」
「二十歳なの!? 私よりも年上じゃないの……。あ、自己紹介してなかったっけ? 私の名前はユキネです。よろしくね? あ、年上だし敬語使ったほうがいいですか?」
「あ、いえ! そういうのは私も苦手ですから! 敬語じゃなくても構いませんよ?」
「そっか、よかった。私もそういうのは慣れてなくて、だから、カスカさんも敬語じゃなくていいからね?」
「え、あ、はい……。えっと、よろしくお願いしますね?」
「敬語が抜けきってないよ!?」
「あはは、こういうのは慣れていなくて……、その……、頑張りますので、これからも仲良くしてくださるとうれしいです」
「うん、まぁそこは念押ししなくても、こちらからお願いしたいくらいだからいいけど……。えっと、無理とかしてない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ? 無理とかはしていないですし。あ、あのご注文は?」
「あ、ごめん。えっとアイスコーヒーとバターのトーストをお願い。アイスコーヒーは、マスターにおすすめお願いしますって言えば伝わると思うから」
「は、はい! 分かりました! それでは失礼します」
ユキネはカスカの緊張した顔で、おじいさんのところにメニューを伝えに行く姿を笑顔で見送りながら、持ってきていた本を手に取り、読もうとしたところで、雪がこちらを見ていることに気付いた。
手をひらひら振ると雪も気づかれたことに気づいたのかユキネのほうに歩いてきた。
「えへへ、ユキネさんいらっしゃいませ」
「雪っち久しぶり……ってわけでもないか。なにかあったの?」
「え? どうしてですか?」
「いや、こっち見てたから。何かあったのかなーって思って」
「あー、それはその……、カスカさんが困ってたように見えたから。ユキネさんが何かしたのかなーって思って……」
ユキネは雪の言葉を聞いて、腕を組むとぷくっと頬を膨らませた。
「む、そんなことはしないよ。雪っちにもそんなことはして……ない……よね?」
ユキネは今までのことを頭の中で振り返ると、したような心当たりがあったのか、少しずつ声がしぼんでいった。
雪はそんなユキネに笑顔でありつつも、笑っていないような笑顔で見ると、ユキネは先ほどまでの顔とは違いしゅんとした顔を見せた。
「えっと、雪っちごめんなさい……」
「えへへ、別に怒っていないですけどね? それで、カスカさんとどんな話をしてたんですか?」
「あ、あはは、良かった……、会話はえっと普通のことよ? 年上みたいだったから敬語使ったほうがいいか聞いたりとかそんな感じのこと」
ユキネは雪の言葉にほっとしたような表情を見せると、さっきまでのことを思い出すように顔を上に向けながら話し始めた。
「あ、そうなんですか? そういえばカスカさんって何歳なんですか? 聞いてなくて……」
「そうなの? ダメだよ? これから一緒に働くんだから、相手のことはしっかりと聞いておかないとね。ということで教えてあげません。やっぱりこういうことは本人に直接聞くほうがいいし。それに、こういうことが会話のネタになるんだから、学校で友達作りたいんなら、こういうところから始めないとね?」
「あう……。うん……、でも、そうだよね……。分かった! こっちから聞いてみる! ……えへへ、なんか今のユキネさん。お姉ちゃんって感じがしたよ?」
「え、ほんとに!? むふふー、雪っちなら、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいけどね?」
「えっと……、遠慮しとく……」
「そ、そんなに嫌そうな顔しなくても……」
ユキネは雪の顔を見てガクッとうなだれると、今にも泣きそうな顔で雪のほうを見ていた。そんな捨て犬のような目をしたユキネを見て、唐突に何かが芽生えたのか、おもむろに手を伸ばすとユキネの頭をなで始めた。
「こ、こら雪っち!? なんで頭をなでるの! 私が撫でるのならわかるけど! 雪っちに撫でられるのはなんか恥ずかしい!」
「えへへ、ユキネさんにも、私が撫でられて恥ずかしくなる気持ちを知ってもらおうと思って」
「うぐ……、分かった。分かったから、もうそろそろやめてもいいんじゃない? なんか周りの視線が妙に気になるんだけど……」
雪はユキネにそういわれてから恐る恐る周りを見渡すと周りの人たちと目が合った。周りの人たちは興味津々に見ているものや、微笑ましいものを見るような笑顔の人、見てはいけないものを見たような顔をしているものなど様々だ。
そんなみんなの目を見た雪は顔を真っ赤にすると「あはは……」と乾いた笑いを漏らして、手をそっとユキネの頭から離した。
「雪っち……?」
「う……」
「う?」
「うわーん! 恥ずかしいよ! ど、どうしよう!」
雪は顔を真っ赤にしながらうずくまると働いている最中ということを忘れているのか、すごく取り乱していた。
近くにいたユキネはそんな様子の雪をぽかんとした表情で見ていたが、これを好機と思ったのかさっきのお返しとばかりにうずくまっている雪の頭をなで始めた。
「って、なんでこのタイミングで撫でるんですか……?」
「だって、私だって今のは恥ずかしかったし……。人がたくさんいるところで撫でられる恥ずかしさを知ってもらおうと思ってね?」
ユキネは雪の頭をなでながらさっきのことを思い出したのか、顔を赤くしながらも少し怖い笑顔で頭をなで始めた。
雪はそんなユキネの顔を見て何も言えなくなったのかされるがままになっていた。
そんな様子を見かねたのかおじいさんが奥からやってきて、ユキネから雪を離した後、落ち着いたのかやる気に満ちた目をしていた。
「ごめんおじいちゃん、私頑張るね!」
「うんうん、頑張ってね? 夜になったらおじいちゃんたちに料理を作ってくれるんだろう? どうせ食べるなら笑顔で食べたいからね。イツキちゃんを心配させないためにも頑張らないとね?」
「うん! どっちも頑張る!」
雪はおじいさんにそういうと張り切った様子で接客に戻っていった。その様子を後ろから見ていたおじいさんは安心した様子で厨房に戻ると、カスカが次のメニューを持って待っていた。
「あ、マスター。エビとトマトのバジルソーススパゲッティを二つお願いします。お客さんは三番の席に座っている方ですね」
「あ、うん。分かった。すぐに準備に入るね?」
おじいさんは落ち着いた様子のカスカを見て、こっちのほうが先輩に見えるなと思ったのは雪には内緒にしておこうと思った。
そんな決意をしていると雪も注文を受け取ってきて忙しくなってきた。慌ただしく厨房でおじいさんが料理を作っていると、さすがに料理の出るスピードが遅くなっていくのが分かったのか、雪が慌てて厨房にやってきて下処理だけを淡々とこなしていく。
下処理がやってあるだけでも速度は変わり、忙しかった厨房も落ち着いてきた。
「ありがとう雪ちゃん。助かったよ。今日はなぜか人が多いね? 何かあったのかな? あ、カスカさんもごめんね。一人で接客をさせてしまって」
「えへへ、でも、ごめんね。下処理しか出来なくて。本当は料理を作ってみようと思ったんだけど、どの料理が終わってて、どの料理が終わってないのか分かんなくって」
「いえ、私は料理のほうは分からなかったですし、お客さんもよい方ばかりでしたので大丈夫でしたよ」
「ふふ、とりあえず、二人ともお疲れ様。あと少しだから頑張ろうね」
おじいさんが微笑みながら次の料理を作り出すと、二人は疲れた顔を見せることなく、やり切ったという笑顔で接客に戻っていった。
「そういえば、さっきおじいちゃんが今日は人が多いって言ってましたけど、近くで何かやってるんでしょうか?」
「そうですね……、何かあったのでしょうか? ……あ、そういえば今日は近くで何かのお祭りがありませんでしたか?」
「あ、祭り! あった気がするけど、あれ? でもそれって関係あるんですかね?」
カスカと雪は暇になってきた店内で、さっきおじいさんがつぶやいた言葉について話していた。すると、会話に出てきた「祭り」という言葉に反応したのか話をしている二人のところに若い男たちがやってきた。
「ねえねえ、店員さん。祭りに興味があるならさ、僕たちと一緒に回らない? 男だけで回るのはどうも嫌でさ、ね? どうかな?」
「え? あ、いや、その、やめておきます」
「私もちょっと……、行くなら女の子だけで行きたいですし……」
雪とカスカは急に話しかけられたのに驚きながらも、何か嫌な視線を感じたので断ることにした。男たちはそんな雪たちにニヤニヤした笑みを浮かべると、急に周りから見えなくなるように取り囲むと、少しずつ近づいていく。
「別に悪いようにはしないからさ? ね? 一緒に行こうよ? もうそろそろここでの仕事も終わるんだろう? 外で待ってるからさ、断るんだったらまぁ、分かるよね?」
男たちは周りには見えないように雪たちを隠したあと、雪に見えるように目の前でこぶしを握り締めて振り下ろすしぐさを取った。雪たちはそんなことをするとは思わなかったが、思わず目をつぶった。
その様子を見てニヤニヤ笑顔を浮かべると、目線を厨房で料理を作っているおじいさんのほうに向けた。
「それとも、これを振り下ろすのは君たちの店長さんにしてあげたほうがいいかな?」
その言葉に顔を真っ青にした雪は、顔を横に振ってそれだけはやめてもらおうと、声を出そうとしたとき新たな客が入ってきた。
「旦那! やっと次の仕事先が見つかったぜ! これでやっとここで飯が食えるよ! ……って、なんだこの集団…? 今日はやけに人が多いな?」
その新しい客は、前に雪とイツキを助けてくれた、目つきの悪いお兄さんのアオキだった。
アオキはいぶかしげに集団を見ていたが、その中心に雪が見えたからか、少し雰囲気が変わったように感じた。
若者たちをかき分けながら、中心にやってきたアオキは、前と同じように目を合わせないようにしていた。
「あー、あんときの嬢ちゃんだよな? この集団は何だ? 命知らずにしか見えないんだが……? というかカスカさんもいるし……。カスカさん、そのお久しぶりです……」
カスカとは知り合いなのか、気まずそうにカスカから目をそらしていた。カスカは驚いた表情を浮かべた後、ほっとした表情を浮かべた。
「この方たちはそうですね……、お客様だった人たちです」
「ふーん……、じゃあ今は違うということか?」
「はい、しかし、また会えるとは思っていませんでしたけど、助かりました」
「助かりましたって、別に俺がいなくてもカスカさんな……むぐ!」
「うふふ、私なら……、何ですか?」
「あ、いや、何でもないです。はい」
カスカは話しているアオキの口を手でふさいだ後、表面上はかわいらしい笑顔でアオキに問いかけると、アオキは諦めた声を出しながら若者たちのほうに振り向いた。
「あー、お前らよかったな。手を出さなくて……手を出してたらやばいことになってたぞ……」
「アオキさん? 何か?」
「なんでもないですよ……、なんでも……」
雪はカスカとアオキの会話を聞いて不思議そうな顔をしていたが、とりあえず危機が去るのだろうと安心してみていられた。むしろ、今は先ほどまでの若者たちよりも、アオキとカスカの関係のほうが気になっているぐらいだった。
「な、なんだよ! おっさん! あんたには関係ないだろうが! 俺たちはそこの店員さんに話があるんだ! 邪魔だからどけよ!」
若者たちはいきなり出てきたアオキに驚いて声を出せない状態だったが、先ほどまで話していたリーダーのような人物が我を取り戻して声を出したからか、周りの人たちも一緒になってアオキをにらんでいた。
「あー、いや、どくのはいいけど後悔するのはお前らのほうだと思うぞ? いや、マジで……」
「アオキさん? どいたらダメですよ? というか分かっていますよね? どいたら……ね?」
「あ、はい。よし! 小僧ども、怪我したくなかったらあきらめて帰れ……、な? さっきから旦那も怖いぐらいに殺気出してるしさ……。おかしいな……、今日は俺のいい知らせを旦那に聞かせて、旦那のおいしい料理を食べるはずだったのに……、そう考えるとなんかイライラしてきたな」
「うるせぇ! この人数の差が見て分からないのかよ?余裕ぶりやがって!」
「あーうん。そうだね……、すごいね……。とりあえずお店の迷惑になるから外に出ようか?」
「くそが! っておい! 俺の服をつかむな!」
アオキは笑顔を浮かべるとリーダーの服をつかみ、重さを感じさせない動きでずるずると外に引っ張っていった。リーダーは服をつかまれて身動きが取れないのが苛立つのか、他のやつらを呼んで手を離させようとした。
リーダーが外に連れていかれて呆然としていた他の若者も後を追うように外に出て行った。
「さてと、雪ちゃん? 他のお客様に謝りに行こうか? 私たちのせいで迷惑かけちゃったし」
「え、はい……、あの、大丈夫なんですか?アオキさん一人でしたけど」
「うふふ、むしろあの程度の人数で倒せるんだったらすごいって褒めて上げれるぐらいよ? だって、あの人、昔数百人いる武装した人を一人で無力化してたもの」
「え!? それってどういう……?」
「ま、昔の話は置いといて謝りにいかないとね?」
「あ、はい!」
雪はますますカスカとアオキの関係が気になったが、客に謝りに行くほうが先だと思い他のお客のところに向かっていった。
残っている客は少なく、昔からの常連ばかりだったからなのか、誰もが笑って済ませてくれた上に、逆に雪たちのほうを心配してくる人たちばかりであった。
「ふふふ、やっぱりここの人たちはいい人ばかりね……」
「そうですね……、私はなぜかわからないですけど飴玉をもらいました……。そんなに子供っぽいですかね……」
「ま、まぁ……、よかったじゃない」
「あ、そういえば今日はお祭りに行くんですか?」
「え? そうね……、いければいきたいけど。アオキを誘っていこうかしらね?」
「え!? それってデートですか!?」
「ふふふ、どうかしらね?」
カスカは雪のほうを見ると、笑みを浮かべながら話をはぐらかしてきた。そんな話をしているとまた、扉が開いて汚れ一つついていないどころか汗もかいていない様子のアオキが入ってきた。
「あ、先程はすみません、みなさん。お騒がせしてしまって」
他の客たちはそんなアオキに笑いながら気にするなというと、アオキも安心したのかテーブルに座って、注文を頼んできた。
「お疲れ様、アオキ君。注文はこれでよかっただろう?」
「あ、旦那。はい、やっぱりこれが一番好きなんですよ。というかちょっと量がいつもより多くないですか? ありがたいですけど」
「ふふふ、今日は君にうちの店員が助けられたからね、そのお礼だよ。もちろん、新しい仕事が見つかったらしいからそのお祝いも兼ねてるけどね? 今日は支払いは無しでいいよ。次からは払ってもらうけどね?」
「おー、旦那。ありがとうございます! では、いただきます」
アオキはおじいさんから大きなオムライスを受け取ると、笑顔で食べ始めた。よほど好きなのかそれともお腹が減っていたからかなのかはわからないが、いつもの二倍以上はあったオムライスを少しの時間で食べ終わっていた。
「ふふふ、いつものことながらおいしそうに食べてくれるね。どうだい? あと一個ぐらいはいけるかい?」
「そりゃ、旦那の料理はおいしいですからね……、え、いいんですか?」
「今日ぐらいはいいだろう、君は前も助けてくれたみたいだしね? それに、私にはこれくらいしか出来ないからね」
「これくらいって、それを言うなら助けてもらったのは俺のほうが多いと思うんですが……、昔からよくここでただ飯食ってたような……」
「さすがにあの年の子からはお金を取ることができなかったからね、うちの祖母ちゃんも小さい子には甘かったし、まぁ、料理は壊滅的に下手だったから食べさせてたのは僕だったんだけどね?」
おじいさんは昔を思い出すようにアオキと話して、奥のほうに戻ったかと思うともう一つオムライスを作って持ってきた。
「すごい……、アオキさんたくさん食べるね。オムライス二個目なのにさっきとほとんど食べるスピード変わらないし」
「まぁ、昔から食べる人でしたから……」
「あ、お客さんが呼んでるから行ってくるね!」
「はい、じゃあ私は、レジのほうで待っておきますね」
そんな会話をしているといつの間にかアオキのオムライスはなくなっていた。
アオキはごちそうさまでしたと手を合わせた後、おじいさんのほうに向かってまた来ますと言ったあと、おじいさんに飛び留められて少し話しこんでいた。
そのあとにまた来ますと言って、満足したような顔でお店を去っていった。
「あれ? カスカさん、アオキさんは?」
「もう帰られましたよ? 何かあったんですか?」
「え!? もう帰ったの……? まだお礼言えてないのに……」
「あはは、そんなこと気にするような人じゃないですから、また今度会った時にでもお礼を言えばいいと思いますよ? その時においしい料理とかを渡せばさらに好感度が上がりますね」
「いや、好感度は別に上げなくてもいいですけど……」
「あら、そうなんですか? なんか小説とかだと助けられて恋心が芽生えたりするんですけど、現実だとそうはいかないんですね?」
カスカは残念そうな、それでいてほっとしたような顔をしながら雪に話しかけてきたかと思うと、レジで待っている人のところに走っていった。
「カスカさん、今ほっとしてるように見えたけど……、やっぱりそういうことなのかな? あ、私もテーブルの片づけしなきゃ!」
客も帰りだして店内が静かになってきたころ、おじいさんが奥からやってきて雪たちのところにやってきた。
「あ、そうだカスカさん。さっきアオキ君にも言ったんだけど、今日よかったらうちに遊びに来ないかい? 雪ちゃんたちが料理を作ってくれるんだけど、多分張り切って大量に作ることになるだろうし、良かったらでいいんだけど、どうだろう?」
「え、私は構いませんが……、その、雪さんやほかの方々に確認を取らなくてもいいんですか?」
「大丈夫だよ。わざわざそんなことで言ってくるようなのはいないし。雪ちゃんには今言うことになったけど大丈夫だよね?」
「うん! カスカさんもそんなに心配しなくても大丈夫だよ。むしろ、お母さんならなんで連れてこなかったのって怒るぐらいだろうし」
「そうなんですか? ふふ、それではよろしくお願いします」
「あ、そうだ、えっと、カスカさんってピーマンとか食べられますか? 今日の料理はピーマンが大量に入ったものになると思うんですが……」
雪の言葉に不思議そうな顔を見せたカスカだったが、大丈夫ですよと頷きながら微笑むと、雪も安心したのかカスカを見て微笑んでいた。
「でも、そういえば何でピーマン尽くしなんですか? あ、もしかして、ピーマンが好きな方がいるとかですか?」
「えっと、私がピーマンの肉詰めとかが好きなんですけど、そしたら、なぜかおじいちゃんとイツキちゃんのピーマンを克服させようって話になりまして、えっと……」
「あはは、話の流れでね……」
「あー、なるほど。なんとなくわかりました。それで、そのイツキさんという方はどのような方なのでしょう?」
「あ、カスカさんはイツキちゃんに会ったことないんでしたっけ? えっと、小さくてかわいい女の子ですよ! 元気いっぱいでいつもニコニコしてて楽しそうなんです」
「ふふふ、そうなんですか? 雪さんはそのイツキさんが好きなんですね。すごく好きなんだなーってのが伝わってきました」
「えへへ、カスカさんも会えば好きになりますよ!」
「ふふ、楽しみにしていますね? それで、えっと何時ごろに来ればよろしいでしょうか?」
カスカは雪の笑顔を見てイツキに興味を持った後、おじいさんのほうを向いて集合時間を聞こうとしたときに最後のお客さんが帰ろうとしているのが見えて慌ててレジに向かった。
最後のお客さんの帰りを見送った後、カスカは家に帰って準備をしてから来てもらうために先に帰ることになった。
「それじゃあ、お先に失礼します。マスター、雪さんまた後で」
「はい! それじゃ、また後で!」
カスカがぺこりと頭を下げてお店を出た後に、雪が思い出したような声を出しておじいさんに言いにくそうな顔で近づいていった。
「あの、おじいちゃん…?」
「どうしたんだい?言いにくそうな顔をして……、何かあったのかい?」
「えっとね、その、良かったらなんだけど、ユキネさん呼んでもいいかな? そ、その、このお店でできた初めての友達だから……その……」
「ふふふ、もちろんいいよ。あ、でもユキネさんもあれで結構忙しい人だからね、無理はさせちゃだめだよ?」
おじいさんは雪の言葉を聞いて嬉しそうな顔を見せながら頷いた後、忠告をするように微笑んでいた。
雪はおじいさんに許しをもらえてうれしかったのか急いで携帯でユキネに電話をするとすぐにつながった。
「もしもし、雪っち? どうしたの?」
「あ、あのユキネさん! 今日おじいちゃんの家にご飯を食べに来ませんか?」
雪は決意したような声でユキネに話しかけると、ユキネは最初呆けたような声を出した後申し訳なさそうな声を出して謝ってきた。
「へ? あ、ごめんね。今からちょっと仕事が入ってて、行けるかどうかわからなくて……」
「あ、そうなんですか……、じゃ、じゃあしょうがないですね。今度また誘いますね?」
雪はユキネに誘いを断られて残念そうな声を出したが、気を持ち直して務めて明るい声で電話を切ろうとしたら、声の雰囲気に気が付いたのか慌てた様子で止めてきた。
「あ、ちょっと待って! えっと、何時ごろまでやってたりするか分かる?」
「え? あ、多分遅くまではやってると思いますけど……」
「そっか……、分かった! こっちをパパッと終わらせていくね! えっと、マスターの家だよね?」
「え、うん。そうですけど……えっと、来れるんですか?」
「え? 来てほしくない?」
「いえ! 来てほしいです!」
「あはは、分かった。じゃあ行くから、料理作って待っててね? じゃあ、また後で!」
「うん! 待ってる! また後で!」
雪がニコニコしながら電話を終わらせるとそれを見ていたのかおじいさんが奥からやってきた。
「ふふふ、雪ちゃん。オッケーだったのかい? 顔がにやけているけど」
「えへへ、今から仕事だからいけるかわからないって言ってたんだけど、途中からなんでかわからないけど、早く終わらせていくから待っててーって……。あ、早く準備しなくちゃね!」
「ふふふ、良かったね? 準備もいいけど、先にお掃除終わらせようね?」
「あ、うん! 頑張るよ!」
雪はおじいさんのお店の掃除をてきぱき終わらせると、急いで家に戻るのだった。
そのころユキネは、初めての友達の家に遊びに行けるということで、仕事に行くまでの間、満面の笑みでニコニコしながら向かっていたので、周りの人が不思議そうな顔で見ていたが、本人は全く気が付いておらず、あとで周りの人に聞かれて、恥ずかしい思いをするのはまた別のお話。