一緒に
「あ……、あの縁さん? これ、本当に私が着るのですか?」
「ふふふ、当たり前じゃない。言ったでしょ?私がデザインを担当するって」
「そ、それは確かに聞きましたけど……」
新しく入ってきたアルバイトのカスカは目の前に出された制服を見ながら困惑していた。
その制服はカスカの目から見ても確かにかわいいと思えるものではあった。
花の刺繍と猫のシルエットが描かれているこの制服は、かわいいと思えるのと同時に大人になった自分にはさすがにきれないと思わせてしまうものであった。
カスカも自分以外の人が着ているものだったら見てみたいと思えるものではあったが。
「これはさすがに私が着るのには可愛すぎる気がするのですが……、もっと地味な感じの制服とかはないのですか?」
「ないわ! というか私が徹夜までして作ったんだから着てほしいのよね……。大丈夫よ! 似合うのだけは保証するわ! ……せっかく素材がいいんだからかわいいの着させないともったいないし」
縁はカスカに親指を立てた後にぼそりと呟くと、怪しい目をしながらゆっくりと近づいてくる。
「あ、あの縁さん……? 怖いんですが……」
「いいからさっさと着替えなさい! せっかく作ったんだから。それとも? 私が着替えを手伝ってあげましょうか?」
縁はゆったりとした足取りで近づきながら、手を動かしている。それはもうなめらかで着替えを手伝うための手の動きには見えなかった。
「あ! いえ! 大丈夫です! 着替えます、着替えますからその手の動きをやめてください! 止まってくだ……」
「ふふふ、捕まえたわよ。観念しなさい」
こんなやり取りをした後、涙目になっているカスカを着替えさせた縁は、いい笑顔で帰ろうとしていたところをおじいさんにつかまり滅茶苦茶叱られたのだった。
一日が終わりお店の掃除を終わらせていた雪のところに一人の女性が現れた。その女性はおじいさんに怒られていた縁だった。
「あんなに怒ることないじゃない……、おじいちゃんめ……」
縁はおじいさんに怒られたのがショックだったのか、うつむきながら落ち込んていた。
「いや、さすがに今回はお母さんが悪いと思うけど……。カスカさん涙目になってたし……」
雪は縁の言葉には頷かないで冷めた目をしながら呆れたような声を出していた。縁はそんな雪の方をみながら不貞腐れたような態度をとっている。
「だって、私が徹夜までして作ったのに着てくれようとしなかったし、それに本当は着てみたいのに遠慮してる感じがしたからね。さすがに本当に嫌がってたら私だって無理強いはしないわよ」
「本当に?」
「本当に決まってるじゃない……」
雪は縁の言葉が信用できないのかジト目で見ていると、実の娘に信用されていなかったのが傷ついたのか若干へこんだような声だった。
そんな声に気付いたのか雪は少し気まずそうに眼をそらしながら聞きたかったことを聞き始めた。
「あ、……そういえば結衣はまだ来ないの? やっぱりまだ部活忙しいの?」
「え? あー、結衣はまだしばらくは来れないと思うわよ? 部活が忙しいらしくてね。まぁ来週辺りには来れると思うけど。あ、それまでにはバイトでしっかり働けるようになっておきなさいね? 結衣に笑われちゃうわよ?」
「あはは……、結衣はそんな子じゃないけどね。むしろ、心配しちゃうような子だし心配させないようにしないとね」
「うふふふ、それもそうね。あ、そういえばカスカさんはどんな感じだったの? 見た感じは良さそうな子だったけど」
縁は決意を新たにした雪を見てさっきまでのことを忘れて、微笑ましく思いながら気になっていたことを思い出したように聞き出した。
「えっと、いい人だよ? 今日は制服のサイズ合わせをするだけだったから仕事中はどうなるのかわからないけど。でもおじいちゃんが選んだ人だったし大丈夫だと思うよ。なんか大人の人って感じがしたし。今日はあんまり話せなかったけどね」
雪は今日カスカにあったときのことを思い出しているのか斜め上を見ながらムムムと唸りながら、ぼそぼそと呟き始めた。
「うーん、おじいちゃんはなんだかんだで甘い時があるからねー。でもまぁ大丈夫でしょう。なんとなくだけど」
縁は昔のことを思い出しているのかあいまいに笑いながら、手を頬にあてて困ったような顔をしていた。
そんな会話をしていた雪たちのところに店の後片付けを終わらせたおじいさんがひょっこり現れた。
「ふふ、雪ちゃん。掃除は終わったかい? 縁は家に帰ってイツキちゃんの相手をしてもらえると助かるんだけどね?」
「え! イツキちゃん来てたの? それは早く言ってよ! じゃあ雪、私は帰るから早く終わらせて帰ってきなさいね?」
雪はすごい速さで帰っていった縁を見てため息が出たが、自分も早くイツキに会いたかったのか掃除を丁寧にだがすぐに終わらせた。
「おじいちゃん、終わったよ。帰ろう! イツキちゃんが待ってる!」
「あはは、そんなに慌てなくてもイツキちゃんは逃げないよ? とはいえ、縁が何かしでかしてる可能性もあるし早く帰るほうがいいかもね」
おじいさんは縁のことが信用できなくなっているのか結構失礼なことを言っていたが、雪はその言葉が聞こえていないのか帰る準備をしてお店の外に出ていた。
「おじいちゃん早く! 鍵閉めちゃうよ?」
「ふふふ、はいはい、ホントに雪ちゃんはイツキちゃんのことが好きなんだね」
「えへへ、うん大好き!」
雪は早くイツキに会いたいのか、若干早足になりながら家まで帰り始めた。
おじいさんはそんな雪が微笑ましいのかニコニコ笑いながら後ろをゆっくりとついていった。
もちろん雪が止まってしまわないように一定の距離は保っていたが。家はお店のすぐ近くなので縁が帰ってから十分もかからないでつくことができた。
「ただいま!」
「あ、雪おねえちゃん! おかえり! 縁さんももう来てるよ!」
「えへへ、イツキちゃんただいま! あれ、お母さんは一緒じゃないの?」
家に帰り着いて玄関を開けるとすぐ近くにイツキが見えた。だが、イツキはいるがその近くに縁の姿が見えない。
雪は縁がいないと思ってキョロキョロとあたりを見渡してみると意外にすぐ近くにいた。
慌てているのかパタパタと足音をたたせながら出てくる縁の手元には着替えを持っている。
「今から縁さんとお風呂に入るの! 雪おねえちゃんも一緒に入る?」
「あ、(さすがにこの年になってお母さんと入るのは恥ずかしいし)えへへ、ちょっと三人で入るのにはお風呂場が狭いし今日はやめとくね? また今度来た時は私と一緒に入ろうか?」
「むー、分かった」
イツキは雪と入れないことが残念なのか口を尖らしていたが、また今度入ると言ったのがよかったのか引き下がった。すると、その様子を見ていた縁が何を思ったのかイツキの手を引っ張ったと思ったら、もう片方の手で雪の肩に手をまわしてお風呂場の前の脱衣所まで連れてきた。
いきなりのことに頭が回らない雪だったが、当たり前のように目の前で縁とイツキが服を脱ぎ全裸になったところで縁の手が雪の服を脱がそうとしてるのに気が付き我に返った。
「ちょっ、ちょっとお母さん!? 何してるの?」
「え? いや、だってお風呂に入りたそうだったから、全くもう、イツキちゃんを悲しませるようなことをしたらお母さん怒っちゃうわよ? ということで一緒に入りましょう?」
縁は怒るわよと冗談で言っているのが分かるような笑顔で雪の質問に答えるとまた、服を脱がそうとしてきた。
「え、いや、だってさすがに恥ずかしいし……」
それでも恥ずかしさのほうが上回ったのか服を脱がそうとしてくる手から逃れようと体をねじるとイツキと目が合った。
イツキはさっきまでの話を中途半端に聞いていたのか、目が合うと裸のまま雪に抱き着いてきた。
「やっぱり雪おねえちゃんも一緒に入るの!? えへへ、やったー!」
「う……」
雪はイツキの目が嬉しそうにキラキラしているのが見えて、入らないとは言えなくなったのか諦めて、イツキを引っ付かせたまま服を脱ぎだした。
イツキは一緒に入れることが分かったのかニコニコしながら離れると、服を脱ぎ終えるまで待っていた。
「全くもう……、しょうがないなー」
言葉ではそういうが本音ではうれしいのか、笑顔でイツキの手を取ると一緒に風呂場に入るとそこにはいつの間にか先に入っていた縁の姿が見えた。
「あら、遅かったわね? 二人とも来ないから二人してこないのかと思ったわよ」
「あれ? お母さんいつの間に入ったの?」
「いつの間に……って、雪がイツキちゃんに抱き着かれたときぐらいよ? だって、雪だし。イツキちゃんに抱き着かれた時点で逃げられなくなると思ったからね。私の予想通りね。さてと、たまには私があなたの髪の毛とかを洗ってあげましょうかね?」
「え、いいよ! 私より先にイツキちゃんを洗ってあげないと……」
「しょうがないわね……、それじゃあイツキちゃんを雪が洗って、私があなたの髪を洗ってあげるわね。ほら、はやくそこに座りなさい。あ、イツキちゃんは雪の前に座ってね」
雪は何を言っても無駄だと悟ったのか、二つある椅子のうち大きいほうの椅子を手に取って、小さい椅子を自分の目の前に置いた。イツキは椅子が置かれると同時にその上に座ると雪の足にもたれかかってくる。
「それじゃ、始めるわよ。あ、先にイツキちゃんの髪をある程度まで終わらしてからにしましょうか、あ、そうだ。雪? このシャンプーハットつけてみて」
「へ、なんで? 私じゃなくてイツキちゃんに付けたほうがいいんじゃない?」
「今からあなたの頭洗うんだし、目の前が見えないままイツキちゃんの頭を洗うのは危ないじゃない。シャンプーハットつければ前が見えるから安心して洗えるでしょ?」
「あ、うん。分かった。けど……すごく恥ずかしいんだけど」
「大丈夫大丈夫、すごい似合ってるわよ」
「雪おねえちゃん似合ってるよー」
縁は笑いをこらえているのか手を震わせながら雪にシャンプーハットをかぶせると、昔を思い出すような手つきで雪の頭を洗い始めた。
イツキは雪の頭を見るとシャンプーハットを付けているのが見えたのか無垢な笑顔で話しかけてきたが、その言葉で雪が傷ついたのは言うまでもなく、笑顔を浮かべようとはしているが影があるように見える。
「ありがとねイツキちゃん……、それじゃ、頭を洗うからあっち向いててね。ちゃんと目もつぶるんだよ? ……お母さんは後で覚えておいてね」
ため息をつきそうになるのを我慢してイツキに笑いかけたあと、イツキには聞こえない程度の声でボソッと呟くと縁の手がビクッと震えた気がした。
「ゆ、ゆき? そんな怖い声出さなくても……」
「何の話? おかあさん? うふふ……」
「縁さんどうしたの? 雪おねえちゃんがどうかしたの?」
「う、うふふ、な、なんでもないわよ? ほら、雪? 頭洗い流すから一応目をつぶりなさい」
「むん? 分かった。イツキちゃんちょっとだけ待っててね。あと少しで終わるから」
「はーい!」
縁は雪の頭に水をかけて雪の髪に付いた泡をきれいに流すと、今度はリンスを始めるのか取り出したリンスを手に付けるとマッサージを始めた。
そのマッサージは手慣れている感じがして少し懐かしくそして気持ちのいいものであった。
「お母さんって前もこうやってしてくれたことってあったっけ?」
「子供のころならやってたわよ?」
「雪おねえちゃん? まだ、続きしてくれないの?」
雪は縁のマッサージに気を取られていたのか手の動きが止まっていると、イツキはそのことを不思議に思ったのか、手の止まってる雪の手に頭を押し付けていた。
「あ、ごめんねイツキちゃん。じゃあ、始めるよ?」
「うん! お願いします!」
元気な返事をするイツキの頭を洗い終えると雪もリンスを取り出してイツキの頭をマッサージをし始めた。
イツキはマッサージが気持ちいいのか、目を細めながらうっとりしていた。
雪はイツキの頭をマッサージをしながら、縁のマッサージに身を任せないように耐えていた。
雪もやはり気持ちいいのか、時々腕の力が脱力して、手が近くにあったものに当たったりしたが気合で持ちこたえて、自分で納得できるところまでやり切った。
「終わったよー、イツキちゃんお風呂に入ろうか?」
「うん、えへへ、雪おねえちゃんのマッサージ気持ちよかった!」
「えへへ、ありがとう。また今度一緒に入るときもしてあげるね?」
「ホント!? えへへ約束だからね!」
「うん。約束! じゃあお風呂入ろうか」
雪がイツキを支えてお風呂に入ろうとしたときに縁の慌てた様子の声が聞こえた。
「あ、雪。ちょっと待って、まだ終わってないから、あと少しだけ雪は残ってて」
「えー、うん……、分かった。ごめんねイツキちゃん先に入ってて。よいしょっと。大丈夫?」
「うん! 雪おねえちゃんありがとう! 大丈夫だよ、最近は一人でお風呂に入れるようになったんだから!」
「そうなんだ。えへへすごいね」
「でしょー!」
イツキはすごいと言われてうれしいのかニコニコしながら湯船につかっていた。
そんな様子を見て自分もうれしくなってきたのか温かい気持ちになってきた雪だった。
「それじゃ、続き始めるわね? あと少しだから終わったら三人一緒に入りましょうか」
「うん、分かった。お願いします……、えっと三人で入れるかな?」
雪は縁に続きをしてもらうために椅子の上に座ると、縁が嬉しそうな顔をしながら続きを始めた。
縁の言葉に少し不安があったが、頑張れば行ける程度には湯船も広かったので、あまり気にしないでマッサージに身を任せていた。
気持ちよくなってきて意識がうとうとし始めたときに、急に湯船から上がる音が聞こえてそちらを見ると、イツキが湯船から上がって出てこようとしていた。
「一人はさみしいから私も外にいる!」
「わわわ、いきなり飛び出すのは危ないよ!」
イツキはそういって湯船から飛び出してきて、雪の前に立とうとしたが、さっき雪の手があったときに落ちていたのか、石鹸で足を滑らせ雪に飛び着いてきた。
「うわっと!? イ、イツキちゃん大丈夫?」
「う、うん。大丈夫! 雪おねえちゃんは大丈夫?」
「うん! 私は大丈夫だよ」
「あらあら、全くもう……、イツキちゃん? お風呂から出るときはゆっくり出ましょうね?」
「うん、ごめんなさい……」
「うふふ、よしよし。今度からはしないこといい?」
「うん!」
縁はイツキが反省しているのが分かったのか微笑むと、頭を何回が撫でて雪のほうを見た。
「雪も石鹸を落としたことぐらいは気づきなさいな……。気付かなかったのは私も一緒だからあんまり強く言えないけどね?」
「うん……ごめんなさい。今度からは気を付ける」
「うん、私も気を付けるわね? あ、でもイツキちゃんを受け止めれたのはナイスよ!」
縁はそういうと笑いながら雪の頭をなで始めた。雪は急に撫でられたのがびっくりしたのか、動かないまま撫でられ続けられていた。
縁は撫でるのに満足したのか、雪の頭をお湯でざっと流すとイツキを湯船に入れた。
「ふふふ、じゃあ、三人で仲良く入りましょうか。ほら雪も入りなさい。それとも入るの手伝いましょうか?」
「だ、大丈夫だよ! 一人で入れるから!」
縁はからかうような声音で雪に話しかけつつイツキを自分の膝の上に移動させた
「わー、縁さんおっぱい大きいね!」
「あらあらそうかしら?」
イツキは膝の上ではしゃいでいたときに頭に当たったものが気になったのか、後ろを振り向き胸を見てさらにはしゃぎだした。
縁はそんなイツキの反応に不思議そうな顔をしながらも、胸を張って自慢げな顔をしていた。
その横にいる雪は、そんな自分の母の胸を見たあと、自分のものを確認して落ち込んでいた。
「なんで私の胸は……、いや、まだ可能性はあるよね……?」
「イツキちゃんも大きくなったらこのくらいになるかもしれないわよ? 私が高校生のころにはある程度大きくなってたし。高校を卒業した後も少しずつだけど大きくはなってるから」
「へー、じゃあ、おっぱい大きくなるかな? 縁さんよりも!」
「ふふふ、そうね、大きくなったらなるかもね? ……雪もそんな絶望したような顔で自分の胸を見ないの。もう少ししたら大きくなるわよ。…………きっと」
縁の慰めなのかとどめなのかよくわからない言葉を聞いた雪は乾いた声で笑いながら、自分の胸を見つめバストアップを頑張るか本気で悩んだ。
「雪? もうそろそろ上がったほうがいいんじゃないの? 長風呂はいいけど夏にするとのぼせて危なそうだし。あ、イツキちゃんも連れていってね?」
「え? うん、分かった! イツキちゃん上がろうか?」
「うん!」
雪はイツキと一緒に湯船から上がると、手をつないで脱衣所まで行き、体をふいてパジャマを着るとイツキも着替え終わっていた。そのあと、イツキを近くにあった椅子に座らせると、髪をタオルで挟むようにして水分を吸収させた後、ドライヤーを取り出した。
いつも自分にする時よりも、ドライヤーと髪の距離に注意を払いながら、丁寧にドライヤーで乾かした後、冷風モードに変えて冷たい風で仕上げをする。
ドライヤーをかけ終わった後、丁寧にブラッシングをすると、イツキはブラッシングで気持ちよくなってきたのか、上機嫌な様子で鼻歌交じりに足をプラプラさせていた。
「あら、雪。まず自分のを終わらせてからにすればいいのに。というかいつも自分にする時よりも丁寧ね……、いつもそのくらいすればいいのに」
雪がイツキの髪の毛にブラッシングを夢中でかけていると、縁がお風呂から上がってきた。
縁は自分のをする時よりも丁寧にしている雪を見て呆れた声を上げるが、雪はそんな声に気付かぬほど集中して髪を梳いていた。
そんな雪を見ながら縁は自分のパジャマに着替えると手慣れたように髪をタオルで水を取り除くとドライヤーで乾かし始めた。
「よし! イツキちゃん終わったよ! って眠そうだね、ごめんね遅くなっちゃって?」
「ふぇ? もう終わったの? えへへ、気持ちよくて眠ってしまいそうだった!」
雪はイツキがウトウトしているのを見ると、終わるのが遅すぎて、退屈な思いをさせてしまったのかと心配していたのだが、イツキの笑顔と嬉しそうな顔で、自分の髪の毛をいじっているのを見てほっとしている様子だった。
「えへへ、それなら良かった。また今度もやってあげるね?」
「うん! ありがとう! あれ? でもお姉ちゃんは自分の髪の毛しなくてもいいの?」
イツキは雪の言葉が嬉しいのか雪に抱き着いていたが、雪の頭を見て不思議そうな顔をしていた。
雪はそんなイツキの言葉に自分の髪の毛を乾かすの忘れていたことに気が付いたのか「あ……」と間の抜けた声を上げたが、イツキのほうを見てごまかすように笑顔を浮かべる。
「あはは、大丈夫だよ! 私のはすぐに終わるし」
「むー? ダメだよ? 雪おねえちゃんのもしっかりしてからじゃないと! イツキのせいで雪おねえちゃんの髪の毛が爆発とかしたら嫌だもん」
「そうよ? 全くもう……、小さい子にそんな心配をさせるようじゃダメよ?」
「う、ごめんなさい……ってあれ、お母さんいつのまにお風呂上がったの?」
「いつの間にって……、本当に気づいていなかったのね? 雪が一生懸命イツキちゃんの髪の毛をブラッシングしてるときよ」
イツキは雪の言葉に頬を膨らませると顔をプイっとそらした。そんな光景を見ていた縁は髪の手入れが終わったのかあきれたような声を出しながらイツキの言葉に頷いていた。
雪は気づいていなかったらしく縁がいることに驚いていたが、縁の話を聞いて納得していた。
「とにかく、イツキちゃんの髪の毛を手入れしたいんだったら自分のもちゃんと手入れすること。いいわね?」
「えー、自分のもしてたら時間かかっちゃうし……」
「イツキ、雪おねえちゃんに迷惑かけてるの?」
「え!? そんなことないよ! 全くだよ!?」
「ホント?」
「じゃあ、自分の分もしなさいね?」
「ホントだよ! うん、分かった」
雪は自分の髪の毛よりも、イツキの髪の毛の手入れに時間をかけたいと思っていたのだが、イツキの泣きそうな顔を見て慌てながら否定していると、縁はチャンスと思ったのか約束を取り付けた。縁はイツキが絡んだ約束は破ることはないと、一人安心していた。
「ほら、じゃあ今日は私がしてあげるから椅子に座りなさい」
「え、いや自分でできるから大丈夫だよ! お母さんはイツキちゃんを連れてご飯に……」
「いいから、さっさと椅子に座りなさい。たまには私にさせなさい?」
縁は雪の言葉を遮ると、雪の肩を押さえて椅子に座らせるとドライヤーをかけ始める。
雪はいきなり肩を押さえられて気が動転していたのか、なにも抵抗をせずされるがままになっていた。
「えっと、イツキちゃんは先にあっちに行っててもいいのよ?」
「ううん、私もここにいる! 雪おねえちゃんを待ってる!」
「そう? じゃあ、すぐに終わらせるから待っててね?」
「うん!」
縁とイツキが話しているのにも口を挟まずにされるがままになっていた雪だったが、縁の手が止まりブラッシングをしているときに、ようやく頭が落ち着いてきたのかイツキの存在に気が付いた。
「あれ? イツキちゃんまだいたの? 私のことは気にしないでリビングに行っててもよかったんだよ?」
「えへへ、雪おねえちゃんと一緒に行きたかったから待ってたの! ……迷惑だった?」
「そんなことないよ! 嬉しいよ! えへへ、待っててくれてありがとね!」
「あ、こら! 動くと危ないでしょうが!」
「え、あ、ごめん……」
「雪おねえちゃん、ドライヤーかけてるときは動くと危ないんだよ? 動いたらめっ! ……なんだよ?」
雪はイツキに子犬のような目で見つめられて慌てたのか、ドライヤー中であったことも忘れ首を横に振って否定をすると縁に叱られた。
そんな光景を見ていたイツキは、雪のほうを見ると誰かの真似をしているのか人差し指を立てながら「めっ!」と言ってきた。
その光景に雪と縁はなごみながら髪の手入れを終わらせると、イツキの頭をなでながらリビングのほうに歩いていった。
「むー? なんで二人してイツキの頭なでるのー?」
「うふふ、なんでかしらねー?」
「えへへ、なんでだろうねー?」
二人とも誤魔化すつもりもないのかイツキの頭をなで続けていた。イツキは二人の様子に不思議そうな顔をしていたが、すぐにどうでもよくなったのか、二人に引っ付きながらリビングについた。
「あらら、二人にべったりじゃないの。お母さんには甘えてくれることあんまりないのに」
リビングにはその様子を見て微笑ましそうに笑ってるおじいさんと、三人の様子を見て少し寂しそうな、羨ましそうな表情をしたサクラがいた。
そんなサクラの様子に気が付いたのかイツキがとてとて歩いてサクラに近づいて引っ付いていた。
「ママどうしたの? さみしいの?」
「あらあら、どうしたの急に? 全くもう……」
サクラはイツキの突然の行動に驚いた様子だったが、やはり嬉しいのか顔がほころんでいた。
少し嬉しそうにイツキの頭をなでながら椅子に座らせると、雪が帰ってくる前に作り終えていたのか、ご飯がテーブルの上に並べられていた。
「お母さんお腹空いたー!」
「はいはい……、えっとそれじゃ食べましょうか?」
「あ、そうですね。それじゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
イツキはお腹が空いているのかサクラの体をたたきながらじたばたしていた。
サクラはそんなイツキを見て呆れたような声を出しながら、みんなに確認を取っていた。
雪はそんなサクラの言葉に頷くと、手を合わせていただきますと言うと、他のみんなも手を合わせて食事を始めた。
「うわぁ! この天ぷら美味しい! 誰が作ったんですか?」
「あ、その天ぷらは私が作ったのよ? ちなみにそっちのお味噌汁は縁さんが作ったのよ? おいしいでしょ?」
雪の言葉に嬉しそうな声を出しながらサクラが手を上げると、味噌汁を指さしながら縁のほうを見た。美味しいと言われたのが嬉しいのかサクラはニコニコしていた。
「あ、この天ぷらはサクラさんが作ったんですね、あ、お味噌汁もおいしいよお母さん。そんなに家から出て経ってないのになんか懐かしい感じがするし安心する」
雪はサクラの言葉に納得したような声を出しながら、縁のほうを見て顔を緩めて安心した声で味噌汁をすすっていた。
「あら、なんか嬉しいわね。明日も何か作ってあげましょうか? 雪の好きなピーマンの肉詰めでも作りましょうか、ね、おじいちゃん?」
縁は雪の表情を見て嬉しく思ったのか微笑むと、雪の好物を思い出して、意味深な笑みを浮かべながらおじいさんのほうを見た。
「え、あ、うん……そうだね、そういえば雪ちゃんはピーマン好きだったね……」
「えー……、イツキピーマン嫌い! だから他のがいいなー」
おじいさんは縁の言葉に苦笑いを浮かべながら頷いていると、イツキが嫌そうな顔をさせながら、大きな声で他のを要求してきた。その言葉にひっそりとおじいさんが頷いていた。
「あら、イツキは雪ちゃんの好きなものが嫌いなの?」
「え!? いや、その……うー、嫌いじゃないよ! 雪おねえちゃんの好きなものだし食べれるもん!」
「えっと、イツキちゃん? 無理はしなくても大丈夫だよ? ほら、ピーマンが好きって人なかなかいないと思うから」
「大丈夫だよ! 食べれるもん!」
「あはは、ま、まぁピーマンはまた今度でもいいんじゃないかな……」
おじいさんはなぜかピーマンのことだけは避けたいのか、露骨に会話を逸らそうとしているのが分かった。
縁はそんなおじいさんを見て、ニヤニヤしながら話を続ける。
「イツキちゃんも食べれるって言ってるんだし、明日も作ろうかしらね? おじいさんもいいですよね?」
「ゆ、縁……。お……おじいちゃんはいいけど、他のみんなは大丈夫かい?」
「私はいいですけど、マスターってピーマン嫌いじゃなかったですか?」
「え、おじいちゃんってピーマン嫌いなの?」
「あ、あはは、恥ずかしいんだけどね。なぜかピーマンだけはダメでね……」
「おじちゃん食べれないの?」
おじいさんが恥ずかしそうに頬をかきながら頷くと、イツキと雪は知らなかったのか、驚いた顔をしながらニコニコ微笑んでいた。
「イツキちゃんはどうなんだい? 食べれるのかい?」
「えっと、イツキも本当は食べれないの……ごめんね雪おねえちゃん」
イツキは申し訳なさそうな顔をしながら雪のほうを見つめると、雪はそんなイツキに驚いたような顔をした後、慌てたように顔を横に振りながら話し出した。
「え、いやいいんだよ? 無理して食べるようなものじゃないし」
「うーん、決めた! ピーマン食べれるようになる! 頑張る! おじちゃんも一緒に頑張ろう!」
「え、あ、うん……。そう、だね……おじいちゃんも頑張ってみようかな」
イツキは雪の言葉に考え込んだかと思うと、急に雪に向かって明るい笑顔で言い放つと、その笑顔のままおじいさんに詰め寄った。
おじいさんはそんなイツキに苦笑しながらも食べれるようになるのはいいことだとわかってるのか、最後は覚悟を決めたような顔で微笑んだ。
雪はそんな二人に微笑むと明日の夜ご飯は手伝おうと意気込んでいた。
「あらあら、おじいちゃんの数少ない弱点なのに……。あ、明日は雪も手伝いなさいね? ピーマンたくさん買って持ってくるから」
縁はおじいさんに悪戯顔で微笑むと、みんなに向かっていい笑顔で爆弾を落とした。主に爆弾の被害者はおじいさんとイツキだったが、その被害者は最後の言葉を聞いて愕然とした顔をしていて、イツキに至っては涙目でプルプル震えていた。
サクラはそんなイツキとおじいさんを見てクスクス笑いながら、それなら私も手伝うと雪たちに微笑んでいた。
「あはは、……そのお手柔らかに頼むよ? イツキちゃんのためにも、おじいちゃんのためにもね」
「うん! おじいちゃんとイツキちゃんが美味しいって言ってくれるように頑張ってたくさん作るね!」
「そうね、みじん切りにしたり、細切れにしたり輪切りにしたり細く切ったり薄く切ったり天ぷらにしたり肉詰めしたりあまり細かくしすぎないほうがいいのかしら?」
「そうですね、確か切りすぎると苦くなるとか言いませんでしたっけ?」
「あー、いや確かピーマンの輪切りとかの横に切るのが苦みがでて、縦切りだと苦みが少なくなるんじゃなかったかな。油でいためるとさらに苦みを減らす効果があるらしいから炒め物とか素揚げがいいらしいよ。あ、ピーマンの種とかわたの部分が特に苦いからその部分はちゃんと取らないとね」
「え、おじいちゃん詳しいね」
「そりゃ、おじいちゃんだって料理を作るからね。確か冷蔵庫のメニュー表にもピーマンを使ったものがあったはずだよ?」
「え! 気付かなかった! 今度探してみる! ……あれ? そういえばその料理は自分で食べてみたりしなかったの?」
「あはは、あの時は祖母ちゃんいたからね……、祖母ちゃんに味見を頼んでたんだよ」
おじいさんの昔を思い出すような顔を見て、気まずそうな顔をした雪だったが、自分も祖母ちゃんのことを思い出したのか、昔を思い出すような声でおじいさんに話しかけた。
「え、あ……、そっか祖母ちゃんと一緒に始めたんだもんね! それじゃあ、自分では食べてないんだ! そのメニューも使っていい? あ、ちょっとだけアレンジとかしても大丈夫?」
「ふふ、別に構わないよ? どういう風にアレンジしてくれるのか気になるし。その時はそのアレンジしたものも教えてね? おじいちゃんも覚えたいからね」
おじいさんは雪のやる気な顔を見て嬉しくなったのかニコニコ笑っていた。
「うん! ありがとうおじいちゃん! そんなにすごいアレンジは出来ないと思うからそこまでは期待しないでね?」
「ふふふ、分かったよ、でも雪ちゃんならできると思うけどね?」
「えっと……。が、頑張ってみる!」
雪はおじいさんの言葉が嬉しかったのかこぶしを握りしめた。その様子を見ていた他のみんなはニコニコしながら雪を見つめていた。
「あ、そうだ雪? どうせだったらせっかく買ったんだし、スマホで調べてみればいいんじゃない?」
「え? スマホ? ……あ、そっか調べられるんだっけ。えっと、ど、どうやって調べればいいの?」
「分からないのね、えっとね……」
雪は自分のスマホを見るが分からないのか、「?」を頭上に浮かべながらオロオロしていた。
縁はそんな雪が見ていられなくなったのか、呆れた声を出して雪からスマホを受けとると教え始めた。そのあと雪は新しく買ったスマホに悪戦苦闘しながらも、縁に教えてもらいながら調べ方やいろいろなことを覚えた。
その時に必要な連絡先もついでに入力してもらった。
「えへへ、ありがとうお母さん!」
「はいはい、あとはなんとなくで覚えなさい。さてと、それじゃ、もう寝ましょうか。イツキちゃんは私と寝ましょうねー」
「うん! 縁さんと寝るー」
「え!? イ、イツキちゃんと寝たかったのに……」
「あら? それじゃ、一緒に寝る?」
縁は雪の残念そうな顔を見てニヤニヤ笑いながらからかっていると、それを聞いたイツキが目をキラキラさせながらそわそわしだした。
そのイツキのしぐさを見つけてしまった雪は嬉しそうな顔をしながら頷くと、イツキの頭を撫でると三人で部屋に入っていった。
その様子をサクラが少し寂しそうな顔で後ろからみていると、それが分かった縁がサクラの手を引っ張ると強引に部屋に連れ込んだ。
サクラはいきなりすぎて頭が追い付かないまま布団の上に寝かされると、お腹の上からイツキが飛び乗ってきて苦しそうにしていた。
「イツキ! 急に上に乗っかられるとびっくりするでしょ!?」
「えへへー、お母さんごめん」
「全くもう……」
サクラはイツキを自分の上から動かすと怒ったような声を出しながらも嬉しいのか、顔をにやけさせながらイツキの頭を撫でていた。
しばらく頭を撫でているとイツキは疲れていたのか、落ち着いた声を出しながらあくびをしたかと思うと、イツキの寝息が聞こえてきた。
そんなイツキの様子をみてなぜか笑いが込み上げてきて三人でクスクス笑っていた。
それからしばらくの間会話をしていたがいつの間にか眠ってしまっていた。