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暗い瞳の女のひと

  ユキネとの買い物も終わり数日たったある日、いつものように掃除をしに雪がお店に来ると、女の人がスタッフ募集の張り紙をじっと見ているのを発見した。その人に話しかけると女の人は雪に働かせてほしいと少し噛みながらお願いをしてきた。


「その、えっと、急な話で申し訳ないんですけど、私を雇ってください!」


  暗い青い瞳の女の人はもう一度雪にお願いすると、頭を下げた。雪は突然のことで驚きつつも、頭を下げている女のひとに頭を上げてもらい、お店の中に招き入れた。

  雪は掃除の終わった近くの椅子を引くと、女の人に座って待ってもらい、慌てておじいさんを呼びに行った。


「あ、おじいちゃん! 見つけた! 人が来たよ!」


「どうしたんだい? そんなに慌てて……、人が来たって誰が来たんだい?」


  おじいさんは慌てた雪を宥め落ち着かせようと、近くに駆け寄り、雪の頭を撫で始めた。雪は撫でられながらも深呼吸を繰り返して、落ち着いたところで話し始めた。


「えっとね、このお店に雇ってくださいって女の人が来たの。年は私より年上だと思うんだけど今お店に座って待ってもらってるから早く行こう!」


「なるほどね、分かった。じゃ、行こうか。あまり待たせるのも悪いし」


「うん! あ、こっちの掃除は私がしとくね!」


「ありがとう、それじゃ、行ってくるね」


  雪は女の人と話をしに行ったおじいさんに、いってらっしゃいとお店のほうに送った後、残って掃除をし始めた。掃除はほとんど終わっっていたためすぐに終わり、急いでおじいさんのところに向かうとまだ話をしている最中だった。

  邪魔をしたら悪いと雪は掃除道具を持って普段はしないところの掃除をしに向かった。

  掃除を終えた雪はふーっと一息をつくと開店の時間が迫っているのに気づき、慌てておじいさんのところに戻ることにした。そこでは、泣いている女の人と困った様子のおじいさんの姿があった。


「えっと、おじいちゃん……何があったの?」


「あー……、今までいろいろあったみたいでね。詳しいことは後で話すよ。ほら、幽さん、今日のところはおうちに帰って明日また来てね。制服とか用意しないといけないから。まぁ、落ち着くまではスタッフルームにいると良いよ。雪ちゃん案内よろしくね。お店は今から開けるから、すぐに戻ってきてね」


「分かった。じゃ、カスカさん、こっちです。ついて来てください」


「あ、はい、えっと失礼します。マスター。それと、これからよろしくお願いします」


「うん、よろしくね」


  おじいさんは泣いていないことに安心したのかホッとした表情を浮かべて、簡単に挨拶を終わらせるとおじいさんはお店を開けるためにお店のドアに向かった。

  雪はカスカの手を取ると、一緒にカウンターの裏に入った。


「えっと、カスカさんって呼んじゃいましたけど……、良かったでしょうか?」


「え、あ、はい。お気になさらず。あなたのことは何とお呼びすれば……?」


  カスカは雪に話しかけられて緊張した様子だったが、おじいさんの後だったためか最初よりは緊張も解けた様子だった。むしろカスカよりも雪のほうが少し緊張している様子だった。

  雪は名前を教えていなかったことを思い出して、慌てた様子で名前を告げた。


「わ、私の名前は雪なので、雪で大丈夫です。これからよろしくお願いします」


「あ、はい! よろしくお願いしますね。雪さん」


「あ、あの……、私のほうが年下ですから呼び捨てでかまいませんし、敬語でなくても大丈夫ですよ?」


  雪は年上のカスカに敬語を使われるのが気が引けるのか、手をあたふたさせながら早口でまくし立てた。

  カスカは雪のその様子を見て、初対面にもかかわらずなぜか微笑ましい気持ちになっていつの間にか雪の頭を撫でていた。


「ひゃえ? えっと……カスカさん?」


「は! 私は一体何を! ご、ごめんなさい! なぜか、こう……、撫でたくなりまして……」


  カスカは自分の行動に動揺しながらもすぐに謝ると、真っ赤にした顔を俯かせながらカスカはスタッフルームから抜け出して、慌ただしくおじいさんに謝ってお店から走り去っていった。

  おじいさんはそんなカスカの様子をやれやれと困った様子で見送ると、お客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませ、ユキネさん」


「あ、マスター。今日は私が一番のお客さんなのかな?」


「あはは、そうだね。雪ちゃんもいるからもうそろそろこっちに来ると思うよ」


「あ、ホント!? ……ってそうそう、さっきこのお店から俯かせた顔を真っ赤にして走り去っていく女の人を見かけたんだけど。あれって誰ですか?」


「あー……、あの子はカスカさんて言って、もう少ししたらここの店員になるかもしれない子だよ。まぁちょっと訳ありっぽいんだけどね……。見た感じ良い子そうだから、雇うことにしたんだよ」


「訳あり……ですか。まぁ、私の知り合い……、と、友達に迷惑がかからなければいいでしょう」


「あはは、まぁその点は大丈夫だよ。悪意を持って悪さをするタイプには見えなかったし。でも、意図せぬ形で迷惑はかけそうだけどね。ま、ここの人たちなら大丈夫だろう」


  おじいさんとユキネがそんな話をしていたとき、雪がカウンターから心配そうな顔をしながら出てきた。


「あ、雪っち。久しぶりーってわけではないか……、こんにちは!」


「えへへ、ユキネさんこんにちは! 久しぶりというわけではないですよ。昨日も会いましたからね」


「あ、新しい人が入るみたいだけど、雪っちから見てどんな感じ?」


  ユキネは入ってきた人が気になるのか顔を雪に近づけておじいさんと同じような質問を繰り返していた。雪はそんなユキネから顔をのけぞるようにして話を聞いて、困ったような顔で話し始めた。


「うーん、どんな感じと言われても……、優しそうな人だったよ。急に頭を撫でられたりしたけど……」


「頭を撫でられたの? どうしたらほとんど初対面の雪っちの頭を撫でるシチュエーションになるのよ……。あ、でも雪っちはなんか撫でたくなる雰囲気の持ち主だししょうがないか」


  ユキネは最初雪の発言を聞いて不思議そうな顔をしていたが、話を聞いているうちになぜか納得していた。

  雪はそんなユキネの言葉になんでと思ったが、ユキネの笑顔を見て否定する気も失せたのか、ユキネの顔を見ながらため息をついた。


「どうしたの、ため息なんてついて……」


「別になんでもないですよ。あ、とりあえず席にご案内します。こちらにどうぞ」


「はーい」


  雪は長い時間その場所にとどまると、次に来るお客さんに迷惑がかかると思ったのか、ユキネを連れて空いている場所に案内した。ユキネは雪の言葉に素直に応じて雪の後をついていく。


「では、注文はお決まりですか?」


「うん、いつもと同じオリジナルブレンドのアイスコーヒーとパンケーキが良いな。前食べたのが食べたくなって……、時間は気にしなくていいよ。あ、先にアイスコーヒーちょうだい」


「はい、かしこまりました。……じゃ、待っててね」


  雪はユキネの注文を受けると笑顔でユキネに一礼して、そのあとすぐにおじいさんの所に注文を伝えに向かった。

  おじいさんは雪がいつもユキネと話し込むのを知っているので、すぐにおじいさんの所に来たことに安心して注文を受け付けると厨房のほうに消えていった。

  雪はそのあと、違うお客さんのところに注文を受けに行くと注文を書いたメモを持っておじいさんの所に向かう。

  おじいさんはメモを受け取ると雪にユキネの注文したアイスコーヒーを渡して、ほかのお客さんの料理を始める。


「ユキネさん、お待たせしました。アイスコーヒーです。パンケーキは時間が結構かかるみたいですから待っててくださいね」


「いいよー。私もそうだろうなと思っていたから、今日は時間あるし、午後からは仕事あるから帰るけどね。それまでにできなくてもまた仕事終わってから来た時に出してもらえればいいし」


  雪はユキネを待たせることになるので少し申し訳ない気持ちになっていたのだが、ユキネの軽い言葉に心が救われたのか、笑顔でユキネにアイスコーヒーを渡していた。

  渡したところでほかのお客さんからも注文が入ったので、急いでお客さんの所に行き注文をメモに書くと、おじいさんのほうに向かった。

  雪が厨房に入るとそこではおじいさんがお客さんからの注文の品をいっぺんに作っている最中だった。

  雪はおじいさんにメモを見せて渡すとおじいさんがメモの品を見て、疲れたような顔をしていた。


「おじいちゃん、どうしたの? やっぱり、いっぺんに作るから疲れたの? 私も手伝おうか?」


「あ、いや、大丈夫だよ。作るのはいいんだけど……頼まれる料理が全部オムライスだったから、何というか……他のも作りたいなと思っただけだよ」


「う、まぁ、なぜかわからないけど今日はオムライスが大人気みたい。コーヒーよりも売れてる気もするし……。あ、もう出来上がってるの持っていくね!」


「あはは、コーヒーよりも売れてるのか……それは困った。ま、このことは後で考えるとしよう。あ、そのオムライスは最初のお客さんのだからね、まちがえないようにね」


「はーい。行ってきます」


「いってらっしゃい、うーん……早くさっきの子、バイトに出てもらえるようにしないとな……。縁も呼ばないといけないし」


  雪が元気に出ていくのを見ておじいさんは嬉しそうな顔をしながら、いろんな料理を作っていた。しかし、やっぱり二人だけだと無理があるのか、おじいさんは困ったような顔をしながら先ほどまで来ていた新しいバイトの子を思い出していた。バイトの子は一生懸命してくれそうだが、なぜか不安が残る。


「まぁ大丈夫だろう……。っとパンケーキも早く作らないと……、あ、オムライス先に持って行ったほうが良いかな」


  おじいさんは他のオムライスを作り終えると急いでお客さんのほうに向かった。


「冷めるともったいないからね……。お待たせいたしました……。いつも、ありがとうございます」


  おじいさんはお客さんにオムライスを渡すとすぐにキッチンに戻って、パンケーキを作り始めた。


「さてと、始めようかな……。多分これからもユキネさんが頼みそうだし、後で雪ちゃんにも教えないといけないかな……」


  おじいさんは独り言を呟きながらパンケーキを作っていると、雪がまたメモを持ってきた。メモの中にはただ一つオムライスの文字が……、深いため息をこらえつつ雪からそのメモを預かってパンケーキと併行してオムライスを作ろうと、キッチンに立ったおじいさんだったが、先ほどまでの考えを思い出してパンケーキを雪に任せることにした。


「よし、雪ちゃん。いい機会だしパンケーキ作ってみようか。すぐに終わるし」


「え、え、でもお店の注文取らないと……」


「大丈夫だろう、私たちには助っ人がいるからね」


「? カスカさんはまだ来ないはずですよ?」


  雪はおじいさんの言ってることが理解できない様子だったが、おじいさんが目を雪の後ろに目を向けたので後ろを振り向くと助っ人がだれなのか分かった。


「え? イツキちゃん、こんにちは。えっといつからそこに?」


「雪お姉ちゃんこんにちは! ついさっき!」


  雪は困った表情をしながらおじいさんのほうに目を向けると、おじいさんは大丈夫と頷いてイツキのほうに顔を向けた。


「イツキちゃん、悪いんだけど、後でパンケーキあげるから今日もまたお手伝いお願いしてもいいかな?」


「いいよ! パンケーキはふわふわのお願いします! それじゃ、いってくるね!」


  イツキはさらっとおじいさんにリクエストを済ませるとカウンターのほうに走って行った。雪は心配そうな顔でイツキを見送るとおじいさんのほうに顔を向け、説明を求めた。


「あはは、雪ちゃん心配しなくても大丈夫だよ。イツキちゃんは雪ちゃんよりも前からここでお手伝いしてもらっているんだ。言ってみれば雪ちゃんの先輩みたいなものだね。今までトラブルを起こしたことのない貴重な人なんだよ? だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。今はこっちに集中してね」


  おじいさんは雪に安心するように説明をした後にパンケーキの材料を雪に渡して、簡単に作り方のコツを教えた。おじいさんは注文の品をいっぺんに作るということをしながら雪の作っている様子を確認していた。


「えっと、まずはボウルに材料を入れてかき混ぜる……えっとかき混ぜすぎないようにするんだよね」


  雪はおじいさんに逐一確認してもらいながらパンケーキを作り始める。


「フライパンの上20から30センチぐらい離して生地を落とす……。おーちゃんと丸い形になった」


  雪は教えてもらったやり方で作り終えると見た感じふわっとしたパンケーキが出来上がった。雪はやり遂げて嬉しそうにパンケーキを眺めていたが、少ししてユキネに渡すことを思い出したのか慌てて持って行った。


「おじいちゃん! これ、渡してくる!」


「あはは、行ってらっしゃい。早めに帰ってきてね」


  雪はうんと元気に返事をすると早く食べてもらいたいのか、ユキネのもとに駆け足で向かっていった。そんな雪を笑いながら見送ったおじいさんは自分の分の注文の品を届けるためにお客さんのもとへ向かう。お客さんのもとに向かい品を出しているとユキネの所から興奮したような声が聞こえた。


「ユキネさん! これ! お待たせしました、食べてみてください!」


「う、うん」


  ユキネはいつもと違う雪の様子にひきつった顔を見せていたが、雪の表情と持ってきたパンケーキを見て何かを悟ったのか、慎重に切り分けて口の前に運び、深呼吸をした後に口に入れた。

  口の中に入れたときに固まってしまったユキネを見て泣きそうな表情になった雪は、その後にユキネが無言で食べ進めるのをみて、半分泣いているような顔で雪はユキネのパンケーキを手に取った。


「ユキネさん……、無理に食べなくても、おいしくないなら言ってくれれば……」


  雪はユキネにそう告げパンケーキをキッチンに持っていこうとしたとき、ユキネが鬼のような表情で雪の手をつかみパンケーキを取り上げながら大きな声で叫んだ。


「これは、私のパンケーキだ! たとえ雪っちであっても渡さないよ! こんなに美味しいんだもん。がるる」


  雪はそんなユキネのことをポカンとした表情で見つめていたが、我に返ったのか困惑した様子でユキネに詰め寄った。


「え、待ってユキネさん……、落ち着いて……、あの、そのパンケーキおいしかったの? 本当に?」


「がるるー……、っとと落ち着こう……。ふう、うん落ち着いた。で、このパンケーキが美味しいかって? 美味しいに決まってるじゃない。ふふふ、一口だけなら上げてもいいわよ。一口だけね!」


「え、本当に? 本当の本当に?」


「本当の本当よ! なんでそんなに信じないのか分からないけど……」


  ユキネは美味しそうに顔をだらしなくして食べていたが、雪の様子に気が付いたのかパンケーキを一口大に切り分けると、雪の口の前に突き出した。


「ほら、食べなさい! そしたら分かるから」


「う、うん。いただきます」


  雪は自分の作ったパンケーキを口の中に入れると驚いたような顔で固まってしまった。そんな表情をみて満足したのか誇らしげな顔で雪を見ると、残りのパンケーキを口いっぱいに詰め込んだ。


「おいひはったでひょう?」


「うん? ユキネさん……、口の中に食べ物入れたまましゃべらないでください。だけど、驚きました。私が作ったのがこんなに美味しくなるなんて。さすが、おじいちゃんだよ」


  雪のそんな発言に今度はユキネが驚く番だった。


「へ? これって雪っちが作ったの?」


「え、うん。おじいちゃんに教えてもらいながらだけど。えへへ、美味しくできてよかった」


「ふーん、へー、……よし。雪っち結婚してください!」


「ふぇ!? ユキネさん! 何を!?」


  ユキネは真剣な顔をしたかと思うと真面目そうな声で雪に求婚してきた。しかしよく見ると瞳は面白がっているのが分かる。


「ふふ、冗談よ、冗談」


「良かった……。冗談で……」


  ユキネは雪のことをからかうのが楽しいのか終始ニコニコしながら雪の相手をしていた。


「あらー? もしかして本気にしちゃったの?」


「だ、だって、急に真剣な表情で言うから!」


「あはは、ごめん、ごめん」


  ユキネはまだからかおうと思っていたが、雪の余裕のない顔での言葉にからかうのをやめて謝ることにした。雪は謝られてもしばらくは頬を膨らませてユキネとは違うほうを見ていたが、ユキネがさっき出されたパンケーキを褒め続けていると、雪の顔がちらちらとこっちを向くようになってきた。

  ユキネはそんな雪の顔を見ないようにしながらもう一回食べたいなー、作ってくれないかなーとわざとらしく呟くと雪はキッチンのほうに真剣な表情で向かっていった。


「ふふふ、これでまた食べられるし、雪っちの機嫌もよくなるしでまさしく一石二鳥っていうやつだね」


  ユキネがそんなことを思いながら笑って雪のことを待っていると、雪がキッチンからひょっこり顔を出した。


「(よし、もう完成したみたい。ふふふ、早く食べた……いな。……ってちょっと待って!?)」


  ユキネの計画通り雪の機嫌は良くなったのだが、雪は褒められたことがよほど嬉しかったのか、先ほどは二枚だったパンケーキの数が十枚になっていた。

  もともとは小さいパンケーキのはずが十枚に重なっているせいか、とても重くなっているらしく、雪も崩さないように手をプルプルさせながら、ユキネのところまで運んでいるようだった。

  雪が無事に運び終わりユキネの前に皿を置くと、雪はどうだと言わんばかりに胸を張って早く食べてほしそうにユキネを見ていた。



「(ど、どうしよう……こんなに食べたら体重計が……、いや、でも、雪っちが頑張って作ってくれたんだし……、あ、雪っちの目がキラキラしてる、なんかすごい食べてほしそうにこっち見てる……。うー……、あーもう!今度ダイエットしよう……)」


  ユキネは雪にニコッと笑いかけると美味しそうに食べ始めた。実際美味しいので食べるのには苦労しなかったのだが、カロリーという敵に内心涙を流していた。

  雪は美味しそうに食べるユキネを見てすごい嬉しそうに笑っていたのだが、ユキネが四枚目のパンケーキを食べ終わったときの苦しそうな表情を見て、慌ててストップをかけた。


「ゆ、ユキネさん!? 無理して今のうちに食べようとしなくても大丈夫ですから! そんなに無理して食べたらお腹痛くなりますよ!?」


「うー……、ホント? いいの? 今食べなくてもいいの?」


  ユキネは雪の顔を泣きそうな顔で見ながら苦しそうに自分のお腹をさすっていた。そんなユキネの様子を見た雪は大丈夫ですよと、安心するように優しい声を出していた。


「ホントに大丈夫? 急に泣いたり怒ったりしない?」


  ユキネは先ほどの雪のことを思い出しているのか窺うように雪のことを見ると。雪は先ほどの自分を思い出すと恥ずかしそうに俯きながら、ユキネの言葉に答えた。


「さっきは、その、あんな恥ずかしいところを見せましたが、今は大丈夫です! その、ユキネさんは美味しいって言ってくれましたし……、だから、パンケーキだけは自信を持って出せるんですよ?その、遅くなりましたが……美味しいって言ってくれてあり……、ありがとうございます」


  雪は顔を赤くしながらもハッキリと最初はユキネに伝えていたが、次第に恥ずかしいことを言っている自覚が出てきたのか、さらに顔を赤くして声がどんどんしぼんでいった。

  ユキネはそんな雪の言葉を近くで聞いていたため全部聞こえていたが、話を聞いているうちに自分も恥ずかしくなっていったのか、顔を赤くして俯かせていた。

  雪はそんな状況に耐えきれなくなって最後に嬉しかったですと言うと、ユキネをその場に残して去っていった。とはいえ、まだ働く時間なので距離は近い場所にいたのだが……。

  気まずい雰囲気のままお店は終了の時間を迎えた。


「あ、おじいちゃん。その……」


「うん? どうかしたのかい?」


「えっと、パンケーキ以外のデザートの作り方教えてほしいなって思って」


  雪の提案に不思議そうな顔をしながらもおじいさんはいいよと答えて、おじいさんはそのままキッチンに向かった。

  雪はその後を追いかけるのかと思いきや、ちょっと待っててといった後、お店が終わった後もずっと落ち着かなさそうにうろうろしていたユキネのもとに向かった。


「ユキネさん!」


「ゆ、雪っち!? どうしたの?」


「明日も来ますよね!? 来なかったら嫌ですよ?」


  雪はユキネを見つけるとすぐに詰め寄り、顔を近づけて話し始める。


「く、来るけど……」


「約束ですよ! それじゃ、また明日」


「へ?うん。また明日……?」


  ユキネは雪の剣幕に押されるような形で話を終わらされ、頭に疑問符を浮かべながら帰っていった。

  おじいさんはその様子をみてなるほどという表情を浮かべると、少し笑いながら厨房に戻り、ユキネが好きそうなデザートのレシピを一枚一枚丁寧に並べていった。しばらくして、やる気に満ちた雪が帰ってきてデザートの練習が始まった。

  練習を開始してからしばらくの間無心で作っていると隣でおじいさんもデザートを作り始めた。その横ではイツキが待ち遠しそうな顔をして待っているのが見えた。


「おじちゃん、まだ? イツキ早く食べたいよー」


「あはは、もう少しで完成するから待っててね」


  イツキはおじいさんの返答にぷくーっと頬を膨らませながら待っていると、ついにおじいさんのが完成した。


「うわぁ、ふわふわだ! ふわふわ! えへへ、食べていい?」


  イツキは待ちきれないのかおじいさんの返答を待たずに口いっぱいに頬張って食べていた。

  食べたものが美味しかったのか目をキラキラさせながら顔をニコニコさせて、おじいさんにおかわりを要求していた。


「あはは、気に入ってくれて良かったよ。おかわりはこれで最後ね。続きは夜のご飯を食べたあとね」


「むー、はーい」


  イツキはおじいさんの提案に不満そうだったが食べられなくなるのは嫌だと思ったのかしぶしぶだったが頷いた。

  そんなやり取りがされていたころやっと雪も作り終わった。作り終わったスフレケーキをおじいさんに見せると、おじいさんはいただきますと言ってフォークを手に取ると食べ始めた。


「うん、おいしいね。イツキちゃんも食べてみる?」


「雪お姉ちゃんが作ったんだよね? 食べる食べる!

  いいよね? 雪お姉ちゃん?」


「え、うん。いいけど……。試作品だけどいいの?」


「しさくひん? なんかよくわかんないけど……、いいよ!」


  イツキはおじいさんからスフレケーキを受けとると、口いっぱいにまた頬張った。

  よほど美味しいのか、手をじたばたさせながら嬉しそうに食べていた。食べ終わると雪のほうを見て笑顔で雪に抱き着いてきた。

  雪は今度は違うものを作っているときだったため、すごい慌てて火を落としてイツキを優しく叱っていた。


「こ、こら! イツキちゃん火を扱っているときは抱き着いちゃだめだよ? 危ないんだから! 分かった?」


「う、ごめんなさい……気を付けます」


  雪はイツキが素直に謝ったことにうれしくなって頭を撫でていた。


「うんうん、すぐに謝れたね、いい子だね」


「ふぇ? なんかわかんないけど、えへへ。もっと撫でて」


  イツキはなんで撫でられてるのか分からない様子だったが撫でられてうれしいのか、雪の手に頭を押し付けるようにしていた。押し付けていた後に言いたかったことを思い出したのか、ピョンピョン跳ねながら興奮気味に話しかけていた。


「雪お姉ちゃん雪お姉ちゃん! さっきのすごい美味しかったよ! また作って! って今は何を作っているの? また違うお菓子?」


「ふふ、今度は苺のショートケーキだよ。作ったらまた食べてくれる?」


「うん!」


「あはは、それはご飯の後にみんなで食べようか」


「あ、うん。分かった。一ホール作るからみんなで食べよう」


  雪は作ったケーキで喜んでもらえてうれしかったのか、また張り切ってケーキを作り始めた。おじいさんはその時の顔を見て言い知れぬ予感がしたが、気づかないふりをしていた。

  雪はケーキをたくさん作って満足のいくケーキが作れたからか、嬉しそうな顔で帰る準備を始めていた。

  満足できたケーキを冷蔵庫に保管して、後片付けを終わらせて帰ったのだった。

  その日の夜はケーキを振る舞ったおじいちゃんたちが大量にデザートを食べてお腹がきつそうだったことは言うまでもない。



  その次の日、やってきたユキネにまたケーキを振る舞うと泣きそうな顔をしながらも、嬉しそうに持って帰っていった。

  雪は泣きそうな顔をしているユキネの表情を勘違いしてしばらくの間、ケーキを渡すことが日課になりユキネのダイエットメニューがすごいものになっていたのはまた別の話。

  雪がユキネにケーキを渡したその日の夜、カスカがやってきた。


「今日から、よろしくお願いします!」


  カスカは来たあとおじいさんに頭を下げるとすぐに働こうとしていたが、おじいさんから今日はサイズ合わせだけだよ? と言われて意気消沈していた。縁に会ってもらってからも元気がなく、俯いている様子だった。


「あなたがカスカさんね。ふむふむ、よしじゃ、採寸始めようか」


「あ、はい。よろしくお願いします!」


「ふわー。カスカさん。おっぱい大きいねー」


  縁はカスカの胸のサイズを測っているときに我慢ができなくなったのか、小さい声で呟いていた。


「ふぇあ!? 急に何ですか?」


「うふふふ、形もいいし……。っと終わったからもう動いてもいいよ」


「あの、話聞いてますか?」


「じゃ、作り終わったら連絡するから。ばいばーい」


  カスカは縁に相手してもらえていなかったが諦めたのか、なにも言わずに立っていた。


「あ、デザインは私が勝手に決めるから、よろしく」


「あ、はい」


  カスカはこのときに強く反対しておけばよかったと後悔するのだが、今はただ気持ちを切り替えて頑張るぞと意気こんでいるのだった。



  イツキちゃんはこの時にもまだ食べ過ぎでお腹が痛くて苦しんでいるのをサクラしか知らない。

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