約束の日に二人で
雪がアルバイトを始めて数日たったある日、とうとうユキネとの遊びの約束をした日がやってきた。
雪は朝早くに起きると日課になってきているシャワーを浴びてさっぱりした後、今日着ていく服を選び始めた。
ちなみに約束の時間は朝の11時に、分かりやすいという理由でホワイトキャットが待ち合わせの場所になっていた。そして現在の時刻は朝の六時である。
「うー、やっぱり動きやすいパンツで言ったほうが良いかな……、でも、友達とのお買い物だしおしゃれな服じゃないと失礼かな……。あ、そういえば昨日これ着てよってお母さんに渡されたものがあるんだった……。それで行ってしまおうかな……、と、とりあえずどんな服かだけでも見てみよう」
そういって縁に渡された袋から服を取り出してみると、以外にも普通の服だった。
その服は制服にデザインされているのと同じ白猫が胸元に小さくデザインされている白のシンプルなワンピースだった。下にはフリルが少しだけあしらってあるがそれ以外はシンプルなワンピースだったがために逆に雪は慎重になっていた。
「このワンピース何か変な仕掛けとかないよね? ……うん普通だ。うん、よし! これで行こう! お買い物どうせならユキネさんがよく行くお店とかが良いな」
雪が支度をしていたころユキネもまた焦っていた。
「どうしよう、どんな格好で行けばいいんだろう……。ふ、普通の格好で……、あれ私いつもどんな格好だったっけ……? いっそのこと学校の制服で……いやだめだよね。やっぱりちゃんとした服で行かないと! う、うーん……思い切ってワンピースでも着ようかな……。いや、私に似合わないし……。いや、でも……、よし! 折角の夏だし思い切ってワンピースにしよう! シンプルなやつでいいよね」
ユキネはそんなことをぶつぶつ言いながら、衣装棚から黒色の飾り以外ほとんどないワンピースを取り出すと、しばらく見たまま固まっていたが、決心がついたのか着替えようと服を脱いだところで、せっかくだしと風呂に入ることにした。
そして髪を乾かした後にワンピースに着替えるとまだ10時だったので朝食をとってゆったりとした時間を過ごしていた。
途中でホワイトキャットで待ってたほうがいいかという考えになったユキネは約束の時間には早かったが出かけることにした。
「いってきまーす!」
元気に挨拶をした雪は家のドアを閉めると走って待ち合わせ場所に向かった。
「こんにちはー」
「おや、いらっしゃいユキネさん。えっと約束の時間にはまだはやいと思うんだけど……。あ、楽しみすぎて早く来てしまったとかかな?」
ユキネが待ち合わせの場所であるホワイトキャットに到着すると当然雪はおらずおじいさんが一人で店を切り盛りしていた。
おじいさんは早く来たユキネに不思議そうな表情をしていたが、ユキネの表情が何かを物語っていたのか一人納得して微笑んでいた。ユキネはおじいさんの言葉が恥ずかしかったのか全力で否定していたが、おじいさんは微笑むだけで話が通じているようには見えず諦めるような顔をしていた。
今の時刻は10時、約束の時刻まであと1時間もある。
ユキネはもう少しゆっくり来ればよかったかなと思いつつ二杯目のコーヒーを頼もうとマスターを呼んだとき、マスターと一緒に雪がやってきた。
「え!? 雪っち何してるの? まだ約束まで時間あるよ?」
自分のことを完全に棚に上げつつユキネが雪にそう言うと、雪は急いできたのかちょっと息を切らしている様子で、呼吸を整えるために一所懸命深呼吸を繰り返していた。しばらくして落ち着いたのかゆっくりと話はじめた。
「それはこっちのセリフですよ。おじいちゃんがユキネさんがもう来てるよっていうから急いできたんですから。やることなくてどうしようかと思ってたところだったからちょうど良かったです。えへへ、おはようユキネさん」
「え、あはは、ごめん。どうせ暇だし待つんだったらここで待っとこうと思って。うん、おはよう雪っち」
「え、じゃあ私、約束の時間に来たほうがよかったのかな?」
雪はユキネが時間までの暇つぶしに来ていることを知って、邪魔だと思われていると思ったのか不安そうな顔になっていた。
「え、全然大丈夫! というか、早く来てくれてむしろありがたいよ! 一緒にいれる時間も増えるしさ! どうせなら私もたくさんの時間遊びたかったしさ!」
そんな雪を見てユキネは慌てながら言葉を必死に探していたが、動揺していたからか少し恥ずかしいことを口走ってしまった。
そんなことにも気が付かないほど動揺していたユキネはそこまで言い終えると、中身の入っていないカップに口を付け飲もうとしていた。だが、中身が入っていないことに気が付いたのかそーっとカップを戻していた。
それを見ていた周りのお客さんの目が非常に生暖かいものになっていくのが分かった。
ユキネはそれに耐えきれなくなったのか、一人立ち上がると雪を置いてレジで精算し逃げるようにお店から出ていった。
雪はまさか置いて行かれるとは思っていなかったのか、慌てた様子でユキネの後を追ってお店を出ていった。
「ユキネさん待って!」
ユキネはホワイトキャットから少し離れたところで止まると顔を俯かせながら待っていた。遠くからでは分からなかったが少し顔が赤くなっていた。ユキネは落ち着くためなのか深呼吸をしながら雪が追いつくのを待っていた。
「あはは、雪っちごめん。なんか恥ずかしくなってつい……」
「おいて行かれるとは思ってなかったから、焦ったじゃないですか」
「あはははは、……ごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。別に怒っていませんから」
雪はユキネに怒っていないことをアピールするためなのか、笑顔でユキネの手を握ってぶんぶん振り回してきた。
ユキネはそんな雪の様子を見て怒っていないことが伝わったのか、小さく笑いながら手を握り返してきた。
そんなやり取りをしていると先ほどのことを思い出したのか、また顔を赤くしていたが今度は置いて行ったりせずその場で深呼吸をしていた。
「よし、雪っち。ちょっと早くなったけどお買い物に行こうか」
「うん!」
雪はユキネに連れられて洋服を売っているお店の中に入っていった。するとそこで働いている人に見覚えがある。
「あれ? あのひと……?」
雪がどこで見たっけと思い出そうとその男を見ていると、男はその視線に気が付いたのかゆっくりと雪のほうを向いた。
するとその男の顔がどんどん青ざめていく。
「あ、この前の……」
男は雪の顔を見て意を決したような表情を見せると近づいてきた。そして、雪の目の前に来ると頭を下げ始めた。
「こんにちは! 姉御! いらっしゃいませ。本日はどのような品をお求めでしょうか?」
雪は突然の言葉に動揺していると、周りの人たちがにわかにざわつき始める。
「姉御?今姉御って……」
「私もそう聞こえたわ……」
「あんなにおとなしそうな子なのにね。人は見かけによらないわね」
雪はそんな言葉が聞こえ始めたとき、動揺が頂点に達したのか顔を真っ赤にしながらお店から出ていった。
今度はユキネが置いて行かれる形になったのだが、ユキネは頭に疑問符を浮かべてしばらくそこから動けなくなっていた。
「え、あ、雪っち!? 待って!」
しばらくして頭が働きだしたのか、ユキネは雪を追いかけるが雪が周りに見当たらない。
はぐれたとパニックになりかけたところで雪から電話が届いた。
「ご、ごめんなさい……突然のことで頭が真っ白になって走っちゃって、私は今さっきのお店の近くのベンチにいるんですけど。ユキネさんはどこにいますか?」
「え、あ、いいのよ。私もさっき同じことしたし、これでお相子ね。えっと、私はまださっきのお店にいるからそこまで行くわね」
「あ、はい。待ってます」
雪はそういうと電話を切った。ユキネはとりあえず合流しようと雪がいる場所に向かったのだった。
「あ、いた。雪っち!」
「あ、ユキネさん。すみません。急にいなくなったりして」
「別にいいわよ。さっきも言った通りこれでお相子ね」
「あ、はい。お相子ですね」
「えっと、それで、なんで姉御なの? というかさっきの人とどういう関係?」
ユキネは雪が急に走って行ったことを自分もしたからということで話を終わらせたが、気になるのか姉御の件について雪に聞いてみた。とはいえ雪も分かるはずがないのでこの前何があったのかを話すことにした。
「なるほど……マスターがお話し……」
ユキネはお話しの部分で納得できたのか遠くを見るような目をしていた。
雪は分からなかったのでユキネに教えてもらおうとしたが、ユキネは雪にはまだ早いと言って結局教えてはくれなかった。
雪は不満そうだったが最近は諦めることに慣れてきているのかお買い物の話に切り替えた。
ユキネはしばらく考え込んでいたが、しょうがないと呟くとため息をつきながら雪の手を取って歩き出した。
「私のおすすめの……お店につれてってあげる。先に言っとくけど今から行くお店の人は、変な人だけどいい人だから安心して」
「変だけどいい人……安心は、その……。しにくいけど。うー、ユキネさんを信じる」
「ふふ、ありがとう。大丈夫よ。……たぶん」
ユキネはそういうと迷うことなく足を進めて一つのお店にたどり着いた。外から見た限り洋服などを扱っているお店のようだ。
「ここよ、あ、私から離れないでね。一人はある意味危険だから……」
「え? それってどういう……」
ユキネは雪の手を引っ張ってお店の中に入るとそこにはタンクトップに短パンのクマのように大きい男が立っていた。
雪は見た瞬間パニックを起こしかけたが、先ほどのユキネの言葉を思い出し離れないようにしていると、その男が近づいてきた。
「あら、ユキネちゃんじゃない。ひさしぶりねー。元気にしてた?」
その男はこれでもかというほど体をくねらせながらユキネに近づいてくる。雪はその様子に壊れたような笑い声を小さく出していると、その声で男が雪に気が付くとユキネと交互に見始めた。
男の目にはうっすらと涙が見えた気がした。
「な、なによ。グリ姉……」
「そう、そうなのね……とうとうあなたにも友達ができたのね! 私は嬉しいわ! それで、このかわいい子のお名前は?」
「え、名前は雪だけど……ちょっと待って! 私は友達たくさんいるわよ? そんな一人もいないみたいな言い方……」
「え、だって、いないでしょ?」
「いるわよ! ほかにもたくさん!」
「だって、あの子たちは友達っていうより取り巻きって感じじゃない……? だけどその子は友達って感じがものすごく匂ってくるもの! それともその子は友達じゃないの?」
「いや、その、友達だけど……。いや、でも……ほかにも友達いるもん! というか、匂ってくるって何よ! そんな表現初めて聞いたわよ!」
「そんなこと言われてもね……。しょうがないわね。そうねあなたには友達がたくさんいるのよね」
「分かればいいのよ」
雪は二人の様子に最初呆気に取られていたが、仲がいいことが伝わったのか二人の様子を途中から微笑ましいものを見るような目で見ていた。
グリ姉はその目に気が付いていたがあえて何も言わずにいた。もちろんユキネは気が付いていなかった。
「あの、グリ姉? さん? えっと私の名前は雪って言います。よろしくお願いします」
「あらー、これはご丁寧に、私の名前はグリっていうの。グリ姉って読んでね? あ、お母さんでもいいわよ?」
「え、えっとその……ま、間に合ってますので! そのグリ姉さんってよびますね」
「あら、この娘……なかなかに、こう、母性本能がくすぐられるわね!」
グリ姉は雪の行動を見て何を思ったのか体をくねらせ興奮していた。雪はそんな様子のグリ姉が怖いのかユキネの後ろに隠れていると、ユキネが雪をグリ姉の前に引っ張り出した。
「え、ちょ、ユキネさん?!」
「安心しなさい……食われたりはしないはずだから」
「はずって……」
「あー、グリ姉? いいかしら?」
「あら、ごめんなさい。ちょっと違う場所に行ってたわ。それで何かしら?」
「えーと、服を買いに来たんだけど、この子に似合う服って何かないかしら?」
「あらあら、ごめんなさいね。そういえば仕事中だったわね。えっとそうね……。その子は可愛いしフリル付きのが似合うかしらね? いや、でもショートパンツにTシャツみたいなラフなのもよさそうね。ちょっと大胆に胸が開いたのを……はやめたほうがよさそうね」
グリ姉は雪の全体を見て一個一個確認をしているみたいだが最後の言葉で雪は傷ついたのかどよんとした雰囲気が雪の周りに見えるような気がした。
グリ姉は完全に自分の世界に入っているためか、そんな雪にまったく気が付かずにどんどん候補が絞り込まれていった。
「あー、雪気にしないようにね。あくまでもグリ姉の感想だから」
「うん、大丈夫、大丈夫だよ」
「よし決めたわ! 私の独断と偏見だけど背中が見えるちょっと大胆なワンピースとかどうかしら? みんなの視線をくぎ付けよ?」
「せ、背中見える……って後ろに布がほとんどないじゃないですか! ダメです。違うのをお願いします!」
「あらそう? しょうがないわね……、じゃあ、おとなしいのにしましょうか。ってあら?そういえばあなたたち二人ともワンピースね? 雪ちゃんのはワンポイントで猫が可愛いわ。どこで買ったものなの?」
「えっとこれはお母さんが作ったもので……」
「あらホント? いいわねーあなたのお母さんとはたくさん楽しいお話ができそうだわ。よし、だったらワンピースだけに絞りましょうか。そうね……」
グリ姉はそういうとまた自分の世界に没頭し始めた。
「よし、これにしましょう。テーマは『夜』で前に作ったのよ。藍色と黒に少しだけ白を加えたものなのだけれどどうかしら? これだったら派手じゃないし、いいとおもうのだけれど」
雪はそういって渡されたワンピースを手に取ると、自分の体に合わせてみた。不思議とぴったりのサイズでどこか引き込まれたので雪は即決で買うことにした。
「あらぁ、気に入ってくれたのね? お買い上げありがとね? あ、そうだ今度来るときあなたのお母さんもつれてきてよ。楽しいお話しがいっぱいできそうだから、ね?」
「あ、はい、一応伝えておきます」
「あらホント? ありがとね」
グリ姉は本当にうれしいのか雪の返事に誰が見ても分かるくらいに機嫌がよくなっていた。
「それじゃ、また来るわ。またねグリ姉」
「あの、今日はありがとうございました! また来ます!」
「はーい、おまちしてるわね」
雪たちはそういうとグリ姉の店を後にした。
「ね? 変な人だけどいい人でしょ?」
「えへへ、うん! 面白くて優しい感じの人だったね。見た目は怖いけど」
二人は笑いながらさっきまでのお店のことを話していた。そして、話題は次に行く場所の話に変わっていった。
「よし、じゃあ次はどこに行こうか?」
「お腹空いたしお昼ごはんにしたいです」
「ふふ、そうね。じゃあ、私がよくいく場所でいいかしら」
「うん! 私あんまり外食しないからお店知らないし。ユキネさんに任せます」
「うん、任された!」
ユキネはそういうとどんどん前に進んでいき一つのお店の前で止まった。お店の前にのぼりでステーキ専門店と書いてある。
「ここのお店すごくおいしいのよ」
「え、でもステーキ専門店って書いてあるしたかいんじゃ……」
「あー、大丈夫おすすめなのはステーキじゃなくてオムライスだから」
「オムライスなの!?」
「あはは、うん。なぜかわからないけど、オムライスがおいしいのよ。ネットで調べるとねステーキよりもオムライスがおすすめってコメントで書かれるくらいなんだから」
「ふぇー、じゃ、じゃあ入ってみようか」
「ええ、入りましょうか」
雪たちはそんな話をしながら中に入りオムライスを頼んでしばし話に花を咲かせていた。しばらくしてオムライスが来たので二人で食べてみると、あまりのおいしさに二人は話を一旦やめて、食べることだけに集中していた。
全部をあっという間に平らげた二人は会計を済ませ外に出ると、満足そうにお腹をさすり、二人で顔を見合わせなぜか笑っていた。
「あはは、美味しいと無言になるっていうけど本当なんだね、二人でずっと無言で食べてたよ、気が付いたらいつの間にか外に出てたし。最後は笑顔になるんだからやっぱり料理ってすごいよ!」
「ふふ、うん! やっぱりあそこのオムライスはおいしいなー。また今度一緒に行こうね」
「うん! 絶対行こう!」
二人はそんな会話をしながらまた買い物の続きを始めるのだった。最初に小物屋さんによることにした。
「うわぁ、白猫のストラップだ、あ、こっちは黒猫だ」
「あ、ホントだ。可愛いね。そうだ、どうせだし二人で一緒の買おうよ!」
「わー、いいね! 買おう買おう! お揃いだね」
雪がお店の名前がホワイトキャットだから白い猫を買いたいと言ったので、買うのは二人ともお揃いで白い猫にすることにした。
次に雪がゲームセンターに行ったことがないということを聞いて雪を連れてクレーンゲームをすることに、ユキネがお金を千円入れてとれなったものを雪が百円でとってユキネが落ち込んだり、二人とも初めてのプリクラを取ったりして楽しんでいた。
そんな楽しい時間はすぐに過ぎさっていつの間にか帰る時間になっていた。
「えへへ、ユキネさん今日はありがとう! すごく楽しかった!」
「ふふ、私こそ雪っちと一緒に遊べてすごく楽しかった! また遊ぼうね!」
「えへへ、うん!」
雪たちはそう言いあうと二人で手をつないでホワイトキャットまで一緒に帰った。ユキネは雪を家まで送り届けると名残惜しそうな顔をしながら帰っていった。
雪は楽しかったと家の中に入るとおじいさんと縁とイツキとサクラのいつものメンバーが食事の準備をして待っていてくれた。
「みんな! ただいまー」
「あ、おかえり雪ちゃん」
「おかえりなさい、雪ちゃん」
「おかえり、雪」
「雪お姉ちゃんおかえり! どこ行ってたの?」
雪が帰ってくるとみんなおかえりと言ってくれたが、イツキだけ事情を知らなかったためか理由を聞いて拗ねていた。
「イツキも行きたかった……、うー……、私も遊ぶ! 雪お姉ちゃんとユキネお姉ちゃんと一緒に遊ぶ! 三人で一緒に遊ぶの!」
「あはは……、ホントに仲良くなったね。みんなで遊ぶ時はまたお休みを取らないとね」
「うん! そのときはよろしくお願いします!」
おじいさんはそう言いながら雪のもとに料理を運んできた。
雪はおじいさんにお礼を言って料理を受け取るとみんなと同じ席に着いた。
「よし、じゃあいただきます!」
みんなでいただきますをしてご飯を食べ終えると、雪はイツキを連れて一緒にお風呂に入るためイツキの手をつないでお風呂場に入っていった。
イツキは急に手を引っ張られて不思議そうな顔をしていたが連れられるがままになっていた。
「イツキちゃん一緒にお風呂入ろう! 入ったこと今まで一度もなかったし。ね?」
「えへへ、うん! 入ろう!」
イツキは雪と一緒にお風呂に入れると分かって嬉しいのか、笑顔でスキップをしながら雪と一緒にお風呂に入った。
お風呂に入った雪はまずイツキの髪を洗おうとイツキを座らせて、頭を優しく泡立つように洗っていた。
「ふわふわー。あわあわー」
「もっとふわふわのあわあわにするからね!」
雪はそういうとイツキの頭をもっと泡立つように洗っていった。
変な髪形にして遊んだりしていたら時間がどんどん経っていた。
「雪―! イツキちゃんが風邪ひくかもしれないからちゃんとお風呂に入りなさいね。」
「はーい! じゃ、イツキちゃん洗い流すね」
「うん! お願いします!ふわー」
イツキは雪に泡を洗い流してもらうと気持ちよさそうな声を上げていた。次に体を洗うとすぐに湯船につかった。他愛のない話をしているとイツキは眠たくなったのか首が上下に揺れ始めた。
「イツキちゃん眠い?」
「うん……、眠い」
「じゃ、上がろうか」
「うん」
雪はイツキに肩を貸して浴槽から出るとイツキの体と髪をよくふき、髪にドライヤーをしたところでイツキは温かかったからかすぐに寝息を立て始めた。
「あ、寝ちゃった。どうしよう。しょうがないお母さん呼べば来るかな……」
「こんなことだろうと思ってたけどね……、まったくもう運ぶわよ」
「うわ、お母さんいつからそこに……」
「あなたがイツキちゃんにドライヤーをかけてあげていた時からよ。眠りそうだなーって思ってたから、ここで終わるまで待ってたのよ」
「あ、なるほど」
雪は縁にイツキをお客用の部屋に運んでもらってお礼を言った後、雪は自分の部屋から今日とった白猫のぬいぐるみをイツキと同じ布団に入れて、イツキの頭を撫でた。
「えへへ、おやすみ。イツキちゃん」
雪はイツキにそう告げると撫でていた手を頭からそっと離し、ニコニコしながら部屋から去っていった。
雪はそのあと今日起きたことをおじいさんたちにとりあえず報告して、歯磨きを済ませるとおじいさんたちにおやすみなさいと言ってリビングから自分の部屋に戻っていった。
「えへへ、今日一日楽しかったな……。また明日も一日楽しく過ごせますように」
雪はそんな言葉を雪以外誰もいない部屋でニコニコしながらつぶやくと、最後におやすみなさいと言って、目を閉じた。
そして雪は、深い眠りに落ちていくが眠りながらもその表情は微笑んでいるように見えた。
次の日の朝イツキは目を覚ますと自分の目の前には知らない白猫のぬいぐるみがよだれまみれで発見された。
イツキはその白猫のよだれまみれになった姿を見て、サクラによだれを垂らして寝ないようにするにはどうすればいいのか聞いているのがとても印象に残った。
イツキは自分のそんな癖が治るまではぬいぐるみを抱いて寝ないと決め、一生懸命努力していた。
ちなみに、その弊害として癖が治るまではほかの誰とも一緒に寝ないと発言したことで、雪と縁が絶望の表情を浮かべていたが、イツキの決めたことだからその邪魔はさせませんというサクラの言葉に負け、しぶしぶ、受け入れている様子だった。
そんなことがあった数日後の朝、雪がいつものようにお店に来て掃除を始めていたとき、開店前にガラスの向こうに貼ってあるスタッフ募集の紙をじっと見ている、少し暗い雰囲気の女の人が目に入った。
洋服もおとなしいもので統一されていて目が髪で隠れて見えなくなっている。そんな女の人が気になって雪はその人のところに近づいた。
「あ、あの……? どうかしましたか?」
女の人は急に話しかけられるとは思っていなかったのか、慌てた様子でその場から立ち去ろうとしていましたが、踏みとどまり雪のほうを向いて意を決したように声を出した。
「あ、あの……私をこの店で雇ってくれましぇんか?」
言葉にかみながらも言い切ったその女の人の顔は、暗い青の瞳が印象に残る綺麗な女の人だった。