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友達との約束

  次の日の朝、雪はリビングから鳴り響く鐘の音で目が覚めた。あんなことがあったにもかかわらず意外にも気持ちのいい朝を迎えた。


「(意外だな……、私ってこんなに図太かったかな? 眠れなくなるかと思ったけどそんなことなかったし。なぜか昨日のおじいちゃんたちを見てたら安心して眠れたんだよね……)」


  目を覚ました雪はそんなことを考えながら体を起こそうとしたが、体が重くて動けなくなっていた。不思議に思いながら、重い部分をみるとイツキが体にしがみついて寝ていた。それをみた雪はイツキが起きないよう慎重に脱け出すと、ようやく布団から出ることができた。

  雪はイツキを抱きしめたまま眠っていたためか雪のパジャマによだれがべっとりとついていた。

  雪は少し困ったような表情を浮かべていたが、よだれまみれのパジャマから着替えるために制服をもって洗面台に向かった。


「あら、雪ちゃん、おはよう。まだ六時よ? って、パジャマがよだれでべたべたじゃない……」


  起きて洗面台に向かう途中のリビングでサクラは朝食を食べていた。サクラは意外と朝からしっかりと食べるほうらしく、ご飯とお味噌汁、おかずに焼き魚が置いてある。


「あ、サクラさん。おはようございます。私はいつもこの時間に起きてますよ? パジャマはイツキちゃんを抱きしめて寝てたらこうなってました。えへへ、ちょっとお風呂に入ってきますね?」


  雪はサクラに挨拶をすると自分の荷物をもってお風呂場に向かった。さすがに湯船にお湯は入っていないので、軽くシャワーを浴びて制服に着替えてから、サクラのいるリビングに向かおうと扉に手をかけたとき、お風呂場の前から奥のドアがあいた音がした。そのあと、話しあってる声がする。


「おや、サクラさん。いつも早いですね。ちなみに私の分の朝食は作ってくれてたりは?」


「マスターの分はないですわね」


「まぁ、そうですよね。しょうがありません。パンだけ食べて出かけますか。それではちょっと出かけますね。すぐに帰ってきますから、それまでここにいてもらえると嬉しいんですが。いいですかね?」


「別にいいですよ。ご飯も食べさせてもらってることですし」


  話をしているのはサクラとおじいさんのようだ。おじいさんは出かけると言うとすぐに外に出て行ってしまった。


「(おじいちゃんこんな朝早くからどこに行ったんだろう?)」


  雪は出るタイミングを失ってしばらくぼうっと立ち尽くしていたが、きゅうと自分のお腹が鳴るのを聞いて、恥ずかしさで顔を赤くしながら、誰にもバレないようにこそこそと風呂場からご飯のあるリビングに向かう。


「なにこそこそしてるの? 雪ちゃん」


「へ? あ、いや、その……」


  こそこそとリビングに入った雪だったが、ドアを開けた音でサクラに見つかり、こそこそしている雪をサクラは不思議そうに見ていた。

  お腹がすいたとはっきり言うのも恥ずかしくしどろもどろになっていると、またお腹が小さくきゅうとなりだす。

  その音を聞いて、雪は恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いていると、サクラの堪えているような笑い声が聞こえた。


「ゆ、雪ちゃん、お腹がすいたのならすいたって言えばいいのに……、隠しちゃうから余計に恥ずかしくなっちゃうんだよ?」


「うー、笑わなくたっていいじゃないですか……。ここは大人の余裕で流してくださいよ」


  雪は俯いていた顔を上げて抗議するような声を上げるが、サクラはクスクス笑うだけで雪の抗議など聞こえていないようだった。


「大人の余裕……ね。今度会うときには身に着けときますね。ふふふ、朝ご飯は私と同じでいいかしら?」


「え、あ、はい。あ、いや、そのパンだけでも……」


  サクラはひとしきり笑い終えたあと、雪のご飯を用意しようとキッチンに立った。雪は急に言われてついハイと答えてしまったが、ご飯を作る手間を考えて簡単なものを提案する。


「それじゃあ、体に力が入らないでしょ? ちゃんとご飯は朝から食べないとだめよ?」


  サクラは雪の提案を却下してご飯を食べさせようとするが、雪がいつも家で何を食べているのか知らなかったので、参考代わりに聞くことにした。


「ねぇ雪ちゃん。雪ちゃんはいつも朝ご飯は何を食べているの?」


「え? 大体はパンと目玉焼きとかですけど……」


「朝からご飯とかは食べてないの?」


「あ、はい。ほとんどパンです」


「じゃあ、しょうがない。朝はパンにしましょうか、いきなり別のものを食べると体がビックリしちゃうものね」


  サクラは雪のいつも食べている朝ごはんのことを聞き、無理にご飯を食べさせることはないと思ったのか、さっきまでの話は何だったのかというほど簡単に切り替えた。

  雪はそんなサクラの切り替えの早さに驚いたが、慣れてきたのかすぐに立ち直り、目玉焼きを作るために冷蔵庫に向かった。

  サクラはパンを取りだしてトースターで焼いている。

 雪が目玉焼きを作り終わり、皿の上に乗せてパンと一緒にトレイに乗せリビングに向かった時、急にサクラが「あ」と声を漏らした。声が気になった雪はサクラのもとに駆け寄る。


「どうかしたんですか? サクラさん。急に声を出して」


「あ、いや、マスターがいないこと教えるのを忘れていたなと思って」


「あ、そういえばおじいちゃんどこに行ったんですか? さっき急に出ていきましたけど」


「あ、聞こえていたんだね。すぐに戻ってくるって言ってたからもうそろそろ戻ってくると思うけど。ま、あんまり気にしないことだね」


「は、はあ……? 分かりました。気にしないことにします」


  雪は納得いかなかったが、気にしないほうが良いってこともあるかもしれないと思い直し、さっきまでのことは気にしないことにした。すぐに思い知ることになるとは知らずに……。


  そんな話をしながら朝食を食べ終えるとイツキがひょっこり顔を出していた。まだ眠いのか目をこすりながらの登場だ。


「あ、イツキちゃんおはよう。まだ七時だよ? 朝早いんだね」


「むー、おはよう雪お姉ちゃん。ん、お腹空いた……」


  サクラはそんなイツキを見て絶句していた。

  雪はそんなサクラのことには気が付かずに、イツキに何が食べたいかを聞いたあと、調理に取り掛かった。

 とは言ってもイツキの食べたいものが「雪お姉ちゃんと一緒のが良い」と言われて簡単なものだったのですぐに作り終えたのだが。

  そんなことをしているとサクラが復活したのか(とはいえまだ驚いた顔だったが)イツキと話をしていた。


「い、イツキ? どうしたの今日は、こんな朝早くに起きて。いつもはお母さんが起こすまで絶対に起きないのに」


「ふぇ? なんか雪お姉ちゃんがいないなって思って……。そしたら寂しくなってきたから起きたの」


  サクラが驚いていた理由は朝早くにイツキが起きてきたからだったらしい。絶句するほど驚くということはいつもはよほど起きないのだろう。

  雪はイツキに寂しい思いをさせたことが分かったのか、驚いた顔をしながらもイツキに駆け寄ると、イツキを自分の膝の上に乗せ抱きしめながら食事をさせていた。

  サクラはそんな食事風景に呆気にとられていたが、我にかえったのか雪のことを注意していた。


「あ、雪ちゃん。お行儀が悪いからその食べさせ方は禁止ね」


「あ、はい。うー、イツキちゃんに食べさせたかったのに」


「はいはい、それはまた今度ね」


  雪は自分の膝からイツキを降ろすと、さっきまで座っていた自分の席に戻って、食べ終えた食器を集めていた。

  サクラも食べ終えていたので食器を片付けようと手を伸ばすと、先に雪が片付けてキッチンに持って行った。


「あ、雪ちゃん。そこに置いといてくれれば私がするからしなくてもいいのに」


「いえ、自分の分だけするのも何か二度手間ですしやっちゃいますよ」


  雪はてきぱきと食器を洗い食器乾燥機に入れるとスイッチを押したあと、すぐにこっちに戻ってきた。


「あら、まだイツキが食べてるのがあるから乾燥機は使わなくてもいいんじゃない? マスターもまだ食べるかもしれないし」


「え、あ、そ、そうですよね」


 雪はもうイツキに出したことを忘れていたのか、慌ててすぐにスイッチを切りにいったが、恥ずかしいのか顔が赤くなっている。


「フフフ、顔が赤くなりやすいのね。可愛いわねー」


「へ!? いや、その……」


  雪はまさか可愛いと言われるとは思わなかったのか、赤くなっていた顔をさらに赤くしながら顔をぶんぶん振り回しながら否定していた。回しすぎて顔がさらに赤くなり、ふらふらしだした。


「あら、さらに顔が赤くなって。……って大丈夫? すごいふらふらしてるけど」


「う、大丈夫ですよ……。ちょっとふらふらするだけですから」


「雪お姉ちゃん大丈夫?」


「えへへ、心配してくれてありがとね。大丈夫だよ、頭降りすぎたらこうなるんだね……初めて知ったよ」


  サクラは赤くなったことをからかおうとしていたが、雪がふらふらしていることに気が付いて心配そうにしている。

  イツキもふらふらしている雪が心配みたいで近くによって、手を上下に振りながらふらふらしている雪を支えようとしていた。

  雪はふらふらしながら近くの椅子に座るとイツキも安心したのか椅子に座った。

  サクラはそんな二人を微笑ましい気持ちで見ていると、不意にガラガラと玄関が開く音がした。

  どうやらおじいさんが帰ってきたみたいで足音が近づいてくる。


「あ、おじちゃん。おかえりー」


「あら、マスターおかえりなさい」


「おじいちゃん……おかえり……なさい」


「うん、ただいま。……雪ちゃんは何かあったのかい?」


  雪以外の二人はいつも通りの挨拶だったので、おじいさんも普通に挨拶を返していたのだが、雪だけ挨拶がとぎれとぎれだったためか少し心配そうにしていた。


「あ、ううん、何にもないよ。ただ、首を横に振ってたら気持ち悪くなってきて……」


「首を横に振ってたらって……、ま、まぁ、まだ開店まで時間があるから少し休んできなさい。サクラさんに聞いてみるから。休んでもまだ具合が悪い時はちゃんと言うんだよ?」


「うん、分かった。ちょっと休むね」


  雪はそういうと制服のままさっきまで休んでいた部屋に戻っていった。


「あ、イツキもついていく!」


  イツキはまだふらふらしている雪が心配なのか慌てた様子でついていった。


「さて、サクラさん、何があったんだい? もしかして昨日のことが原因なのかな?」


「え、あ、いえ、それは関係ないんですけど……」


  サクラも自分がからかったせいで気分が悪くなったというのは言いにくかったが、正直に今までのことを話した。


「あはは、なるほど、そういうことがあったのかい。まぁ、ちょっとした貧血でも起こしたのかもしれないね。なんだ……、私はてっきり昨日のことが原因で寝不足になったのかと思っていたよ。そうじゃなくて良かった。あ、それと、昨日の子たちにはしっかりお話をしてきたからね。多分もうこんなことは起きないと思うよ」


「あら、そうなんですか? お話ですんだのなら良かったですね。うーん、でも昨日のことが原因で寝不足ですか……、ありえそうですけど今日の雪ちゃんの様子を見てきた限りではそんな感じではなくて、いつもと同じ時間に起きたという感じでしたから大丈夫だと思いますが……。いつも朝何時ごろに起きているのかを知らないので断言はできませんが」


  サクラはおじいさんに怒られることがなくてホッとしながら今日の雪の様子を伝えた。

  むしろイツキが朝早くから起きていたことが心配になったほどだ。そのことをおじいさんに話すとおじいさんも心配そうな顔をしていたが、もしトラウマのようなものをイツキもしくは雪が抱えてしまっていた場合、あの男たちにはそれ相応の覚悟をしてもらおうという形で話が終わった。

  そして昨日と同じ時間になったところで昨日と同じように時計から九回鐘の音が鳴り響く。


「あ、もう起きなきゃ……」


  いつの間に眠ってしまったのか時刻は九時になっていた。知らないうちにイツキと二人で寝てしまっていたらしく抱き合う形になっていた。まさかと思い自分の制服のイツキの口があったところを見てみると、案の定よだれまみれになっていた。


「あー……、制服の替えってもう一枚あったかな……」


  雪はそんなことを言いながら布団の中から這い出ると支度をするためにもう一度洗面台に向かう。


「あら雪ちゃんおはよう。気分はどんな感じ? ……ってまたやらかしちゃったわね。制服がよだれまみれじゃない。マスターは先に行ったわよ? あ、それとこれ、縁さんから預かっていたもの」


  リビングにいたサクラは雪の制服を見て苦笑しつつ、先ほど渡しそびれていた袋を雪に渡した。雪は袋の中身は何だろうと思いつつ開いてみると中には同じ制服が二着とちょっとデザインが違う制服が三着入っていて、手紙が一緒に同封されていた。


「あ、お母さん作ってくれてたんだ。いつ作ったんだろう……。えっと手紙の内容は……」



 雪へ


 本当は直接渡したかったんだけど時間がないからサクラさんに渡しておくわね。



 中身は雪の制服の替えと結衣の制服が入ってるから間違えないようにね。あ、それと明日というかこれを見てる日になるけどイツキちゃんの採寸に行くからよろしくね。


 サクラさんにはこれを渡すときに言ってあるから許可もあるし、大丈夫よ。問題はないわ。


 何時に来れるかわからないけどその時はよろしくね。

 多分お店が終わった後になると思うから買い物に行くなら一緒に行きましょう。一人ではいかないように、いいわね?


 母より



「む、まぁ、あんなことがあったんだし、一人で行くのは危ないよね」


  口ではちょっと不満そうに言っていたが、内心では不安だったのか雪は嬉しそうな顔をしていた。

  雪は袋の中から一着制服を取るとお風呂場に行き、手早く着替えを済ませ来ていた制服を選択かごの中に入れると、洗面台でパパッと支度を済ませてお風呂場からでてリビングに向かった。


「あ、サクラさん。荷物預かってくれててありがとうございました」


「あら、体はもう大丈夫なの?」


「あ、はい! 心配をおかけしました。もう大丈夫です! それじゃあ、いってきます!」


「ふふ、それはよかった。気を付けていってらっしゃいね」


  雪はサクラにお礼と挨拶を元気な声で済ませると大急ぎで店のほうに向かった。サクラはそんな雪に手を振りながら見送りを済ませると、イツキを起こしに向かったのだった。



「おじいちゃん遅くなってごめんなさい!」


「おや、雪ちゃん。あはは、別に気にしなくてもいいよ。もう体調のほうは大丈夫かい?」


「うん! 大丈夫! えっと、それで私の仕事はまだある?」


「うんうん、大丈夫ならいいんだ。あ、仕事はおじいちゃんが全部やってしまったよ。いつも一人でやるときの癖でね……。せっかく来てくれたのにごめんね?」


「あ、そうなんだ……ごめんなさいおじいちゃん」


  おじいさんは雪が先ほどと違っていつもの雪であることに安心したのか終始笑顔だった。

  雪はおじいさんに仕事を全部させてしまったことに罪悪感があるのか、ちょっと落ち込んでいる様子だった。


「そういえば雪ちゃん、昨日のことなんだけどね……、えっと何か変わったこととかないかい? いつもよりも早く目が覚める……とか、逆に寝付けない……とか」


「え? ううん、いつもと同じように目が覚めたよ。私も昨日のことがあって眠れないんじゃないかなって思っていたけどそんなこともなかったし。むしろ、いつもよりも寝れたと思うよ。やっぱり、イツキちゃん効果かな?」


  雪は昨日のことに対して何も思っていないことが分かったのか、おじいさんはそれはよかったと言って嬉しそうに笑っていた。


「あはは、だったら今日も元気に頑張ろうね。……命拾いしたなあの小僧らは」


「うん、頑張るよ!」


  雪は後半の声が聞こえていなかったらしく笑顔で返事をすると、急にそわそわしだした。


「どうしたんだい? 雪ちゃん。そわそわして……」


「えっと、何もしてないとなんか落ち着かなくて……。何かすることないかな?」


  雪がやる気を出しているのを見たおじいさんは仕事を探したが、やらせる仕事がなくどうしようかとしばらく悩んでいたが、キッチンに行くとまだ作る料理を教えていなかったということを思い出し教えることにした。


「雪ちゃんは料理を作れたよね? 昨日のハンバーグもおいしかったし」


「えへへ、ありがとう。でも急にどうしたの?」


「ここではコーヒーもだけどちょっとした料理も出しているんだ。だから、雪ちゃんには接客と料理を覚えてもらおうかなと思ってね。まぁ、料理と言っても簡単なものばっかりだからすぐに覚えられると思うけどね。どうかな?」


  雪は自分が作った料理をお客さんに出してもいいのか不安に思ったが、おじいさんに料理も教えてもらって作ることもできるようになれば、おじいさんの負担を減らせるのではないかと思って教わることにした。


「分かった。頑張る! でも、美味しくなかったらちゃんと美味しくないって言ってね? じゃないと私が作る意味がなくなっちゃうから」


「あはは、もちろん。やるからにはきちんと教えないと、雪ちゃんのためにならないからね。厳しくビシバシいくから覚悟してね?」


  おじいさんは雪の考えているやさしさが分かるのか嬉しそうに笑って、キッチンに向かった。

  キッチンにある冷蔵庫にはここで作る料理のレシピがたくさん貼ってあった。

  中にはホントに作るのかと問いたくなるようなものもあったが、おじいさんはその中から簡単なものを選び雪の前に持ってくる。


「えっと必ず一日に一回は注文が来る定番のものから覚えていこうか。時間もないしね」


  おじいさんがそう言いながら雪に渡した料理のレシピは五種類。


  一つ目は、スパゲッティのミートソースとナポリタンの二つ。


  二つ目は、ハムといろんな野菜を合わせたサラダ。


  三つめは、サンドイッチ。卵のサンドイッチとハムとレタスのサンドイッチの二種類。


  四つ目は、オムライス。子供が好きそうなふわふわのオムライス。


  五つ目は、ケーキ。基本的なのはショートケーキとチーズケーキで基本苺が使われるらしい。

  季節によって変わるので予約制になっているらしい。


  渡されたレシピを見た雪はこのレシピを見たあと冷蔵庫のほうを見てみると、そこにはまだたくさんのレシピが貼ってある。


「お、おじいちゃん。この前パンケーキをユキネさんに渡してたと思うんだけど、どれぐらいメニューがあるの?」


「よく覚えてるね。あ、昨日のことだったし覚えてても不思議じゃないか。メニューの数はねおじいちゃんも覚えてないんだよ。冷蔵庫に貼っていないのもあるし。お客さんも常連の人はメニューが決まっている人ばっかりだし、新規のお客さんはここまでほとんど来ないし、メニューなんてあってないようなものだよ」


  雪はおじいさんの話を聞いて愕然としていたが、心が少しずつタフになってきているのかすぐに元に戻ってため息をついた。


「どうしたんだい雪ちゃん? ため息なんかついて……、もしかして作れないのがあったかな?」


「おじいちゃん……、さすがにサラダとサンドイッチはレシピを見たらすぐに作れるよ……。他のもケーキ以外ならそんなに時間かからずに作れるようになると思うけど……、流石にこんなにたくさんのメニューがあるとは思ってなかったよ……。二十はないだろうと思っていたのに……、なんでこんなにたくさんあるの?」


「あはは、お客さんの注文というか要望にこたえていたらいつの間にかどんどん増えていてね。前までは夜も予約制で営業していたのも関係あるかもね。さすがに今はもう体調的に無理だからやらないけどね」


  雪はそんなおじいさんの言葉に呆れてものも言えなくなってしまったが、とりあえずレシピを見て覚えることにした。


「そういえばおじいちゃん、ここのメニューにあるものって全部食材があるの?」


  雪はふと気になったことを聞いてみることにした。


「あー、いやさすがにこんなにたくさんあるメニューの食材を全部は買っていないよ。そんなことしていたら毎日廃棄しなきゃいけないものであふれちゃうだろうし。基本的には常連さんの頼むメニューとメニューに書かれている分の材料しか買っていないよ。お客さんもそれは分かっているから無茶な注文はしないしね。だからここに貼ってあるもの全部を作れないといけないわけじゃないんだよ?」


  雪はそれが聞けてたくさんの料理を覚えなくていいのが分かり安心したのかホッと胸を撫でおろしたが、おじいさんの答えに違う疑問が浮上した。


「うん? だったらなんで貼ってあるの? 作るものと作らないもので分けていたほうが冷蔵庫に貼ってあるレシピも見やすくなると思うんだけど」


  そんな雪の言葉におじいさんは少し言いにくそうな顔をしたあと、苦い表情をしながら雪の質問に答えた。


「うん、それは分かってるんだけどね……、そうだね、雪ちゃんはこのレシピが作られたのはどういうときだと思う?」


「え? えっと……、忘れたら困ると思ったとき?」


「うん、そうだね。忘れたら困るからこのレシピを作ったんだ。じゃあ、なんで忘れたら困ると思ったんだと思う?」


「えっと……、注文が入ったときにすぐに作れるように、かな?」


「あはは、そうだね。そういう意味もあるね」


「えっと、そうじゃない意味もあるの?」


  おじいさんは昔を思い出すような目をしながら一枚のレシピを冷蔵庫から持ってきた。

  雪はそんなおじいさんを見て、聞いてはいけないことだったのかと後悔に似た感情が心にあふれてきた。おじいさんは一枚のレシピを雪に見せながら寂しそうな声で言った。


「このレシピの苺パフェは、ここによく来てくれた常連のおじいさんの好きな食べ物だったんだ……。あっちのカツ丼はそいつの嫁のおばあさんが好きでね。いつも注文するときに恥ずかしそうに頼むんだ。それを見ながら私が普通は逆だろうと言ってよくからかっていてね。二人とも今はもうここに来れないんだけどね。……ここにあるレシピを見るとそういった何でもないような過去を思い出せるんだ。だから、どうしてもそこから動かせなくてね……」


  雪はおじいさんから話を聞いてなぜか涙が出そうになっていたが、涙があふれそうになるのをこらえておじいさんのほうを向いて雪はおじいさんに謝った。

  おじいさんは気にしないでいいよと言った後、少しの間目をつぶって感傷に浸っていたが一回深呼吸をしたら落ち着いたのか、雪のほうを見て微笑みながら雪の頭を撫でた。


「ふー、よし、雪ちゃんもうそろそろ開店の時間だし、気持ちを切り替えていこうか」


「あ、うん。ふー、よし! 今日も頑張る!」


「ふふ、うん。頑張ろうね」


「(ここにあるレシピはおじいちゃんの思い出がいっぱい詰まった宝物なんだ! だったらレシピが多いとか弱音を吐かないで私も頑張って全部作れるようになったほうが良いよね! お客さんに作らないとしてもおじいちゃんの家で作ったら懐かしいって喜んでくれるかもしれないし!)」


  雪はおじいさんの今までに考えたたくさんのレシピを夏休みの間に覚えて、おじいさんに振る舞おうと決意したのだった。


  そしてあっという間に時間は過ぎ去り、時計が午後の二時を指すころユキネがお店にやってきた。ユキネは定位置になっている窓際に座ると雪を呼んだ。


「あ、雪っち、アイスコーヒーのオリジナルブレンドを一つと、卵のサンドイッチを一つお願い」


「かしこまりました。オリジナルブレンドのアイスコーヒーを一つと卵のサンドイッチを一つですね?」


「雪っち固いよー。私の時くらいは普通に話していいのにー」


「う、流石に友達でもそういうことはできないよー。お客様なんだし……」


「むー、何かなー。雪っちが普通に相手してくれないなら、ここ来るのやめようかな……」


「え!? それは嫌だよ……。せっかく友達になれたのに……」


  雪はユキネにそんなことを言われるとは思っていなかったのか、分かりやすいほどに動揺しだした。

  そんな雪を見て若干罪悪感を覚えたのかユキネは居心地の悪そうな顔をしていた。ユキネはこのままじゃまずいと思ったのか雪にもじもじしながら謝った。


「そ、その、雪っち……ごめんね。困らせるようなこと言って。まさか、そこまで動揺するとは思わなくて……」


「う、ううん。こっちこそごめんなさい。仕事中は敬語だけどそれ以外は普通に話すから、それじゃダメかな?」


「うん、いいよ。あ、だったら今度休みの日教えてよ。私も休みがもらえるように説得するからさ。それと連絡先も教えて?」


「休みはおじいちゃんに聞いてみないとわからないし……、私携帯持ってないから……」


「え? 携帯持ってないの!? 連絡取れないと不便じゃない?」


  ユキネは雪が携帯を持っていないことが意外だったのか驚きを隠せないようだった。しかし雪は今まで使わなくても平気だったため、何と答えるか迷ったが、友達であるユキネには正直に伝えることにした。


「えっとね、ユキネさん……。私高校に入ってから友達ができなくって、だから、必要ないかなって……、携帯も持つだけでお金がかかるし……。中学の頃の友達も遊びに来るときは家に直接来るから」


「え、あ、その、なんかごめん」


  ユキネは雪のいきなりの友達いない宣言に面食らったが、気持ちが落ち着いたところで謝った。


「あ、うん。大丈夫だよ。気にしないで。今はお友達を作るためにここで働いているんだー」


「そうなんだ……? うん? 友達作りとアルバイトに一体どんな関係が?」


  ユキネは勢いに押されて雪の言葉に頷きかけたが、言葉と行動に関連性がないように思ったのかつい、言葉が疑問形になっていた。雪も今の説明じゃ伝わらないと分かったのか、ここで働く理由を簡単に説明した。


「あー、なるほど……、何となくわかったわ。でもだったらなおさら、携帯買ったほうが良いと思うよ? 携帯を買ったっていうのも立派な話題だし、新しい携帯いじってるだけでも興味を持つ人は出てくると思うし。というか、携帯持っていないと連絡が取りづらいから、それが理由で友達出来なさそうだし。中学の時はどうやって友達作ってたの?」


  雪はいきなりたくさんのことを言われて混乱していたが、やっと理解が追いついたのか口を開いた。


「えっと、中学の時は……、私が小さいときから一緒に遊んでいた友達からの繋がりだったから……、友達作ろうと頑張っていなかったかも」


  ユキネは雪の言葉を聞いてなるほどと呟くと、よしと意気込み雪に今度遊ぼうと伝えた。


「遊びですか? でも私の休みは分からなくって……」


  雪はユキネに遊びに誘われて嬉しかったが、自分の休みがいつか分からないのに約束するのはおじいさんに迷惑がかかると思って、休みが分かるまでは断ろうと考えていた。このままでは断られると思ったのかユキネは畳みかけるように遊びの約束を取ろうとするが、そのときにおじいさんがやってきた。


「あはは、雪ちゃん。仲がいいのはいいことだけど、こっちに注文の中身を教えてからにしようね?」


  そういいながらやってきたおじいさんの両手にはオリジナルブレンドのアイスコーヒーと卵のサンドイッチを持ってきていた。


「ご、ごめんなさい。おじいちゃん。でもなんでそれだってわかったの?」


「あはは、口の動きと、いつも頼むものを考えれば、何となくわかるものだよ」


  おじいさんは何でもないようなことを言ったかのように平然と答えた。


「ま、マスター……、それは普通はできないことなので、そんなできて当然みたいに言われても……」


  ユキネはおじいさんの言葉に呆れたようなため息をしながら、おじいさんから頼んだ料理を受け取っていた。


「あ、そうだ、マスター! ちょうど良かった! 雪ちゃんのお休みっていつになるの?」


  ユキネはおじいさんが来たのを幸いと、雪の休みのことを聞くことにした。


「雪ちゃんの休みかい? 別に休みはいつとっても大丈夫だよ。二人で遊びにでも行くのかい?」


「「え、ホント!? おじいちゃん(マスター)!」」


  雪とユキネは同時に驚いた声をおじいさんに向けてあげていた。


「あはは、ホントに仲良くなったね。休みがほしいなら希望を言ってくれればその日を休みにするよ?」


「だったら、今度私の休みが分かった日にマスターに連絡しますね。雪ちゃんも早めに携帯をゲットすること! 分かった!?」


「は、はい! 今日お母さんが来るので、そのときに頼んでみます」


  雪はユキネの言葉に緊張したような顔で頷き、自分の仕事に戻ろうとした。そんなとき、雪は急に後ろから抱きしめられ驚いた声を上げる。


「うわひゃ!」


「雪お姉ちゃん、遊びに来たよ! あ、ユキネお姉ちゃんもこんにちは!」


「い、イツキちゃんか……びっくりしたよ。まったくもう」


「ふふ、イツキちゃん、こんにちは。雪っちが急に変な声上げるからびっくりしたわよ」


「え、あ、ごめんなさい。でも、お姉ちゃんたちに会いたかったから」


  雪とユキネはそんないじらしいイツキを見て、頭を撫でたくなった二人はイツキの頭を撫でようと一歩近づくと、カウンターからおじいさんが近づいてきた。


「雪ちゃん、お客さんも少なくなってきたし、キッチンの掃除をお願いしてもいいかな?」


「あ、う……うん。分かった。今から行くね!」


  雪はおじいさんに言われ若干名残惜しそうにイツキを見ると一回だけ撫でて、またねと言った後すぐにキッチンに向かった。

  イツキはそんな雪を見て元気な声でまたねと言うと、ユキネに飛びついてじゃれあっていた。それを見ていた雪が寂しそうな顔をしていたのは言うまでもない。


「よし、じゃあ、頑張って掃除しちゃおう!」


  雪はさっきまでのことを忘れるように掃除に没頭していた。

  雪が掃除に没頭していろんな場所の掃除を終わらせたところで、裏口から縁がやってきた。


「あ、雪。おつかれー。遊びに来たわよー」


「お母さん! なんでそっちから出てくるの!?」


「ふふ、暇だったからね。イツキちゃんはお店のほうかしら?」


「私に会いに来たんじゃないんだね……」


  縁は雪の隣にイツキがいない事に気付いたのか、すぐにイツキのことに気が変わり、キョロキョロとあたりを見渡している様子だった。

  そんな縁の様子に雪は苦笑しながら、ため息をついてお店のほうに目を向けた。そんな雪の様子に気付いたのか、縁はお店のほうにイツキがいるのが分かったのか、目を輝かせながらお店のほうに目を向けていた。


「はぁ、多分いるはずだよ……。他のお客さんの迷惑にはならないようにしてね」


「あら、まさか雪に注意されるとは思っていなかったわ」


「だって、言わないとなんかしでかしそうだし……」


「それは、ひどいわね……。私だってちゃんとできるときはできるのに。えっへん私はやればできる子なのよ」


「えっへん……って、お母さん……」


  雪は縁の子供のような言葉に冷めた目を向けていたが、縁には何を言っても無駄と思っているのか、諦めたような顔をしていた。


「じゃあ、雪。もうそろそろ仕事も終わる時間だし。おじいちゃんの家で待ってるわね。お買い物はその時行きましょうか」


「あ、お母さん、その……後で話があるんだけど」


  雪は縁に今までいらないと言っていた携帯を買ってもらいたいと言おうと思っていたが、気まずいのか言葉に躓いていた。


「あら、雪。とうとう携帯がほしくなったのかしら?」


  雪が言葉に躓いているのを見て何を思ったのかそう告げると、雪は口を開いて唖然としていた。そんな雪の顔を見て笑いながら、縁は話をつづけた。


「ふふ、驚いているわね、私が一体いつからあなたの親をしてると思っているのよ。何となくあなたが欲しいなと思っていることぐらいわかるわよ。まぁ、携帯が欲しいっていうのは当てずっぽうだけどね」


  縁はそう言いながら雪の頭を撫でると悪戯が成功したように笑っていた。


「まぁ、携帯は買い物ついでに行きましょうか」


「う、うん! ありがとう! 約束だからね」


「ふふ、はいはい」


  縁は雪の嬉しそうな顔を見て同じような顔をして笑っていた。雪はそんな縁の様子を見てさらに笑みを深めるとおじいさんのほうに走っていった。


「あらあら、あんなに喜ばれると嬉しいわね」


  縁は満面の笑みで走って行った雪の様子を見て嬉しそうに笑った表情でおじいさんの家に帰っていった。

  笑顔でおじいさんのもとに戻った雪は掃除が終わったことを告げると、おじいさんに早かったねと褒められながら頭を撫でられていた。

  イツキは急に帰ると言い出し、ユキネはスケジュールの確認をしてくると言って帰っていった。そのあと最後のお客さんがいなくなるまで仕事を続け、最後までいたお客さんを送り出すとちょうど終了の時間になっていた。そんなとき急に扉が開くと同時にイツキと縁が入ってきた。


「雪お姉ちゃん! 一緒に買い物行こう! 今日は縁さんが一緒だよ!」


「ふふ、今日は最初から一緒よ。携帯も買わないといけないしね」


  雪は急に来た縁たちに驚いたが、すぐに買い物に行くことになった。


「あはは、雪ちゃんもうこっちは大丈夫だから行ってきなさい。ユキネさんとの約束もあるんだし、できるだけ家は空けておきたくないからね」


「あら、もう雪にお友達ができたの?」


「えへへ、このお店に来る人なんだけどね。面白い人なんだよ」


「あら、それは良かったわ。だから、携帯が欲しくなったのね。そうと決まったらすぐに行くわよ。ほら早く早く」


  縁は雪にそう告げるとイツキを抱えて車の置いてあるおじいさんの家に走って行った。雪は置いて行かれると思っていなかったのか、慌てながら縁たちの後を追いかけていった。

  おじいさんは少し困ったような顔をしながらも、そんな三人を笑いながら見送って店内の片づけに戻った。

  雪は縁に追いつくとすぐさま縁に車の中に入れられそのまま出発した。


「ちょ、お母さん!? まだ私着替えてない! 戻って戻って。」


「えー……、いいじゃない。その恰好似合っているわよ? すぐにいかないと携帯がなくなっちゃうわよ?」


「そんなわけないでしょ! いや、似合ってるって言ってくれるのは嬉しいけどさ……」


「雪お姉ちゃんのせいふく? 似合ってるよ!」


「えへへ、ありがとう。……うん。イツキちゃんが言うならいいか」


  雪はさっきまでの頑なさはどこに行ったのかというほど簡単に懐柔された。

  縁はそんな雪に呆れたような顔を見せていたが、携帯ショップにたどり着いたからかその顔をひっこめて普通の顔になった。


「雪、着いたわよ。早く選んでお買い物にも行かないとね。さっさと終わらせるわよ」


  縁は雪の首をつかみイツキの手を握って携帯ショップに入っていった。時間がいくらかかかったが、無事に終わらせた雪は縁の連絡先を入れたあとスーパーに買い物に向かった。

  スーパーにたどり着き雪たちが買い物を終わらせ帰ろうとしたとき、外のベンチに見たことのある格好の男たちがいた。


「雪お姉ちゃんあれ……前に雪お姉ちゃんをいじめた人たちだよね?」


「うん、えっと、そうだね。ばれないようにしようか」


  雪はイツキの言葉を訂正しようと考えたが、わざわざ掘り返すことはないと思ってイツキの言葉を受け入れて、男たちに見つからないように静かに行動をしている雪とイツキの様子が気になったのか、どうしたの?と聞いてきた。

  イツキは男たちのほうを見ながらこの前にあったことを話すと少しずつ縁の顔が怖くなっていく。


「そう……、あのガ……子供たちがあなたたちを……ね」


  縁はそういうと怖い顔をしながら男たちのほうに近づいて行った。男たちは縁のほうを見てなんだこいつという顔をした後、縁がなにか言ったのか怒ったような顔をして縁につかみかかろうとしていた。


「あ、お母さん(縁さん)!」


  雪たちは縁に駆け寄ろうとしたが、その前に縁が男たちを叩きのめしていた。男たちは何が起こったのか分からない様子だったが、もう一度つかみかかろうと顔を上げた瞬間に雪たちを見て「あ」と声を上げたかと思うと、顔がどんどん青ざめていく。

  雪たちはそんな男の反応に不思議そうな顔をしていたが、縁だけその反応に納得したような顔をして男たちの反応を眺めていた。男たちは顔が青くなった後に、正気に戻ったのか全員が急に座り込んでいく。


「え? え?」


「ゆ、雪お姉ちゃん……この人たちどうしたの?」


  雪たちの混乱が頂点に達しそうなときに急に男たちが一人、また一人と地面に正座しはじめ頭を地面につける数センチ上で止める。そう、美しい土下座である。そして全員で息をそろえて一言。


「この前は本当に申し訳ありませんでした!」


  雪たちは訳も分からずその様子を呆けてみていたが、一人状況が飲み込めていた縁が男たちのほうに歩いていき、怖い笑顔で肩に手を乗せると凄む声で話しかけていた。


「もうあんなこと誰にもしたら駄目よ? 分かったわね?」


「はい! ホントマジですみませんでした!」


  男たちはそう言うとすごい速さで逃げていった。

  そんな様子をふふふと笑いながら縁は見送っていたが、雪とイツキは理解が追いつかないのか口をポカンと開けていた。


「縁さん……、あれってどういうこと?」


「あはは、あれは多分おじいちゃんのおかげかな。たぶんね」


「どういうこと? おじいちゃんが何をしたの?」


「ふふふ、まぁ気にしない、気にしない。いつか分かるわよ」


「えー……」


  雪は納得いかない様子だったが教えてくれそうにないことが分かったのか聞くことは諦め、早く家に帰ることにした。家に帰りつくとサクラが、リビングでおじいさんと一緒にコーヒーを飲んで寛いでいた。


「ただいま、ママ!」


「あら、おかえりイツキ。縁さんも雪ちゃんもおかえりなさい」


「みんなおかえり。無事に携帯は買えたかい?」


「うん! あ、そうだ! お買い物してたらこの前の怖い人たちにすごく謝られたよ。おじいちゃん何をしたの?」


  雪はおじいさんにさっきのことを話すと、おじいさんはとてもいい笑顔でお話をしただけだよと言って、それ以上聞くことができなかった。そのまま、イツキはサクラのとこに抱き着くと、雪と縁は夕食の準備に取り掛かった。準備は雪と縁の二人で行ったからかすぐに終わり、全員で食事を始めた。


「えへへ。雪お姉ちゃん。今日もおいしいよ!」


「ホント? 良かったー」


「あ、こら、お母さんも手伝ったでしょうに」


  縁は全部の功績を雪にとられるのが嫌なのか頬をぷくっと膨らませながら抗議していた。


「えー、そこは雪ちゃんに譲ればいいのに……大人げないですねー縁さんは」


「そうは言いますけどねー。まぁいっか。よし、どんどん食べよう」


  縁はサクラにそう言われ不満そうだったが、イツキの手前強く出れないのかすぐに切り替えて料理をどんどん食べていた。そんな調子で食べ終えみんながまったりしているとおじいさんの家の電話が鳴り響いた。


「おや、誰だろう……。あ、もしかして……」


  おじいさんはそう言いながら電話を取ると、少し話した後雪を呼んだ。


「あはは、やっぱりユキネさんだったよ。雪ちゃん交代」


「あ、はい。変わりました雪です。もしもしユキネさんですか? ……はい、はい。はい大丈夫です。あ、私携帯買いましたよ! はい、そうなんです!えへへ……」


  雪は嬉しそうにユキネと話していた。それから少しして話が終わったのか雪は笑顔を浮かべながらリビングに戻ってきた。


「えへへ、ユキネさんのお休みが分かったみたいで……それで、おじいちゃん。来週の月曜日なんだけど……」


「あはは、大丈夫だよ。楽しんできなさい」


「えへへ、うん。ありがとう!」


  雪はおじいさんの答えに嬉しそうな顔をしてそのままお風呂に向かっていった。みんなはそんな慌ただしい雪を見て笑っていた。


「じゃあ、おじいちゃん。お母さん、イツキちゃん、サクラさん。お先に失礼します」


「あら、おやすみ。まだまだ夜はこれからなのに……。ってあら? イツキちゃんも眠いみたいね……。今日も泊まっていくのかしら?」


「はい、今日も泊まっていきます。その前にイツキお風呂に入るわよ」


「ふわーい。ねむい……」


  雪はお風呂から上がるとすぐに寝る準備をして寝ることにした。

  そんな雪に残念そうな声を出していた縁だったが、イツキが眠そうにしているのを見てすぐに興味がイツキに移っていた。

  そんな様子を見た雪は呆れた声を出しながら自分の部屋に向かうのだった。


「そういえば、せっかくここに部屋借りたのに使うのって今日が初めてなんだよね……。もったいないことしたな……。あ、イツキちゃんと眠ればよかった。はぁ、まぁいっか。また明日も泊まりそうな様子だしその時は一緒に寝よう!」


  雪はそんなことを考えながら布団を敷いて潜り込むと、仰向けになりながらおやすみなさいと呟くと深い眠りにつくのだった。

  そうして雪の一日は変なこともあったが無事に終わっていくのだった。


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