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散々な一日

  初めてのアルバイトを終わらせた雪は、イツキのお世話をするという目的のためにおじいさんよりも先に帰り、手を洗った後に冷蔵庫をあさっていた。


「うーん、何が作れるかなー? イツキちゃんが来るらしいし……、あ、何が嫌いなのか聞いとけばよかった……、ピーマンとかはダメなのかな? よし! イツキちゃんが来てから決めよう。あ、お揚げがある。お味噌汁だけ先に作っとこうかな?」


  雪は手っ取り早く終わるという理由で先にお味噌汁だけ作ることにした。雪は二階の自分の部屋に戻り自宅から持ってきていたお母さんの手作りエプロンを身にまとうと冷蔵庫の中から使う材料を取り出して作業を始めた。

  とりあえず、今から使う調理器具を洗い準備を始めたときに家にピンポーンとチャイムが鳴り響いた。


「あ、イツキちゃんかな? はいはーい、ちょっと待ってて!」


  雪は作業を中断して玄関のほうに向かうと、二人の人影が玄関の前に立っているのが見えた。片方は小さく、片方は大人ぐらいの大きさに見える。


「(あれ、イツキちゃんと誰だろう? あ、ユキネさんかな?)」


  雪は疑問に思いながらドアに手をかけ開けることにした。するとそこには、イツキと知らない女性が手をつないで立っていた。

  知らない女性のほうをよく見てみると髪の毛が薄緑で年も若く、イツキと同じような髪をしていることが分かった。


「あ、こんにちは。今日はお世話になります。仕事から帰ってきたばかりでしょうにごめんなさいね? イツキが早く行きたいって言うもんだから……、あなたが雪さんでいいのよね?」


「あ、雪お姉ちゃんまた来たよー! えへへー」


  イツキは笑いながら女のひとから手を放し、雪の胸に飛び込んだ。女の人は自分から離れて、雪に抱き着いていくイツキを見て困ったような顔をしていた。


「えっと、はい……、あのあなたは?」


  雪はある程度の予測はついていたが、あえて女の人の正体を訪ねてみた。


「あら、マスターから聞いてないかしら? 今日イツキと一緒にくるって伝えたはずなのに、どこか抜けているんだから……、えっと、私はイツキの母のサクラと申します。娘ともどもよろしくおねがいしますね」


  イツキの母と名乗ったサクラはそういうと雪に丁寧にお辞儀をして、その後雪に抱き着いているイツキを引きはがし、イツキの頭を下げさせた。

  イツキは丁寧なお辞儀が苦手なのか頭を押さえつけられるとじたばたしだしたが、サクラが上手に押さえつけているせいか抜け出せずにお辞儀を続けることになっていた。


「うー、ママひどいよー」


「ちゃんと挨拶したら離すわよ」


「雪お姉ちゃん今日はよろしくお願いします」


  イツキが雪に丁寧に挨拶をするとサクラはゆっくり手を離して、イツキの頭を撫で始めた。

  イツキの顔が、さっきまでのぶすっとした表情から変わり、恥ずかしそうででも嬉しそうな、そんな顔をしながら撫でられていた。サクラはそんな様子のイツキを見てうれしそうに笑っていた。


「よしよし、ちゃんと出来たわね、偉いわねー」


「うー、ママ恥ずかしいよー!」


  イツキは雪にみられているのが恥ずかしかったのか、サクラの手を自分の頭から引きはがした。サクラはイツキに手を引きはがされて残念そうな顔をしていた


  そんな二人の様子を見て和んだ雪は、まだ用事を聞いてないことを思いだしたのか、「あ」っと声を出してからサクラに用事を訪ねた。


「あの……? それでサクラさんは何をしに……?」


「あら、ごめんなさい! 伝えてなかったわね。今日はイツキと一緒に遊びに来たのよ。まぁ……、ほとんどあなたに会いに来たようなものなんですけどね」


  最初は固い口調だったサクラだったが、少しずつ口調が柔らかくなってきている気がした。

  雪は自分に会いに来たというサクラに驚いたのか、口を開けてポカンとしている。

  そんな雪の表情が面白かったのか、イツキとサクラは一旦顔を見合わせると二人同時にクスクス笑い出した。


「あ……、わ、笑うなんてひどいじゃないですか!」


「ごめんなさいね、表情が面白かったものだから」


  サクラは謝りつつも顔がにやけているのが分かった。雪はそんなサクラにむぅと不満そうな顔をしながらも家の中に入るように促した。


「あら? 雪ちゃんそんな怒ったような顔をしないでよー、ごめんね?」


  サクラは雪がムッとした表情をしているのに気が付いたのか、小さく笑いながら雪に謝っていた。

  雪はそんなサクラから目を逸らしてイツキのことを見ようとすると、サクラに頭を撫でられた。


「うわぁ! さく……サクラさん。恥ずかしいですよ!」


「うふふ、だって雪ちゃんが可愛いんですものー、うりうりー」


  雪はサクラに頭を撫でられると思わなかったのか驚いた様子だったが、やめてくれないのが分かったのか雪はされるがままになっていた。

  サクラは雪の頭を撫でながらもう片方の手を自分の顔に当てて嬉しそうに微笑んでいた。

  そんなサクラの様子を見ていたイツキはさっきまで恥ずかしそうにしていたはずなのに、サクラの余っている手を自分の頭まで引っ張ってちょこんと頭の上に乗せた。そんなイツキの様子を見ていたサクラは、はにかみながら嬉しそうにイツキの頭を撫でていた。


「甘えんぼさんねー、イツキは。うふふ、よしよし」


「うみゅうー、やっぱり恥ずかしいよー」


  イツキは変な声を出しながら、やっぱり恥ずかしいのか顔を赤くしながら俯いていた。そんなイツキとサクラを見ながら雪は今度こそ家の中に入るように促した。


「とりあえず、外にいるのも暑いですし、中に入りませんか?」


「わーい、入る入るー」


「あら、それでは失礼しますね?」


  サクラたちは雪の誘いに乗って家の中に入ろうとしたが、玄関で長居しすぎたのかお店からおじいさんが帰ってきた。


「あ、雪ちゃんただいま。おや? 玄関でみんなお揃いみたいだね。イツキちゃんとサクラさんいらっしゃい」


「あ、お邪魔しております。マスター」


「あ、お邪魔、して、ます? おじちゃん」


  イツキはさっき怒られたのが影響しているのかおじいさんを見るのと同時に挨拶をしていた。

  サクラはちゃんと挨拶できたのが偉いと思ったが、所々、言葉に躓いているのを叱ろうかとイツキのほうを見ると、イツキはサクラのほうを見ないが褒めてほしそうな雰囲気が見て分かった。

  そんなイツキを見てサクラは叱れなくなったのか、イツキの頭を困ったような笑顔で撫でていた。

  イツキはサクラに撫でられて嬉しそうにしていた。その様子を雪がうらやましそうに見ているのが分かったのか、サクラは雪の頭も撫でていた。

  そういう意味で見ていたのではないのだがそんなことはお構いなしのようだ。


「サクラさん! 恥ずかしいですってば!」


「あはは、サクラさん。恥ずかしがってるみたいだし、雪ちゃんのこと離してあげて」


  サクラはおじいさんに手を離すように言われたが、恥ずかしがっている様子が可愛かったのか続けようとした。そのときにふとイツキの様子が気になり、顔を見てみるとむすっとした顔になっているのを見てしぶしぶ辞めることにした。


「ふー、ありがとうおじいちゃん」


  雪はそんなことを知らずにおじいさんにお礼を言っていたが、おじいさんは気づいていたのか「おじいちゃんは何もしてないよ」と言うと、仕切りなおすように手をたたき奥の部屋に移動した。そこには調理道具が置いたままにしてあった。


「あ、そういえばまだ料理してないんだった」


「おや、そうだったのかい。何を作ろうとしていたんだい?」


「えっとイツキちゃんが来るって言ってたから、イツキちゃんが来てから考えようと思って……、何が嫌いで何が好きとかも分からなかったから……」


「あー、それもそうだね。人が嫌いなものを作りたくはないよね。うん、ごめんね。そこまで気を回していなかったよ。雪ちゃんは何か作ろうとしていたみたいだけど、何を作ろうとしていたの?」


  おじいさんは雪の意見を聞くと納得したのか、自分の非を詫び、雪に意見を求めた。


「あ、私はお味噌汁とか作ろうかなって……、ダメかな?」


「いやいや、いいと思うよ。サクラさんもイツキちゃんもいいよね?」


「はい、私はいいですよ」


「イツキは雪お姉ちゃんが作ってくれるならなんでも大丈夫だよ! おいしく作ってね!」


「えへへ、サクラさんもイツキちゃんもありがとう。あ、イツキちゃんの好きな食べ物って何かある?」


「うーんとね、お寿司!」


「あはは……、それ以外に何かないかな? (お寿司はさすがに作れないし……)」


  雪は最初にお寿司と出てくるのは何となく予想はしていたが、あきらめずにほかの好きなものを聞いてみる。


「んと……じゃあハンバーグ!」


「ハンバーグ……か、それなら私にも作れる! じゃあハンバーグにしようか」


「ほんと!? えへへ、やったー!」


  イツキはハンバーグが食べられるのが嬉しいのか「ハンバーグー、ハンバーグー」と何回も連呼していた。


「あ、でもハンバーグに使う食材ってあったっけ?」


  さっき冷蔵庫の中身を確認した時には無かったと思い出したのか、雪は少し焦ったような顔をする。

  そんな雪を見ておじいさんは焦ったような顔をしている理由が分かったのか、おじいさんは雪を手招きすると持っていた財布の中身を確認した後に雪に手渡した。


「え、おじいちゃん?」


「ふふふ、雪ちゃん食材が足りないんだろう? それで買ってきなさい。あ、無駄遣いはダメだからね? そうだ! イツキちゃんも一緒にお買い物に行ってくれないかい? 雪ちゃんはお店の場所が分からないだろうからね。お願いできるかい?」


「うん! 大丈夫だよ! イツキに任せて!」


 イツキはそういうと会話に置いてけぼりになっていた雪を引っ張って走っていった。廊下のほうから「待ってよイツキちゃん!」と大きな声も聞こえた気がする。


「よかったんですか? 二人で行かせてしまって? 何か変な人とかに絡まれるかもしれませんよ?」


「大丈夫だろう……、あの子ももう十六歳だし、子供を連れてる子を狙うような人がこの近くにいるとは思えないからね。まぁ、雪ちゃんはおっちょこちょいだけどね。あーなんか心配になってきたよ。大丈夫かな……?」


  おじいさんは最初余裕を見せる表情だったが、サクラに言われたことが何か心に引っかかったのか途端に心配そうな顔に変わった。

  隣にいるサクラも自分で言ったことが本当になる気がするのか、心配そうな顔をしていた。やっぱりついていこうかと思ったときにピンポーンとチャイムが鳴り響いた。


「こんな時間に誰だろう? もう帰ってきたのかな?」


「いえ、あの二人ならピンポンと鳴らさずに入ってきそうですが……」


  二人は誰が来たのか気になったが時を待たずにまたチャイムが鳴ったので、出ることにした。


「あ、遅いじゃないですか、おじいちゃん。雪とイツキちゃんに会いに来たんですけど二人はいますか? イツキちゃんの洋服作るために採寸とかもしたいんですけど。ってあら? そちらの女性は誰ですか?」


  玄関を開けると子供二人ではなく縁が立っていた。イツキと雪に早く会いたいのかおじいさんのほうにだけ目を向けていたため、サクラに気づかずに話し続けていたが、一旦区切りを入れたためかサクラの存在に気付いたようだ。


「こら、縁。お客さんだぞ、まず最初に挨拶をしないか」


  おじいさんは半ばあきらめているのか、声にそこまで力が入っていないように聞こえた。


「え、お客さん? 失礼しました……。私は縁と言います。えっと、雪の母です。今後とも父をよろしくお願いしますね?」


「あ、私の名前はサクラと申します。マスターと雪さんには娘のイツキともどもお世話になっています。こちらこそよろしくお願いします」


  おじいさんはそんな二人を見てうんうんとうなずいた後に、縁に今の状況を説明した。


「え? 雪とイツキちゃんの二人だけでお使いに行かせたの? うーん、大丈夫かしら……」


  縁も二人にお使いに行かせたのが不安なのか心配そうな顔をした後、おじいさんたち二人に自分が迎えに行ってくるといって二人が行ったスーパーの名前を聞いたあとに車で向かった。


「縁が迎えに行ったし大丈夫だろう……」


  おじいさんは見えなくなっていく縁の車を見ながらそうつぶやいた。




  そのころ雪たち二人組はスーパーに二人仲良く手をつなぎながら向かっていた。イツキだけが道を知っているので、イツキが雪を引っ張っていく形になっている。


  そうして道を歩き角を曲がると、金髪の男が四人ほど集まって道の半分ほどを占拠しているのが見えた。

  雪はそんな男たちを見て緊張した顔になり、イツキを引っ張って別の道に行こうとする。だが、イツキは雪が何で嫌がっているのか分からずに「こっちのほうが早いよー」と言って引っ張って行く。

  その様子を見ていた男たちは下卑た笑みを浮かべながら雪たちに近づいてくる。


「あれ? お姉さんどうしたの? 嫌がっているみたいだけど」


「子供のわがままでも聞いていたのかな? じゃあさ、そんな子供は置いて行ってさ、俺たちと遊ばない?」


「何も怖いことなんかないからさ、そんなわがまま言うような子供なんて放っておいてさ。俺たちと一緒に遊ぶほうが楽しいと思うよ?」


  そんな男たちが近づいてくるのを見て雪は顔がどんどん青ざめ、動くことができずにしりもちをついてしまう。イツキはこの男たちが言っていることに腹が立ったのか大きな声で騒いでいた。


「イツキは雪お姉ちゃんにわがままなんか言ってないもん!」


 そんなイツキを見てうるさいと思ったのか、髪を金に染めた男の中のリーダーのような男が近づいてきた。


「うるさいなー、俺はこのお姉さんと話しているんだ。お前は関係ないんだよ。あんまりうるさいと殴るよ?」


  近づいてきた男はイツキの前で手を握ると、見せ付けるように降り下ろした。

  イツキはそれを見て怖くなり、地面にぺたんと座り込み大きな声で泣き出してしまう。

  雪は怖さで頭がパニックになっていたが、イツキの泣き声が聞こえたからか、守らなくちゃと自分を奮い立たせ、イツキを男たちからかばうように抱きしめて頭を撫でていた。


「だからさーうるさくしたら殴るって言ったよな!」


  金髪の男は短気なのかそんなイツキを見て苛立ったような顔をしたかと思うと、急ににたりと笑ったかと思うと雪に対して話をし始めた。


「お姉さん、今その子から離れてこっちに来ればその子も殴らないであげるよ? 俺たちはただお姉さんと遊びたいだけだからさ。なぁお前ら?」


  ほかの男たちはにやにや笑いながら金髪の男が言っていた言葉に頷いていた。


 雪はそんな男たちを見ながら嘘つきと心の中で考えながら助かる方法を模索していた。

  できれば自分も助かりたい、けど無理ならイツキちゃんだけでも……と思いながら、逃げる方法を考えていた。だけど何も考えつかずに時間だけが過ぎていく。

  そんな雪にいらだったリーダーの男はため息をつきながら雪たちに近づいてくる。

  雪は何もできない自分に嫌気がさしながら男たちを睨もうと顔を上げると不意に男の人の声が聞こえた。


「ここらへんで子供の泣き声が聞こえたんだがお前らか?」


  その男は青色の髪をしていて背が180を軽く超えるスーツを着た男だった。

  助けが来たと雪がその男の目を見るとこちらに目線を向けていないにもかかわらず、恐怖からか体中が震えだしてしまった。

  そのときに最初よりかは泣き止んでいたイツキは、雪が震えているのを感じて雪の顔を見上げた。


「だ、誰だよ! おっさん!」


  急に出てきたスーツを着た男性が怖いのか男たちの声がうわずっていた。スーツの男性はそんな男たちには目もくれず、ゆっくりと雪たちのところに歩いていく。


「あー嬢ちゃん、そんなにびびるな。俺は味方だから」


  スーツを着た男は雪と目を合わさないようにしながら、やさしいがどこかガサツな声で話しかけながら、雪の頭を優しく撫でた。

  怖くて顔を見ないように俯いていた雪だったが撫でられたときに驚いて顔を見上げる。そのときにスーツを着た男が目を合わせないようにしているのが分かった。


「(この人自分の目が怖いこと知ってて、目を背けてくれてるのかな?)」


  雪はそんなスーツを着た男性の少し変なやさしさに気付いてつい笑ってしまった。その笑った顔をみた男は嬉しそうな顔をしながら雪の頭から手を離し、男たちのほうにゆっくりと振り返った。

  男たちはスーツの男性の目を見た瞬間に、恐怖の表情を浮かべながらも、スーツを着た男が一人だけだったからか向かってきた。


「はー……、このまま向かってこなければ見逃し……、はするつもりないが、嬢ちゃんたちをこれ以上怖がらせずに済んだってのに……」


  スーツを着た男はそう言いながら向かってきた男たちの手をつかむと、そのままひとりひとり地面に叩きつけた。

  男たちは叩きつけられた衝撃のせいでなのかはわからないが、全員あっというまに気絶してしまった。


「うわ……、全員あっさりと気絶してくれちゃってまぁ……。後片付けが大変なんだけどなー」


  スーツを着た男は簡単に男たちを撃退すると、ぶつくさ文句を言いながらも男たちを道の端っこに放り投げた。


「まぁ、いいか……後片付けはこんなもんで。さて、嬢ちゃんたち怪我はしてないか?」


「あ、はい私は大丈夫です。イツキちゃんは大丈夫?」


「グスッ、うん大丈夫。どこもケガしてないよ」


「そうかい、それはよかった。……うん? イツキ?」


  男は安心したような顔でほっと一息ついたあと、このあとこの子達をどうするかと考えていたときに、頭の中でイツキの名前がひっかかった。


「あー、イツキって旦那の……、ホワイトキャットってところの看板娘のイツキか?」


「え? はい、たぶんそのイツキで合ってますけど」


  雪は男の問いに答えながら、イツキを男の前に出させた。すると男は驚いたような顔をしてからイツキに話しかけた。


「あー、イツキ……? 俺だ、アオキだ。覚えてないか?」


  イツキはその名前に聞き覚えがあったのか、ゆっくりと男の顔を見あげた。そして、しばらく見つめた後に「あ」と声を上げた。


「おじさんだ! わー! 久しぶりだね!」


「あー、うん……、おじさん……ね。まだ23なんだけどなー。あー、でも、イツキからすればおじさんで間違いないのかな……」


  アオキはおじさんと呼ばれてショックだったのか、しばらく遠い目をしながら放心していた。それでも、ここで何をしていたのか気になったのか話を再開した。


「そういえばここで何をしてたんだ? 二人きりで、買い物とかか?」


「あ、はい。料理を作るための材料が足りなくって、買い出しに来たんです」


「なるほどね、うーん、よし! 俺もついていくわ。君らだけじゃなんかまた、あーいうのに絡まれて危なそうだし」


  雪はさすがにそこまでお世話になるわけにはいかないと断ろうとしたが、アオキの視線の先の男たちをみて、これ以上イツキが危ない目にあうのは嫌だと思い、お願いすることにした。


「あの、すみませんがよろしくお願いします」


「はは、気にすんな。俺が好きでやってることだから」


「あ、そうだ! 良かったらごはん一緒にどうですか? 一人ぐらい人が増えたって大丈夫でしょうし」


  雪は名案が浮かんだと一人喜んでいたが、アオキは気まずそうな顔をするだけだった。


「あ、その、嫌……ですか?」


「いや、嫌じゃないし嬉しいんだけど、今はやめとくわ。まだ、顔合わせるには早いしな。悪いな、また今度誘ってくれ」


  雪は断られたのがショックだったが「また今度誘ってくれ」という言葉を信じてまた次誘うことにした。

  イツキは話を聞いていなかったのか、雪が落ち込んでるのを見てどうしたの、大丈夫? とやたらと雪のことを気にかけていた。さっきまで怖くて泣いていたのが嘘のように立ち直っていた。

  雪はそんなイツキに何でもないよ、大丈夫と声をかけながら手をつないで二人で歩いていた。


「よし、ついたぞ。ここで大丈夫だよな?」


  雪たちはしばらく歩いたがスーパーにたどり着くことができた。


「えっと、はい。大丈夫です。ありがとうございました。公衆電話でおじいちゃんの家に電話をかけてみますね」


  たどり着いたスーパーの入り口の近くにあるベンチの前で、雪はアオキにそう話しかけると、近くの道路にある公衆電話のもとに歩いていこうとした。


「お、珍しいな。携帯を持っていないなんて」


「あ、その、必要なかったので……」


「そうなのか? まぁいいけどさ」


「えっと、電話してきますね」


  理由を説明するのが恥ずかしくなった雪は、やや駆け足で近くにあった公衆電話に駆け込んだ。

  電話をしようと財布を取り出したときに見覚えのある車が目の前を通り過ぎて駐車場に停まるのが見えた。もしかしてと思い、運転席を見ると縁が乗っていた。縁は駐車場に車を停めると雪の姿が見えたのかまっすぐに走ってきた。


「雪! 良かった何事もないみたいね。あら? イツキちゃんは?」


「あ、お母さん! ちょうど良かった。おじいさんの家まで送ってほしいんだけどいいかな?」


「そのために来たんだからそれは別にいいんだけど。イツキちゃんは? まさかはぐれたの!?」


「大丈夫だよ! はぐれてないから! アオキさんって人と一緒にいるよ」


「アオキさん? えっと状況がよく呑み込めないんだけど……」


 縁は雪の話の内容が頭に入って来ないのか、頭を悩ましている様子だった。


「えっと、ここに来る途中で変な人たちに絡まれて、それを助けてくれた人なの!」


「変な人に絡まれて、……って、何かあったの!? ケガは!? 大丈夫なのよね!?」


「お、お母さん落ち着いて! 私もイツキちゃんもケガしてないから!」


  雪は興奮している縁を抱きしめて抑えつける。抱きしめられて落ち着いたのか、荒げていた声が少しずつ優しい声になっていった。そして、簡単にだけど今日起こったことを説明した。


「ほう、金髪の……ね」


「え、あ、うん。そのときにアオキさんって人が助けてくれたの」


「そう……、あ、それでアオキさんって方が出てくるのね?」


「うん! とりあえずアオキさんのとこに行こう!」


「そうね、私もお礼をしたいし」


  雪はやっと落ち着いた縁を連れて、イツキとアオキの待つスーパ-の入り口に歩いて行った。

  そこには、飴玉をなめて幸せそうにしているイツキと、煙草に火をつけずに口にくわえ、所在なげにしているアオキがベンチに座って待っていた。


「あ、雪お姉ちゃん! あれ、縁さんもいる!」


  イツキは縁がいることに驚いていたが、また来てくれたのが嬉しかったのか、縁のほうにトテトテと近づき抱き着いていた。

  縁はそんなイツキに理性が崩壊しかけていたが何とか耐えきり、イツキを雪に預けたあとにアオキのほうに近づいて行った。


「ごめん雪、イツキちゃんをお願いね?」


「へ? あ、うん。イツキちゃんこっちに来て」


 イツキは分かったと返事をすると雪のほうに飛び込んできた。


「あの、あなたがアオキさんでいいでしょうか?」


「え? あ、そうですよ。あなたは?」


「あ、すみません。私の名前は縁です。そこにいる雪の母です。イツキちゃんとはお友達です。今日は二人のことを助けてくださり、本当にありがとうございます」


「え、ああ……気にしないでください。たまたま近くにいただけですから」


  アオキは縁に言われたことを理解したのか、手をポンと鳴らした後に、手を横に振りその場から立ち去ろうとする。


「あ、もう大丈夫そうなので帰りますね。次からは気を付けてくださいね?」


「え、待ってください。何かお礼をしたいんですが」


「あー、大丈夫です。ちょっとこれから行かなきゃいけないとこがありましてね。また次の機会にでもお願いします」


  アオキは縁からの提案を優しく断り、逃げるようにその場を去っていった。


「あ、ちょっと……」


 縁はそれでもお礼をしたくて呼び止めようとするが、アオキは言葉をかけても手をあげるだけで、こちらは振り向かず目の前からいなくなってしまった。


「しょうがないよ、お母さん。今はおじいちゃんたちに会えないって言ってたし……。会えるようになったら来てくれるはずだから、それまで待とうよ」


「はぁ、そんなこと言っていたの? だったらしょうがないのかしら? まぁ、うん。また今度誘えばいいかしらね」


  縁は頬に手を当てて困った様子だったが、割り切ったのか雪のほうを向いて、雪からイツキを奪ってイツキに抱き着いた。イツキは戸惑っていたが嬉しそうだった。


「それじゃ、お買い物して帰りましょうか」


 縁はイツキと雪の手を取り中に入ろうとするが、イツキの手に持っている飴の袋を見て踏みとどまった。


「あら、イツキちゃん? その持っている飴玉はどうしたの?」


「んーとね、さっきのおじさんがくれたよ! 待ってる間これでも食っとけーって」


「そうなの? 貸しが増えていく一方ね。その、飴玉お買い物の間私に預けてくれる?」


「え、うーん、分かった。後で返してね?」


「お買い物が終わったら返すわね」


  縁はそのもらったという飴玉を預かり、自分が持ってきていたカバンの中にしまうと、また二人の手を取ってスーパーの中に入っていった。


「そういえば、今日は何を買いに来たの?」


「えっと、イツキちゃんが食べたいって言ってたから、ハンバーグの材料を買いに来たの」


「あら、そうなの? じゃあさっさと買って帰りましょうか」


  雪たちはそんな会話をしながら買い物を終わらせ、スーパーから出ると時間があっという間に過ぎていて、三時に終わったアルバイトから帰り、料理を作り始める予定だったのだが、もう五時手前になっていた。


「あら、結構時間がかかったわね。さてと車に乗って早く帰りましょうか」


「うん! あ、飴玉返して!」


「あらら、忘れていたわ。はい、イツキちゃん。これからご飯作るからあまり食べすぎないようにね?」


「はーい!」


  雪はそんな二人を見て和みながら、車の中に荷物を運び入れた。やっとすべての荷物を運び終わりおじいさんの家に帰ることができた。家にやっと帰りつき荷物を運ぼうと車の中から出ると玄関からおじいさんとサクラが出てきた。


「あ、雪ちゃん! イツキちゃん! 遅かったね、何事もなかったかい?」


  数時間しか経っていないにもかかわらず二人の表情はとても疲れたような顔になっていた。イツキはサクラを見ると、さっきまでの怖さがよみがえってきたのか、すごい速さで走ってサクラに抱き着いた。

  イツキは安心したのかそのままサクラの中で眠ってしまう。サクラはそんな様子のイツキを見て何かあったのかを察したのか、雪のほうを見つめている。


「すみません、雪ちゃん。何かあったんですね? 夜に何があったか聞いてもいいですか?」


「あ、はい。大丈夫です。今はとりあえずイツキちゃんが笑顔になるような、今日のことを忘れられるようなご飯を作ってあげたいですから」


  雪はどこか無理をしているような顔でサクラにそう告げると、荷物を持ってキッチンのほうに早歩きで向かった。


「あ、雪ちゃん……」


  サクラはそんな表情をした雪が気になって呼び止めたが、雪は気づかなかったのかそのまま奥に去っていった。サクラはそんな雪の後を追おうとしたが、縁に止められた。


「サクラさん、そんな顔であの子の後を追いかけないで下さい。あの子が言ってたようにイツキちゃんが笑顔になるようなご飯を作るためにも私たちも笑顔でいましょうよ。ね?」


  縁はある程度のことを知っているからか、苦い表情でサクラに話しかけ、笑顔を作って見せた。それを見たサクラはごめんなさいとつぶやくと同じように笑顔を作った。その表情を見たおじいさんも優しい笑顔を作ると雪の待つキッチンに向かった。

  キッチンでは雪がせっせと準備を進めていた。顔はさっきまでの無理をした笑顔ではなく真剣な表情になっていた。


「雪? 一人で作れる? お母さんも手伝おうか?」


「あ、お母さん……、大丈夫! 七時までには作れるはずだから!」


  そう雪に言われて縁は時計を見ると、時刻は五時三十分を指していた。


「(一時間はかかりすぎな気もするけど……、雪がやる気を出してるのを邪魔するのは悪いし……。ここは任せようかな)」


  縁は雪の真剣な表情を見て今日の料理を任せることに決めた。


「よし、じゃあ雪。頑張って作ってね。イツキちゃんの採寸をしたかったけど、そんな暇はないみたいだし……今日のところは帰るわね。また明日くるわね」


「え、あ、うん。またね」


  縁は帰る準備をしておじいさんに挨拶をして部屋から出ようとしたときにチラッと雪の顔を見た。その時の雪の表情は隠しているが少し不安そうな顔が縁には見て取れた。


「まったくもう、笑顔でいないとおいしいご飯にならないわよ? しょうがない……、雪!」


「え、は、はい!」


  雪は縁に急に名前を呼ばれたことに驚いたのか、気を付けの姿勢で動かなくなった。


「これからお母さんは帰るけど、ご飯作って食器洗い終えたらまた来るから、笑顔でいること! いいわね!」


「わ、分かった」


  縁は返事をした雪の頭を撫でると、そのまま優しく抱きしめる。

  それから、しばらくして最後にまた頭を撫でると急いで帰っていった。雪はそんな縁を見送ると、さっきまでの不安そうな表情を消して、笑顔で調理を再開した。無事に料理を七時までに作り終わり、まだ寝ていたイツキを起こすとみんなで楽しい食事会を開始した。


「雪お姉ちゃん! このハンバーグ家で食べるのよりもおいしいよ!」


  イツキはハンバーグを口いっぱいに頬張ると、こっちが幸せな気持ちになるような顔でどんどん食べていく。サクラは自分のよりもおいしいと言われて複雑な気分だったが、イツキのおいしそうに食べる顔を見て苦笑しながら自分も食べ進めた。おなか一杯に食べて眠たくなったのかイツキはウトウトしだした。


「あら、イツキ、眠いの?」


「うん……」


「しょうがない、今からお風呂に入っちゃおっか」


「うん……」


  サクラはおじいさんと雪にお風呂に入れてもいいかと断りを入れたあと、眠そうなイツキを連れてお風呂に向かっていった。そんなときに玄関からチャイムが鳴り響いたかと思うと縁が入ってきた。


「ただいま、雪、おじいちゃん。今日は泊まるわね」


  縁はそういうと雪のほうに歩いてきて、そっと頭を撫でるとぎゅっと抱きしめた。


「え、ちょ、お母さん? どうしたの?」


「どうしたの? はこっちのセリフよ。まったくもう、私たちの前では無理して笑わなくてもいいのよ?」


  縁は雪に優しい声でそう告げると、雪から離れて近くのソファーに座った。雪は座った縁の前に立つと、何も言わずに縁に抱き着いて静かに泣いていた。泣き疲れたのかそのままスースーと寝息を立て始めた。


「あらら、寝ちゃったわ」


  縁は寝てしまった雪を連れて隣の部屋に行き、布団を敷いて寝かせた。


「そういえば縁は雪ちゃんたちに起きたことを聞いているんだよね?」


「ええ、聞いているわ。そのことはサクラさんも一緒に聞きましょうか」


「それもそうだね、いまイツキちゃんと二人でお風呂のはずだから、イツキちゃんが寝てから話を聞かせてもらおうかな」


  そんな話をしていると風呂場から出てくる音が聞こえてきた。


「あ、すいません。遅くなりました。あ、縁さんこんばんは」


「むー? あ、縁さんだ、こんばんはー」


  イツキは眠たそうな顔をしながら縁に挨拶をすると、サクラが何となく察したのかイツキを連れて隣の部屋に行き、イツキを雪の隣で寝かせた。

  そして、イツキが眠ったのを確認した後おじいさんたちのいるところに向かった。


「さてと、全員揃ったわね。又聞きだからそこまで詳しくは話せないでしょうけど、それでも何となくは分かるだろうから」


  そして、縁は雪たちから聞いたことを自分なりの解釈も交えつつ説明した。


「なるほど、そんなことがあったのかい……。ふむ、金髪の小僧か……」


「おじいさん、口調が崩れてますよ?」


「おっと、わるいね。後アオキ君だったかな? その人は私の知り合いだから大丈夫だよ」


  おじいさんは縁から今日のことを聞きキレているのか、言葉遣いがおかしくなり、目が恐くなっていた。縁の言葉を聞いて表情をもとに戻すと、おじいさんは怪しい笑みを浮かべ、今日のことは私に任せてくれと言い、その場はお開きとなった。そして、しばらくの間談笑をしていると雪の目が覚めリビングに現れた。


「あ、お母さん。おじいちゃんもサクラさんも。えっと今日のことなんだけど……」


  雪はおじいさんたちの顔を見ると、今日あったことを説明しようと口を開くとおじいさんたちに「もう大丈夫、解決したから」と言われ首を傾げたが、大丈夫と言った時のみんなの表情を見て、なにか怖いものを感じたのか、なにも言わずに風呂場に向かった。そして、雪は入りそびれていたお風呂に入り、イツキの布団に潜り込んで一緒に寝ることにした。こうして雪の長いようで短かった一日が終わった。


  次の日、イツキは今日起きたことをすっかり忘れて、いつも通りの笑顔で過ごしているのをみて、みんなはとても安心していた。


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