初めてのアルバイト
「いら、いらっしゃいませ!よ、ようこそ、ホワイトキャットへ!」
盛大に言葉に躓きながら店員特有の挨拶をしているのは、新しく作られた制服を着て、初めてのアルバイトに緊張している雪だった。
笑顔もどこかぎこちなく足もプルプル震えている。
そんな雪ではあったが、意外と、というかやっぱりというかお店のお客さんには好評だったりする。理由は簡単でここに来るお客さんのほとんどがおじいさんやおばあさんなど、比較的気性が穏やかで雪と同じような年の孫を持つ人達ばっかりだったからだ。
そんなお客さんに助けられて一日もたたずに看板娘として認識されたのである。ちなみに今日が初めてアルバイトとしてみんなに紹介される日で、雪はおじいさんの仕事を見て勉強するのと、挨拶の二つが今日の仕事の内容だったりする。
「うんうん、雪ちゃん頑張ってるね。まだ始まったばかりだから、張り切りすぎて疲れないようにね?」
おじいさんは雪にちょっとした注意をしながらお客さんに注文されたアイスコーヒーとアイス付きパンケーキをトレイの上に乗せた。
「あ、雪ちゃん、常連さんのところに持っていくからついてきて。」
おじいさんはそういうと、本を読んでいる銀色の髪をしたスレンダー体型の美人の女の人のところに歩いて行った。
女の人はおじいさんがこちらに来るのが見えたのか、読んでいた本にしおりを挟んで、テーブルに置かれていくアイスコーヒーとアイス付きパンケーキをキラキラした目で見つめていた。
「あははは、ユキネさん。僕の作ったパンケーキにそこまで嬉しそうな顔をしてもらえるのは嬉しいんだけどね。ごめんね、ちょっと紹介したい人がいてね。こっちを向いてくれると嬉しいな。」
おじいさんはそういうと、口から涎が出そうな顔をしたユキネに、雪のことを紹介するために雪をユキネの前に立たせた。
「うん?人の紹介?ここで働いてくれる子がいたんだ?」
「あはは、この子は僕の孫でね、一月と少しの間だけだけど、お店の方を手伝ってもらっているんだ。来たのは今日の朝だけどね。」
ユキネはおじいさんのお店に、アルバイトの子が来たのが意外だったのか驚いた顔をしていたが、雪の方を見つめてきた。
「えっと、は、初めまして!おじい…、祖父のお店で働くことになった雪です。少しの間だけですがよろしくお願いします!」
雪は見つめられるのが恥ずかしかったのか、体をあたふたさせながら自己紹介を始めた。自己紹介をされたユキネは、あたふたしている雪が面白いのか、クスクス笑っていた。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?マスターが言っちゃったけど、私の名前はユキネっていうの。漢字で書くと雪月花の『雪』と音楽の『音』でユキネよ。よろしくね?」
ユキネはそういうと雪に向かって手を差し出した。雪は突然差し出された手に驚いたがおずおずと差し出された手を握った。
そんな二人を見て安心したのかおじいさんは「ほかのお客さんのところに行ってくるね」と言って離れていった。その様子を雪は驚いたような顔で見送っていると、ユキネが握手をしたまま話しかけてきた。
「あ、それと、わざわざ祖父って言いなおさなくてもいいからね?別に私が目上の人って訳ではないんだし。あ、それと私がここにいるっていうのは誰にも話しちゃだめよ?大変なことになるからね、分かってるとは思うけど…一応ね。」
そう言いながら握っていた手を放すユキネだったが、雪が頭に?マークを浮かべているのが分かったのか恐る恐るといった様子で話を続けた。
「えっと、まさかと思うけど…私のこと知らない?」
「えっと、あのすみません。……知らないです。」
雪はユキネの顔を見て、何か悪いことをしたかなと思いつつ正直に言った。ユキネは驚いた顔をしたあとに、落ち込んだ様子で遠くの方を見だした。
「そっかー、知らないかー…少しは売れてきたと思っていたんだけどなー。うん、まぁしょうがないよね!えっとね、雪さん。これでも私一応アイドルをやってるのよ。」
最初は落ち込んだ様子だったが、途中で吹っ切れたのか急に元気を出していた。ユキネは途中から大きな声になっていたのに気付いたのか、途中から雪だけに聞こえるように小さな声で話した。
「そ、そうなんですか?すみません、私テレビはあまり見てなくって…。」
「え、そうなの?ならしょうがないのかな?じゃ、じゃあ改めましてアイドルをやってるユキネです。芸名もそのままユキネだから多分わかると思うよ。そういえば雪さんって何歳なの?それと雪さんって漢字はどんな漢字なの?もしかして私と同じ漢字?」
ユキネは雪がテレビを見ないというのが意外だったのか少し驚いていたが、あとで考えると納得できたのかそんなに長くは驚かず、すぐに話題を雪のことに変えた。
「じゅ……十六歳の高校一年生です。そ、それと雪は雪月花の『雪』でユキネさんと同じ漢字です。その…ユキネさんは何歳なんですか?すごく大人っぽいですけど…。」
「おー!やっぱり同じ漢字なんだ!一緒なのは嬉しいね。あはは、大人っぽいって言ってくれるのは嬉しいけど、私は十八歳の高校三年生だよ?そんなに年変わんないんだから。あ、でも、大人っぽいって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとね!…あ、そうそう、年もそんなに変わんないんだし敬語使わなくてもいいよ!敬語使われると体がむずがゆくなってさー、だから敬語はなしね!それと雪ちゃんって呼んでいい?友達になるなら、ゆきっちとか愛称決めた方がいいよね?ゆきっちでいいかな?」
矢継ぎ早に話してくるユキネに驚いたのか、雪が一言も話せないでいると、いつの間にか雪の愛称が決まりそうになっている上に、ユキネが雪の友達になろうとしていた。
「あ、う、え…と、その、ユキネさん!と、友達になってください!」
「ふぇ!?びっくりした…、ゆ、雪っち?どうしたの急に?」
「あ、いえ、その、……なんでもないです。」
「(うー、やっちゃった…。絶対変な子だと思われた。せっかく友達になろうって言ってくれたのに…、やっぱりいいやとか言われないよね?)」
雪はユキネに友達になろうと言われて嬉しかったのか、初めて自分から勇気を出して、友達になってほしいと声に出したが見事に空回りしてしまった。
そんなことをしてしまった雪は恥ずかしいのか顔を赤くしてうつぶせながら、ちらちらユキネを見つつユキネからの言葉を待っていた。
「ん?どうしたのゆきっち?顔を赤くしちゃって、は!?まさか!?わ、私にそういう趣味はないからね!」
ユキネは雪の表情を見て何を思ったのか、顔を一瞬にして赤く染めあげて、さっきまでの明るい雰囲気は消え去り、なぜかもじもじする女子になっていた。
「え?何の話ですか?」
「いや、だから、その…、女の子同士でもにょもにょ…みたいな趣味のこと。」
「わ、私にだってないですよ!?なんでそういう趣味持ってるって思ったんですか!?私疑われるようなことしてないですよね?!」
雪はそんな疑いをもたれるとは思ってなかったのか手を上下に動かしながら必死に誤解を取ろうとしていた。
そんな雪を見てそんなことを考えていないのが伝わったのか、すごくホッとしたような顔をした後に、さっきまでの様子が気になったのか不思議そうな顔をしながら顔を傾げていた。
「結局なんであんなに赤くなっていたの?」
「そ、それは…、その…。」
「まさかほんとに…。」
もう雪の疑惑は晴れていたが、なんとなく気になったユキネは雪を揺さぶりにかかることにした。
先ほどの反応を見て、この話題を振れば普段より激しい反応が返ってくるから、普段では言わないようなことも言うのではないかと考えたのだ。
「ち、違うよ!あれは友達になってくれるって言ってくれたから…、だから、その。」
「友達?え、私たち友達だよね?違うの?」
「ほ、ほんとに、いいんですか?あの、私なんかで…。」
ユキネはそんなことをまさか雪に言われるとは思ってなかったのか、少し動揺していたが続いた雪の言葉を聞き、雪に自信がないだけだと理解した。
「まったくもう…驚かせないでよね。私たちはもう友達だからね!わかった?」
雪はそんなユキネの強引なところに驚きながらも、友達と言ってもらえたことが嬉しいのか涙目になりながら笑っていた。
そうして笑っていると、お客さんの数が収まってきたからか、おじいさんがカウンターの方からひょっこりと顔をのぞかせこっちに歩いてきた。
「あはは、もうすっかり仲良しになれたみたいだね?よかったよかった。それじゃユキネさん、今後も雪のことをお願いしますね?」
「ふふふ、任せといてよ!マスター!」
ユキネは雪のことをマスターことおじいさんに任されたのが嬉しかったのか、上機嫌な様子で胸を張りドンと自分の胸をたたいた。
「あはは、それは頼もしいな。さてと、ちょっと雪ちゃんのことを借りるけどいいかな?奥の部屋の掃除を今のうちに教えておきたいなと思ってね。今ならお客さんが空いてるからね。」
「あ、はい。それじゃ、ゆきっち頑張ってね、マスターも体に気を付けて頑張ってくださいね。」
「うん!ありがとう!頑張るよ!」
「あはは、ほんとに雪ちゃんと仲良くなったね。ユキネさん私の心配もしてくれてありがとうね。」
こうして、雪はおじいさんと共にカウンターの奥に向かっていった。そこには調理道具とキッチンを拭くための布巾などと共に、床を掃除するためのモップなどが置いてあった。
まず最初にキッチンをきれいにしようと布巾を手に取ると、キッチンのさらに奥のスタッフルームから人がいる音が聞こえた気がした。
「あれ?おじいちゃん、奥に誰かいるの?」
「え?あーイツキちゃんが眠ってるはずだよ。」
気になるならおじいさんのいるときに確認した方がいいだろうと思った雪は、おじいさんに、音が気になるから見てくると言ってスタッフルームに向かった。
キッチンからは中が見えないようにカーテンで仕切ってあり、少し暗く怖さを感じた。
「イツキちゃんいる?」
奥にはイツキがいるはずだからと怖さを抑えてカーテンを開けると、部屋の真ん中にテーブルが置いてあり、端の方にテレビが置いてあるだけで他には何も置いていないさびしい畳の部屋だった。そして、そこは窓があるのにもかかわらず、窓の前に大きな木があるせいで日光を遮り、さらに部屋が暗い雰囲気になっていた。
「なんか暗くて怖いな…。」
そうつぶやきつつ部屋の中にある電気をつけようとスイッチを探して右を向いたら女の子が暗い影になっているところに座っていた。
「ふぁっ!?」
驚きのせいか、変な声を出してしまった雪のもとにおじいさんが駆け寄ってくる。
「なにかあったのかい雪ちゃん?変な声出して。」
おじいさんはそういいつつ雪が見ている方を見てみると、女の子がいるのが見えたのか、一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに誰かわかったのか近くに寄って行った。
「あ、イツキちゃんか…、こんなところで座ったらダメだよって言ったのにな…。」
座っていたのはイツキだった。そんなイツキは全く反応を示さず、ずっとうつむいている。
「イツキちゃん?」
何か心配になりイツキを揺さぶってみるとイツキの顔が見えた。
「あはは、涎垂らして寝てるみたいだね。起こしちゃうのは可哀そうだから、畳の上にそっと寝かせてあげようか。起きる気配がしないけどね。あ、雪ちゃん。クッションが部屋の隅にあったはずだから頭の下に敷いてあげてくれないかな?」
とても幸せそうに涎を垂らしながら寝ているイツキが起きないように、おじいさんがそっとお姫様抱っこをすると、雪は部屋の隅にある、この部屋に似合わない白い猫型のクッションを見つけた。形が平べったいため枕にちょうど良さそうに思えた。
「よいしょ、…と、イツキちゃんは軽いから運ぶのが楽だね。」
おじいさんがそっと畳の上に寝かせた後に、雪はイツキを起こさないように注意しながら頭の下にクッションを置き、頭が丁度いい位置に来るように調節する。
「ふぅ、これでよし。…なんでイツキちゃん、電気も付けずにあんなところで寝てたんだろう?」
「あー、そういえば雪ちゃんは知らないんだったね。昔っからなんだけどね?イツキちゃん。暗い所の方が落ち着くらしいんだよ。そのことを知ってたから、さっきもイツキちゃんだとすぐに気づけたんだよ。知ってなかったら僕も悲鳴を上げていたかもね。」
おじいさんはそう言うと小さな声で笑っていた。そうして少しの間笑っていたおじいさんだったが、仕事のことを思いだしたのか雪に掃除の仕方や触ってはいけないものなどの説明を手早く済ませると、「また後で来るから、それまで掃除頑張ってね」と言って、カウンターに戻って行った。
「よし、頑張ろう。イツキちゃん行ってくるね。」
雪はスタッフルームで寝ているイツキのことを気にしているのか、小さな声で呟いた後、カーテンを開けてスタッフルームからキッチンに出て行った。
「さてと…、おじいちゃんに言われたことしないと!最初はキッチンからだったよね。」
キッチンを台拭きで鼻歌を歌いながら掃除をし終わり、最後に床の掃除をして鼻歌を気持ちよく歌い終えようとしたとき、突然スタッフルームのカーテンが開いた。
「あ、お姉ちゃん!なんか楽しそうだね!なにかあったの?」
「え!イツキちゃん!?いつから起きてたの?」
「ついさっき起きたの!なんかお姉ちゃんの声が聞こえるなーって思って!えへへー。」
鼻唄を聞かれたのが応えたのかしばらくの間声も出ない様子だったが、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきたのか、雪の顔が少しずつ赤くなっていった。
イツキは雪の歌が聞けて嬉しかったのか眩しい位の笑顔で雪のことを見ていた。雪が声を出せずにいるとイツキが抱き着いてくる。
「お姉ちゃん?どうしたの?もう一回歌ってよー。ねぇねぇ!」
とても楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら雪に抱き着いていたイツキだったが、雪が歌ってくれないことが分かったのか、頬をプクッと膨らませながら、雪のことを上目使いで瞳をうるうるさせながら見つめてきた。
「お姉ちゃん…、歌ってくれないの?歌が聞きたいよー!」
雪はそんなイツキを見て、逃げられないと悟ったのか話を別のことに変えることにした。
「そ、そういえばイツキちゃん。暗い所が落ち着くっておじいちゃんに聞いたけど、ホントなの?」
「…?うん!ホントだよ!日向ぼっこするのもいいけど、暗い所にいるのも好きなんだ!」
イツキは急に話を変えられ、一瞬頭に?マークが浮かんでいたが、話の内容が理解できたのか元気な声を出しながら雪に抱き着いた。
そんなイツキの様子を見て我慢が出来なくなった雪は、イツキを抱きしめて頭をなで始めた。
「ふわ!?お姉ちゃんくすぐったいし恥ずかしいよー。」
イツキはくすぐったいのか、腕の中ではにかみながらじたばたしていた。雪はじたばたされた時、お腹に拳が入りうずくまり悶絶していた。
「あ、お姉ちゃん!ご、ごめんなさい!大丈夫?」
「え、あ、うん…、大丈夫だよ…。うぐぅー……。」
雪はお腹を押さえながらイツキの方を涙目で見つめていた。口では大丈夫と言っていたが目が泳いでいてとても大丈夫そうには見えない。
そして、しばらくして落ち着いたのか涙が引っ込んだ後にまた、イツキの頭を撫ではじめた。
イツキはさっきのことを気にしているのか、恥ずかしそうにしながらもじたばたと暴れることはしなかった。
いつの間にか、雪の鼻歌の話からは話がそれていた。そんなことをしていると時間が早く過ぎ去り、仕事が落ちついたおじいさんがキッチンにひょっこり現れた。
「おや?イツキちゃん、目が覚めたんだね。あ、雪ちゃんもやっぱり縁の娘だね…。」
「えー!そんなことないよ!」
「あはは、まあいいんだけどね。掃除は終わったかい?」
「うん!終わったよ!」
「よし、じゃあ、店内に戻ろうか。」
おじいさんはそういうと店内に歩いて行った。雪は慌てておじいさんの後ろをついて行くと、イツキは雪と一緒にいたかったのか、雪の後ろについていった。
「私も一緒にいく!おじちゃんいいよね?」
「あはは、いいよ。イツキちゃんはうちの看板娘だからね。」
雪たちが店内に戻ったのに気付いたのか、ユキネが雪のもとに駆け寄ってきた。
「あ、ゆきっち遅かったね。あれ、後ろの子はイツキちゃんじゃん!久しぶりー。」
「あ、白いお姉ちゃんだ。えへへ、ひさしぶりー。」
ユキネはイツキの知り合いなのか簡単に挨拶をして頭を撫でていた。
「あ、ユキネさんのことは知ってるんだね。」
「ふふ、私は話したことがある…って程度だけどね。イツキちゃんはこのお店の看板娘だからね、ここに来るだいたいの人は知ってるはずだよ。というか白いお姉ちゃんって…、私の名前はユキネよ、よろしくねイツキちゃん。」
「うー?ユキネお姉ちゃん?」
「うん、それでよし。」
「あ、だったら私のことも雪お姉ちゃんって言ってほしい。」
「ユキネお姉ちゃん!雪お姉ちゃん!」
お姉ちゃんと呼ばれて嬉しかったのか雪もユキネもイツキの頭を撫でまわしていた。そんなことをしていると扉があいてお客さんが来た。
「あ、お客さんが来たみたいだからいってくるね。」
「ふふ、頑張ってね。」
「うー、雪お姉ちゃんのお仕事が終わるまで待ってたいけど、一旦帰らなきゃいけないの…だからまたあとでね!絶対に来るから!」
イツキはそういうとおじいさんの方に向かって何か話をして、カウンターの奥に入って行った。
「ゆきっち?お客さんのとこに行かなくていいの?」
「あ、行ってくるね。」
「ふふ、いってらっしゃい」
雪がお客さんのもとに走ってくのを見届けたユキネは少しさびしそうな顔をしたあと、自分の荷物をまとめ始めた。
「いらっしゃいませー!よ、ようこそホワイトキャットへ!」
雪はお客さんのもとに駆け足で向かい、少し言葉に躓いてはいたが挨拶をしていた。
「マスター、私も帰るね。精算よろしくー。」
ユキネはそういって席を立つとお金を支払うためにおじいさんのもとに歩いて行く。
「ユキネさんまた来てね?今日は色々とありがとね。」
おじいさんはそう言いながらユキネからお金を受け取り入ってきたお客さんに迷惑にならないように避けながらユキネを店の外まで見送った。
見送りが終わった後に雪のもとに終了時刻を知らせに向かう。
「うんうん、雪ちゃん。その調子で頑張ってね。あと一時間で終わりだから。」
おじいさんにそう言われて、雪と呼ばれた女の子は、店にある大きな壁にかけてある時計を確認した。
「(えっと…、二時か…。じゃあ、終わるのは三時なのかな?)」
時計を確認し終わった雪は次に来たお客さんのもとに駆け寄る。
同じような挨拶をしてあいている席まで案内する。ほとんどのお客さんがマスターに直接注文をするが、それでも、雪に注文を取ってもらう人も少なくないため、意外と忙しい。
「(やっと終わった…。私は一日でこんなに疲れちゃってるけど、おじいちゃんは、これを毎日一人でやってるんだよね。…よし、おじいちゃんの力になれるように頑張ろう!)」
雪がやる気を出しているのが分かったのか、おじいさんが掃除道具を持ちながら雪のもとにやってきた。
「雪ちゃん、今日はお疲れ様。今日はちょっとお客さんが多かったからね、疲れただろう?明日は今日よりも少なくなると思うから、無理はしないようにね。」
「うん!大丈夫!まだまだやれるよ!」
雪はそういいながらおじいさんの手から掃除道具を借りようと手を伸ばした。するとおじいさんが手に持っていた掃除道具を雪に渡さず店の奥に歩いて行った。
「これはおじいちゃんの仕事だからね。雪ちゃんは先に家に戻ってて、多分イツキちゃんがもうそろそろ来るころだからね。」
「イツキちゃんが!?分かった!先に帰ってるね!」
「あはは、じゃあよろしくね。掃除が終わったらおじいちゃんも行くから、ご飯を作っていてくれるとうれしいな。」
「わかった!」
こうして雪の初めてのアルバイトは何事もなく終わっていくのだった。
「そういえば、雪ちゃん普通に接客までしてたね…。明日からのはずだったのに…」
おじいさんは自然に接客していた雪のことを思い出して、これなら大丈夫だと安心しながら掃除を開始するのだった。