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薄緑色の髪をした女の子

  玄関のドアを開けると小学生低学年くらいの、薄緑色の髪をした女の子が立っていた。


「あ、えっと。お姉ちゃんこんにちは!」


  小さな女の子は元気な声で雪に話しかけてくる。


「え、あ……こんにちは?」


  雪は女の子の元気な声に戸惑いながらも挨拶を返すが、そんな雪を不思議そうな顔で見たあと、女の子は不安そうな表情に変わっていく。


「あの、えっと……お姉ちゃん、白いおじちゃんいる?」

「え? 白いおじちゃんって……、あ、おじいちゃんのことかな?」

「えーと、うん! 多分そう! 珈琲のお店している人だよ!」


  女の子は不安そうな顔から一転して明るい表情になると、元気な声で嬉しそうに答えた。


「あ、じゃあおじいちゃんのことだね。ちょっと待ってて、呼んでくるね」

(あれ、でもおじいちゃんとどういう関係なんだろう?)


  雪はそんな考えごとをして小さな女の子に返事をすると、おじいさんを呼びに奥へ向かった。


「あ、雪ちゃん。誰か来たのかい? チャイムの音……、というより大きな声が聞こえた気がするんだけど」


  奥に向かう途中、大きな声が聞こえたらしく見にきたおじいさんが出てくる。


「あ、おじいちゃん! 髪が緑色の小さい女の子が来たよ? 今、玄関にいるけど……」


「髪が緑色の小さい女の子? ああ、イツキちゃんのことかな。分かった、ありがとうね。ちょっと話を聞いてくるから、お母さんの所に戻ってて」


「え、うん。分かった! 後で紹介してね!絶対だからね!」


「ふふふ、うんうん、後で紹介するから。お母さんと待っててね」


  おじいさんはそういうと、小さな女の子、樹のいる玄関の方に歩いていった。


「(あの子、イツキちゃんっていうんだ……可愛い名前だな……。楽しみだな……、紹介してもらうの)」


  雪はそう思いながら、お母さんのいるリビングへ向かっていった。リビングにつく頃には女の子とおじいさんの関係のことなど忘れていた。


「あら、雪。遅かったわね」


「うん、ただいま」


  リビングへ着くとお母さんがまだパンケーキを食べていた。珈琲が紅茶になったことぐらいしか変わっていない。

  雪がリビングに入ってきたとき、お母さんは雪の服装を上から下まで見ると、パンケーキを食べるのをやめて少しだけ真剣な、それでいて悲しそうな表情になった。

  顔を手で覆いながらちらちらこちらを見ている。なにか楽しんでる気配も感じる。


「雪……、そんなに渡した服を着たくないの……?」


  雪はお母さんのそんな言葉に一瞬不思議そうな顔をした後に、自分が制服を着てないことに気が付いたのか、慌ててお母さんに制服を着てないことについての言い訳をはじめた。


「ち……違うんだよ? 着替えようと思ったらね、女の子がきてね、その子がおじいちゃんに用事があるみたいでね。えっと、着替える時間が無くてね……」


  言い訳を始めた雪だったが、説得力がないと思ったからなのか少しずつ声が萎んでいく。するとそんな雪の様子を見て、お母さんは顔から手を離して笑いをこらえる表情を見せた。

  雪もその表情を見て、自分が母にからかわれていたと気づいた。


「むー、お母さん。驚かせないでよ!」


「ふふふ、ごめんなさい。慌てる顔が可愛かったものだから」


「む、ぐ……。ま、まあ良いけどさ」


  お母さんに謝られる形で(はぐらかされたとも言えるが)服についての話が終わった。するとお母さんはさっきまで話していた内容を思い出したのか、小さな声で「女の子?」とつぶやいていた。


  やはりお母さんは気にしたかと思いつつ、その話に乗っかることにした。なぜ雪が、お母さんが女の子のことを気にするのかわかったかというと………。


「女の子って雪が言うってことは小さい子なのね? うふふ、近くの子かしら? そうじゃないんだとしたら…電話を、まさか隠し子!? いや、流石にそんなことをする人じゃないし………。まあ、そんなことはどうでもいいとして、沢山の服を用意しなくちゃね。うふふふ、どんなのがいいかしら……、かわいい系の服かしら……、フリルをたくさんつけて、いや、子供ということはよく動くわよね。フリルは少しだけにとどめておくべきかしら、おとなしい子だったらフリッフリのでもいいわよね……。…………抵抗しなさそうだし」


  最後にボソッと黒い言葉を呟いた気もするが雪は気にしないことにした。


  そう、お母さんは服を作るのがとても好きで、それはもうものすごい好きで、よく雪や雪の妹の結衣の服を作り上げていた。

  最初はお金を節制する為に始めたはずの洋服づくりが、いつの間にか洋服を作るための教室に行ったり、服の素材を買ったりして逆にお金がかかるという本末転倒っぷり。

  とはいえ、このお母さんの趣味のおかげで雪の小学生時代は友達ができたし、お小遣いを服に回さずにすんだので良かったのだと思っているのだが、流石に中学生になってからも洋服を親に作られるのはなにか恥ずかしいと思い、中学生になった時点では雪の分は作らないでもらうようにお願いした。

  妹の結衣はお金が浮くから中学二年生になった今でも作ってもらっているが……、ちなみに、雪はお母さんに色々教えて貰ったおかげか、家庭科の授業が得意になったのだが、妹の結衣は細かい作業が苦手で家庭科の宿題などはいつもお母さんと雪に手伝ってもらっている。


「ねぇ、雪。その女の子はかわいい系なの? それとも綺麗系なの? 身長は? 何歳くらいなの?」


「ちょ、ちょっとお母さん! 落ち着いて! というか、人の家の子供に迷惑はかけちゃダメだよ! 後でおじいちゃんが紹介するって言ってたし、その時に直接聞けばいいと思うよ。ただし、嫌がることはしちゃダメだからね! 約束だよ!」


  お母さんはそう言われると自分が少し落ち着いてないのが分かったのか、目を閉じて深呼吸をしはじめた。

  そして、部屋が静かになった時に廊下から女の子とおじいさんの声が聞こえてきた。

  どちらの声も楽しそうな声だ。少しずつ声が大きくなっていき扉が開いた。


「雪ちゃん。待たせたね、要望通りイツキちゃんを連れてきたよ。っとイツキちゃん、あの黒髪で、後ろで一つ結びをしている子が孫の雪ちゃん。イツキちゃんと話したがっていたから、話し相手になってくれると嬉しいな。パンケーキ片手に紅茶を飲んでいる黒髪のロングの子が娘の縁だよ。……気を付けてね」


「あ、おじいちゃん! えっと、雪です! イツキちゃんよろしくね!」


「あら! この子が雪がさっき言ってた女の子ね……、予想よりもだいぶ幼いわね……。うふふふ、大丈夫。怖くないわよ……、こっちにいらっしゃーい。おじいちゃん特製パンケーキもあるわよ?」


  いらっしゃいと言いつつ、にじり寄るお母さんが怖いのか、イツキはおじいさんの後ろに隠れてしまった。

  おじいさんは自分の娘の行動が読めていたのか、イツキを庇うようにして立ちながらため息をついている。


「縁……、イツキちゃんが怖がってるから、こっちに来るのをやめなさい」


  お母さんは怖がられるとは思っていなかったのか、絶望の表情を浮かべながら椅子に座り、リスのように小さくなって黙々とパンケーキを食べ始めた。

  さっきまでのテンションはどこにいったのかと言いたくなるような様子だ。

  おじいさんはおとなしくなったお母さんをスルーして話を進めた。


「あー、次はイツキちゃんが自己紹介するばんだよ」


「う、うん。えっと……、イツキです。難しい字の方の樹でイツキって言います。よろしくおねがいします。あ、あの縁さんもよろしくおねがいします」


「あらー、自己紹介が出来るなんて偉いわねー。うふふふ、イツキちゃん。こちらこそよろしくね」


  さっきまでの淀んだ空気はどこに行ったのかと言いたくなるほど、お母さんの周りの雰囲気が激変していた。


「イツキちゃん、私は大丈夫だからこっちに来て?」


  雪はそんなお母さんを悲しそうな目で見てから、笑顔でイツキの元に向かうとイツキに抱き着かれた。雪は抱き着かれたことに少し狼狽えながらも、イツキを抱きしめていた。イツキは抱きしめられて少し嬉しそうだった。


「そういえば、おじいちゃんとイツキちゃんってどういう関係なの?」


  イツキの頭をなでつつ、小さい体を抱きしめながら、おじいさんの方を向いた雪は気になっていたことを尋ねた。


「あー、イツキちゃんは古い友人の子でね。たまにだけど遊びに来るんだよ。店を開けてる時に来ることもあるけどね。そのときは看板娘として、お店の中で遊んでもらっているんだ。イツキちゃんがいると、店の雰囲気も優しい雰囲気になるからこっちも助かるからね」


  おじいさんは優しい表情をしながらイツキを見ると、今までのことを思いだしながら語っているように見えた。そんな風にゆったりとした時間を過ごしていると、突然鐘の音が鳴り響いた。

  驚きながらまわりをみると、時計から音が聞こえてくる。鐘の音が9回響くと音がしなくなった。時計は午前九時を指していた。


「あはは、雪ちゃん、そんなに驚かなくても大丈夫だよ。そういえば、雪ちゃんは見るの初めてだったかな?前に使ってた時計が壊れちゃってね、新しく買って来たんだよ。一時間事に鐘の鳴る回数が変わるから、今が何時なのかも分かりやすいしね。因みに三十分だと鳴るのは1回だよ。おっと、もうこんな時間か……」


  おじいさんはおもむろに立ち上がり、雪とイツキに手招きをしてお店の方に歩いていった。

  その後ろを雪は慌てて追いかけようとするが、イツキが慌てていなかったのでゆっくり後ろをついていった。お母さんはいつの間にかパンケーキと紅茶を片付けてニコニコしながら雪の後ろについてきていた。


「さてと、もう九時だしお店の方の準備をしないといけない時間だ。あ、雪ちゃんは明日からね。今日はとりあえず、そうだね……、イツキちゃんと一緒に、看板娘としておじいちゃんの仕事を見ていてもらおうかな。どんなことをするのか見てからする方が覚えやすいからね、ついでに今日来る常連さんに挨拶しとこうか。お店のお客さんは優しい人ばっかりだから、そこまで心配しなくても大丈夫だよ。縁はイツキちゃんの面倒を見ていてね。イツキちゃんはしっかりしているから大丈夫だと思うけどね、縁。言わなくても大丈夫だと思うけど、イツキちゃんが嫌がるようなことはしないようにね?」


「はーい、分かってますよ。それじゃ、二人とも行きましょうか」


「う、うん。分かった! 頑張る!」


「うん! お姉ちゃんと縁さんと一緒にいる!」


  少し時間がかかったが、雪たちはおじいさんの後を追ってお店の準備に取り掛かる。


「おじいちゃん、私は何をすればいいの?」


「そうだね……、とりあえず開店前だから掃除をするんだけど、おじいちゃんはカウンターのほうの掃除をするからお客さんが座る椅子とか机とか床とかの店内の掃除をお願い出来るかな。ちょっと広いけど大丈夫かな?」


「う、うん! 大丈夫!」


  おじいさんは掃除道具を雪に手渡すと、カウンターのほうに歩いて行った。


「イツキちゃんはお母さんとあっちで遊んどきましょうか」


「えー! お姉ちゃんは? お姉ちゃんも一緒がいい!」


  イツキは雪が一緒に遊んでくれないと知って、プクーッと頬を膨らませた。そんなイツキの姿を微笑ましい顔でお母さんは見ていた。


「お姉ちゃんはお仕事があるみたいだから。お母さんと二人で遊びましょう?」


  そう言いつつ空いている席に座るように促した。もちろん、お母さんはイツキの隣に座っていた。

  雪はそんな光景をうらやましそうに見ながら、お母さんたちが座っていない机や椅子床などの掃除に取り掛かる二十分程度かけて終わらせ、掃除道具をある程度まとめ少し休憩していると、イツキが雪のほうを向いているのに気が付いた。


「お姉ちゃん! こっちは掃除してくれないの?」


  雪は、「あ……」と呟くと少し顔を赤くしながら、駆け足でイツキのもとに向かう。


「(忘れてた……、うー、恥ずかしいよ。早く終わらせよう!)」


「あら、忘れてたの? まったくもう……、それでこっちに駆け足で来るのは偉いけど、掃除道具も持ってきましょうね?」


  お母さんはまさか忘れられていたとは思わず、驚いた表情を見せていた。それでいて、褒められるところは褒めて注意すべきところは注意していた。


「あ、あはは……、えっと、今から掃除するから、悪いけれどお母さんとイツキちゃんは向こうの方に行ってもらっていい?」


  雪はそういいながらすでに掃除が終わっている場所を指さしお母さんたちに移動してもらった。お母さんたちが移動してる間に掃除道具を取りに行き、掃除を開始した。掃除もすぐに終わらせ、掃除道具を片付けた後、お母さんたちのもとに向かった。


「よし、掃除終わったからさっきの場所に戻っていいよ。あ、それとイツキちゃん。さっきは教えてくれてありがとね」


「ほぇ? 何の話?」


  イツキはさっき教えたことを忘れていたのか、頭の上に『?』マークがついたような顔で雪の顔を見つめている。そしていつの間に用意したのかドリンクを握りしめていた。


「え、えっと……、さっき掃除してない場所を教えてくれたでしょ?」


  雪がそう告げるとイツキの頭の上に、『!』マークが飛び出てきたのが幻視できた気がした。


「ううん! 別にいいよ!」


  大きく元気な声で告げると、にぱーっと擬音が付きそうな笑顔で雪に抱き着いてきた。


「うふふふ、イツキちゃんは可愛いわね。さてと、雪? 今更だけど制服に着替えなくていいの?」


「あ、そうだった。着替えてくる! ……そういえばお母さん? あの制服ってどうしたの?」


「あら? 言ってなかったかしら? あれはね、あなたがおじいちゃんの家でアルバイトする……、って言った日の翌日に、制服のデザインを結衣と一緒に考えたのよ。あの子も後で来るからね。とは言ってもあの子、学校で部活あるからたまにしか来られないらしいけれど。まぁ、イツキちゃんに洋服作ってあげたいから、そのついでに結衣もつれてくるわね。……さてと、もうそろそろ帰らないと家事がたまっちゃうからね。家事が終わったらまた来るわね」


「え? あ、うんわかった。お母さんまたね」


「縁さんまたね! でも、……えっと、洋服って?」


「そうだった! まだイツキちゃんに言ってなかったわね。良ければなんだけどね? お母さんに洋服を作らせて欲しいなと思ってるんだけど、どうかな? いいかな?」


  お母さんはイツキに洋服づくりをさせてほしいとお願いをしていた。

  雪はそんなお母さんとイツキのことを一旦放っておいて、自分の制服を取りにおじいさんの家に戻った。

  雪はおじいさんの家で制服に着替えるとどんな姿になるのか気になったのか、洗面台に備え付けられている姿見の前に立って、くるくる一回転してみた。

  何か楽しくなってきて少しの間くるくる回っていた。


「あら、雪。なんでそんなに回っているの?」


「え? お母さんなんでここに?」


  雪はくるくる回るのをやめて、お母さんの方を向いた。


「なんでも何も、さっき帰るって言ったじゃないの……。そんなことは置いといて、雪? 意外にその制服気に入ってくれているのね。うれしいわ」


  お母さんは雪の格好を見て嬉しそうに微笑んでいた。


「そ、そういえば、イツキちゃんの洋服のことはどうなったの?」


「あら、そのことなら大丈夫よ? ちゃんとイツキちゃんからお願いしますって頼まれたもの。うふふふ、どんな洋服にしようかしら……。結衣と一緒に考えようかしら?」


「え? お母さん私は? 私もイツキちゃんの洋服のデザインを考えたいんだけど」


「あら、雪はダメよ。雪はここで働くんだからそんな暇はないでしょ?」


「えー、いいもん……、イツキちゃんと一緒にいる時間は私の方が長いはずだし。その間にいっぱい仲良くなるから!」


  雪はお母さんに仲間外れにされたのが悔しかったのか、拗ねたような声をだしてお店の方に走って行った。


「あらあら……、からかいすぎたかしらね?」


  お母さんの少しの笑いを含んだ呟きは誰に聞かれることもなく廊下に響いた。


「あ、やっときた。雪ちゃん勝手にいなくなったらダメだよ? イツキちゃんが教えてくれたからよかったけど、教えてくれなかったら探しに行くところだったよ」


  雪がお店に帰ってくると、おじいさんが落ち着かない様子で店の入り口に立っていた。雪の顔が見えたとたんに安心したような顔で雪の方に歩いてきた。


「あ、ごめんなさい……、制服に着替えてくるの忘れてて……」


「うん、分かってくれたなら良いんだよ。次からは気をつけてね?」


「うん! わかった! 心配かけてごめんなさい!」


「ふふふ、うん! 許した! だから、頑張ろうね? まぁでも……今日は見とくだけなんだけどね」


  こうして雪は、この日から夏休みが終わるまでのアルバイトが始まるのだった。




  ちなみに雪が帰ってきたころイツキはというと…。


「ところでおじいちゃん……イツキちゃんはどこ?」


「イツキちゃんなら眠くなったらしくて、厨房の奥の方で眠ってるよ?」


  厨房の奥のスタッフルームでスヤスヤ眠っていたのだった。

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