皆でお食事(ひとり除く)
「さてと、それじゃあみんな準備はいいかい?」
おじいさんはお店の入り口に『Closed』と書かれた看板を立てかけながら、周りに集まった雪たちのほうを見る。
集まったメンバーはおじいさんを含めると八人にもなる大所帯だ。雪たちは今から行く場所が楽しみなのか頷く速さがいつもよりも早い気がする。
「あはは、それじゃあ行こうか」
おじいさんはそんな雪たちの姿を見て笑顔を浮かべながら先頭を歩く。
「それにしても、ユキネさんが来れないのは残念だったね、雪姉」
「うん、でもしょうがないよ。どうしても断れない仕事が入ってたって言ってたし」
「まぁでも、隣にいたマネージャーさんが止めなかったら来そうだったけどね」
「さ、さすがに来なかったと思うけど……、多分」
今日誘ったメンバーで来れなかったのはまさかの一人だけ、話題に上がった通りユキネだけが来れなかったのだ。雪が電話をしたときは二つ返事で大丈夫と言っていたのだが、隣にいたのであろうマネージャーから待ったがかかり、スケジュールをよく調べてみるとその日は外せない仕事があるということで今回の食事会は来れなくなったのだ。その時のユキネは血涙を流しながらマネージャーをにらんでいたそうだが、いつものことらしく普通に流されていたらしい。
そんな他愛のない話をしていると目的地が見えてきた。
「ほら、あそこが富さんがやってるお店だよ。名前は『富食堂』だよ。まぁ、名前が一緒なのは偶然らしいけどね」
「自分の名前が入ってると自分がやってるお店の宣伝の時には恥ずかしくなってしまいそうです」
「まぁ、それでも富さんは自分の腕に自信を持ってるからね、恥ずかしいとは思わないんじゃないかな? とりあえず中に入ろうか、お店の入り口にたたれると迷惑だろうからね」
そういって中に入ると、まず最初に目に入るのが食券機だ。お目当ての物はチキン南蛮だがそれ以外にもたくさん種類がある。
「俺は何回もここでチキン南蛮を食べたことあるし、チキンカツ定食にするか」
「私はそこまで食べれるほうではないので、明太子スパゲッティにしときます」
「私はチキン南蛮にしようかな」
「私も雪姉と同じでいいよ」
「とはいえみんなでチキン南蛮だけ食べるのもあれだしね、おじいちゃんは別のにしておこうかな。他のもおいしいからね」
「あの、雪さん。一口だけチキン南蛮もらっていいですか?」
「はい、もちろんいいですよ」
「サクラさん、私たちはどうする? 私としてはこのサバの味噌煮定食がすごくおいしそうな響きなんだけど」
「確かにおいしそうですね、私もそれにしようかしら」
「お母さん、私はうどんがいい! エビが乗ってるの!」
「それじゃあイツキは海老天うどんにしましょうか。食券の買い方は分かる?」
「分かんない! 教えて!」
「はいはい、えっとね……」
そんな会話をしながらみんな食券を買ってさらに奥に進むと、店員の姿をした千佳が出てきた。向こうも雪たちに気付いたのか笑顔で向かってくる。
「いらっしゃいませ。雪ちゃん。えっと、八名様ですね。こちらへどうぞ」
千佳は雪の後ろにいる人たちの数にちょっと驚いた顔を見せながらも、空いている席に案内する。
「あんまりたくさんの人が来ることってないから四人用の席しかないんです。ちょっと動かすから待っててください」
そういうと離れて設置してある机といすを持ってくる。さすがに見ているだけなのは気が引けたのかみんなで手伝いながら机といすを配置する。
「すみません。ありがとうごさいます。それでは食券のほうを確認させていただきます」
「はい! お姉ちゃん!」
「あら、ありがとう。それでは料理が出来上がるまで少々お待ちください」
千佳はイツキから食券を受け取ると頭を下げて、奥の厨房に入っていった。
「お姉ちゃんにお礼言われた!」
「よかったね、イツキちゃん」
「うん!」
食券を渡したときにお礼を言われたのが嬉しかったのか、イツキが顔をニコニコさせていると、それを見た雪が嬉しそうにイツキの頭をなでていた。そんなことをしながらしばらくの間待っていると料理を持った千佳が厨房から現れた。
「お待たせしました! こちらチキン南蛮です。えっと……?」
「あ、それ私が注文したのです」
「あ、雪ちゃんのなのね。あともう一つあるんだけど」
「私も雪姉と同じ奴にしたからこっちにくださーい」
「はいどうぞ、どんどん持ってくるので待っててくださいね」
そういってまた奥に残りの料理を取りに向かい戻って来るを繰り返し、全員分を持ってくるころには少し疲れているように見えた。
「大丈夫?五十嵐さん?」
「ありがとう、大丈夫だよ雪ちゃん。あ、それと、私のことは下の名前で呼んでよ。名字で呼ばれるの距離を感じちゃうから」
「え? あ、うん! 分かった千佳さん!」
「同じ年なんだから呼び捨てでもいいんだよ?」
「え、えっと。頑張ります!」
「ふふふ、うん。あ、それじゃあ皆さんゆっくりしていってくださいね」
千佳は他の客に呼ばれて向こうに行く際に、後ろにいた結衣たちにお辞儀をした後走っていった。
「いい子ねー、千佳ちゃんは。良かったわね、友達が一人できたじゃない」
縁は千佳が向こうに行くのを眺めたあと、雪のほうに向きなおって嬉しそうに微笑んだ。雪はそんな縁に照れた顔で頷く。頷いたことでこの話はおしまいという雰囲気になったところで、目の前にある料理の前で手を合わせてから食べ始める。
「これがチキン南蛮かー、熱っ、ふーふー」
「大丈夫、結衣?」
「う、うん。ちょっと、舌がピリピリするけど。この上のたれのおかげでそこまで熱くなかったから大丈夫」
「いきなり大きな口を開けて食べようとするからよ?」
「お、おいしそうだったから、つい……」
「あはは、でも私も気持ちわかるよ。すごい美味しそうな匂いがするからついつい口に運んじゃうよね」
「ほらー、店員さんもこう言ってくれてるよ……?」
「えっと、千佳さん? お店のほうは大丈夫なの?」
「ふっふっふー、大丈夫だよ! バイトの人が来るまでの間だけヘルプで入ってるだけだからね。さっき来たから変わってもらったんだー」
「そ、そうなんだ」
「うん。あ、そうだこの前連絡先聞きそびれたんだけど。えっと、雪ちゃんって携帯持ってる……?」
「あ、うん。この前お母さんに買ってもらったの!」
「わー、そうなの! ちなみに、どんなの買ったの?」
「えっと、よくわかんなくて、ほとんどお母さんに買ってもらったからわかんないや」
「そうなの? 見せて見せて!」
千佳がぐいぐい来るのにちょっと困惑している感じの雪だったが、それでも嬉しさのほうが強いからか笑顔で話を続けていた。そんな二人を見て嬉しそうにおじいさんは頷きつつ自分の頼んだ料理を食べていると、前来た時には入ってなかったピーマンと塩昆布の和え物が横に添えてあった。驚いた顔をしながら厨房のほうを見ると富さんがにやりと笑った顔で口パクをしてきた。
(「ちゃ・ん・と・食・べ・な・さ・い・ね」か、私がピーマンが苦手なのを知ってるだろうに……。まぁ食べるけどね)
恨みがましい目で富さんを見るが、富さんはそんな目を涼しい顔で受け流しながら次の料理を作っていた。そんなおじいさんの様子に気が付いたのか、イツキがうどんを食べながらおじいさんを無言で見つめる。
そんなイツキのほうを見ないようにしながら、おじいさんが四苦八苦しながら食べ始める。そんななか、アオキとカスカは二人して黙々と出された料理を食べていた。先に雪からチキン南蛮を一つだけもらっていたカスカは味を確かめるように口に運んでいた。
「チキン南蛮ってちょっと甘いんですね。このソースが絡むとさらにおいしいです。また次も来て食べたいですね」
「ふふ、良かったね。また今度も来れるようにしようか。アオキ君も一緒にね?」
「ここの揚げ物はやっぱりおいしいな。旦那、ここには久しぶりに来たんですけどやっぱりおいしいですね。あ、今度来るときももちろん一緒に来ますよ」
アオキの返事でちょっとホットした顔をしたカスカのことはアオキだけ気付いていなかった。他のみんなは(千佳ですら)カスカの気持ちに気が付いているらしく、生暖かい目で二人のことを見ていた。おじいさんは二人との会話が終わると自分の前に出されたピーマンを無表情で少しずつ食べ進めていた。