いよいよ明日はチキン南蛮!
いつものように仕事が終わり家事の手伝いを終わらせた雪は、実家から持ってきた洋服を並べて悩みながらも、楽しそうに服を前に持ってきては戻す作業を繰り返していた。
「えへへー、何着ていこうかなー」
「ん? なんかすごくご機嫌だね雪姉」
そんな雪の様子を見て不思議そうな顔をした結衣がニコニコした笑顔で近づいてくる。
「え、だって明日はみんなでご飯を食べに行く日だし。楽しみにしてたんだもん」
「え? あ、そ、そうだった! 忘れてた!」
「結衣、もしかして何の準備もしてないの?」
雪の言葉を聞いてはっとした表情をした結衣は、雪の呆れた表情から目をそらして乾いた笑いを漏らす。
「う、うん。その雪姉? 洋服貸して?」
「もう……、いいけど。汚さないように気を付けてね?」
「うん! ありがとう、雪姉!」
結衣の言葉に微笑んだ雪は結衣の手を引っ張り、一緒に服を選び始める。
「うーん、結衣だったらこういうのが似合うと思うんだけど」
「どれ? おー、この服可愛い! 雪姉、私これがいい!」
「えへへ、気に入ったみたいでよかった。じゃ、はいこれ。えっと、あとは小物とかもつける?」
「え? あはは、いらないって。この服だけでも十分にかわいいもん!」
「そう? じゃあ、いいけ」
「どうせなら、こういうのを結衣に薦めればいいのに。ちなみに結衣にはこういうのも似合うと思うのよ」
そう言いながら雪の部屋にあったものじゃなくて、自分で持ってきた服を見せてくる。そんな縁の行動に驚いたのか体をビクッとさせた雪は後ろにのけぞる。
「うわ! お母さん」
「うわ! とは何よ。まったくもう。お母さんもそういう反応を娘からされたら傷つくのよ?」
「あ、あはは、ごめん。でもお母さんがいきなり出てくるのが悪いんだよ」
「あら、それはごめんなさい。まぁ、そんなことは置いといて。雪、家からいろいろと洋服とか小物とか持ってきたから、これで結衣を着せ替えて遊び……、じゃなかった。洋服を選ぶ楽しさを教えてあげましょう?」
「お母さん? 今私を着せ替え人形扱いしなかった?」
縁の言葉に不穏な空気を感じたのか結衣はジトっとした目で見つめると、縁はその目から逃れるように目をそらしながら雪に話を振る。
「そそ、そんなことするわけないじゃない。ほら、どう雪? 教えてあげたいと思わない?」
「えへへ、そうだね。さっきの発言は置いとくとして、結衣はいろいろ勿体ない気がするもん。髪だって短くしなければサラサラだし、身長もあと少しで私を抜きそうだし、む、胸は私とあまり変わらないし……」
「ゆ、雪姉! 急に自虐に走らないでよ! 大丈夫だってきっとすぐ大きくなるって」
「そ、そうだよね、私まだ成長期だもんね」
「妹に慰められるのは姉としてどうなのかしら……」
「うぐっ」
「なんでお母さんは雪姉に傷口に塩を塗るようなことを言うのさ!」
「だって、雪をからかうとかわいいんだもの」
「だものじゃないよ!」
「うふふ、さてと、雪の了承も得たことだし結衣を着せ替えましょう」
「お母さん、私の了承を得てよ……」
「うふふ、きこえません」
「もう、どうでもいいや」
「じゃあ、結衣の了承ももらえたし、雪頑張るわよ」
「うん。こうなったら結衣にいっぱい可愛くなってもらう」
よくわからないテンションになった雪は縁と手を組んで、自暴自棄になった結衣を縁が持ってきたアイテムでコーディネートしていく。少しずつ完成していく結衣の姿に更にやる気をみなぎらせた二人だったが、結衣があることに気が付いてしまう。
「そういえば、今日これだけやっても、今からお風呂入っちゃうんだから苦労が台無しになるんじゃ……」
「「………………」」
結衣の言葉に二人は無言で手を止めると、静かに手を脱力させた。
「そのことをすっかり忘れていたわ」
「私も忘れてた、えっと、とりあえずお風呂入ってくる?」
「……うん」
「それじゃあ、雪を着せ替えるから早く上がってきなさいね?」
「分かった!」
「え、私のは自分で決めるから」
「そんなこと言わないの、結衣も一緒にしたいでしょ?」
「うん!」
「う、そんなに力強く頷かなくても」
「まぁいいじゃない。ほら、結衣はお風呂に行ってきなさい」
「分かった。雪姉待っててね!」
「あ、うん」
雪も嬉しそうな結衣の顔を見て止められなくなったのか、最終的には頷いた。縁はそんな雪を見てにっこり笑うと、持ってきていた小物で髪を結わえる。
「あ、お母さん! 私もするよ!」
「あら、結衣早かったわね? ……って、また髪を乾かさないで来たわね?」
「う、雪姉を着せ替えするなんてこと、そんなにないから、早く行かないとって思って」
「まったくもう、雪は逃げたりしないから大丈夫よ。……逃げようとしたら捕まえるし」
「お母さん、もうそろそろ寝ないといけないような……」
「大丈夫よ、まだ八時だし。夜は長いわよ?」
「う、ぐぅ……」
縁は自分の左手首に巻いてる腕時計を雪に見せると、時計を見て諦めたようにうなだれた。
「ふふふ、雪姉もさっきまでの私の気持ちを味わえばいいよ……」
「ゆ、結衣が敵に回っちゃった」
「結衣も味方にしたし、それじゃあまず洋服をどうするかね……」
「雪姉はおとなしめの色だけど、明るい感じのやつがいいと思う」
「あー、だったらこれかしら? 私としてはこういうのも似合うんじゃないかと思うんだけど」
そして、どこから取り出したのか次々と洋服を取り出してくる。
「うーん、それもいいけど、なんか他にはないの?」
「ほかにねー、あ、それならいっそのこと浴衣とか着てみる?」
「ゆ、浴衣!?」
途中まで話に入ってこなかった雪だったが、さすがに浴衣を着るのは抵抗があったのか二人の会話に混ざってくる。
「どうしたの雪? そこまで驚くようなことじゃないでしょ?」
「いや、だって、一人だけ浴衣って浮いちゃう……」
雪は浴衣を着てお店に行った後のことを想像したのか、顔をぶんぶん振り回しながら必死に縁を説得する。
「あー、それは確かにそうね。それじゃあ結衣も浴衣にすればどう?」
「え!?」
「あー、それならまだ」
「ちょ、ちょっと待って。私も!?」
縁の話を他人事のように聞いていた結衣は、まさか自分に話が飛んでくるとは思っていなかったのか、さっきまで他人事のように聞いていたのに急に慌てた声を出す。
「雪一人だけ浴衣にするのは可哀そうでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど。だったら、お母さんも浴衣にしようよ」
「えー? うーん。いいけど、あ、どうせなら一緒に行く人たちは浴衣で行くみたいに決めちゃう」
「え、でもみんながいいよって言うかな?」
雪は縁の言葉に不安を覚えたのか、悩むような顔をしながら縁と結衣の顔を交互に見る。
「カスカさんは押しに弱そうだから押し切っちゃえばいい気がするし、おじいちゃんとかアオキさんとかは普通に頼めば着てくれそうだけどね」
「カスカさんの扱いがひどい気がするんだけど。イツキちゃんやサクラさんはどうするの?」
「カスカさんの場合はみんなが着てたら、多分さみしくなって自分も着るっていうとは思うけどね。口には出さないだろうから多少強引に着させるけど。イツキちゃんも私たちが着てたら着ると思うけど、サクラさんは分からないわね……」
「サクラさんはイツキちゃんが着れば着てくれそうだけどね?」
「それは、そうね……。じゃあ、あとでみんなに言ってみましょうか」
雪の言葉に頷いた縁は二人の顔を見てもう一度頷くと、両手に浴衣を取り出す。
「最初は雪から決めちゃいましょうか。雪は何か希望はある?」
「浴衣でだよね? うーん、浴衣の選び方ってよくわからないや」
「あらあら、そうね。好きな色とかでもいいのよ?」
「好きな色? うーんとね。あ、そういえば前に買ったワンピースがあるんだけど。あれが好きかも!」
縁からの質問に雪は前にユキネと一緒に買いにいったグリ姉渾身の作品を思い出したのか、買ったまま紙袋に入れてあったものを取り出す。
「あら、これがそのワンピースなのね。おお、いいわねこれ。これを作った人と会ってみたいわね」
「あ、私が買ったお店の人が作ったらしいよ。グリ姉っていう人なんだけど。あ、そういえばお母さんが作った服を着て行ったんだけどあっちも会いたがってたよ?」
「あら、そうなの?それなら今度会ってみようかしらね。今度会わせてちょうだい」
「分かった! ユキネさんに紹介してもらった場所だし、ユキネさんと一緒にでも大丈夫?」
「ええ、もちろんいいわよ! ふふふ、楽しみね」
(そういえば男の人って教えたほうがいいのかな……、まぁ、いっか。お母さんも驚けばいいんだ。ふふふ)
雪は縁がグリ姉に会って、うろたえるのを思い浮かべて悪戯気な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、今度は結衣に来てもらう浴衣を選びましょうか」
「あ、うん。よろしく」
「お母さん私も一緒に考えるよ!」
「どうせなら他の人の分も考えとこっか!」
「うん!」
三人は縁がどこから取り出したのかもわからない浴衣を、ひとつひとつじっくり吟味していく。
「結衣のはどういうのがいいかな? 何かこういうのがいいとか要望はある?」
「え? うーん……、あ、大人っぽい柄のやつ!」
「結衣に大人っぽい物ねー、明るい花柄の浴衣のほうが似合う気がするわよ?」
「えー? そうかな? でもお母さんが言うんだったらそうなのかなぁ? 雪姉はどう思う?」
「うーん、私もお母さんと同じかな。黄色の花とかが似合うと思うし、そういう小物も探そっか」
「あら、いいわね。髪飾りでも用意してあげましょうか。確かお店に遊びに行く日には近くでお祭りもあったし。そんなに目立たないと思うわ」
「うん! じゃあそれにする!」
結衣はそこまで自分の服装にこだわりがないのか、それとも縁と雪のことを信頼しているのか、縁たちの意見を聞いて服のデザインを決めるとすぐに選び始める。
「しかし結衣が大人っぽい服装を着たいって言うなんてね……、そういうのも作ってみようかしら」
「お母さん、どういうの作るつもり?」
「雪、そんな心配そうな目で見なくても大丈夫よ。そうね……、イヤリングでも作りましょうか? それともりぼんとかのほうがいいのかしらね」
雪の不安そうな目線に気付いた縁は、そんな雪を見て微笑みながら考え出す。やがて考えがまとまったのか結衣を向きながら話し出す。
「1、イヤリングってつけたことないかも……、でも、なんか大人って感じがする!」
「イヤリングってどういう感じなの? 痛かったりするの?」
「そうね、いたいっていう人もいるけどつける場所をちょっとずらしたり、耳に当たる部分にシリコンを付けたりすれば大丈夫よ。ピアスと違って穴をあけるわけではないんだしね。多少違和感はあるかもだけど」
「あ、ピアスとイヤリングって違うんだ! 初めて知った!」
「雪はもう少しそういうことに興味を持ったほうがいいと思うわよ? 結衣もね?」
「う、うん。頑張ってみる」
「えー? そういうのはお母さんたちに任せるよー。それでさっきのイヤリングの話だけど。お母さん作れるの?」
「まったくもう、まぁ結衣らしいかしらね。簡単な物なら作れるわよ。あ、どうせならノンホールピアスにしちゃいましょうか」
「のんほーるぴあす? なにそれ、穴をあけないピアスなの?」
「そうよ、見せたほうが早いかしらね。これがピアス。これがイヤリング。これがノンホールピアスよ」
縁はまたもやどこから取り出したのか、一つの箱をあけ順番に取り出して見せていく。
「あ、この透明なやつで挟むの?」
「ちょっと耳を貸して見なさい。つけてあげるから」
「うん! 痛くしないでね?」
「最初は違和感を感じるでしょうけどそこは慣れなさいね? 痛かったら自分で調整しなさい」
「分かった!」
結衣は初めてつけるノンホールピアスにワクワクしながら縁の前に座ると、笑顔で縁を見つめている。
「そんなに見られてるとやりづらいわね。結衣終わるまで目をつむってて?」
「えー、分かった」
「ちゃんとつけ方はあとで教えてあげるから」
「お母さん。私にもあとで教えてね?」
「ふふ、分ってるわよ。雪はあとで教えてあげるから今のうちにつけたいものを選んでおきなさい」
「うん!」
縁は雪のワクワクした声に微笑むと小物の入った箱を渡す。それを受け取った雪は目をキラキラさせながら選び出す。そんななか縁は雪の耳に付ける作業に入った。
「とはいっても簡単につけることができるから教えることは何もないんだけど。ほら、終わったわよ」
「お母さん鏡ちょうだい!」
「ふふ、はいはい」
結衣の言葉に笑いながら鏡を渡すと、次は雪のほうに向かう。
「雪は気に入ったのあった?」
「これ、かなぁ? うーん、でもこれも可愛いし……」
雪はどれもが可愛く見えるからか、選んでは戻してを繰り返す。そんな雪を見て縁はため息をつく。
「もう、雪? 別にその中から一つとは言ってないんだから戻さなくてもいいのよ?」
「え?! そうなの?! じゃ、じゃあこの三つを付けてみたい」
「ふふ、はいはい。ちょっと待ってなさい。あら、イヤリングも選んだのね」
「う、うん。どうせなら一回ぐらいはつけてみたかったから」
「それじゃあつけるから、目をつむって? 結衣はつけるところを見ときなさい」
「うん!」
「分かった!」
縁の言葉に頷いた雪は縁の指示に従って目をつむる。そんな雪を結衣は縁の後ろからじっと見つめる。視線を感じるからか、多少顔をそらしている雪の耳にノンホールピアスを付ける。
「ほら、終わったわよ。違和感とかはない?」
「なんか耳についてるって感じがする」
「そりゃつけてるからね。痛みとかはないみたいね?」
「それもそっか。うん! 痛くないよ!」
「それじゃ、他のもつけてあげるわね」
「おねがいします」
雪はまた縁の言葉に頷くと目を瞑る。そんなことを何回か繰り返していると結衣が縁の服を引っ張ってきた。
「どうしたの、結衣?」
「雪姉の耳に私もつけてみたい!」
「あの、結衣? 最初は自分の耳でやったほうがいいんじゃないかな? なんか耳に穴をあけられそうで怖いし」
「どうやったらノンホールピアスで穴をあけれるのさ! 大丈夫、私のことを信じてよ雪姉」
「まぁ、私が見てるから大丈夫よ。まずいと思ったらお母さんが止めてあげるから。そのあとは雪が結衣の耳に付けてあげなさい」
「うーん。分かった」
そんな会話を繰り広げながらも楽しそうに三人で明日の準備を続けるのだった。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、明日に響くから今日はもう寝たほうがいいよ?」
「え、もうそんな時間!?」
「わわわ、お、おやすみなさい!」
「あらら、つい張り切っちゃたわ? 教えてくれてありがとねおじいちゃん」
「ふふふ、楽しみにしてくれてるのは分かるから、嬉しいしいいんだけどね。それじゃあお休み」
……おじいさんに注意されるまでの短い時間ではあったが。