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雪のクラスメイトがやって来た

 

 ペタンと座り込んでいるカスカを今まで見たことがなかったからか、慌てた様子でカスカのもとに駆け寄った。


「ど、どうかしましたか!? カスカさん!」

「あ、雪さん。ごめんなさい。心配をおかけしまして、何でもありません。その、イツキちゃんが、ですね……」

「え、イツキちゃん……?」


 雪が疑問に思いながらカスカさんがいた部屋を見ると、暗い部屋の片隅で丸くなって眠っているのが見えた。


「はい、イツキちゃんが寝ているのに驚いて、その、声が、出てしまっただけです……。驚かせてしまってごめんなさい」


 カスカは声を出してしまったのが恥ずかしいのか、顔を赤くさせうつむいたままぼそぼそと呟く。


「なんだ、そうだったんですね。よかったです。敵襲でもあったのかと」

「て、敵襲って、ふふふ。そうですね、敵襲じゃなくてよかったです」


 カスカは雪のいきなりの冗談に面を食らったのか、さっきまでの赤い顔を引っ込ませて呆けた表情を見せたあと、なぜか笑みがこぼれた。


「あ、それじゃあ私仕事に戻りますね」

「はい、心配をおかけしてすみませんでした」


 雪が仕事場に戻ると結衣が心配そうな顔で近づいてきた。


「ゆ、雪姉? カスカさん何があったの?」

「あ、えへへ、何もなかったよ」

「え、そうなの? も、もしかしてなんだけど、その、あれが出たとかじゃないよね?」

「あれ?」

「うん。その、最初の文字が「ご」から始まるあの黒いやつ……」

「ち、違うよ! ってそんなこと言わないでよ……、ぞわっとしたじゃない」

「ち、違うんだ。よかった」


 雪は「ご」が最初に付く飲食店の敵と呼べるようなものを思い出してしまったのか、自分の肩を抱きながらさすっていた。

 結衣は雪の答えに安心したのか、ほっとした様子でおじいさんのところに戻っていった。そんなときお客さんに呼ばれたので接客をしに向かう。着替えが終わったのかカスカも接客をしているのが見えた。


「こんにちはー! マスター、おばあちゃん来てます?」

「おや、千佳ちゃんじゃないか。富さんならさっき帰ったよ?」

「あれ? すれ違ったのかな……。せっかく仕事の休憩時間に来たのに。……ま、いっか」


 千佳と呼ばれた女の子は感情が顔に出やすいのか、表情が目まぐるしく変わる女の子だった。千佳は一人で食べることにしたのか、富さんのことは諦めた様子で店員である雪を呼ぶ。


「あの、店員さん。注文イイですか?」

「あ、はい。今から行きます!」


 雪は呼ばれたほうを向いて何かを思い出すような顔をしだした。そして、何かを思い出したのか急に表情がぎこちなくなっていく。


「あ、えっと、その、ちゅ、注文はお決まりでしょうか?」

「うん! えっと、このパンケーキとこのコーヒーをください。って、店員さん? 顔がこわばってるけど大丈夫?」

「は、はい! 大丈夫です! パ、パンケーキとコーヒーですね。コーヒーはパンケーキの先にしますか?」

「大丈夫ならいいや。うん、パンケーキの先でお願いします」

「かしこまりました。し、失礼します」


 雪はカチコチのままロボットのようにおじいさんのところに向かっていった。おじいさんはそんな雪を見て不思議そうな表情をしている。先に注文を聞いた後気になって雪に聞いてみることにした。


「雪ちゃん、どうかしたのかい? 急に顔が怖い顔になったけど」

「え、ホントに!? いつも通りの表情をしてるはずなんだけど」

「いやいや、全くいつもと違う表情だよ? あの千佳ちゃんと何かあったのかい?」

「え、おじいちゃん五十嵐さんのこと知ってるの?」

「知ってるも何もさっきまでいたおばあちゃんのお孫さんだからね。ここにはよく来るよ?」

「そ、そうなんだ……。えっとね、五十嵐さんは私が通ってる学校のクラスメイトなの」

「おや、そうだったのかい? それにしてはあっちは気が付いてないみたいだけど」

「それは仕方ないよ……、私と違ってお友達がいっぱいいるもん。私のことは視界にも入ってないんじゃないかな?」


 雪は乾いた笑いを上げながら目をそらした。そんな雪の様子を見て、おじいさんは困ったような顔で笑みを浮かべる。


「え、えっと……」

「あ、えっと、だ、大丈夫だよ! あっちが気付いてないならむしろありがたいから!」

「雪ちゃん? 雪ちゃんはここにアルバイトに来た理由を覚えてるかい?」

「え? あ、えっと、学校でお友達を作るため?」

「うん、そうだよ。ということでまず最初に千佳ちゃんと仲良くなろうか?」

「え!? で、でも迷惑になると思うし。プ、プライベートな時間は誰にも見つかりたくないんじゃ……」

「う、うーん。そういうものなのかい?」

「う、うん! そういうものなんだよ!」

「ふーん、雪姉のクラスメイトなんだー」

「うわあ、結衣!? いつからそこにいたの?」

「最初からいたんだけど……、あ、それと、雪姉?」

「ご、ごめん。え、うん。なに?」

「あのね、プライベートがーとか相手のことだけを考えてたらいつまでたっても話しかけられないよ? 相手に対して多少は図々しくしないと、きっかけさえなくなるよ?」

「で、でも、失礼じゃないかな?」

「話しかけることが失礼なら、何もできないでしょ? いや、もちろん。相手を馬鹿にしたりとか、そういうことをしたらダメだけど、雪姉は別にそういうことをするわけじゃないでしょ?」

「そ、そんなことできないよ!」

「じゃあ、いいんじゃない?」

「そ、そういうものなの?」

「雪姉は昔から考えすぎ!」

「わ、分かった! 頑張る!」

「うんうん。じゃあ、千佳ちゃんのところにこれを持って行ってくれるかな?」

「う、うん! 分かった!」


 雪はおじいさんからコーヒーを受け取ると一回深呼吸をした後に千佳のことへ向かった。


「お待たせしました。先にコーヒーを持ってきました」

「ありがとう」

「えっと、その、私、佐藤雪って言います」

「え、そうなの? えっと……」

「えと、だから、その……、よろしくお願いします!」


 雪は千佳に話しかけることはできたものの、話しかけた後のことは考えてなかったみたいで、慌てたのかなぜか自己紹介をしてしまった。その光景を目の前で見た千佳は何を思ったのか急に笑い出す。思い切り笑った後、また雪のほうを見てくる。


「ゆ、雪さん。あなた、面白い人だったのね?」

「へ?」

「なんとなく見た気がするなーって思ってたけど、私のクラスメイトだよね?」

「え、は、はい!」

「いつも静かに本を読んでるイメージしかなかったから、なんか新鮮で笑っちゃった」

「へ? えっと」

「これからよろしくね。雪さん?」

「あ、はい! えへへ……、よかった」


 雪は千佳の言葉にほっとしたのか、先ほどまでの堅い顔ではなくやわらかい笑みを浮かべた。その光景を見た周りの人たちも安心するような声を出しながら食事を再開した。


「む、むう……。そういう笑顔をみんなにも見せればいいのに」

「え? 何か言いましたか?」

「別に、何も言ってないよ」


 千佳は雪の言葉にたじろいだ様子を見せていたが、雪の不思議そうな顔を見て何事もなかったようにすました顔を作った。


「あ、そうだ。今更だけど別に敬語は使わなくっていいよ? というか、同じ学年なのに敬語使われるとむずがゆいよ!」

「え、あ、その……。でも、良いんですか?」

「良いも何も……、雪ちゃんは嫌なの?」

「嫌じゃないですけど! って、雪ちゃん!?」

「え! 雪ちゃんダメ?」

「嫌じゃないです! あ、えっと、嫌じゃないよ?」

「うんうん。だったら雪ちゃんだね。っていうか今更だけど、雪ちゃん仕事イイの?」

「え、あ! えっと、またあとで!」

「うん、また後でねー」


 雪は千佳に言われてから仕事中だったことを思い出したのか、慌てた様子で戻っていった。その途中で千佳のほうを見て手を小さく降ると、千佳が大きく手を振って返してくれた。


「あはは、おかえり、雪ちゃん。千佳ちゃんとは仲良くなれたかい?」

「うん! お友達になれたよ!」

「それは良かった」

「やっぱり、雪姉の考えすぎだったんだよ!」


 結衣は雪に向かって胸を張ってどや顔をしてくる。


「えへへー、だから仕事も張り切って頑張るよ!」

「あはは、一緒に頑張ろうね」


 おじいさんは雪の言葉に安心したような声を出して、ほっと胸をなでおろした。そのあとは嬉しそうにしゃべる雪の頭を優しく撫でる。雪はそんなおじいさんの行動に恥ずかしそうにうつむいていたが、嬉しそうに笑っていた。


「おじいちゃん、恥ずかしいよー」

「あはは、ごめんね」

「あ、マスター。注文が入りました。コーヒーとチキン南蛮……何ですけど……」

「おや、カスカさん。ありがとうね。……どうかしたのかい?」

「あ、いえ。チキン南蛮って何だろうと思いまして」

「え!? あー、知ってる人のほうが少ないのかな……?」


 おじいさんはカスカの言葉にショックを受け、呆然とした顔を一瞬見せたが、すぐに今までのことを思い返し納得したような顔になった。


「おじいちゃん、私もチキン南蛮はあんまり食べたことないかも……」

「ゆ、雪ちゃんもかい!? おいしいのに……、よし、今度作ってあげる」

「おじいちゃん! もちろんみんなにだよね!?」

「マ、マスター? それは私にも食べさせてくれるのですよね?」

「もちろん。というかちょうどよかったのかもしれないね」

「ちょうどよかったってどうして?」


 雪はおじいさんの言葉に首を傾げて、おじいさんのほうを見る。


「さっきまでいた富さんのお店で扱ってる商品だからだよ。あそこの味には負けるからここで食べる人はあんまりいないんだけどね? ここのは昔からのお客さんしか食べてくれないんだよね」

「あ! ていうことは今度行くの!?」


 結衣はおじいさんの言葉に目をキラキラさせる。


「うん。ちょうどさっきその話をしてたからね」

「あ、そういえば来なさいって言ってたもんね」

「そうそう、だから今度行こうね」

「うん!」


 みんなはおじいさんの言葉に嬉しそうに頷いていたが、カスカはただ一人心配そうな顔をしていた。


「えっと、でもその日お店はどうするんですか?」

「あはは、みんなで行くからね。その日はお休みにしようか」

「あ、そうだおじいちゃん! その日にイツキちゃんとか誘って大丈夫?」

「もちろんいいよ? どうせだったらユキネさんやサクラさんも誘ってみたらどうだい?」

「え、いいの?」

「大丈夫だよ。大勢で行ったほうがあっちも嬉しいだろうし」

「分かった! お仕事終わったらちょっと連絡してみるね」

「うん。よろしくね」


 雪は嬉しそうな笑顔でおじいさんに返事すると、おじいさんは笑顔を浮かべる。そんな二人を見ながらカスカが聞きにくそうに声を出す。


「あ、あの、マスター」

「どうかしたかい? カスカさん?」

「その、アオキさんを呼んでも大丈夫でしょうか?」

「ふふ、もちろん」

「あ、ありがとうございます!」

「えへへー、良かったね。カスカさん」

「う、うん。ありがとうございます、雪さん」


 カスカの言葉におじいさんは微笑ましいものを見るような目をしながら頷くと、カスカは嬉しそうな顔で頭を下げた。雪は明るい笑顔で、頭を下げたカスカに話しかける。カスカは若干恥ずかしそうに頬を赤く染めているが、嬉しいのか顔が少しにやけていた。


「さてと、それじゃあまたその話は今度するとして、あと少しの時間仕事を頑張ろうか」

「はい!」


 雪たちは元気よく返事をすると、さっきまでよりもさらに明るくなった表情で接客を開始したのだった。




 そのあと、寝ていたイツキに休憩しようとした結衣が驚いて声を出すことになるのだが、みんなには内緒である。



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