動いた写真
もうどれ位経ったのだろうと腕時計と壁掛け時計の針を確認した。5分は私の腕時計が壁掛け時計の針より進んでいる。
5分を12秒で割れば25になり、そのまま25日が少なくとも過ぎた計算になる。逆に考えれば、元の世界の私たちの時間はたったの5分しか経っていない計算も成り立つ。5分と25日。今の現実が夢だとしたら、その夢は僅か5分の時間なのだ。
思考が早くなった。
私もゆりもこの世界の1日で24時間の記憶はない。時間を感じさせる暇も無く1日が過ぎ、もう25日が過ぎていた。1日の記憶は12秒の夢の中の出来事のようだ。夢から飛び出してしまってはいるが、本当はまだ夢をみている途中なのだろうか。夢なら早く覚めなければいけない。夢を見続けているならば、この世界の時間もそのうち元の世界の時間に影響を及ぼす筈である。
不安が私の頭をよぎった。夢なら早く覚めないとならない。それには早く写真を動かすしかない。
ふとゆりを見るとゆりが私に強く訴えるように写真を見せて小さく叫んだ。
「ちゃんと写真を見て。絶対に変だよ。」
私はゆりから写真を取上げてじっと見入った途端、謎が瞬時に絵画的に解けた。
写真が動いている。それもゆりと私だけが。
「ゆり、帰れるぞ。」
と私はゆりに向かって短く叫び、また写真を見た。
見ると同時に全く別な絵画が頭の中を襲った。ゆりが危ない、ゆりが帰れなくなると。
「早く帰ろう。」
と勤めて冷静な声でゆりに言った。
「写真が動いているんでしょ。パパとウチだけ。」
とゆりは端的に謎を解いた。
ゆりは瞳の中に謎を解く何かを感じていたのだか、それを伝える言葉や方法を知るには幼なすぎていた。唯いつも写真を見てそれを感じ取っていた。
今見た写真の中のゆりの姿がはっきりとぼやけて見えた。
ゆりが写真の中で成長しているのだ。
少なくとも25日は成長した計算が成り立つ。まだ成長期にあるゆりにとってははっきりと身体的に確認できるに十分な時間である。私には身体的な変化は考えにくいが、痩せたとか髪が伸びたとかの変化がゆりの目にははっきり映っていたのに違いない。
しかしゆりの成長力は危険な状況になっているとはっきり写真が訴えている。写真の世界のゆりが成長のスピードをあげ、写真の中にその実写が維持できなくなりつつある。
早くしないと写真の中に唯一存在するゆりの動画が原型を失くし、元の世界に戻れなくなる。ゆりの成長が元の世界の時間に影響を及ぼしているのだ。
早く写真の動きを止めなくてはならないと焦りの中で壁の時計を見ると夜の10時を回った頃である。魔法を使えるまでまだ2時間はある。
とても遠い時間に感じた。
「12時が過ぎたら写真を止めよう。今日は魔法を使ってしまったから。」
とゆりに言い聞かせた。
「12時になったら絶対だよ。やっと見つけてくれたね、パパ。」
ゆりは笑顔でそう言った。
私は2時間という今まで感じたことのない遙に遠い距離を少しでも縮めたくてゆりに提案した。
「まだ時間があるから、お店の中を少し綺麗にしておこうか。」
ゆりも賛成して、私たちは椅子の位置を直し、テーブルの上を片付け始めた。片付けが終わった頃に、最後の仕上げのためにゆりに言った。
「戸締りもするから、ポシェットからカギを取ってパパに貸して。」
ゆりはポシェットからカギを取り出して私に差し出した。私は店の戸にカギをかけてそのままポケットに入れていた。
まだ30分も経っていない。
そう思うと腕時計を手から外して修理を始めた。ゆりの小さな腕に合わせる修理をしたのである。今いるゆりが確かに元の世界に帰る証として自分の物をゆりに身に付けさせて置きたかったのである。修理にはそう時間はかからなかった。
ゆりを呼んだ。
「ゆり、ここに来てパパの腕時計をしてごらん。」
そう言って、ゆりの左手に自分の腕時計をはめた。ゆりには私の思いを理解できたのか理由は聞かなかった。
修理で残った部品をゆりのポシェットに仕舞おうとポシェットの中を開くと、そこには写真の他に髪を結ぶ輪ゴムが見えた。ゆりがママにねだったママのごく普通に市販されている輪ゴムだった。
私は輪ゴムを取ってゆりに尋ねた。
「この輪ゴムはどうしたの。」
「ウチがしてたけど、取ってポシェットに仕舞ったの。今してるのはここにあった輪ゴム。」
ゆりはそう答えて、ポニーテールに結んだ輪ゴムを指で触った。
私はママの輪ゴムを手にとって腕時計の代わりに左手にしてゆりに言った。
「この輪ゴムはパパがしているね。」
ゆりは私の意志を理解した。
「うん、いいよ。あと一寸だよ、パパ。」
壁掛け時計を見ると12時になろうとしている。こんなゆりとのやり取りが、あんなに遠かった距離を急速に縮めてくれていた。
「じゃあ、始めようか。写真を出して2人で掴んで一緒に魔法を架けるんだよ。1,2の3でね。分かった。」
ゆりに方法を伝え、ゆりは理解した。
「わかった。1,2の3だよ。」
壁掛け時計を確認すると、ちょうど12時を指していた。もういい頃だろう。
「写真を出して。」
ゆりにそう言うと、ゆりは首から肩に掛けたポシェットの口を開けて、中から写真を取り出し、私たちは写真をしっかり掴み、私の片方の腕はゆりの肩を強く抱きしめ、ゆりのもう一方の手は私の腕を掴んだ。
私たちは息を呑込んだ。
「いくぞ。1,2の3!」私たちは同時に叫んだ。「止まれ!」
わーという感じで、私たちは地に落ちていった。