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止めた時間とこの世界

 そしてまた1日が明けてしまった。


昨日の記憶が確かに残っている。絵画的な記憶だが覚えている。思い出す作業を可能にしているのは夢ではない。夢でない確かな感覚が存在している。時間のズレの正体を解かなければならない。


12秒と1日。止めた時間とこの世界。


「やっぱり写真がおかしいよ。パパ。」

 ゆりがそう言って写真を見るよう私を促した。


 私は見た。じっと見ながら考えてしまっていた。ゆりの言っている通り、写真が微妙に変わっている気がする。それもゆりが写っている部分だけが変化しているような感じだ。ゆりが見るには自分も変わっているというが、写真が動く筈もなかった。


 それにしても不思議だ。自分の同僚や友人らが店にやってきてはそれに合わせるように外の風景も変わってしまう。まるで私もその輪の中にいて当たり前のような見慣れた記憶であるが、同僚や友人らの容姿には自分と10年の確かな距離があった。


 この店を舞台に自分に潜在している絵画的な記憶が意思もなく無造作に登場し、芝居の舞台を作り出している。芝居というより夢という表現の方が適しているが、その夢の中には10年という距離だけが自分の記憶に不足している。

 そしてこの不足した距離こそが魔法であるかのように、ゆりと私が解かなければいけない謎になってしまっている。


 やはり夢を見ているのかもしれない。夢だとすればどうしたら覚めるのだろうと漠然とした思考が働き始めた。


 時間が止まってしまったかのように、服は汚れないし、空腹感も全く湧かない。身体的な時間だけは時計の針に合わせるように爪は成長を続けているようだ。時間を止めると鞄も爪も体を離れてあるべき世界にワープするかのように姿が消えてしまう。

 止まってしまう12秒間の発想を逆転すれば、ゆりと私は12秒ずつ未来にワープしてしまう計算になる。


 謎が微かに絵画的な思考の中で解け始め、現実的な思考への交替が進み、謎が解け出した。


時間は長さではない。時計が刻む針は人間が考案した時間の長さを測る唯の機械に過ぎない。12秒を長さで考えず、ただ素直に時間を止めてゆりと私だけがこの世界の12秒という1日が経過する。

 だから身の回りの物質的なものは12秒しか老朽しないし、服は汚れないし、食物を欲する食欲も湧かない。しかし、肉体的にはこの世界の1日を過ごすわけだから、成長し爪が伸びていく。


 こう考えれば、私と出会う前までのゆりの時間は何も動いておらず、私と出会い時間を止めることで、初めてこの世界で元の世界の12秒とこの世界の1日の時計が同時に動きだしたことになる。魔法により12秒未来へワープするが、身から離れた鞄や爪は元の世界の12秒が動く事によって、この世界での時間の行き場を失い元の世界へワープしていくことになるのか。


 でもあの絵画的な記憶はなんだろう。10年後の同僚たちがいることは解る。ここは未来の世界なのだから。しかし、過去の記憶が絵画的に蘇るのは何故だろうか。


 私たちには12秒の1日とこの世界の1日の時計が同時に刻まれている。12秒で1日が経過するってことは、超高速に時間が過ぎていくことになる。この世界では私たちは目にも止まらない速さで動いていることになるのか。だから店の客は私たちの存在を意識すら出来ていない。早すぎて見えないのに違いない。また逆に私たちからは客たちが止まっているかのようにスローに見える。


 この世界での記憶はゆりとの記憶以外は、客たちのほんの一部しか記憶にない。12秒だけのゆっくりとした記憶だけだからなのか。

 でも何故私の過去の記憶がこの世界に顕れたのか。夢ではないはっきりした記憶でゆりも見ている。まるで過去へワープしたかのような感覚すらある。

 私たちは12秒未来へワープするのではなく、やはり元の世界へワープしているのかもしれない。それも記憶だけが元の世界へワープするが、ワープすべき行き場を失い、その記憶が私の過去の記憶を浮遊させているというのか。


 ここには10未来の世界と時間軸が歪んだ12秒の世界の2つの時間軸が確かに2人に存在している。

 早く元の世界に戻らないとこのタイムバラドックスは2人に影響を及ぼすに違いない。

 元の世界へ戻るには魔法を架けるのではなく、魔法を架けられなくてはならないが、ゆりにも私にも魔法は効かない。ゆりと私の存在を自分以外に探さなければ元の時間を取り戻すことは出来ない。必ず存在しなければならないもう1人の私たちの姿はゆりが持っている写真にしか知らない。


 しかし写真に写るゆりと私の姿は絵画であって、そこには存在がない。鞄や爪と同じく手から離して魔法を架ければ写真だけが元の時間を取り戻しワープしてしまうだけである。でも謎を解くカギは写真を除いて他には見当たりはしない。私はゆりに振り向いた。ゆりは写真をじっと見つめていたが、既に写真はポシェットの中に隠れていた。


「写真だけは絶対手から離さないで、ポシェットの中に大事に仕舞って置かないと、帰れなくなるからね。分った。」

 ゆりが今更のように答えた。

「知っているよ、そんなこと。止まれて言ったら消えちゃうから。そうしたらママに会えなくなるもの。ねえ、写真があれば帰れるの。ウチ帰れると思うよ、写真を見てれば。」

「必ず帰ってみせるから大丈夫だ。」

 私も信じて自分に言い聞かせた。

 

 ゆりはポシェットから写真を取り出して私に見せて言った。

「写真が変なの。ウチには分る。」


 確かに薄れているが色のあせの範囲の変化である。ゆりの可愛い瞳には写真に何かが写っているのだろうと絶望的な考えからゆりが私を救ってくれた。


 ゆりは写真の中に確かに何かを見ている。ゆりだけに見えるのは何だろうか。


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