12秒の時間軸
やはり二人の時間は止められなかった。
どこかに別に2人の時間があるのだろうか。
別の時間・・・。と考える間もなく一つのそれ、そう写真である。写真の中には確かに別の2人が存在している。しかし止められないだろう。動いていないものは。でも別の2人はこの写真の中にしかいない。写真が動いてくれればいいのだが・・・。
そうだ、写真を動かせばいいんだ。急いでゆりを探した。直ぐ傍で写真を見ている。
「ちょっと写真をみせてごらん。」
そう言って取り上げるように写真を手にしたが、やはり写真である。とても動きそうにもなかった。
「ウチの写真が変なの。」
ゆりの言葉に何かを期待して言葉を返した。
「何が変なの。」
「ウチが変わったの。そこがどこか分からないけど、ほんの一寸だけ。パパはもっと一寸だけど変わった。ウチ分かるの。」
ゆりは何かに縋るように私に訴えた。もう一度、写真を見つめ直した。何回も見たが変わった様子は感じられない。手に取るうちに微かだが写真が色あせている所為だろう。ゆりにはそれがはっきりと見えるに違いない。
考えている内にまた店が賑やかになって来た。また来たのかな、と私は覗き込むように客を見渡したてまた驚いてしまった。同僚たちがそこで飲んでいるのだ。愚痴をこぼしながら、まるで自分もその場で一緒になって会社の愚痴をこぼしているような、私にとっては何時もの光景である。夢でなく、はっきりとそう意識している自分がここにいる。
「また知っている人が来たの。」
ゆりが聞いた。私はゆりに答えず考え続けていた。え、じゃここは何処だろう。
「ゆり、ちょっと。」
とゆりの手を取って、足を出入り口に走らせた。戸を開いて外を見て愕然とした。暫く声にならなかった。
ここは会社の近くの飲み屋街だった。呆然としている中で、また1日が明けた。
私の記憶という頭の中の映像がこの店で繰り広げられているようだ。でも私はそのことにもう然程の興味を持つ余裕など持てなかった。
何時ものようにゆりがそこにいて写真を眺めている。
そう言えばと言うより今初めて気が付いた事だが、今まで何も食べていない。お腹も全く減らないというより、何も感じなかった。お風呂も入っていないし、着替えもしていない。そういった生活を意識する必要など全く感じてこない。
ゆりにも聞いてみた。
「お腹は空かないの。ちゃんと寝ているの。」
ゆりが言葉を返してくれた。
「お腹は空かないし、起きてたら何となく朝になるの。それに服とかも汚れないから、お風呂も入らなくてもいいの。でも初めて爪が伸びたから、さっき切った。止まれって言ったら切った爪がまた消えちゃった。」
私も自分の爪を切ってゆりと同じことを試した。爪は当然のようにその場から消えてしまった。私の思考が速くなった。爪は伸びる。服は汚れない。お腹も空かない。何か違和感がある。
ゆりは爪が初めて伸びたと言っている。爪は静止を止めて動き出していることになる。魔法を使って時間が動き出した時からだ。動き出した時間は1回で12秒。もう4回ずつ魔法を架けたから2人が動いた時間は96秒で8日間になる。
爪は8日伸び続けている計算になるのだろう。服は何で汚れないでいるのだろう。逆に96秒しか経っていないからだろうか。そう理解するしかない。だから爪は8日間伸びている。この世界の時間でだ。
忘れた事を思い出させるかのように店が賑やかになって来た。昨日は同僚が飲んでいて、この場所は会社の近くの飲み屋街だったという絵画的な記憶がはっきり蘇った。私は店の外の景色を確認せざるにはいられなくなった。
しかし、確認できたのは全く違う景色であったが、何となく記憶にあるような見覚えのある光景のような気がした。客を見た。驚く事にはもう飽きているが驚いた。客の中に大学時代の仲間たちがいる。お決まりのように10年老けているが私の友達である。それよりも私は外の景色に唖然せずにいられなかった。つい最近、一緒に飲んだ飲み屋街だった。
夢を見ているに違いない、そうとしか説明が出来なかった。