止めた12秒
また日が明けていった。また魔法が使える筈だ。今度は止めた時間を計ってみよう。
そう思い立つと腕時計を見て針を確認し、時計が動いていることを確かめた。多分数秒の出来事だと思う。私は長針と秒針が分かりやすい時刻になるまで待った。時計を自ら操作することを避けた。一つの時間が狂ってしまうことを恐れていた。
長針と秒針両方が同時に12に合うのを待った。
3,2,1、「止まれ!」
と声にして呪文を唱えた。
周りの空気が重く感じる。時間が止まったようだ。腕時計の秒針は動いている。秒針が12秒を数えると時間が動き出した。止めた時間は12秒になる。
また考えなくてはならなくなった。
「止まったね。あ!」
ゆりがそう言うと同時にまた時間が止まってしまった。私は腕時計の秒針を数えていた。12秒だった。ゆりも私も止められる時間は12秒である。
壁に掛けられた時計は何事もなかったように動き始めた。しかし私の腕時計は止むことも無く静かに時を刻み続けている。腕時計の針は壁掛け時計よりも僅かに進んでいく。魔法を架けた時間だけ。まるで異質な2つの時間がここに存在し、2人はこの世界の時間を今12秒だけ未来にワープしたことになるのか。
ゆりが私を見て提案してくれた。
「ねえ、一緒に魔法を架けたら。一緒に止まれって言ったら止まるかもよ。だって-と-で+でしょ。4と4で幸せになるでしょ。」
「確かに4合わせになるね。」
私はゆりに合わせてあげた。たぶんそうはならないだろうが、確かめてみようと思った。
「ゆりの言う通りにしてみようか。今日はもう魔法を使えないから明日にしよう。」
「明日は言っちゃダメだよ。一緒に言うんだから。止まれって。パパ分かった。」
ゆりは私に言い聞かせた。表情が明るく楽しそうだ。きっと帰れると信じているのだろう。ゆりにとっては精一杯に知恵を絞った解答だった。多分ゆりの期待を裏切る結果になるだろう。
どれくらい時間がたったのだろうか。店の中が賑やかである。ゆりは大切な写真を見ている。いつものように。
私は何気なく客の方に注意を払って見て驚かされた。見たことのある客が何人かいる。分かってはいることだが、年をとっている。そう10年。一人は銀行の融資のお客さんの社長である。そんな筈はないのだが、随分と羽振りが良さそうな身なりになっている。
数人で飲んでいるが、隣に座っている奴も老けてはいるが確かに記憶にある。誰だっけ。あ、俺の同僚のあいつだ。
聞こえてくる会話を拾って見ると、会社のITビジネスが成功し、同僚を銀行から引き抜いたらしい。同僚の身なりも随分と立派である。向こうは私に気付いていない。というより、やっぱり私を知らないでいるか、見えていないのか。
「パパどうしたの。知っている人。」
ゆりが心配そうに聞いた。私は短く答えた。
「うん。知っている。けど10年も前に知っている人だ。」
ゆりは問い返してこなかった。長いようで短い、短いようで長い時間が何となく当たり前のように過ぎて、また日が明けた。
「パパ。始めよ。」
ゆりが私を急かした。急かれるに合わせて返事をしてあげた。
「それじゃ始めようか。こっちにおい出で。」
そう言ってゆりの手を取った。
「せいので始めるよ。いいか。せーの。」
「せーの。」
とゆりも声を合わせた。
「止まれ!」
二人は同時に呪文を大きな声にして放った。時間が見事に静止し、瞬く間に12秒が経過したが、二人が期待したことは何も起こらなかった。
ゆりが小さな声で呟いた。
「ダメだったみたい。帰れると思っていたのに。
私はゆりを励まさなくてはならなかった。絶対に帰れると言って。
「他の方法がきっとあるから。絶対帰れるから大丈夫だよ。」
「他の方法って。パパがきっと探してくれるの。ねえ、約束してね。」
ゆりが縋って叫んだ。私に許された言葉は一つしかなかった。
「約束するよ。」
私は至って明るく答えてあげた。