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消えた鞄

 どうやら日が明けたらしい。顔を起こしてゆりを探した。

 周りは昨日と変わらぬロケーションである。やはり夢ではなかったらしい。


 ゆりももう起きていた。ニコニコ笑って顔を私に近づけて教えてくれた。

 私は驚いた。


「魔法が使えたよ。でももう使えないから1日に1回だけ使えるみたいだよ。パパも使ってごらん。1回だけ使えるから。」


「よし。じゃ、パパも使ってみよう。」


 そう言って辺りを見回し動いている物を探したが、ただ壁に掛けられた時計だけが時を刻んでいるだけで周りは静かなままだ。止めるものは何も無い。

 私は背広の内ポケットから手帳とボールペンを取り出し、手帳とボールペンを手から離してテーブルに置き、ボールペンを転がして呪文を唱えた。


「止まれ!」

 瞬間に消えた。止まったのでない。今そこにあった筈のボールペンと手帳が消えてしまったのだ。


「また消えちゃったね。鞄も消えちゃったし。ね、消えちゃうでしょ。」


 ゆりがニコニコ笑った。

 ゆりの言うとおり、もう魔法は効かなかった。


 目の前でボールペンと手帳だけが消えて無くなった。止まったのでは無い。消えたのだ。私の手から離れて消えた。鞄もゆりの魔法で消えた。私の手から離れて消えた。

 あれっ、手から離れてではない、手から離したのだ。そして魔法で消えた。でも消える筈など無い。ある訳が無い。それなら一体何故?


 ワープだ。


 ワープしたに違いない。

 私とゆりがこの世界にワープしてしまったように。魔法でワープした。私とゆりには魔法は効かない。だから二人が手にしている物にも魔法が効かない。あの母親もゆりの手を離していた。そして私の魔法で消えた。元の世界へ帰るように。


 あっ、そうか。そうなのかもしれない。そうに違いない。魔法で元の世界へワープするのだ。この世界の存在では無いものだけが。

 この魔法は、この世界の時間を止めるが、この世界のものではない存在の時間は止まらないのだ。私とゆりが止まらないのと同じ理由がそこにも存在するのか。


 何故元の世界へワープするのだろうか。


 この世界の時間を止めても2人の時間は止まらない。2人の時間は動いている。ってことは鞄もボールペンも手帳の時間も動いていることになる。動いているのは元の世界の時間だ。

 この世界の時間を止めたのではなく、元の世界の時間を動かしたのか。そして瞬時にこの世界と元の世界の時空を駆けて目の前から消えて行くのか。


 でもゆりと私の時間だけはこの世界で進んでいる。2人の時計の針はこの世界で刻まれてゆく。架けた魔法の時間ごとに針は刻まれ、2人の時間がずれて行くことになる。


 ゆりに顔を向けた。相変わらず写真を見ている。

 2人は止めた時間だけこの世界の時間がずれていっている。どうのようにずれていっているのだろう。

 2人は同じ世界から来た。ゆりは記憶を元の世界に置いたまま来ている。そしてゆりは魔法が使える。魔法が使えるようになったのは、私と一緒だ。そして魔法によって2人のこの世界の時間は動き始めた。この世界の2人の周りが止まった時間だけ。

 そしてゆりの記憶も動き出した。この世界での記憶だけだが。


 あれ、そうか。信号でゆりの時間が動いたのだ。それ以前のゆりの時間は動いていなかったのだ。ゆりは私が信号で魔法を使うまで魔法の存在すら知らない。まして魔法の呪文さえも。それまで動いていたのはこの世界の時間であって、ゆりの時間ではない。


 そう考えたかった。そう考えることで、この世界に自分が来るまでゆり一人に覆っていた寂しさを救うことが出来た。ゆりは寂しくもなんともなかったのだ。この世界の時間はゆりの本当の時間ではなく、本当の時間は魔法によって私と一緒に動き始めたに違いない。

 私はそう信じた。そう信じてゆりを救いたかった。


「ゆり!」

 私がそう呼ぶことがゆりには分かったのか、それよりも早く今まで黙って見ていた写真をポシェットに仕舞い、顔を向けた。


「何。何か見つかった。」

「うん。鞄もボールペンも手帳も時間が止まって、元の場所に戻ったんだ。時間を止めれば戻れるんだけど。」

 私は困惑するように答えてあげた。

「それじゃ、魔法でパパがウチを止めて、ウチがパパを止めてあげるね。早くしよ。」

 ゆりが急かすように私にお願いした。

「でも、止まらなかったよね。ゆりもパパも」

 慰めるように答えてあげると、2人からは僅かな希望が消えかけていった。


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