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帰還

 カプセルホテルで目が覚めた。


 何とか戻って来れたようだとまだ記憶だけははっきりしている。8時を既に周った時計の針を確認し、10分も過ぎてはいないが、1ヶ月以上は経った筈だと頭が計算し身の周りを探したが、腕時計も鞄も手帳もそこには無かった。

 

 暫くすると鞄も手帳とボールペンも見つかった。少し移動しただけのように。


 カプセルホテルを出て、見慣れた景色を注意深く見守りながら銀座から虎ノ門まで歩いた。私が良く知る看板が高層ビルや雑居ビルに並ぶ町並みに私はほっとしている。会社に着き、社員用入口から入り、真っ直ぐ歩き周りを意識せずうつ向いたまま自分の席に座り、それから頭を上げた。自分が感じた不安は周りの当り前の挨拶が消してくれた。元の世界に戻ってきたと、この時私に知らせてくれた。

 暫くこの安心した余韻にしたれながら何気なく普通に引出しを開けたら忘れかけていた物を目にした。いやな記憶が私の脳裏を蘇らせた。


 記憶を蘇らせたものは私の腕時計であった。それも腕輪が小さく修理された腕時計であった。


 間違い無く10年未来を見て、帰ってきたのだという記憶が映像として頭の中を廻った。じっとしていられずに机の上の受話器に手をかけて一つ確認しなければならない事ことが出来た。私を不安が過る。


「はい。高山です。」

 受話器を通して妻の声がする。久しぶりに聞く声であった。私は確認しなければならなかった。


「ゆりはどうした。元気か。」

「もう学校に行ったわよ。それより昨日はちゃんと寝たの。仕事で遅かったんでしょ。」

 その言葉は安心を与えくれたが、一方で遠い記憶を探していた。自分は何をしていたんだろう。

「大丈夫。それじゃ。」

 受話器を置き、両手を頭の後ろに組み考えに耽っていた。


 暫くして会議室からガヤガヤしながら皆が出てきた。何人かが私を見つけて視界を遮って言葉を放った。

「お前、大事な会議に何呑気に座ってんだよ。昨日作った資料どうしたんだよ。」

「え。何のこと。」

 呆れるような私の言葉に会社中が騒がしくなってしまっている。遠い記憶を辿っている私は、その記憶を飛び越えて騒いでいる周りのスピードについて行けないでいる。それやこれやで30分も縛り上げられたであろうか。その後急な人事異動で融資担当から外された。新しく融資担当になったのは私も良く知る同僚であった。

 あ、こいつ。と思わず記憶が蘇り、IT企業の専務なるはずだ。10年後だけど。


 それらのことはどうでも良かった。どうでも良くなってしまっていたのだ。

 家族が手から離れ一人になり、ゆりを見つけて2人で必死になって家族を取り戻した。それに比べればどうでもいい気がしていた。替えが効かない家族と代えが効く仕事、自分には二つとも大事でも大事の質は天と地ほどの差がある。そのことを体が覚えてしまったのだと思う。


 そんなことよりもゆりが気になりさっさと会社を早退した。


 家に帰って来た。街並みも隣近所も変わった様子はない。小学校も中学校もあった。何か新鮮な気持ちになっていた。

 昨日は遅くまで残業していたのだから早く帰っても妻は不安に思わないだろう。はっきり思い出せないではいるが。そして家のドアホンを鳴らた。


「あら、早いのね。」

 妻の予想していた言葉だった。私は話しを合わせた。

「昨日、遅かったから。ゆりは。」

「それが、具合が悪そうだからと学校から電話があって、もう寝ているわよ。昨日から様子がおかしかったのよ。夕飯を食べて自分の部屋で写真をじーと見ていたのよ。気付いたらそのまま寝てしまったの。着替えもしないで。」

「何時ごろ寝たんだ。」

 私は妻に問い返した。

「たぶん7時には寝てたんじゃないかしら。」

 と妻は答えた。


 私もそのままの姿で寝てしまった。深夜1時を廻って2時になろうとしていた時刻の筈だ。

 ゆりと私が眠りに就いた時間差は6時間ある。それを12秒で計算すればざっと5年は経過したことになる。

 ゆりは写真を見ながら私を呼び続け、私が来るのを信じて待っていたのだろう。

 

 妻からそう聞いて、そう頭で計算するとゆりを部屋に探した。ぐっすり眠っている。疲れたのだろう、あの時のゆりであって欲しいと願った。


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