消えた写真
広く明るい景色が続いている。
漸く戻って来れたようだが、人の気配を全く感じない。そう感じると体はゆりを探し始めていた。ゆりはどこにいるのだろう。
「パパー。パパー、どこ。」
遠くでゆりが私を探す声が聞こえた。私も声でゆりを探した。
「ゆり!どこだー。」
二人は互いの声を頼りに走り出しだした。ゆりの姿を目で確認し私はほっと溜息を一つついた。
しかし、ゆりは走るスピードを上げて私に抱きついて来た。
「写真がもうないの。」
そう言うとゆりの大きな瞳に涙が溢れ出した。泣きながらゆりが話を続けた。
「ウチ、写真を見てたら眠たくなって寝ちゃったの。そしてパパを呼んだの、何回も。助けてーって。」
ゆりは記憶を取り戻している。昨日のことのようにそう私に教えてくれた。
ゆりは写真の中に隠されたパンドラの箱を開けてしまい、この世界に飛び込んで来てしまったのだ。そしてそのパンドラの箱はゆりの記憶を奪ってしまっている。おそらくこの世界がゆりの記憶の残存を許さないでいるかのように。その記憶と引き換えにゆりはこの世界でタイムパラドックスの影響を写真の中に受ける資格を得たのだろう。そしてゆりとの絆が私にもその影響を与えているのだ。
「どうしよう。もう写真がないから帰れないよ。ママに会えないよ。ねえパパ、どうしたら帰れるの。」
ゆりは目から涙を流しながら私に訴えている。
ゆりは記憶を取り戻している。
それはこの未来の世界の記憶を捨てたことを意味している。
それに合わせるかのように写真もゆりの手から消えてしまった。ゆりだけに架けられた写真の中のタイムパラッドックスの影響力も既に喪失したことになる。
しかしまだタイムトンネルの中である。もうどうすることも出来ないのか。
希望を失くしゆりを抱きしめている私の目からも涙が滲み零れ落ちた。二人の目は涙で濡れている。暫くそういう絶望感が二人を支配していたが、何かに惹かれるように二人の目は前方を見ていた。二人の目には瞬きも、呼吸さえも出来ない光景が写った。
二人の時間が完全に止まってしまったように身動きさえできないでいる。
上空から焦点を合わせるかのように光が集まり色を成している。そしてその色は映像を映し出した。ゆりが持っていた家族の写真を創り出してくれている。それも等身大の写真である。
その写真にはゆりと私の部分だけが抜き取られたように映像が消えている。
ゆりが笑顔を取り戻して私に教えてくれた。
「パパ。ちゃんと手を繋がないとダメだよ。」
私はゆりに教えられてその映像を確認すると、家族の皆が手を繋いでいる。
ゆりが未来の世界の記憶を捨てて元の世界のタイムパラドックスを呼び寄せたに違いない。
二人は等身大の写真に合わせその中に収まるように姿を変えた。互いに笑顔を向き合わせて帰れる時間を待っていたら、何かの音がする気配を二人は感じ、その気配を探すように二人は同時に顔だけを前に向き直した。
「カシャ!」とシャッター音が鳴り響き二人の姿は写真に写った。
この瞬間、二人の時間が完全に止まった。