デニムショートパンツ
続き短編の三作目です。「膝上20cm」→「花柄ワンピース」→「デニムショートパンツ」
「遊園地?」
「はい! 行きたいです!! 無事大学に受かったお祝いしてください!」
「……普通そう言うものは自分から提案するものじゃないと思いますが……いいですよ、連れて行ってさしあげます」
「え? ほ、本当に? 本当にいいの? もうダメって言っても遅いからね!! ぃやったぁーーーー!!」
その勢いで先生に抱きつこうとしたら避けられる。ちぇっ、相変わらず素早いな。避けた先生を恨みがましく睨みながら、でも顔がニヤニヤしてきちゃう。
「……気持ち悪いのでその顔はやめたほうがいいと思いますよ」
「いやぁーーん、先生ひどい!! 女の子に気持ち悪いとか言っちゃダメだしーそんな事言う男は嫌われちゃうよ~」
「そうしたらもう家に勝手に来る事もなくなるのでいいですね」
「がぁーーーん、由加里泣いちゃう」
私がいつものように泣き真似をすると、先生は呆れたように笑って、私の頭にポンッと手を置く。チラッと横目で確認すると、くしゃっと髪をかき回される。その手がすごく優しくて顔面崩壊しちゃいそう。
たまにこんな風にしてくれるスキンシップがもうすっごく嬉しくって、それだけで舞い上がっちゃう!
「えへへ」
「車で行きましょうか」
「え? 先生車持ってるの!?」
「持ってますよ、殆ど乗らないので放置してしまっていますが」
「わーーーい! やった! うれし~♡ じゃ、先生週末にね!」
「迎えに行きます」
「え!! 本当に!? はぁぁ幸せ過ぎてお腹痛くなりそう」
「意味が分かりません」
騒ぐ私を見ながら笑う先生が、私はやっぱり大好きだぁーーー!
デート当日、私は玄関にある姿見の前でクルリと回転してみる。デニムのショートパンツにからし色のサマーニット。ニーハイにハイカットスニーカーを履く。
ブラウンストライプのリュックサックを背負って、準備万端! 先生まだかなぁー。
いつまでも玄関にいるのもおかしいし、待ちきれない。もう外で待ってよう!
「おかーさーん! 行ってきまーす!」
そう叫んだと同時にピンポーンとチャイムがなった。先生が来たかな!?
玄関のドアをすぐさま開けると、先生がちょっとビックリした顔をしてた。
「由加里さん、驚きました」
「えへへ、もう靴履いてたんだ!」
「そうですか、おはようございます」
「おはよーございます! 今日は宜しくお願いします!」
「はい。あ、鳳さん。今日は一日お嬢さんをお預かりします。遅くならないうちに送りますので」
「いいのよいいのよ~! なんなら泊まって来てもいいのよ~」
「お母さん!? 何言ってんの!?」
「ほほほ、パパの事は気にしないで楽しんできなさい。先生、頑張ってね♡」
「何をよっ!! もうお母さん変な事言わないで!! 先生行こっ」
おほほと笑うお母さんを無視して私は先生をぐいぐい押すと、玄関ドアを閉める。ドアの向こうから「ごゆっくり~♡」と言う声が聞こえて恥ずかしくて仕方ない。
もう絶対に顔真っ赤。
「由加里さん、大丈夫ですか?」
「うぅ、変な母親で先生ごめんなさい」
「いえ、由加里さんはお母さん似ですね」
「……それっ! 私も変って事ですかぁー!?」
怒って叩くフリをしたら、その私の手をパシッと掴まれて、そのまま引っ張られる。
「ははは、さ、行きましょう」
「…………はい」
そのまま引っ張られ、家の前に停車していた車に案内された。ちょ、ちょっと先生、手繋いだまま……。
「……由加里さん、顔真っ赤ですね」
「っ!! 誰のせいだとっ!! もうっ! 先生のバカっ! 車乗るから! お邪魔しますっ!」
からかってくる先生の手を振りほどくと、助手席へ座る。先生は笑いながら運転席へ座る。私は先生を見ないようにシートベルトをした。
もうっ、恥ずかしい。
車が動き出し、少しすると落ち着いて来て、ちょっと後悔。せっかく先生が初めて手を繋いで(掴んで)くれたのに、あまりに恥ずかしくなって振り払っちゃった。
チラリと横目で先生を盗み見ると、先生は真剣な顔で運転してる。初めて見るその姿に、はぁ、やだ、キュンキュンしちゃう。
「……由加里さん……。そんな変質者のようにはぁはぁ言いながら凝視されると気が散るのですが」
「はっ! やだ、あまりの格好良さに理性が飛んでた!! 先生大好き~」
「はいはい、分かりました。涎出てますよ」
「え!? うそっ!? って先生こっち見てないのに分かるわけないじゃん!」
慌てて口元を拭ったけど、当然ヨダレは出てなかった。
そんな風に先生と(主に私が)騒いでいると、あっという間に遊園地についた。土曜日だけあって混んでるけど、並んでるその時間も先生とならとても素敵。
(主に私が)しゃべって(主に私が)怒って(主に私が)笑って、最高に幸せな時間を過ごす事が出来た。
先生もちゃんと楽しかったのかな? いつもより饒舌でいつもより笑っていつもより意地悪だった。
でも、帰りの車の中……そう、今、なぜかびみょーな空気になってます。どうしてこうなった。何か私怒らせちゃったかな。話しかけても心ここにあらずの先生。楽しかった気持ちがしぼんでしまう。
「先生?」
「はい」
「なんか、怒ってる?」
「え?」
驚いて私を見た先生と目を合わせられなくて俯く。
「……なんか、先生、顔が怖い」
「……怖いですか……すいません。変でした?」
「うん」
膝の上で両手をギュッと握っていると、その手を上から押さえられる。先生の左手が、私の手を確かめるように握った。
その行動に胸がドキッとする。先生に視線を向けると、先生も私を見ていた。
「せ、せんせ?」
「すいません、少し、緊張していたのかも知れません」
「緊張?」
「はい、実は、由加里さんにお話したいことがあったので」
「……話……」
先生は私の手の上から移動すると、ハンドルを握る。私の家の近くまで来ると、道路脇に車を停車した。
私を見つめる、真剣な先生の瞳に吸い込まれそうになる。
「由加里さん、ずっと言おうと思っていたのですが」
「は、はい」
何? なになになに?? もしかしてもしかして、愛のこく……
「そのズボンは駄目です」
「…………は?」
「その短さは駄目です。いくらズボンとは言え、そんなに短いと……」
そう言いながら先生はチラッと私の太ももを見て言葉を続けた。
「座った時など目のやり場に困ります」
「…………はぁ?」
「車と言う密室で男と二人っきりになるのですよ? もう少し身だしなみに気をつけるべきです」
「…………」
気をつけたもん気をつけたもん!! 気をつけてこの格好にしたのにぃぃぃぃ!!
「先生のバカっ!! もう、ほんっとうにばかぁ!!」
可愛いって褒めてくれるわけでもなくて、(勝手に私が)期待した告白でもなくて、服装注意!? 何それ何それ何それ!!
「分かりました!! もう先生の前じゃぁー二度と着ません!! 今日はありがとうございました!! さようなら!!」
もう本当に怒ったから。もう本当に私バカみたい。
怒りのままシートベルトを外して車から降りると、助手席のドアを乱暴に閉める。もう知らないんだから!
先生の返事を聞かず、ずんずんと玄関に向かう。
「由加里さん」
鍵を開けようとしていたら、先生の呼ぶ声が聞こえて、その余りの近さにドキッと身体が震える。恐る恐る振り返ると、すぐ目の前に先生がいた。
ドアに手を当てて、私の事を、閉じ込めるみたいにして、先生が口角を上げてる。
「それと、もう一つ」
「は、はい」
「これからは先生呼びは禁止です」
「……え?」
「私の名前は伊織ですよ」
「……いおり、さん?」
「はい。良く出来ました」
恐る恐る呼んだ名前に、先生は満足そうに笑うと、そのままもっと私に近づいてきて……
――チュッ。
唇が音を立てた。
「また来週何処かへ出かけましょう。考えておいて下さい。それでは、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい?」
呆然としている私の頭をくしゃっと撫でると、笑顔のまま先生は帰って行った。
…………え?
え? え? え?
えぇ!?
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
鳳 由加里、18歳。3年越しの片想いが通じた、のかも知れない?
fin