Maeror
降るというより流れ落ちてくるような勢いの雨を透かして遠くを見る。サラマンダーの炎がゆらゆらと揺れて、海岸に流れ着いた何人ものNPC達の姿を照らし出した。身じろぎひとつしない彼らが既に命を落としているのは遠目からでも明らかだった。
「こりゃあ、また……」
ヘッジホッグAKは、その禿頭をぺちりと叩く。年若い3人のプレイヤー達は声をあげる余裕もなく、立ち尽くしてその光景を眺めた。
「オオゴトじゃのう」
AKは呼び出したブラウニー達に、最優先で生存者を探すように指示を出した。そのまま明かりを頼りに波打ち際に向かって歩き出す。
「AKさん?」
「こうしとっても仕方がないからの。亡骸は一所に集めてやった方がよかろ」
「手伝います」
言葉少なに後ろを着いてきたウルフに頷く。
「〈大地人〉と言うとったか」
「そう、みたいですね。僕らの事は〈冒険者〉と」
「こうなったら、ワシらと変わらんのう」
死んだら皆仏様じゃあ、と言いながら、AKは目に付いた1人目の体を抱き上げた。
あまり海岸に近くては波にさらわれるだろうと、4人は少し離れたところに遺体を横たえていく。
〈冒険者〉の体は驚くほどに力強い。人ひとり分の重量を軽々と抱えあげてふらつきもしない。それが自分が設定した通りの(現実とあまり変わらない)老人の姿であってもだ。
AKはある程度捜索した所で運ぶのを3人に任せると、並んだ遺体の傍らにしゃがみ込んだ。
「オマエさんも災難じゃったなあ」
1人目はどこか見覚えのある男性だった。AK達を船室に促した船員だったはずだ。その格好をざっと見渡して、AKは片手で拝みながら特徴のあるネックレスを外した。
「こちらを失礼しますぞい」
その隣にいた婦人からは指輪を。親娘なのか、良く似た顔立ちの少女から髪飾りを。
AKは順番に一言づつ穏やかな声をかけて瞼を閉じさせる。それから、遺品になりそうなものを取り外して預かった。
「おじいちゃん、多分、これで全員だよ」
「そうか、お疲れさんじゃ」
「お祈りとか、した方が良いのかな……?」
マスダさんは一列に並べられた遺体を見下ろしてぽつりと呟いた。
「ほら、一応〈神祇官〉だし」
「ああ、それがええ」
それは良いことだとAKは頷いた。
七十年も生を重ねてこれば、死はそれなりに身近になる。知り合いというのはこちらにもあちらにも大勢いるものだ。
(ま、“ここ”をこちらと言って良いものかはわからんが)
だが、彼らは違う。死者を間近に見た経験などほとんどないだろう。ましてや非業の死を遂げた人々だ。それでもその言葉を言えるマスダさんは大したものだと密かに感嘆する。
「でもアタシなんかでいいのかな……。この人達のコト、何にも知らないし、全然ちゃんともしてないし……ただの、」
ただのゲームの職だから、ただの高校生だから、あるいは。マスダさんが何と言おうとしたのかはわからなかったが、AKはマスダさんの言葉が続く前に、からりと乾いた笑顔を返した。
「なんの、気にする事なんぞないわい」
死んでしまった人は皆仏様だ。仏様というのは細かい事は気にしないものだ。
であるから、AKが気にかけるべきなのは、今目の前にいる優しい少女だったし同行している若者達の方だった。
「生きとる顔も知らんで念仏唱えとる坊主だってぎょうさんおるわい」
形だけでも構わない。出来るだけの事をやったと自分で納得できる証拠が必要なのだとAKは思う。
「重要なのは、気持ちじゃよ、気持ち」
この形見を返す時少なくとも出来るだけの弔いをしたと言える事は、特にこの〈神祇官〉の少女には必要だろう。
「うん、それじゃ……やるね」
マスダさんの声に呼応するように〈大地人〉の体が僅かに光を帯びる。驚いて見る間に、その肉体は解けていくつもの光る泡へと変わっていった。七色に色を変えながらふわりと浮かび上がる泡はまるでしゃぼん玉だった。しかしそれは壊れて消えたりはせず、風雨の中を場違いな程の穏やかさで次々と天へと昇っていく。
「ワシらも死んだらこうなるんかのう?」
AKの手の中には、遺品として集めた品々が消えることなく残っている。
死んで骨ひとつ残らないというのは中々に寂しいものだ、とAKは思う。だが、この世界がそうなっているのであれば是非もない。
ワシが死んだら何を取っておいてもらおうかのうと、〈冒険者〉というよりは〈大地人〉のような事を考えながら、ヘッジホッグAKは海へと向かって両手を合わせた。