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第15話 闇夜の暗闘(完)

次のお話は、5/19の19時です。

 




 先手を打ったのは伝説の暗殺者と呼ばれたパイソンだった。


 既に臨戦態勢だったアルベルトだが、パイソンをどう痛めつけようかと考えあぐねている内に隙を突こうとしたのである。


 隻腕を降りぬくと、毒を塗った黒塗りのナイフがどこからともなく8本、その陰に隠れるようにして更に8本のナイフがアルベルトに放たれる。


「…ほう、影から武器を出したか。

 それなりに闇魔法を操る素養はあるようだな。

 遊戯としてはギリギリ及第点だ」


 完全に口調を崩したアルベルトは上から目線でパイソンの攻撃に感心している。


 初見でユーリも看破した事をアルベルトも簡単にしてみせた事にパイソンは舌打ちした。


 感心した様子のアルベルトだが、迫り来るナイフに動揺を見せず、無詠唱で目の前に水柱を放つ。


 纏めてナイフは防がれるや否や、水柱によって視界も悪くなった隙にパイソンは追撃に移った。


 隻腕同士ではあるが、パイソンは20年近く隻腕で裏の世界を生き抜いてきた。


 腕を無くしてからそれまでの重心がずれた事で一時期戦闘が覚束無くなったが、それでも克服して暗殺者としての己を取り戻したのだ。


 腕を失って3年ほどしか経っていないシャークス(アルベルト)では隻腕での戦闘経験が違うのだと疑わなかったパイソンは、オリハルコンの短剣を片手にアルベルトの腕が無い方向から襲いかかる。


「……まぁ、頃合だな。

 生やすとしようか(・・・・・・・・)

「―――っ!?」


 何気ないアルベルトの言葉にパイソンは反応が遅れ、顔面に衝撃が走る。


 二転、三転と転がり続け、溶解した壁にぶつかったパイソンはすぐさま体勢を立て直し、更に距離を置いた。


 そして、パイソンはこれまでに無い以上に混乱した。


「な…んだとっ!?」


 パイソンはアルベルトに失った筈の右腕が生えていた(・・・・・)


 しかし、歪な事に左腕と比べて足りていないのか、肘の辺りまでしか足りていない。


 不愉快そうに出来損ないの腕を見るアルベルトは舌打ちをするが、それ以上の変化は無い。


「…ちっ、しまったな。

 細胞の一部が足りなかったのか、短いぞ」


 苛立つアルベルトだが、パイソンには未だどうやってアルベルトの、シャークスの失った腕が治ったのか理解出来なかった。


 治癒魔法で治したのかのなら、すぐにでもあの3年前の大会の後に治せばいい筈である。


 それなのにしなかったのは何故なのか、パイソンには理解出来ないでいた。


 そして、殴られた瞬間アルベルトはこう呟いていた、『生やすとしようか』と。


 それは今まで、何らかの理由で生やす訳にはいかない事情があったという事だ。


 先ほど後方へ下がっていったこのアルベルトの主、ユーリと関係している可能性が高い。


 パイソンは降り注ぐ魔法の弾丸を紙一重でかわし、時には掠めながらもこの状況を変えようと思考を止めない。


 だが、どれも自分の納得する答えが出ず、パイソンは接近戦を諦め、魔法による戦闘に切り替えた。


「こいつを喰らいなぁっ!!」


 パイソンがアルベルトの足元に全てを喰らう闇の魔法を放つ。


 ユーリやアキラですら身の危険を感じたほどの脅威。


 大理石の床をスプーンで()り貫いたかのような気軽さで振るわれる魔法に、アルベルトは避け様ともせず直撃した。


 ―――しかし、


「……なるほど、これは珍しい。

 闇に空間を飲み込ませるか…人モドキ(・・・・)とはいえ、原型の力を少しはマシに振るえているようだな。

 ……が、所詮はこの程度か。

 話にならん」


 パイソンの持つ最強の魔法は、アルベルトの表情を変えることも出来なかった。


 確かにパイソンの魔法はアルベルトに直撃していた。


 だが、アルベルトは傷付いておらず、足元の大理石の床だけが無くなっていて、不自然にもアルベルトは空中で浮かんでいるだけだ。


「…我が主が気付かないのも当然か。

 これは悪魔固有(・・・・)の魔法といってもいい。

 同じ闇魔法の適正値がいくら高かろうと、魔法で再現するのも困難だからな」


 アルベルトは1人納得したのか、パイソンに急速に接近し左腕で殴りつけた。


 ただ早く、しかし絶妙な加減をされた一撃にパイソンはもんどうり打って転がるが、いつの間に追いついていたのか、アルベルトが今度はパイソンの背中に蹴りを入れる。


 背中を強打され、またあらぬ方向へ転がるパイソンにアルベルトは下腹部に狙いをつけて蹴り飛ばした。


 まるで1人で羽根突きをしている状況に、容赦なく打たれ、蹴られ続ける(パイソン)はロクな抵抗も出来ず、一方的に攻撃を受け続けた。


「ぐげぇっ!!」


 抉り込む様な一撃にパイソンが苦悶の声を上げるが、アルベルトは一顧だにせず羽根突きを続行する。


 恐るべき事に、何十も蹴られ続けているがパイソンの骨は一本たりとも折れていない。


 絶妙な力加減である、これがアリカならば最初の一撃でパイソンの頭部は消滅していただろう。


 折れてはいないがそれでも傷みは本物で、ジクジクとした鈍い痛みが延々とパイソンを襲う。


「くそっ、これじゃあ魔法がはっ!?」

「アホか貴様は、使わせる訳が無いだろう」


 悪態を付こうとするが、言い終える間も無くアルベルトに顎を蹴り飛ばされてパイソンは意識が飛び掛け朦朧とした。


「……悪夢の霧、対象を幻術にかけ認識の阻害を行う悪魔固有の魔法か。

 …ここまでくるともはや疑いようもあるまい。

 まさか帝国に悪魔召喚者(・・・・・)がいたとは。

 爵位級ではないが、眷属の種を埋め込めるとなるとそこそこ実力のある悪魔が召喚されたと見るべきか」


 ―――悪夢の霧、これがパイソンがユーリとアキラに掛けていた(・・・・・)魔法である。


 幻術を掛ける事で対象の認識を阻害し、あたかもそこに本人がいるように見せかける単純な魔法である。


 通常ならばユーリの空間魔法による障壁がある為、弾いてしまうかと思いきや、容易く突破してしまったのは障壁が攻撃魔法や物理攻撃に限定していた事が原因だ。


 この魔法を防ごうとするならば、肉体ごと異空間に位相をずらし、攻撃する時だけ位相を戻すか術者がこの魔法を発動する前に止めるしかない。


 そして、掛かった状態で近接戦闘となると攻撃がすり抜けたような、一種の無敵性を見せ付けることが出来るのだ。


 実際にはそこに確かに存在するが、幻術を掛けられた事で認識が阻害されていてまともに認識できなかったのだ。


 アルベルトにもこの魔法を使う事が出来た為に、すぐに看破して見せた。


 初見ならば間違いなく戦闘に必ず支障をきたして簡単に瓦解してしまうだろう。


「しかもこの魔法は…特異魔法か。

 おそらくは人の肉体に干渉するような、特殊なものだ。

 しかし、本体と同じ肉体(・・・・・・・)を複製するとは…む、核すらも劣化こそしているものの複製しているだと?

 変わった魔法もあったものだ。

 となると…この劣化品(・・・)を生かしておく必要性が無いな。

 何しろ、本体ではない(・・・・・・)のだから仕方ない」


 ―――特異魔法の中に、『生体魔法』というものがある。


 限定的ではあるが、細胞の一部を本来あった生命体と同じ肉体に構成する事の出来る魔法だ。


 現代で例えるならば、『複製(クローン)人間』を生み出す魔法である。


 しかし、この魔法には欠点がいくつもあった。


 複製した人には、何の意思も無ければ魂も無い、ただの空っぽな肉の人形でしかない。


 錬金術でいうところの人造人間(ホムンクルス)を魔法だけで作り上げるという魔法だ。


 だが、一々命令しなければ行動出来ないし、ユーリの生み出したホムンクルス程上等な身体能力を持つ訳ではない。


 本体の能力と寸分違わぬクローンを生み出すだけなのだ。


 そして眷属にする為の核すら劣化しながらも複製していることで、思わぬ効果を発揮した。


 クローン元であるパイソンの持つオリジナルの核が劣化した核と共鳴し、クローンの本体とその魂と精神を繋ぐ事を可能としたのだ。


 クローンを遠隔操作することが可能となり、悪魔からの力を供給される限りこの驚異的な魔法技術はその真価を発揮し続けるだろう。


 悪魔固有の魔法を持つ人モドキ(・・・・)という戦力が簡単に手に入るのだ。


 もう一つの欠点、それは術者本人の魔力を限界ぎりぎりまで使用する為、連続使用は出来ないのだ。


 月に一度が限度ではあるが、それでも脅威だ。


「…なめ…るなよ。

 この体は…本体と繋がって(リンク)して…るんだ。

 ここで俺を殺しても、何度でも…何度、で…も」


 意識を朦朧とさせながらも、パイソンは忌々しそうにアルベルトを睨みつけた。


「…ほう、それは良い事を聞いたな。

 人形も使い様というものか」


 アルベルトはパイソンの頭を掴んで持ち上げると、腕に魔力を込める。


「―――では、その繋がった(リンク)先が一体どこにあるのか、調べさせてもらおう。

 主の復讐がこの場で為せぬのなら、せめてそれくらいの戦果は上げなくては」


 この生体魔法によるクローンによる攻撃は遥か後方、帝国のどこかに大本がいるという事になるだろう。


 末端であるクローンを一体始末した所で、どうなる訳でもない。


 だが、本体と繋がっているというのなら、まだ遣り様がある。


 本体の持っている情報をアルベルトの側から逆に奪い取ろうとしたのである。


 これがなれば、ユーリの復讐に大きな一助になることは間違いなく、ユーリの喜ぶ顔を幻視したアルベルトはにやりと笑った。


 そしてパイロンはその言葉に慌てると、即座に本体との繋がりを絶とうとした。


 結果、パイロンの肉体はただの肉人形となるが、情報を奪われるよりも遥かにマシであるとして即断した。


「………ちっ、少ししか奪えなかったか。

 (おおよ)その全体から見ても1割も奪えないとは…よほど逃げ足が速いのか、悪魔の恥曝しめ」


 舌打ちするアルベルトだが、それでも気になる情報がいくつか手に入った事で良しとした。


 ゴミ情報を大量に得るよりも、少量でも有益な情報が手に入れたことに意義を見出したのだ。


「ふむ……これは拠点か?

 帝国と王国の境にあるとは、なんとも大胆不敵なものだ。

 そして…これが奴の…悪魔の名か」


悲劇(グランギニョル)』と呼ばれていたその悪魔に、アルベルトは心当たりがなかった。


 悪魔同士で戦う事に対して既に意味を見出せなくなっていたアルベルトにとって、名を知っている者といえば同じく規格外とされている爵位級の悪魔くらいである。


 下位の悪魔で挑む者すら千年に一度あるかないかという頻度なのに、覚える必要性を感じていないアルベルトだった。


 閑話休題(それはともかく)、戦闘を終えたアルベルトはまず自らの肉体を弄る事にした。


 このままシャークス・ベルバリンとしてユーリたちの前に現れれば必ず問題が生じるだろう事は間違いなく、パイソンの肉体の一部を永久的に拝借(・・・・・・)し、そして肉体の改造を施していく。


「……ふむ、こんなもので良いだろう。

 我が主の隣にあっても不自然じゃない程度の美しさと佇まい。

 となると…執事の様な出で立ちも必要だな。

 …あぁ、これで我が主のお側にいつまでもいられる事が出来る。

 あのエルフの側仕えたちもこのような栄誉を毎日受けられていたとは、うらやまけしからん奴らだ。

 まぁ、先代様の側仕えとあって年季もあって口うるさく出来ないのが残念だ」


 顔の整形を終えたアルベルトは、シャークスとはまるで似ても似つかないほどの柔和な顔をしていた美青年へと変貌していた。


 主であるユーリよりも美しいという訳ではないが、それに準じた美貌に調整すると、肉体も若干身長を低くしてアキラとユーリの中間位置、ちょうどクリミナと同等の身長にしていく。


 執事用の燕尾服はない、仕方なしにアルベルトは影を纏ってパイソンや他の暗殺者たちの様な黒服へと服装も変えた。


 勘違いされてしまうかもしれないが、シャークスの時の格好はあまりにもアルベルトの趣味から掛け離れていて、いつ着ていても不快で仕方なかった。


 だからこのような黒服を着て間違って近衛騎士たちに襲いかかられようと、反撃はせず行動によって証明することに決めたのだった。


「……さて、あとはこの死体も何かに使えそうだ。

 錬金術関係、特にホムンクルス関連の開発技術に寄与出来そうな素材だ。

 暫くの間ユーリ様のお心を休め、且つ目を逸らす要素は多ければ多いほどいい。

 …出来上がったホムンクルスの肉体を戴けないか、交渉でもしてみるか?」


 パイソンの死体を影に取り込むと、アルベルトはアキラが向かった方向とは逆の方向へと駆け出した。


 その先には階段があり、少しすれば正門へと辿り着く階段である。


 正門では未だ陽動をしていた暗殺者たちが近衛騎士たちと戦闘を繰り広げており、その鎮圧に向かおうとしたのだ。


 正門で未だ戦っている近衛騎士たちの応援には駆けつける必要は本来ない、それはアルベルトの仕事ではないから。


 彼にとって、絶対的な優先順位はすでに決まっている。


 しかし、『無駄な犠牲』を嫌うユーリにとって近衛騎士たちが要らぬ犠牲となれば、間違いなく何某かの後悔をするだろう事を推測し、アルベルトはそれを未然に防ぐために行動した。


 うまくすれば暗殺者たちの記憶から更なる情報が得られるのではと考えてもいたので、まったくの無関係でもなかったからだ。


 そして10分と掛からず、王宮の内側から現れた正体不明の青年の活躍により王宮への襲撃は鎮圧された。


 その日、ソラージュ王国の未来を決定するという重要な日が決まった瞬間であった。



 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■



 アボリス・ウル・ソラージュはソラージュ王国で本来第二王子として生まれていた。


 異母兄である第一王子、ラインハルト・ウル・ソラージュが精神、肉体共に問題の無い次代の王に相応しいとされていて、本来もしもの為に跡継ぎの教育をされる筈だったアボリスは、その義務すら必要が無くなった。


 強く賢く健康な兄と、何も求められない弟。


 そしてその環境を改善しようともしない父王はラインハルトへだけ関心を注いだ。


 ラインハルトは次第に歪んでいく弟を諌めようとするが、逆効果となり段々と疎遠になっていくこととなった。


 しかし、その状況も15年前に急変した。


 ラインハルトが失踪したのである。


 表向きは病没したと発表されたが、真相は隣国の皇女と駆け落ちしたのである。


 本来ならば大陸北東周辺国どころか、大陸中の笑いものになるところを王国と隣国が徹底的に隠蔽した為、知られる事は無かった。


 だが、その時からアボリスの生活は一変した。


 今までラインハルトにかけられた期待が、一気にアボリスに負担が圧し掛かったのである。


 当然、これまでロクな教育を受けず歪んだアボリスに耐えられる訳も無く、状況は悪循環となる。


 だが運命というのは数奇なもので、新たに生まれた王子、エルライドの登場でアボリスの立場は更に微妙なものとなった。


 まだ現国王が健在な内に、歪んで物分りの悪いアボリスより、まっさらな状態のエルライドを次代の王に相応しい教育をした方がいいのではないか、という案が朝議で出たのである。


 当時のアボリスはいなくなったラインハルトに代わり次期国王として有力視されてきていたが、このままでは国が荒廃するのが目に見えるほどの暗愚ぶりで、とても任せられたものではなかったのだ。


 結果、継承権だけは上位のアボリスは異母弟であるエルライドの優秀ぶりに王宮が次第にアボリスから離れエルライドについていく者が多いこの状態が形成された。


 最初こそ、そのような状態を覆そうとアボリスも今までにないくらいに勉学に励み、体を鍛えようとした。


 帝王学を始め各分野の学問を修め、ようやく王族としての立ち位置も分かってきて、極一部ではあるが理解者も得られた。


 しかし、異母弟はアボリスの更に上をいった、突き抜けたといっていい。


 本来学院に入学する際まで王族や貴族といった特権階級の令息、令嬢たちは良い成績を取る為に事前の予習というものをしている。


 アボリスもかつては学院に入学するまでに、王族として一定以上の知識を詰め込まれていて、卒業するまでに王族として恥ずかしくない成績で卒業した。


 だが、エルライドはアボリスが苦労して覚えた知識をたった5年で全て修めたのだ。


 悪夢といっていいだろう、これまで見られることもなかったアボリスが一念発起して次期王として相応しい知見を得ようと努力し続けてきたのに、エルライドは殆ど独学でそれを全て修めたのである。


 この瞬間、アボリスは諦めた。


 これではもう、自分が見られる事はない。


 次期王でなくとも、せめて王族として何か役に立てる事がないかと様々な試みをしてきた。


 王都守備隊もその内の一つだった、今でこそゴク潰しの上に問題ばかり起こす貴族の巣窟となっていたが、創立した際は国内最大級の広さを持つ王都の治安をより良くする為、高学歴で優秀ではあるが貴族の三男や四男といった本来家を継ぐ事のできない者たちの受け皿として機能する筈だったのだ。


 しかし、エルライドがその優秀さを見せ付ければ見せ付けるほどアボリスの心へ次第に亀裂が入っていく。


 そして、隣国のガレリア共和国に成人前のエルライドが親善大使として外交を父王から任されたとき、アボリスの心は砕けた。


 築き上げていたと思っていたもの全てを否定されたアボリスはこの日を境に豹変した。


 当時母方の祖父、サウザー公爵家の黒い噂を偶然知ったアボリスは、それとなく当主であるザクネスにサウザー公爵家が開いているお茶会へと参加したアボリスはその時はじめてエルライドへの恨み言を呟いた。


 未だに王権を欲していたザクネスはアボリスの誘いに秘密裏に協力し、エルライドに暗殺者を放った。


 結果として失敗したが、アボリスはそれからも諦めずありとあらゆる工作を続けていった。


 そして、(ことごと)くエルライドはその悪意に満ちた工作を跳ね返して見せた。


 エルライドが何かする度にエルライドは評価され、アボリスは冷たい目で見られる。


 父王ともここ数年まともな会話もないほど冷め切っていた。


 もはやアボリスに残っているのはあまり良くないと評判の貴族たち、そしてその令息、令嬢たちだけだ。


 アボリスは自嘲する、『こんなものか』と。


 期待されず、目も掛けられず、努力して認められたと思えば見切られた無様で不甲斐ない無能な自分を嗤った。


 エルライドの誕生日、成人となる日が近付けば近付くほど酒量が増えていき、アボリスの自室には高級酒の入っていた酒瓶がいくつも転がっている。


 そして視察先で宛がわれた部屋でも酒を浴びるほど飲んでいた。


 酩酊した頭でアボリスは明日自分がどうなっているのかを思い浮かべまた嗤う。


「……どうせこの程度の策、弟には読まれていることだろうさ。

 所詮私はこの程度、歴史に名を残すような偉大な人物にもなれず、こそこそと暗殺者を放って挙句失敗するとは……まったく、兄上がいたら何といっただろうな?」


 アボリスは聡明だった兄ラインハルトの言葉を思い出そうとした。


『アボリス、王族とは国を支える柱にして規範なのだ。

 王族が規範を示すことで、国内外にその威を知らしめる事が出来る。

 誰よりも国を想い、誰よりも民の心に安寧を齎し、民に笑顔を向けられるような、そんな王族となれ。

 そうすれば、たとえ頭が悪かろうが剣術が出来なかろうが、民はお前を信じてくれる。

 アボリス、私はお前にそんな王族となってほしい』

「……はっ、ならば民よりも愛した女を優先した兄上は、王族失格ということですね…。

 そして私も、王族失格と…」


 自嘲の止まらないアボリスはクツクツと嗤いながら酒を呷った。


 そして何を思ったのか、まだ酒の入った酒瓶を壁に叩きつけると、高らかに嗤った。


「いいだろう、こうなったら私なりのやり方で歴史に名を残してやろう。

 ソラージュ王国史上初となる王位簒奪を企てた王族の大罪人としてな!!」


 暫くして、酒瓶の割れる音に気付いた使用人が駆けつけるまで、アボリスの笑い声が鳴り止む事はなかった。





ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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