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第24話 シャークスという冒険者

次は12/29、0時投稿です。

 


 バルザックとの戦闘は、つまらなかった。


 何しろ大剣の振りが大雑把で、まるで人間相手に戦う剣技じゃないからだ、あれは間違いなく魔獣に対しての攻撃だ。


 大振りだが確実に魔獣を斬り捨てる一撃は、確かに魔獣に対しては有効だろう。


 だが、俺のようにちいさ…小柄な体格の人型を相手にするのなら、まずは魔獣に対しての戦闘スタイルではなく、人型に対しての戦闘スタイルに移行しなければ、当たるもの当たらないの明白だ。


 やっぱり対人戦闘にも長けた連中とかじゃないと、こういう大会では予選は通っても本戦では通用しないだろう。


 せっかく体術も剣技もかなりのものだったのに、最初の10分でもう飽きちまった、あのタフさだけは感心したけど、諦めが悪すぎてほんっとイライラしたな。


 二回戦は魔法使い、適正値はヒューマンだからそれほど高くない、器用貧乏で終わるタイプの戦い方で、これもまたつまらなかった。


 俺が魔法使わずに勝っているからか、実況の2人が喧しいのは諦めたな、なんかもうヤダあいつら。


「…俺のブロック、強い奴がいなくて楽だけど、つまらない」


「贅沢な悩みだねユーリ、ほら、大好きなハロルドさんが戦ってるんだから、応援しないと」


 エルライド、お前まであの噂信じてるのか?


 そんなんじゃないから、男友達があの人しかいないから一緒にいるだけだし!!


 ハロルドさんも否定してるのに、何で噂が一向に消えないんだよ、噂が75日以上続いてるぞコンチクショウ。


 まさか、あの守銭奴(ノエル)が何かしてるんじゃ…面白半分で噂を継続させてそうでやだな。


 …今度、聞いてみるか?


「圧倒的だな、彼は。

 とてもギルド員とは思えない動きだ」


 ハロルドさんは現在身体強化をしながら火魔法を常時展開して対戦相手を撹乱している。


 しかも近接戦闘もかなりすごい、ナニあの剣速、下手したら隻眼並の強さじゃないの?


 相手の魔法剣士にしてもランク4の冒険者という実力なんだけど、ハロルドさんは間違いなく圧倒している。


『焔竜よ、灼熱の吐息で全てを一掃せよ』


 ああ、適正値70の火災が引き起こされる。


 魔法剣士が地魔法と水魔法の合わせてからの防御をするが、水は蒸発し硬かった鉱物は融解した。


「……さっすがハロルドさん、強過ぎて相手が可哀相だなあ。

 この相手、何だっけ…ああ、シルードっていうのも災難だな、実力はあるのにハロルドさんと当たって三回戦落ちだなんて」


 実力的には準決勝には間違いなく入っているだろう強さなのに、運悪くハロルドさんと当たるなんて、今年はついてなかったな、さっさと負けてハロルドさんを解放しろザコ、しぶといんだよ。


 5分ほどして、ようやくシルードは敗北を認めた、入賞はならずだ16強ってあんまり強そうに感じないな。


 さてと、試合も終わった事だし、俺も行くか。


「それじゃいくわ、次の相手もそんなに強くなさそうだし、サクッと勝ってくる」


「いってらっしゃいユーリ、応援してるよ」


「油断せずにいってこい」


 エルライドと隻眼の2人からの声援を受け取って、俺は実行委員から指示された出場者入り口へと向かった。


 ちょうどハロルドさんがいた所だし、ちょっと話せる時間があるかな?


 俺が入り口へといってみると、ハロルドさんとシャークスがいた。


 …うわ、なんか言い争ってるし。


「……え…」


「……な……が」


 うん、聞こえないな。


 どうするか、正直入っていけば面倒な事になるのは間違いないけど、俺も面倒はごめんだしなあ…けど、そろそろ時間だし、どっち道行かないとまずいか。


「ハロルドさん、お疲れ様でした!!

 楽勝でしたね、あの対戦相手、この調子で頑張って、決勝で俺と当たりましょうね」


 とりあえず、知らない振りでいくか、気配も消してたし、バレんだろ。


「…ユーリ、気配を消したのはお前か」


 とか思ってたら、ハロルドさんにいきなり拳骨された、何でバレた!?


「さっきまであった気配がいきなり消えたらそりゃ怪しいだろ、やるなら最初から消してからこい、バレバレだ。

 …シャークスさん、もういいですか?

 もう疲れているんでいきたんですが」


 なるほど、確かにいわれてみればそうだな、ハロルドさんクラスになると気配の察知も楽勝という訳か。


 今度は最初から気配を消してから盗み見しよう、そうすればバレないな。


「ああ、もういいぜ?

 直接話を聞けばいいからな、お前には用はねえ、失せろ」


 …こいつ。


「おいチビ、お前あの第二王子の護衛してるんだってな?

 知ってるとは思うが、俺は第一王子の推薦を受けたシャークスってもんだ。

 ちょいとお前さんに聞きたい事があるんだが、この試合のあと時間はあるか?」


「ないな、ハロルドさんと祝勝会するから、そんな時間はない。

 それじゃ」


 話すと面倒だし、今は無視していこう、ハロルドさんとも話したいけど、こんな奴が一緒だといやだ。


 ていうか、こいつも俺の事チビって言いやがった、ハロルドさんがこいつブッ潰したあと追い討ちしてやる絶対に。


「おい待てよチビスケ、ランク7の俺様が待てっていってるんだぞ?」


「ランクが上の人間の命令に従う、なんてギルドの規約は緊急時以外入っていない。

 よって命令を聞く謂れはないな、もうちょっとマシな顔に整形してこいよブサイク、血生臭いんだよ。

 口から腐臭もするしもうちょっとマナーとか考えられない訳?

 高ランクの冒険者って貴族とかの依頼を受けたりするとき、そんなくっさい姿で出ていって大丈夫なの?

 ああ、噂の段階で指名されることもないんだな、ソラージュ王国冒険者ギルドの恥曝しって、俺の耳にも入ってるから。

 それじゃハロルドさん、またあとで」


 とりあえず、言いたい事を言って俺はその場から去っていく。


 だって、あいつの口臭いし、生臭いんだって、あとイカ臭い気もしたな。


 前世の俺でもあんなヒドイ面はしていなかったと思う、ウツではあったが意欲を盛り上げようと清潔感は欠かしていなかったからな。


 口臭は人を不快にさせる要素に入ってるんだから、気をつけないとな。


 俺はハロルドさんと青ザコ事シャークスを後ろに入場口へと入っていった。


 後ろで何やら騒いでいるようだが、俺は知らない聞いていない。


 ―――が、俺はこの時この会話を聞いていない事を後悔するなんて、待ったく気付いてもいなかった。



 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




 ユーリが順調に準決勝まで進む事が決まった日の夜、ハロルドは溜まっていたギルドの仕事の山をノエルと終わらせ、宿屋へと足を進めていた。


「…まったく、大会中なら少しは仕事を変わってくれればいいものの、守銭奴先輩は優しくないですね」


「何を言うのですかハロルド、こうやってコルドを取らずに溜まった仕事を一緒に片付けて上げたではないですか?

 いつもなら1件当たり500コルド徴収していましたよ」


「たけえよ、せめて10分の1に負けろよこの守銭奴!!」


「ありがとうございます」


「褒めてねえから…ったく」


 悪態をつきながらもハロルドはノエルに感謝はしていた不本意だが。


 溜まっている仕事の殆どは解決の難しい案件で、受付の後輩女子達に任せるにはいかなかったのである。


 それを異動してきたハロルドが一手に引き受けていたのだが、本来はノエルの仕事だったのだ。


 元々残業代が入らないので嫌だと言っていたのだが、それを異動してきたハロルドに押し付けたのだ。


 明日の準決勝があのシャークス・ベルバリン戦に向けて、早く寝たかったのである。


 対戦相手があのシャークスとあって、その背後にいる第一王子達からの妨害を回避する為にハロルドは毎日泊まる宿屋を変えていた。


 今日はノエルの家―――治療院の近くにある宿屋に泊まる予定だったのでついでとばかりに一緒に帰っているのである。


「…それにしてもハロルド、貴方の次の対戦相手のシャーク・ベルバリン様は随分と厄介ですね。

 背後にいる勢力の所為で、大会に蔓延るゴミが鬱陶しくて困ります」


「不正して勝ってるのは私も感知してます。

 実際、試合前にシャークスと会ってからの対戦相手は不調で失速しています、なので私にも会いに来た時は一定距離まで近付きませんでした。

 魔法でいつ何をされるか、たまったものじゃありませんからね」


 そうなのだ、シャークスが臨んだ試合は全て相手が失速してシャークスの圧倒的勝利で終わっている。


 たとえランクが低い相手だろうと何であろうと、シャークスと対戦する者は不自然な失速をするのだ。


 怪しいと思わない方が不自然といえるほどに。


「…何かあっては困ります、ハロルドの優勝に今月のお給金を全額賭けていますので」


「最悪だなホント、それとなく心配してくれていると思ったのに…」


 武芸大会では公式の賭けが行われていて、誰が優勝するのかを賭けているのである。


 その賭けにノエルはハロルドに大金を賭けたという、なので負けてほしくないのだ。


「ふん、まあいいさ。

 さっさと帰って、明日に―――」


 ―――と、ハロルドがノエルを横に突き飛ばして、自らもその反動でその場から離れた。


 何かが地面に突き刺さる音がして、ノエルが体勢を立て直して見てみると、先程まで自分達のいた場所に黒塗りの矢が2本突き刺さっていたのである。


 すかさずユーリの着ていた黒服と似た服装の襲撃者がハロルドを襲った。


 ハロルドはちょうど剣を持っていたので襲撃者を叩き伏せようとするが、暗がりでいて武器が見え難いとあって、若干だが不利であった。


「ハロルド、逃げなさいっ!!」


 瞬時に敵がハロルドを狙ったのだと気付いたノエルはいち早くハロルドに逃げるように指示した。


 狙っているのはハロルドなのだから、自分を狙う可能性は低いと推測したのだ。


「バカッ、俺じゃねえ、そっちが逃げろ、こいつらは俺じゃなくてっ―――!!」


 しかし、ノエルの推測は当たらなかった。


 ハロルドではなく、襲撃者はノエルの背後にいたのである。


「―――あ」


 ノエルの意識が闇に落ち、襲撃者がノエルを抱えると、その場から逃走した。


「待ちやがれ、ソイツをはなせっ!!

 …クソ、ジャマなんだよてめえらっ!?」


 足止めをしていた別の襲撃者が一斉に撤退し始めた。


 牽制とばかりに黒塗りの矢を放たれ、魔法で攻撃をしようとした時、思わぬ邪魔(・・)が入った。


「そこのお前、何を騒いでいる!!」


「ちっ、こんな時に王都守備隊かよ!?」


 王都守備隊の紋章をつけた騎士達が黒服達に気付かず(・・・・)ハロルドへ一直線に向かっていく。


「我々は王都守備隊である、騒ぎがあって駆けつけたが、どういうことだ?

 詳しい事情を聞く為、詰め所へと来てもらおう」


 ハロルドはこの時気付いてしまった、自分が『嵌められた』という事を。


 襲撃者がハロルド達を襲い、王都守備隊の行動が異常なほどに早すぎるのだ。


 ここで抵抗すれば、ハロルドは理由を付けられて王都で一時的ではあるが指名手配される立場へとなってしまう、そうなってしまえば大会などといっていられる場合ではなくなるだろう。


 おそらくはこのまま王都守備隊が拠点としている詰め所で寝ずの尋問を取り睡眠不足にし、さらには攫ったノエルを人質に次の準決勝を負けさせようと計画したのだろう、ハロルドはそう推測し、そしてそれは現実となった。


 休憩の時間を与えない尋問は朝まで続き、ようやく終わってノエルを探そうにも、準決勝開始時刻は迫っていた。


 ハロルドは宿屋へと戻り、襲撃者から何らかのメッセージが無いか宿屋の主人に尋ねたが何も出てこず、仕方なく会場へと辿り着き、選手入り口に入ると置手紙があった。


『この試合に負けろ、そうすれば人質は解放する』という最悪のメッセージが書かれていた。


「……ついてねえな…ったく」


 ハロルドは重い溜息をついた。


 彼は自分がどうすればいいのか、覚悟を決めた。




 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




 …なに、この試合。


 なんで…なんで、


「なんで、ハロルドさんが負けてるんだよっ!?」


 今日はハロルドさんとあのシャークスとかいういけ好かない奴が戦う準決勝の日だ。


 ステータスの性能的に見ても、ハロルドさんとあいつは殆ど互角だったはず、なのに、どうしてここまでの差が出てるんだ?


 魔法も使わずにハロルドさんは身体強化だけでシャークスが使う水魔法を延々と回避している。


 確かに火魔法と水魔法なら相性が悪いかもしれないけど、ハロルドさんにだって近接戦闘の才能だってあったはずだ、圧縮した火魔法をゼロ距離からぶつければ、勝機だってあるはず。


 なのに、シャークスの攻撃をずっと避けるだけで、攻める気配がまったくない。


 どうして攻撃を仕掛けないんだよ、ハロルドさんならあの程度の攻勢、火魔法で牽制しながら近付ける筈だ、どうして攻撃しないんだよ?


「ハロルドさん、どうして攻撃しないんだよ!?」


 魔道具を使って、試合中なのにも拘らずハロルドさんに話しかけた。


『……はっ、なんだよユーリ、今試合中だろ?

 時と場所を守れよなっ!!』


 ハロルドさんが息苦しそうに返してくれたが、俺の質問に答えてくれない。


 シャークスが放つ水魔法を何とかかわしているけど、かなり際どい避け方だった。


「だって、おかしいよ、どうしてハロルドさん攻撃しないんだよっ?

 このまま防戦一方だと、負けちゃうじゃないか!

 ハロルドさんなら、あいつに魔法を何発かぶつけられていないとおかしいじゃない!!」


 そうだ、最初から試合を見た訳じゃないからわからないけど、昨日までハロルドさんは元気で、病気にかかってもいなかった。


 俺が特別に作った免疫強化剤も新品を渡していたし、栄養剤も渡した、昨日分かれたあと高熱を出したとしても、栄養剤と体力回復剤を飲めば数時間寝ていれば治る、怪我にしてもそれ相応の対策をしてハロルドさんには渡していた。


 だから、普通に考えて何らかの症状が出てハロルドさんが不調なんて事は、ありえない。


 だとしたら、一体どうしてこうも攻めずに防戦一方なんだ?


 何か理由がある筈だ…何か、攻めずに…いや、攻めない(・・・・)理由?


「…まさか、第一王子側の人間に何かされたの!?」


 まさか、俺の作った解毒剤でも効かないのであれば、人為的な理由で攻めずにいるとすれば、辻褄が合う。


 たとえばそう、第一王子側が何らかの工作をしたとか。


 だとすれば何を…ハロルドさんには家族はいないって聞いた、幼い頃両親と家族を魔獣に襲われて、自分だけが依頼を受けていた事が幸いして、たった1人生き残っていたらしい。


 家族を人質には出来ない、だとすれば、誰を人質にすればいい?


 俺には昨日から誰も襲撃してくる連中はいない、何かあるとすれば今日の準決勝が終わったあとの筈だ。


 親しい友人…まさか、


『先輩を…攫われた。

 ……要求は、この試合で負けることだ』


「そんな、ノエルさんが!?」


 ノエルだって受付をしているけど実力はかなりの物だ、勝つ事は出来なくても、逃げるくらいは出来たはずだ。


 あの合理的判断に長けたノエルがいくら襲撃者から唐突に襲われたからって、一瞬で無力化されてハロルドさん達から逃げ切るだなんて、そんな芸当出来るのか?


 悔しそうな、苦しそうな声がハロルドさんから伝わってくる、クソ、なんで今日に限って面倒な!!


「ハロルドさん、きついだろうけど耐えて!!

 俺がちょっと行ってノエルさん助けてくるから!!

 ノエルさんを助けたらすぐ連絡する、そしたら全力であのクズ野郎をぶっ飛ばして!」


『…そいつはいいな、なら急いでくれよ?

 さすがに身体強化をしっぱなしでな、火魔法を使える分の魔力を取っておくのがきつい』


 俺の準決勝がヤバいかもしれないけど、ハロルドさんと決勝で戦う約束をしている以上、無理は押し通す。


 ハロルドさんが大変な時に、大切な友達の俺が手を(こまね)くだなんて惰弱さは認めない。


 王都守備隊の詰め所を襲ってノエルを監禁している場所を調べて速攻で助け出す。


 俺はハロルドさんの無事を祈って、闘技場から出て行った。





 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




 前から王都守備隊の詰め所は調査済みだ、すぐに建物の屋上へと空間転移すると見張りに立っていた騎士を背後から襲い昏倒させた。


 こいつの記憶を読み込む訳にはいかない、1日の制限がある以上、慎重にいかないと。


 殺しはしない、だが、睡眠薬を飲ませて今日1日は目を覚ます事はない、後日ハロルドさんを軟禁した事に対する報復は次回に持ち越しだ。


 影を利用して手当たり次第に倒していく、違う、こいつらじゃない、読み込むならもっと偉い奴だ!!


 部屋も探っていきながらクズ騎士共の装備を確認していく、無駄な作りで装飾華美な鎧を探していく。


 こういうバカな連中は見た目というのを気にするのが多い、守備隊の総隊長の名前なら覚えているが、顔を知らないからこういうことになる。


 クソ、クソ、クソ、どこだ、あのクズ共の親玉はどこに行った!?


 まさかこんな真昼間から娼館に行ったとか?


 だとしたら最悪だ、あそこは歓楽街で路地裏でも盛ってる路上娼婦とかもいるし、スラムとも繋がってる。


 俺がいきなり空間転移したりでもしたら、たとえ正体がばれなくても見た事もない魔法を使った魔法使いが王都にいる事が知れてしまう。


 向かってくる奴を殺すならともかく、偶然見ただけで殺すのはさすがに気分が悪い。


「ようやく見つけた!!」


 よかった、ここの親玉がようやくいた!!


 ジルッパー・フォン・ガイチューン子爵がこの王都守備隊の総隊長にして、第一王子が持つ独自の兵隊を纏めている奴だ。


 爵位は低いが文武両道で第一王子の覚えもめでたいらしい、クズだが。


 俺はジルッパーを見つけると背後から襲いかかり気絶させて記憶を読み込んだ、はっ、文武両道とか言ってこの程度の奇襲にも対応出来ないとか、お笑い種だな。


 …出てくる出てくる、面白いくらいにこいつらの立てた計画がわかった。


「なるほど、スラムの一角か…目印(マーカー)はないけど、こいつが一度行っているみたいだし、場所を完全に指定出来れば…いけるはずだ」


 こいつらはノエルをスラムにある協力者の根城に監禁しているみたいだ、攫われてから随分経っている、襲われてなければいいんだけどな。


「我は彼方へと飛び立つ 場は見え、知り、阻む事物は無く、境界を越えろ!!」


 俺はジルッパーの記憶通りの場所を空間魔法で読み込ませて、空間転移に成功した。


「ユーリ様!?」


 ノエルが声をかけてきたが、空間転移して俺が見たのは黒服…俺と同じ服を着た、暗殺者共だった。


「なっ、突然どこから!?」


 黒服共が構えようとしたが、俺の準備は既に出来てる。


「倒れ伏して固定しろ!!」


 瞬間、黒服達を一斉に叩きつけると、俺は驚いているノエルに巻き付けられている縄を切った。


「お待たせしましたハロルドさん、ノエルさん助けました!!

 あとはそこのクズ野郎を仕留めれば終わりです!!」


『………』


 返事が来ない、魔力を魔道具に割いている余力すらないのか!?


 いや、でもハロルドさんに渡したあの魔道具の内蔵魔力はまだかなりある、自動的に俺の声は送れてるから、こっちに送る魔力の余裕が無いだけで、今頃は…。


「あ、あの、ユーリ様?

 先ほどの魔法は、いったい…?」


「ごめんノエルさん、今そんな話してる場合じゃないんだ、ハロルドさんが今大変なんだよ。

 このまま飛ぶから、俺の手を掴んで!!」


 まだ状況を読み込めて無いノエルが頭を抱えているが、のんびり話している余裕は無い。


 闘技場を出てからもうすぐ1時間になる、いくらハロルドさんでも体力、魔力も底がついてるかもしれない。


 そうしたら、俺との約束は…いや、来年また戦えばいい、今回はしてやられたけど、次戦う時に万全の対策をすればこんな自体は起こさせない!!


 負けていても文句は言わない、ハロルドさんが無事ならそれでいい。


 だから、頼む、せめて無事でいてくれ!!


「彼方へ!!」


「ひゃあっ!?」


 闘技場へと一気に転移する、ノエルが変な声を上げたが無視だ、観客席ならすぐに状況がわかる。


 俺はノエルを引いて観客席へと向かった。


 会場内はどこか声がぽつぽつとしか聞こえてこない、出た時は大音量の歓声が上がっていたのに。


 そして俺が見たのは―――、


「………あ」


 剣を杖にして辛うじて立っている、今にも負けそうなハロルドさんだった。


 しかも全身から血を流していて、どう見ても審判が止めていないとおかしいレベルの出血量だ、あのままだと命に関わるのは素人目で見ても明らかだ。


 観客もおかしいと思い始めているのか、今は歓声じゃ無くてまるでお通夜状態だ、バカみたいに騒いでいるのは血に酔ったバカか状況を理解できていないアホなのか。


 でもどうして…どうして審判は止めないんだよ、審判は選手同士の殺し合いを止めないといけないはずだ、なのに止めようともしないなんて、おかしすぎるだろ!?


「ま、まさか…あの審判、買収されてるのか!?」


 ありえる、前世でも不利な判定をして審判を買うような連中がニュースになっていた事もある。


 この状況は、それを意味しているんじゃないのか?


 事情を知っているハロルドさんを、事故に見せかけて殺せば、ノエルが攫われた事を知るものは犯人側以外いないはずだ。


「その可能性が高いですね…まさかここまでの事を準決勝でするだなんて…。

 ユーリ様、本当に申し訳…」


「俺に言わないでよ、そういうのはハロルドさんに言って!!

 こうなったら…」


 俺はエルライドに連絡を取ると、すぐに返事を返してきた。


 やっぱり今の状況がおかしいと気付いているみたいで、俺からの連絡を待っていたらしい。


『ユーリ、僕の目から見てもこの試合はまともじゃない、今すぐハロルドさんを助けてきて!!

 本当はシャークスを反則負けにさせたいけど、あいつは一方的に攻撃を仕掛けていた以外何もしていないんだよ。

 だからもうやめさせて、試合を止めてでも!!』


 どうやら今隻眼も動いているらしい、大会委員会に抗議に出ているとのことだ。


 その足で試合会場へと来て試合を中断させるらしい。


 だが、それまでまだ時間がかかる、その間にハロルドさんにまた何かあれば、間に合わなくなる―――、


『おおーっと!?

 シャークス選手、今の魔法はかなり危険でしたよ!?

 さ、サムズさん、あれは大丈夫なんですか!?』


『大丈夫な訳あるか!!

 あの水魔法で、ハロルドの右腕が千切れかけたんだぞ!?

 明らかな過剰攻撃(オーバーアタック)だ!!

 審判、試合を止めろ、ハロルドが死んでしまう!!』


 会場の一部から悲鳴が上がると、ゾラールとサムズの実況が何があったのかを説明し、困惑し、激怒していた。


「―――っ!!」


 俺は気付いた時には、転移していて、シャークスからの攻撃を影で防いだ。


「んだぁっ!?」


 俺は影でシャークスを弾き飛ばすと、急いでハロルドさんの千切れかけの腕を水魔法で治していく。


 ただハロルドさんの怪我が無くなる事だけを祈って魔力を湯水の如く使っていく。


「…ハーフの癖に、水魔法…しかもかなりの治癒術だな。

 それにその魔法…特異魔法(ユニーク)か、厄介だぜ」


「お、おいきさまっ、まだ試合は終わっていない、それ以上の行為は失格と―――」


「―――黙れ」


 なんか外野が煩いな。


「俺のとこの王子がこの試合はそこの冒険者の勝ちで終わりだと言った、だから俺はハロルドさんを助けたんだよ。

 過剰攻撃を無視して審判の役目も果たせない案山子(カカシ)が偉そうにほざいてんじゃねえよ、殺すぞ?」


 ……意識がさすがに戻らない、出血が酷かったからな。


 失血死するほどの量じゃねえけど、もし脳に障害が残るような事があれば…いや、大丈夫だ、一番酷いのは腕の怪我だ、頭は出血が派手に見えただけで、治りは早かった。


 大丈夫だ、大丈夫、ハロルドさんは生きてる、死なない、大丈夫。


「…お前のところは随分と卑怯な事が大好きなんだな?

 そうまでして優勝したいのかよ」


「さあな、俺は雇い主の意向に従っただけだぜ?

 ただ戦っただけだ、なんかこいつが攻撃してこなかったのは…不調だったんじゃねえのか?」


 ニヤついているシャークスの発言だが、俺はすでにこいつをどうするのか決めていた。


 ハロルドさんにも言った、『ハロルドさんを負かすような奴が現れたら、そいつをブッ殺す』と。

 …怪我は見る限りはもう無い、あとは目を覚ますまで待つだけだ。


「……今回企てた連中については必ず報復する。

 |シャークス(お前)も|審判(お前)も、この件に関わった奴は、俺が1人残らず殺す、ブチ殺す。

 俺の大切な人をこんなにしておいて…タダで済むと思うなよ!?」


 ああクソ、腸が煮えくり返る、今ここでこいつらを八つ裂きにしたい、殺したい。


 頭がクラクラするし、視界もおかしい、呼吸も苦しい、たぶん魔力を使い過ぎてるんだ。


 だがダメだ、ここで俺がこいつらを殺しても、ハロルドさんをやられた腹いせにやったとしか見られない。


 こいつらは一線を越えた。


 俺が必死で抑え込んでいるギリギリの一線を、踏み越えた。


 なら、俺が律儀に抑えて相手にしてやる必要は無い。


 まずはこの大会をさっさと終わらせて、報復だ。


 行きつく先がどこまで行くかはまだ不明だが、大体2つか3つくらいには行き着くかもな。


「はっ、たかがハーフがそこまで言うたぁ自分の実力に自信があるんだろうな。

 見たところ影を使った特異魔法のようだが…適正値を偽装できる辺り、お前も突然変異かよ、同類だな」


「……」


 俺はハロルドさんを背負うと会場から出て行く。


 ノエルには今度結界の魔道具を渡しておかねえとな、いくらあの守銭奴でも、これを売ろうなんて考えたら次はもう助けない。


 隻眼が入れ代わりに会場へと走って行ったが、俺は話しかけようとはしなかった。


 さっさとハロルドさんを安全な場所に隠さないと、あとノエルも回収しよう、また攫われるとかあったら困るからな。


 俺はハロルドさんとノエルを連れてなるべく人目のつく、攫われたり襲われたりしても逃げやすい盾のいる場所、最前の観客席へとおいた。


 いざとなればノエルにハロルドさん背負ってもらって観客席から降りてもらえばいい。


 ハロルドさんの試合が終わったあとの俺の準決勝の試合は特筆する事など一つとしてない、呆気ない勝利だった。


 何せ一発殴って終わったんだ、呆気なくもあり、つまらない終わりだ。


 そして、今大会の決勝、シャークスと俺の冒険者対決が決まったのだった。




読んで頂き、ありがとうございました。

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