第14話 平穏と武器屋
次は18時投稿です。
メリークリスマース。
朝になって冒険者ギルドに行ってみると、いつものようにハロルドさんが受付にいた。
サムズさんには朝食を5人前奢ってお礼をしておいた、ドワーフってあんなに大食いなのか?
「おはようございますハロルドさん、きました」
「おはようございますユーリ君。
昨日は夜遅くに大変だったみたいだね、大丈夫だったかい?」
おお、昨日の鬼の形相がまるで嘘みたいだ、爽やかお兄さん復活だねハロルドさん。
「はい、俺の部屋の前にサムズさんがやってくれましたから、怪我一つしていませんよ。
それでハロルドさん、昨日の件なんですけど…」
昨日ハロルドさんに引き渡した…強制連行されていったおっさんがどうなったのか気にはなったが、商会の…えっと、ベンゾル商会だったか、そこがどうなったのか聞いておかないと。
「そうそう、その件なんだけど、先日の夜遅くに大捕物があってね、ベンゾル商会は違法奴隷を取り扱っているという嫌疑を理由に商会に押し入って証拠を見つけたんだ。
今上役達は商業ギルドに乗り込んでいるんだよ」
ワオ、あのあとそんな事があったのか、夜活動している冒険者の人達がやってくれたのかな、感謝しとかないと、お礼は別の形で返すとしよう、奢るのは絶対にしないが。
ていうか、確たる証拠も無しに商会に押し入るって…いくらおっさんの証言があるとはいえ、それだけで冒険者ギルドが動くって、違法奴隷ってそれほど嫌われているんだな。
俺の危険も去って、冒険者ギルドは違法奴隷を扱っている商会を潰せて商業ギルドに貸しを作れて…うん、ウィンウィンな関係だな。
「そうなんですか、それはよかったです。
それじゃあ今日も依頼受けるんで、お願いします」
俺は掲示板に張ってあった討伐依頼3件と薬草採取の依頼2件をハロルドさんに渡すと、『普通一度にこんなに依頼受ける人はいないんだよ、しかも昨日の今日でこれって』と呆れながら受諾のハンコを押してくれた。
…何か俺はまずい事をしているのか?
だがハロルドさんは苦い顔をしているだけで答えてくれそうに無い、仕方ないので俺は冒険者ギルドから出て行った。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
ベンゾル商会の騒動が終わって1ヵ月後、俺はめでたくランク2となった。
そしてようやく俺はここにきてやらかしたと気付いた…気付くのが遅かった。
何でも、冒険者になって3ヶ月しない内にでランク2になると言うのは非常識…というか、ありえないらしい。
ギルド史上初、ハーフの冒険者が若干10歳でギルドランクを最速でなったという記録を打ち立ててしまったようなのだ、まる。
………うん、やってしまったとしか言いようが無い。
ハロルドさんのあの苦い顔はこの事だったのかと今更ながらに気付かされた。
ていうか、それならそうと言ってくれよハロルドさん!!
目立つ予定なんて無かったのに、目立っちゃったじゃねえかよ。
しかも、魔法適正値ゴミクズなのが一般的とされるハーフの俺が、しかも10歳でそんな記録を打ち立てて、3人娘はともかく、ラザニア支部にいる冒険者達の一部が俺の事を警戒し始めた。
さすがに心の機微が分からない俺でも分かる、こいつらは俺の事を怪しんでいるのだ。
こんなひょろっちぃハーフエルフのガキが、一体どうやって短期間にランクを上げたのかを。
不正をしたのかもしれない、というのが最も疑うところだろう、一時期俺の事を探っている冒険者もいたが、潔白を証明する為にあえて見逃した。
討伐依頼に関しては魔法の制限がきつかったが、まぁ限定状況下での訓練になったと思えば悪くない。
身体強化を普段の2割も出さず、目晦まし程度の魔法で魔獣を撹乱してから仕留めるというのは、中々に難しかった。
半月もすると尾行はいなくなったが、今度は逆に勧誘される事が多くなった。
気の良い方の冒険者達でが殆どで、楽しそうだとは思ったんだがオーク程度に苦戦するレベルの冒険者と一緒に活動しても依存されそうなんで遠慮した。
だが面倒なのはガラの悪い冒険者連中だ、こいつらは話を聞かない。
俺の事を体よく利用しようとする気満々な顔をしているのに、さも俺の事を心配しているような言葉をかけてくるのは気分が悪かったので断った。
しかしここからがこいつらの性質の悪いこと、いちゃもんつけてきて無理やり入れと今度は脅してくるのだ。
そういう連中には、悪いがラザニアの街から退場してもらうことにした、強制的に。
冒険者ギルドには修練場があって、週に何度か実戦形式の試合をしているのだが、そこを使わせてもらって賭けをした。
俺が負けたらチームに入る、勝ったらそっちがラザニアの街から出て行くというものだ。
人間相手の実戦経験は最高が黒服位だったがあれは化かし合いで完全に一方的なものだったからカウント出来ないので、今回は真正面から打ち合うことにした。
人間相手だと魔獣と勝手が違うから危うく殺す所だったが、運の良い事に俺が予想以上に強かった事に怯えて負けるとその足でラザニアの街から出て行ってくれた。
それからはずっとボッチだ、いいさ別に、俺の癒しはハロルドさんだけだよ、男だが。
「ハロルドさん、暇です」
最近は俺がガンガン依頼を処理している所為か、朝の部の依頼はめっきり減っていて、他の冒険者の迷惑になるので俺はハロルドさん達受付から依頼を出しても受諾のハンコを貰えずにいた。
夜の部に移ろうかとは思ったけど…眠いからやだ。
俺は健康的に生活したいんだ、生活サイクルを崩しても困る。
「ユーリ君はここに来てから頑張りすぎだからね、これを機にゆっくりしてくれるとありがたいかな。
ほら、最近は街でも人気が出てきているじゃないか、子供達にも人気だろう?」
「お金にもならないことの情熱を傾けられないんですよ俺。
鍛錬でもないのにあんなに泥だらけになって…服を洗う親の苦労を知らない子供は嫌いです」
前世の俺は姪っ子達を可愛がっていたが、今世の俺は子供に対して冷たくなっていた。
まぁ理由はすぐに見つかったが、あれは姉さんの可愛い子供達だったからだ、血の繋がった姉弟の身近な関係だったからこそあれだけ可愛がっていたんだ。
血の繋がりなんて無い赤の他人のガキなんぞと遊んでたまるか。
……まぁ、素直なガキは嫌いじゃないが。
「素直じゃないねユーリ君は、そうか、子供達と遊ぶのが嫌なら…武器屋にでも行ってみればどうかな?
ユーリ君のあのナイフはかなり研ぎが難しいだろう、やっぱり専門の鍛冶師にお願いした方が今後の為になると思うよ」
む、確かに、一理あるなそれは。
さすがハロルドさん、俺の扱いが上手いな、すぐその気になっちまったよ。
最近は更にフランクになってきたし……好感度上がり過ぎて最近怖いんだが、フラグ立ってないよな?
けど3人娘達と関わるのもなんだか…怖いんだよなあいつら、食われそうな感じがして怖い。
「分かりました、じゃあ武器屋にいってみます。
それじゃまた」
「いってらっしゃい」
…家じゃないのにいってらっしゃいって…やばいな、久々に言われてちょっと感動した。
俺の中のハロルドさん株が急成長しそうだ。
鍛冶屋は冒険者ギルドの隣にある、1ヶ月振りに行くから少し楽しみだ。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
「あっ、ユーリじゃねえか!!
どうした、俺に会いにきたのか?」
そういえば、この鍛冶屋にはこいつがいたか。
悪ガキグループのリーダーで、鍛冶屋の息子ボルグだ。
ドワーフなんだが、さすがにまだ子供じゃヒゲは生えていない、つるつるだ。
これがあのヒゲモジャにねぇ…ドワーフってすごいな。
「おらボルグ、目ぇ離してんじゃねえぞ!!
…ん、お前かボウズ、久しぶりだな、ついにナイフがイカれたか?」
ボルグに拳骨が落ちると、ボルグを叱ったドワーフがこっちにきた。
ドワーフ特有のヒゲモジャとずんぐりした体格のおっさんが冒険者ギルドと提携している鍛冶屋の主人、ダンファールさんだ。
一流の鍛冶師を自称するだけあってか、この人の作った武器は気迫が伝わってくるほどに出来が凄い。
前に鍛冶屋に来た時は投擲用のナイフしかなかったから買わなかったが、今日は研ぎだからな。
「こんにちはダンファールさん。
まだイカれてません、そうなる前に研ぎに出そうと思ったんですよ」
「ようやくか、ここに来て確かもう4ヶ月近く経つだろうに、ようやく研ぎか。
ちょっと見せてもらうぞ」
ダンファールさんは俺が渡した黒塗りのナイフを手に取るとじっくりと観察していく。
「うわすっげっ、なんだよこのナイフ、全部真っ黒じゃねえか!!
しかもつや消しもしてるし…ユーリ、何でこんなの持ってるんだ?」
ボルグが復活したのか、カウンターまで来ると他にも置いてある俺のナイフを勝手に手にとってそんな疑問を投げてきた。
「なんか森にあった死体が持っていてな、かなり頑丈だし、俺はナイフ専門だからちょうどいいと思って全部貰ったんだ。
たくさんあるから使い回していたんだけど、最近切れ味が鈍ってきている気がしてな、それでこの鍛冶屋にきた訳だ。
お前に会いに来た訳じゃないんだから、勘違いするなよ?」
初めてこいつと会った時、俺が小さいからって子分にしようとしたボルグを転ばせてからこいつは何かとつけて話しかけるようになった。
俺もたいてい街にいる時は暇だから返してはいたが、たまに鬱陶しく思う時がある。
やれどこで強くなったのかとか、武器は何を使っているんだとか、そういうのだ。
俺が冒険者だと知った時のあいつの顔ときたら……あれは冒険者に憧れている顔だったな。
鍛冶屋はどうするんだよと思っているが、それは口にしない。
この鍛冶屋以外にも鍛冶屋はある、ここだけが代々ギルドと提携が出来る訳じゃないらしいしな。
こいつの人生だ、好きにすればいい。
「…ったく、ボルグ、てめえは片付けが済んでねえじゃねえか、ナイフ置いてさっさと片付けてこい!!」
再び拳骨がボルグに落とされた、頭割れるんじゃないかとか思うが、ドワーフは頑丈だからあれくらい平気みたいだ。
「いって、わ、悪かったって親父!!
片付けしてくるから、拳骨は勘弁してくれ!!
ユーリ、また今度話そうな!!」
ボルグはそういうと、熱気漂う鍛冶部屋へと入っていった。
「…全部見てみたんだがなボウズ、このナイフなんだが2本ほどもう寿命が来てやがる。
他は大丈夫だな、研ぎに出しても前以上の切れ味になるぞ、俺が研ぐからな!!」
「そっか、2本も減っちゃうのかぁ。
ダンファールさん、じゃあその2本は捨てておいてください、残りは研ぎでお願いします」
「捨てるなら1本銀貨2枚と銅貨4枚の計2400コルドで買い取るぞ?
この手の武器は滅多に見ないんでな、良い勉強になる」
意外な所で4800コルドの臨時収入ゲット、ラッキーだ。
「あ、それなら代わりの武器を貸してくれませんか?
ナイフ全部研ぎに出すんで、武器がなくなるんです」
いや、持ってなくはないんだぞ、予備の武器は?
けど、あれは基本使い捨てで俺の魔法に使うからそっちは使いたくねえんだよな。
にしてもさすがダンファールさんだな、一流を自称するだけあって色々な知識に貪欲だ。
前世でも仕事が出来るのに、もっと先に行こうと努力している奴はいた。
俺にはそういう意欲がなかったが、あいつらみたいに勤勉になればあの時人生は変わったのだろうかと考える事は多々ある、今更だが。
転生した俺は少しは意欲的になった方だ、何しろ思考停止せずに色々な事を考えているからな。
この世界での思考停止はすなわち『死』を意味している、特に俺には帝国っていう将来ぶっ潰さねえといけねえ大きな敵がいる以上、考える事をやめる訳にはいかねえ。
「そうか、そいつぁいい、ボウズに合いそうな剣があるんだ、見てみろ」
そういうと、ダンファールさんは棚から1本の短剣を取り出した。
俺が普段使っている黒塗りのナイフより少し長い短剣だ、造りは両刃で肉厚、切れ味は鋭そうだ。
まるで鉈である。
「そいつは最近作った奴でな、予備の武器として冒険者に勧めてるんだ。
頑丈に使っているから剣と同じように扱ってもいい、どうだ、良い出来だろ?
ボウズのナイフより長いが、お前さんも筋肉ついてるんならもう少しそれに見合った獲物を使った方が良いんじゃねえか?」
そういわれると、なんかもう買った方が良いんじゃないかと思えてきたぞ。
確かに、あの黒塗りのナイフは使い勝手はいい、欠点があるとしたら短いという事だ。
あれじゃあ対人戦闘で剣と交差した時、バランスを崩して手を汚しかねないからな、新しい武器も試してみるべきか?
「ダンファールさん、これっていくらです?」
「金貨2枚と銀貨5枚、計2万5000コルドだな」
思ったより高いぞ、けどそれが命を守る値段と思えば安いか。
よし、買おう。
「じゃあ買います、あと研ぎの方はいくらですか?」
「11本だから、そうだな、1本辺り銀貨1枚として、金貨1枚だな1本サービスしてやる」
「それじゃちょうどです」
俺は財布から金を出すと、ダンファールさんから短剣を受け取った。
鞘はサービスでくれたので更に得をした気分だ。
「あとボウズ、お前はちゃんと武器を研ぎに来い、ここまで使い倒してたら普通は2週にいっぺんは来るぞ、ちったぁ考えろ」
「そ、そうします…」
横着はそろそろ卒業しないといけないようだ、反省しよう。
ボルグはほっといて俺は鍛冶屋を出た。
今日はいい天気だし、宿屋に戻って昼寝する事にした。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想など、お待ちしています。