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第七話:秘密と歌声

歌声が草原に満ちる。

音を持たぬその声は、それでも確かに草花達を震わせていた。


登りゆく日の光を受け、風に身を任せ、了は佇む。

澄み切った空気を、胸一杯に吸い込む。


「おはよう。了」


いつの間にやら側に居るのは、“時”に属する者の習性なのか?

朝の神に了も返す。


「…おはよう。」


大地と朝旦の司。

草花が風に揺れる雰囲気そのままに微笑む。


「いつもの如く、よき歌声だが…今朝は何やら、思うところがあるようだね。」

「ああ…少し、気になることがあるんだ。」

「気になること…ね。一体、何が気になるのだろう?」


「貴方に秘密…なんて、無いよね?」

「秘密…?」

 

若葉色の瞳が眇められ、僅かに割れた顎を老緑の髪が撫でる。


「残念ながら、我にそのようなものは無いな。」

「そう…だよね。妙なことを聞いてしまったな。」


「構わんよ。それより、了。そろそろ、戻らなくていいのかい?

 羽衣の君が、待ちかねているのだろう。」

「…そうだった。では、また来るよ。」


そう言うと了は、背を向け谷の方へ走っていった。


やがて、日の光から朝焼けの橙が抜ける頃、草原もまた消え去っていた。



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



果てしない平野に揺れる陽炎。了は、逃げ水と戯れていた。

やがて逃げ水は形を変え、ひょろりとした人型になる。


「…捕まえた。」

無邪気に、しかし怪しげに、真昼の神が笑う。


「参ったよ。けど、昨日よりは粘れたかな?」

「さぁ、どうだろう?」


太陽と白昼の司は、純白の髪を掻き揚げながら、首を傾げる。

その仕草はどことなくわざとらしいが、黄金色の瞳は澄み切っていた。

了はその黄金色を、しばし見上げ見つめるが、直ぐに目を逸らす。


「…何か言いたげだな。了」

「あ…えっと、あの。僕には話していて、他の誰にも話していない事って、あるかな?」


先程とは違う方向に首を傾げると、黄金色の瞳を芝居がかった仕草で暫し彷徨わせる。

やがて視線を定めると、ニィっと笑った。


「君と内緒話とは素敵だが…生憎、無いなぁ。」

「…そうか。」

「残念だったかい?」

「そうだね…少しだけ。じゃ、また!」

「ああ。」


太陽と白昼の司と別れ、一番高い山の頂に向かう。

そこでゴロリと横になると、日の光を全身で浴びる。

やがて了の口元から零れでたハミングは、昼間の白い輝きに溶けていった。



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



浮かぶ月、そして横たわる月。

足元には水鏡の湖面が広がり、夜の闇と三日月が横たわっていた。


湖面の静寂を深く吸い込むと、了は細く長い裏声を闇に溶かし込む。

すると水面に一つ波紋が広がり、三日月の背後に空と同じく星々が瞬きだした。


「おやおや。せっかく、月を独り占めにしていたのに…無粋だなぁ。」

「だって、このほうが綺麗じゃないか。」


波一つ立てずに湖の水面を歩いて、月と暮夜の司は近付いてくる。

月の光のような淡い金髪を揺らしながら、墨色の瞳を細めて。


「孤高の月の美しさは、君にはまだ分からないようだね。」

「一人ぼっちの月も、確かに美しいけれど…なんだか悲しくなってくるじゃないか。。」

「だから、いいんだよ。なんだか、そそるじゃないか?」

「そんなふうに思うのは、きっと貴方が捻くれているからだよ。 」


月と暮夜の司は、遙か空の月に手を差し伸べながら言う。

「…月は得難きもの。それに手を延ばそうというのなら、捻くれている位で丁度いい。」


今度はしゃがみ込んで、湖面の月に手を伸ばす。

「そうすれば、ほら。こんなふうに、触れることも出来る。」


湖面に波紋が広がり、再び月の背後が闇に包まれる。

了の眉間に皺が刻まれた。その様に思わず苦笑が零れる。


「そういえば最近、了は天秤の君と仲がよいそうだね。」

「ああ…天秤の君は、色んな話をしてくれるよ。」

「そうか。それで、我等三つ子の秘密にも興味を持ったのかい?」


夜と昼と朝は、同時に生まれた三つ子の神である。


「三柱の…というより、皆にはそれぞれ秘密があるのかも知れない。

 と思ったんだが…もしかして、二人に聞いたのか?」

「ああ、勿論。なにせ我等三つ子は、同じ場に神器を据えているからな。」

「…同じ場?」

「ああ、そうだよ。なんだ、気付いていなかったのかい?」


“月と暮夜の司”である“水鏡の君”は語る。

“太陽と白昼の司”である“陽炎の君”と、“大地と朝旦の司”である“草原の君”。

三柱の神の神器は、“日時計の平野”という同じ場所に据えられており、それぞれの司る時刻になると現れるのだと。


「…つまり、今朝の草原も昼に陽炎の君と会った平野も、そしてこの湖も、同じ場所だってことかい?」

「その通り。そして、草原も陽炎もこの水鏡の湖も、我等の神器なのだよ。」


了は考え込む。

神器は司る神にしか、見ることも触れることも出来ないはず。

けれど自分はずっと、草原で歌い陽炎に触れ湖を見てきた。


「…もしかして、貴方がたは三つ子だから、互いの神器が見えるのですか?」

「いや。いくら場を共有する三つ子でも、それは無いよ。」


では、三つ子でも無いのに、こうしている僕は何なのだろう?

了の疑問を察したのか、水鏡の君は続ける。


「恐らく了が我等の神器に触れられるのは、君自身に神器も司も無いからではないかな。」

「そう…だね。」

「面白き事なり。我等は他者の神器は、その神の呼び名から想像するほかないが…

 了、君は、見て触れて感じることが出来るのだから。」

「…ああ。」


そう言うと了は、湖面の月に歌う。

再びその背後に、星々が瞬き輝く。


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