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第六話:空白と不安

最近、了は毎日のように姿を消す。


夕方迄には必ず帰ってくるし、以前から度々、姿を消すことはあった。

だから昼間の数時間、姿が見えないからといって、騒ぐ程のことではない。

末子の了だって、いつまでも幼子ではないのだ。

一人になりたい時だって、あるだろう。


そんな事は私だって分かっている。

ただ…なんというか、ここのところ側に居る時でも、了が遠くなったように感じることが多いのだ。

以前なら了が姿を消しても、何をしているのか大体、想像がついた。

まして、側に居るのに遠く感じるなんて、絶対になかったのに…


“風と瞬間の司”である“羽衣の君”は、やきもきしながら了の帰りを待っていた。

生まれた時から一番、了の面倒をみてきた。それこそ母親のようにだ。


「そんなに心配しなくとも、もうすぐ帰ってくるだろ?」


ふいにかけられた言葉に、羽衣の君が振り向く。

そこには“嵐と渦動の司”である“風袋の君”が立っていた。


「…分かってるよ。」


顔を背ける羽衣の君に、風袋の君が肩をすくめる。


「どうやら了は、お気に入りの昼寝場所を見つけたらしい。」

「そう…」

「ああ。以前はよく、さ迷って色んな所をウロチョロしていたようだが、

 近頃は昼頃になると、一直線にある方角に向かってゆくようになった。」

「ふぅん。」

 

風袋の君が羽衣の君の顔を、少し屈んで覗き込む。

緩やかに波打つ銀色の髪の隙間から、白緑の瞳が見返してくる。


「…どこだと思う?」

「何が?」

「勿論、了の昼寝場所だよ。」

「さぁ。」

「気になるんだろ。」

「…別に」


ふぅ、と溜め息を一つ吐くと、風袋の君は腕を組む。

羽衣の君は、それをチラリと見上げる。

金色の縮れ髪が幅のある肩にかかり、瑠璃色の瞳が呆れたように見下ろしてくる。

羽衣の君は、目を逸らし言った。


「了のことだから…だだっ広い所か、高い所のどちらかだろう。」

「ああ、その通り。で、どっちだと思う?」

「高い所…山か?」

「正解。それも、一番高い山の頂さ。」

「一番高い山の頂だって?あそこは確か、お母様しか立ち入れなかった筈では…」


俯く羽衣の君に、風袋の君は少し真面目な顔をする。


「どうやら、お母様が御隠れになってから、状況が変わったらしい。

 …誰でもというわけではないが、立ち入れる者は立ち入れるようだ。」


羽衣の君が、弾かれたように顔を上げる。


「了以外にも、誰か立ち入っているのか?」

「ああ。…というか、そもそもお母様が御隠れになってからは、天秤の君が通っていたようだ。」

「天秤の君が?」

「あの方は長子なのだから、お母様から何かしら託されていたとしても不思議はないだろ?」

「確かに…でも何で、了が同じ場所に通っているんだ?

 天秤の君は、今まで了の面倒をみたり構ったりしたことはなかったのに…」

「さぁな。でも了は、ずっと天秤の君を気にしてたみたいじゃないか。」

「…知らない。私はそんなの、知らない!」


再び俯いた羽衣の君に、風袋の君は苦笑する。


「子離れする前に親離れされるのは、寂しいものだろ。」

「何それ?」

「お前ときたら、了が生まれた途端に、急に年長者ぶって…

 おんぶに抱っこで面倒をみてきた俺のことなんて、忘れてしまったのかい?」

「……別に、忘れたわけじゃない。」

「良かった!俺はまだ、見捨てられてはいなかったんだね!!」

「…うっとおしいぞ。」

「照れてるのかい?そーかそーか、かわいい奴め!」


そう言いながら風袋の君は、羽衣の君の緩く波打つ髪をワシャワシャとかき混ぜる。

こういう場合、下手に振り払おうものなら、面白がって余計に構ってくるだろう。

だから、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、されるがままに任せていた。


いつまで経っても俯いたままの羽衣の君に、風袋の君は髪をかき混ぜていた手を止める。

先程よりも深く屈み、その白緑の瞳を窺うように見上げる。


「どうした…気に障ったかい?」

「別に…ただ、狡いなと思っただけ。」

「ん?」

「だって、そうだろ?天秤の君は宿命の司で長子だから、何でもお見通しで…

 いつの間にか、お母様の代わりになってしまった。」

「…誰も、お母様の代わりになれはしない。」

「そうかな?そうかもね。でも天秤の君の、あの聡明さにも神通力にも、

 私が逆立ちしたって適わないよ。それに…」

「それに?」

「…何でもない。」


風袋の君は羽衣の君の肩に手を添えて、穏やかな声音で語りかける。


「いいかい?天秤の君は、お前より何百歳も年上で、俺よりも年長者なんだ。

 だから、近付こうと励むのはいい事だけど…張り合っても仕方ないだろ?」

「…そうだね。」


貴方はそうやって、いつも天秤の君の肩を持つ。

お母様が御隠れになってからは、特に…


風袋の君。貴方と天秤の君の間にあるものを、私は推し量れない。

そしてそれは、了に関しても同じだろう。


天秤の君。あの方は私にとって、空白に他ならない。



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