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第四話:成長と変化

母なる女神が去った後も、天界の時は穏やかに流れる。

最後の子は“了”と名付けられ、すくすくと成長していった。


神々にとって“名付ける”のは、普通はしないことだ。

何故なら神々には、生まれながらに各々の司るものがあり、それがそのまま呼び名となるからだ。


しかし、最後の子には何故か“司”がなかった。

“無”の生まれ変わりなのだから、実のところ、それは当然なのだが…

“零”であった頃を殆ど覚えていない神々には、知る由のないことである。


とはいえ、呼び名が無いのは面倒というもので、“終い”の子の意で“了”と呼ばれることになった。


了は相変わらず同胞の神々に慈しまれ、とりわけ“零”の面影を残す神々に愛された。

成長し世話をする必要がなくなったこの頃では、取り合うように構ってくるほどである。

その中にあって、最初の子であり“宿命と秩序の司”である“天秤の君”は、遠巻きに了を見守っていた。

了はそんな天秤の君が気になるのだが…結局、他の同胞達に一日中振り回されて、毎日は過ぎてゆくのであった。


そんなある日、しつこく構ってくる同胞達の目を掻い潜って、了は白い山の頂に逃れてきた。

空の上である天界では、雲の海に雲の島が浮かび、所々に雲の山々が聳え立っている。

了が今立っているのは、その中でも一番高い頂である。


一人になれた開放感のまま伸びをすると、ゴロリと寝そべった。

見上げれば一点の曇りもなく、ひたすらに青い空が続いている。


了は思う。この世界は、なんと光に満ち溢れていることだろう。

末子として生まれ時を経て、“無”であった頃の記憶は殆ど失われている。

それでも、ふと蘇ることがある。

喪失感と孤独感と、その果てで何かに惹かれ引き寄せられた感覚。

果てしない闇と、僅かな光…それが“無”の全てであった。


それを思うと、この世界はまるで、夢でも見ているようである。

過度の愛情にうんざりして、こうして逃げてきたことでさえも、なにやらくすぐったくて仕方ない。


それにしても同胞達ときたら、やれ髪を梳いてあげるだの、やれ雲海の波が渦巻いているのを見に行こうだの…果ては、さして美しくもない了の歌声を聞かせて欲しいだのと言ってくる始末。

まったく、何を考えているのやら…


そんな事を考えているうちに、うとうととし、とうとう眠ってしまっていた。



「了…了、起きなさい。」


天秤の君は、了の肩をそっと揺する。

ようやく目を覚ました了は、気怠げな唸り声をあげ、しぱしぱと瞬きを繰り返す。


辺りはすっかり日が暮れており、頭上には満天の星空が広がっている。

そして、煌々とした満月の光を受けて、その神もまた仄かに輝きを放っていた。

銀色の長く柔らかな真っ直ぐな髪が、緩やかな風にたなびく様は、まるで天の川が間近に降りてきたようだ。


ぼうっとした頭でそんなことを考えていた了は、その天の川にゆるゆると手を延ばすが…

あと少しというところで、するりと逃げてしまった。


それを残念に思い眉をしかめる了に、立ち上がった天秤の君が手を差し伸べる。


「ほら、立って。」


仕方なく上体を起こし、差し伸べられた手を掴む。

握り返してきた細く長い指は、けれど軽々と了を引き上げた。


立ち上がった一瞬、天秤の君の白い面が間近になる。

髪と同じ銀色の柳眉、通った鼻筋、控え目な口元、そして切れ長の目には白藍色の澄んだ瞳。

瞬きも忘れ、白藍色を見詰めていると、ふとそれは細められ口角があがる。


「それにしても、随分とうってつけな場所に、逃げ込んだものだね。」

「何のことだ?」


天秤の君は、更に目を細める。


「実はここはね。私以外、立ち入れない場所なんだよ。」


「…今、僕がここに居るんだが」

「了は、特別。」


すると天秤の君は、数歩離れた山の一番高い一点で、背筋を伸ばし目を閉じる。

そのすらりとした立ち姿は、儚げな程ではないが…もし、強い風に耐えているのであれば、健気さを感じる程ではある。


『我、母なる女神より、運命と時代の司を預かりし者なり。』


言霊に応え、巨大な金色の歯車が現れる。


「こっ、これは…何?」

「これはね、お母様の“神器”だよ。御遺言で、今は私が預かっているんだ。」

「神器?」

「ああ…了は司がないから、神器を知らないんだったね。

 神器は司の現れで、神々は神器を以て地上に事象を起こしているのです。

 例えば、雨を降らせたり、花を咲かせたり…ね。」


「…では、貴方も同胞達も、神器を持っているのですか?」

「ええ、その通りです。皆、その魂魄の狭間に、神器を宿しています。」

「それは、僕も目にすることが出来るのでしょうか?」

「いいえ、恐らく無理でしょう。

 私も自身のものと、これ以外は見ることは適いません。

 本来、司っている神自身にしか、見ることも触ることも出来ないのです。」


了は、改めて金色の歯車を見上げ、言った。


「この歯車は、元はお母様が宿していたものを、御隠れになる直前に移されたのですか?」

「いいえ。それは、少し違うのです。」

「…どういう事でしょう。」

「この金色の歯車は、元はお母様の魂魄に繋がり、

 お母様だけが扱えるものでした。

 しかし同時に、この世界そのものにも繋がっており、

 最初からこの場に鎮座しているのです。

 場所を移すことは、お母様にも適わなかったそうです。」


つまり時代毎に、司る神が変わってゆく神器ということか?


「では、今この金色の歯車は、“宿命と秩序の司”たる貴方の魂魄に繋がっている と、そういうことでしょうか?」

「いいえ。私はただ、預かり見守っているにすぎません。」

「この神器の司たる“運命”も“時代”も、留めておくのは難しい。

 ならばお母様が御隠れになった後、一体どうしていたのですか?」


天秤の君は、了の瞳を正面から見つめ返す。


「“運命”も“時代”も留まっていられたのは、貴方の存在ゆえです。…了。」

「…僕?」

「そうです。幼かった貴方の成長を皆で見守ることで、お母様が居られなくとも、

 同じ時代が続いたのです。…けれど貴方も、もう子供ではない。」


ゴクリと喉が鳴った。


「“運命”は、再び動き出すと?」

「遠からず、そうなるでしょう。」


縋るように見詰めてくる了に、天秤の君は困ったように微笑んだ。


「…とはいえ今日明日、直ぐにどうにかなってしまうわけではありません。

 確かに四六時中、構われることに苛立つようになったのは、成長した証拠です。

 けれど、同胞達との関わりそのものを変えたいとは、

 まだ思っていないのでしょう?」

「それは…その」

「だから、逃げてきたと…違いますか?」


了の眉間に皺が寄り、口がへの字に曲がる。

思わず吹き出しそうになるのを耐えながら、天秤の君は言った。


「今日は、もう帰ろう。皆、心配している。」

「…そうだな」

「静かに過ごす時間が欲しいのなら、またここにおいでなさい。

 ここには、私と了しか立ち入れないのだから。」


「そういえば何故、僕もここに立ち入れるんだ?」

「それはね、了。貴方が特別だからだよ。」


…結局その日、それ以上のことは、天秤の君は答えてくれなかった。

けれど、この日以降、ここは了と天秤の君の逢瀬の場となった。

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