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第十五話:地上と黄泉

人々は“旅人”をもてなす。


好奇心、警戒心、そして期待。

それらをやんわりと隠す、作法に則った振る舞い。


地上は生き物達の国。

けれど、まだまだ曖昧さの多いこの世界では、様々な者達が混じっていた。

そして、それらは往々にして、仮初めの姿として“旅人”である。


勿論、大概の旅人は唯人なのだが…。

稀に、信仰を得て存在の強くなった精霊、人霊の類。

更に稀に、黄泉の使い。

そんな者達も村々を訪れるのだった。


いずれも、遠い遠い島や山や国のことを伝えてくれる、貴重な存在なのだ。

だから旅人は客人として、もてなされるのだった。


そして今日は、そのどれよりも珍しい客人を迎えていた。


「お二人は、これからどちらに向かわれるのでしょう?」

夕餉の席で、集落の長は訊ねてきた。


「大巫殿を訪ねて、霊山の麓へ」

対岸の君が返す。


「左様で御座いますか。では、大鏡の湖まで行かれるのですね。」

「はい。深緑の森を経て向かうつもりです。」

了が答える。


「それは、それは…では明朝、私の兄がご案内させて頂きます。」

「ありがとうございます。兄君は巫であられるのですか?」

「はい。我が村の“水鏡”を預かる巫で御座います。」



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



家督は長子が継ぐと決まっているわけではないが、やはり年長であることは何に付けても大きい。

故に年の離れた弟妹か、もしくは長子が継ぐのが大概である。


先代の長に弟妹はいなかった。

それにも関わらず次男坊が長を継いだのは、長男には特別な才があったからだ。


即ち、巫の才である。


人間の国に於いて、巫の才はどんな事情より優先される。

まして、長じても衰えないとなれば尚のこと。


故に長の兄は大巫の弟子となり、故郷の村と大鏡の湖を行き来しているのであった。



「この森の木々は、どれも見事ですね。」

大樹の連なりを見上げながら、了は思わず言った。


「はい。これが、何千年もの古えより栄えし深緑の森なのです。」

先導する巫が答える。

昨晩、一宿を供してくれた集落の長の兄である。


「太陽と同じく、遠い時代より信仰を集めてきたと聞き及んでおりますが・・・

 祈りを捧げるに相応しい神々しさです。」

「まさに・・・」

対岸の君も、感嘆の溜め息と共に言った。


「そう仰って頂けると、私も嬉しく思います。」



巨木の間の小道を進む。

了は時折、掌を空に向けて木漏れ日を掬う。

ゆらゆらと煌めくそれは、天上界の精霊のようであった。


やがて、木漏れ日のゆらめきが途絶えると、燦々と日光が降り注ぐ。

木々の途絶えたその場所が、大鏡の湖であった。


大鏡の湖の中央には、筏で造られた島がある。

その上には、質素な社が佇んでいた。


湖面がゆれる。

映していた日の光もゆれる・・・まるで、木漏れ日のように。

筏島より小舟でやって来たのは、小柄な老女であった。


「大巫様、こちらの方々が此度のお客人であります。」

長の兄の巫が、老女に手をさしのべる。


「左様か・・・ようこそ、お出でくださいました。

 神々の御光臨、有り難い限りで御座います。」

老女はそう言うと、恭しく頭を垂れた。そして弟子共々、跪こうとする。

了はそれを制し、言葉をかける。


「大巫殿の崇拝の念、嬉しく思います。されど、この度は名を伏せての訪れです。

 もっと平易に応じて頂けると、こちらとしても助かります。」


沈黙が流れる。

暫しの間、大巫は了の様子を伺っていたが、やがてゆっくりと顔をあげる。

ふと、好相を崩し言った。


「貴方様は、お噂通りの神様でいらっしゃるようですね。

 なれば、堅苦しいのも仰々しいのも、無しと致しましょう。」

「ええ、そのようにお願いします。ところで、僕が誰なのかご存じなのですか?」

「はい。この老いぼれも巫の端くれなれば・・・末子の神よ。」



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



大巫は、件の双子の片割れであった。

彼女は文字通り、幼くして黄泉に旅立った片割れの分まで生るかのように、人としては長寿であった。

多くの赤子に祝福を授け、そして、多くの死者に弔いの祈りを捧げてきた。


「お母様が如何お過ごしか、お分かりになりますか?」

筏島の社の中、火を囲んで座り語り合う。

了の問いに、大巫が答える。


「そうですな・・・まず、黄泉の女王と母なる女神の御心は、別物と存じます。」

「黄泉の女王は、御隠れになったお母様のお姿のはずだが・・・どういう事ですか?」


「ええ、黄泉の女王の御霊は、確かに母なる女神の御霊。

 されど・・・いえ、だからこそ、その御心は全く逆なので御座いましょう。

 同じ御霊の裏と表。闇の中の光、光の中の闇で御座います。」


「それは、一体・・・」

戸惑う了に、老女は目を細めて微笑む。

「終焉には程遠い貴方様には、黄泉の気配は捉えにくいことでしょう。

 宜しければ、この婆がご案内して差し上げましょう。」


「末子の神を、黄泉にお連れすると申されるか?」

それまで黙っていた対岸の君が、話に割り込む。


「如何にそこな神が運命を司っておられようとも、お連れすることは出来かねまする。」

大巫は、ゆるりと首を横に振る。


「では、どうされるのでしょう?」

了は、大巫ににじり寄る。

大巫は、そっと了の手を取り語る。


「この婆は、もう直ぐ黄泉の女王の元に参ります。」

「大巫殿?」

「運命の糸を手繰られれば、黄泉の様子も伺えましょう。

 こうして、お会いした“縁”があります故・・・」

「・・・大巫殿」

「そのようなお顔をされますな。これは、生きとし生ける者の運命。

 まして大往生なれば、悼むどころか祝うべき事で御座いましょう。」


「・・・歯車の君」

対岸の君が、了の肩をそっと擦る。


「人としては長かった年月の果てに、貴方様に巡り会えたのも真に幸い。

 最後の最後に、この婆の巫としての本来の役目を果たしましょうぞ。」


「巫としての・・・本来の役目」

弟子の巫が、呟くように訊ねる。


「死は命の終焉なれど、その魂の終わりではない。

 ・・・いつの日にか、また御主とも巡り会うかものう。」



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