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第十四話:巫と神

時の神々の神通力が、了の手許にあらゆる連なりの根幹を集約する。

その中の一つ、人々の祈りの大元を辿る。



始まりは、ある双子の片割れの死であった。

幼くして命を落とした我が子を抱きかかえ、悲しみにくれる母親。

その母に生き残った片割れが、魂の行く末について語った。


曰わく、魂は黄泉の女王の元に帰り、いつの日か再び命を得て地上に舞い降りる。

以降、誰かが命を落とす度に、黄泉の女王に祈りが捧げられた。


やがて、一部の幼子が語る魂の記憶を探ろうと、その気のある者を特別に育てるようになる。

そうして長じた者は、より深く世界の神秘に迫り、神通力に近い力を得ていった。


始めに、黄泉の女王が嘗て女神であった時代に、全ての神々を産んだ事を探り当てた。

そこから、神々の生まれた順を辿り、司を解き明かしてゆく。

そして、巡る星々の動きから、それらを映す水鏡から、世界を満たす精霊の囁きから、天界の様子を伝え聞くのであった。


いつしか“巫”と呼ばれ尊ばれるようになった彼・彼女等は、神々と人々の歩みを綴る中で、ある事に辿りつく。

則ち、始めが“宿命”で、終いが“移ろい”であることに…

姿形の無いそれらは、“死”と同等に恐れ敬われた。


そして今、人々は終いの神に受け継がれた“運命”に、対話の可能性を見いだしていた。



ーーー“運命の糸”は、するりと了の手を離れる。


「…どうだった?」

草原の君が尋ねる。


「大体のことは把握できたと思います。」

ゆっくりと目を開き、了が答える。



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



翌朝の正午、了が最高峰の頂にいくと、既に天秤の君がそこに居た。

天秤の君は神器を前に立ち尽くし、見開かれた瞳は、しかし何も映していない。


“黄金の歯車”が不規則なリズムを刻む。

きっと“世界の天秤”が、不規則に揺れているせいだろう。



天秤の君は真っ白な光の世界に…いや、どろりとした奈落の闇の中にいた。


影の一つも無い真白こそが、これ以上ない闇だと天秤の君は思う。

そしてそんな気持ちが、この真白の中に影を落とし、やがて宿命となってゆく。


私はその最初の影。

故に、この真っ白な奈落の闇に、誰よりも深く囚われている。

…だから全ての囚われし者は、我が同胞なり。人間も然り。


人間と神の一つ違うところは、この真白が救いの“光”に見えるところだろうか。

それは、より黄泉の闇の近くに居るからだろう。

…神にしてみれば、母の胎内であるところの“闇”のほうが余程、救いに思えるのだが。


結局のところ、神も人間も失われた懐かしきを求めてやまない。

未知の闇に踏む出すのは、それ程までに恐ろしい。

そして、決して取り戻せない懐かしきを求めていれば、明日に向かって歩み続けることが出来る。


了は、いや“無”は嘗て、その恐ろしい闇を越えて、この宇宙にやってきた。

それこそが、了が“運命”たる所以なのかも知れない。

それは、不可能を可能にする。


その事に気が付いた愚かな人々は、果たしてはならない夢を叶えようと、今まさに手を延ばしていた。



神事を終えた天秤の君が目覚めた時、沈みゆく太陽が空と雲を赤く赤く染めていた。

いつの間にかそこに佇んでいた了も、その赤に照らされ染まっている。


「天秤の君」

少し寂しげな、穏やかな笑みを湛えていた。

近頃の了は大人びていたが、こんな顔を見るのは初めてだった。


「…了」

「お疲れ様です。今日はもう、帰って休みましょう。」

「ああ、そうだね。」



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



「僕は、地上に降りてみようと思います。」


天秤の君の住まいの一室で、筆頭の神々を前に了は告げた。


「それには及びませんよ。」

「…彼岸の君」

「此度の件、確かに“歯車の君”のお力に縋るところではありますが…

 この天界より神通力を振るって頂ければ十分かと。」


「いいえ、不十分ですよ。彼岸の君。

 そもそも“運命”とは、“縁”と“所以”を紡いでゆくこと。

 そして“縁”とは出会いです。中途半端なままでは良くないのです。」


「では、地上に降りて、どうするつもりなのですか?」

天秤の君が問い掛ける。


「そうですね。人々と共に、天界を見上げてみましょうか。」

「…了?」

「天界からでも、巫を通じて言葉を伝え合うことは出来ます。

 けれど、それは人間に取っては“御告げ”であって会話ではない。

 会話をする為には、時を共にする必要があると思うのです。」


「分かった。協力しよう。」

風袋の君が申し出た。


「ありがとう。助かります。」

「構わないよ。俺も人間達が何を考えているか、知りたいと思ってたところなんだ。」


「私も協力しよう。地上は、天の光と黄泉の暗闇がせめぎ合う場所。

 炎はきっと、夜闇で役に立つだろう。」

「ありがとうございます。不死鳥の君」


「…仕方ない。我が供をして進ぜよう。大地は我の場ゆえ。」

「かたじけない。対岸の君」


「では、お願いして宜しいでしょうか?了。いえ、歯車の君。」

「はい、ありがとうございます。天秤の君」

「けれど、無茶はしないで下さいね。…了」

「天秤の君…大丈夫ですよ。」



「一体、どうしました?天秤の君」

他の神々が去った部屋に、いつぞやの如く彼岸の君が居た。


「何の事でしょう?」

「了に対して過保護だった貴方が、またあっさりと地上行きを認めたものです。」

「…了なら大丈夫ですよ。未知を越える力を持っているのですから。」

「未知を越える力?」

「それより意外なのは、貴方のほうでは?白蛇の君の為に、手を打ちたかったのでしょう。」

「無論だが…これでは、また別の心配が生じるというもの。」


そう言うと、彼岸の君は夜空を見上げる。

雲の合間から覗く蒼白の月が、頼りなく世界を照らしている。


「そうなのでしょうか?」

「ええ、そうですとも。」


「ねぇ、彼岸の君。中途半端な言葉が“御告げ”になってしまうのは、神々とて同じでしょう。」

「天秤の君?」

「故に私は、口を閉ざしてきました。…“世界の天秤”は、多くの秘密を告げてくるのですよ。」

「何を仰りたいので?」

「きっと人間の巫も、私と同じ。だから了になら、真実を語ることでしょう。」


「…貴方は、それでいいのですか?」

「“宿命”もまた“運命”には抗えませんから。」


彼岸の君は、その蒼白の月をじっと見詰めたまま、目を逸らすことが出来なかった。



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