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第十二話:“歯車の君”と“了”

ーー無邪気に華やいでいたのは、了ではなく、この世界なのかも知れない。

無防備に眠る了の横顔を見詰めながら、天秤の君は考えていた。


長子たる私こそが、母たる女神の代わりにその役目を務めていると、同胞達は思っているのだろう。

では、そもそも、その役目とは何だったのか?


見守ること。導くこと。


どちらも間違いではないが、正解ともいえない。

何故なら、神々の数が百を超えた頃には、既に手分けして担っていたからだ。


彼岸の君が白蛇の君を見守り、風袋の君が羽衣の君を導いたように。


では、母たる女神だけが担っていた事とは一体、何だったのだろう?



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



幼少の同胞の面倒を、近しい司を持つ年長の神がみるようになったのは、誰からともなくだった。


弟でもあり妹でもあるところの幼子は勿論、愛らしい。

しかし、それより切実だったのは、母の傍らに自らの居場所を作ることだった。


成長し世話の必要がなくなったところで、“母の愛”以上のものを知らないことに変わりはなく。

そしてそれは、生まれた時から同胞の手で育てられた年少の神々でも、同じことだった。


…いや、むしろ世話をされた事がないからこそ、余計に“女神”として崇拝した。

まるでこの世界が続く限り、変わることの無い永遠なるものであるかのように。

何より、母の愛は“平等”であることに安らぎを求めた。


実際は、気まぐれなところもあったし、ちょっとした依怙贔屓もあった。

彼岸の君の悪戯に腹を立てたかと思えば、不死鳥の君のやんちゃには甘かったり…風袋の君が始めて起こした嵐に大騒ぎしたこともあった。


世界に生まれ出でて生きていれば、当然のことだろう。

…そう、お母様とて“零”によって生み出された存在なのだから。


今にして思えば、そんなお母様の人柄を“女神”に憧れる年少の同胞達に、もっと伝えておいても良かったのかも知れない。

けれどお母様に直接、世話をされ育った年長の神々は、その理想像を壊すような言動を慎んだ。



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



末子の神は、兄でもあり姉でもあるところの神々を、分け隔てなく慕った。

つまり、母なる女神が残した“最後の子”は、とても無邪気だった。


本当に、そうなのだろうか?


恐らく、“了”と名付けたあの時から、あの子はお母様の“末子”ではなく、我等の“末弟”となったのだろう。

いつも明るく振る舞い、誰にでも懐いた。

それは、お母様の不在を巧みに覆い隠していった。

…我等もまた、女神の“子ら”ではなく、了の“兄もしくは姉”となったからだ。


そういえば、お母様の胎内に居た頃を懐かしむ了を、見たことがない。


同胞達は多かれ少なかれ、お母様の胎内に居た頃を覚えている。

それは“自ら”という存在すらあやふやで、唯々唯々、育まれる喜びに満ち足りた記憶。

時々、無性に懐かしくなり、形を変え生きる目的ともなる。

だから同胞達は度々、それを懐かしみ語り合うのだが…そんな時、了はいつも無口だった。


自らの誕生によって、お母様が死の宿命を迎えたからだろか?

皆も了の前では、お母様を懐かしむようなことは控えるようになっていった。


私達はそうやって、過去を封じた“今”を謳歌してきのだろう。

そして了は、それを大切にした。過去からも未来からも、切り離されたまま…



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



「天秤の君?」

「えっ、あっ、了。起きてたのかい?」

「…流石に、ここまでジッと見詰められたら、ね。」


そう言って一つ伸びをすると、了は起き上がった。

こんなふうに見上げてくる時の了は、今まで通りいつも通りに見える。


「何か悩み事?」

「うん、ちょっとね。」


立ち上がり、頂の一点の地点で両手を延べる…

瞳の紺碧は深みを増し、漆黒の髪が棚引く。

何かを、手繰り読み解くその横顔に、もう幼さも無邪気さも無くて…まさに、運命を司る“歯車の君”がそこに居る。


「これから、どうなるんだろう?この世界は…」


私の発した言葉に、“歯車の君”が振り返る。


「自ら歩んでゆく…ただ、それだけですよ。」

「それは…」

「それこそが、お母様の願いでもあります。」

「了?」


スッと両手を下ろして、空を見上げる。

再び振り返った顔は、いつもの“了”だった。


「帰りましょう。皆のところに!」

「ええ。」


私は了の手を取り、立ち上がる。

その背を追いながら、なんとなく引き止めたくなる衝動を抑えて、横に並んだ。


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