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第十話:運命と時代

五柱の神が、円卓を囲む。

ここは、天秤の君の住まいの一室。

呼び出しに応じ、年長の神々が集まっていた。


大気を司る神々の筆頭、“嵐と渦動の司”である“風袋の君”。

水を司る神々の筆頭、“大海と水平線の司”である“彼岸の君”。

土を司る神々の筆頭、“大陸と地平線の司”である“対岸の君”。

火を司る神々の筆頭、“火山と再生の司”である“不死鳥の君”。

ーーそして、神々の長子、“宿命と秩序の司”である“天秤の君”。


「さて、天秤の君。我等に相談したい事とは、何だろうか?」

彼岸の君が、口火を切る。


「お母様の御遺言で、私が預かっている神器“黄金の歯車”を、

 了に託すことにしました。」

「黄金の歯車?それは、どんな神器なのでしょう。」

「“運命の司”の形代です。元は“運命と時代の司”でもあった、

 お母様の魂魄と繋がっていたものです。」

「…それは、もしかして、最高峰の頂にあるのですか?」

風袋の君が、思わず尋ねる。


「ええ、そうです。」

「それより、お母様が“運命と時代の司”だったとは、初耳だが…

 御隠れになった後も、神器だけが残ったというのか?」

対岸の君も、疑問を口にする。


「そうではなく、“黄金の歯車”という神器は、最高峰の頂に根付いているのです。

 故に、生前のお母様でも、場を動かすことは適わなかったそうです。」

「…それは一体、どういうことか?」

「私にも、分かりません。」

「ともあれ、これで一つ謎が解けましたね。」

彼岸の君が、ニヤリと笑いながら言う。


「なんの事だ?」

「対岸の君。貴方も、ずっと不思議に思っていたのでしょう?

 この円卓の席に、“時”の筆頭が居ないことを…お母様だったのですね。」


「それで…了も、それを引き受けると言ったのですか?」

風袋の君が尋ねる。


「ええ、勿論。」

「そうですか。ならば、俺から言うことは、何もありません。」

「私もです。」

不死鳥の君が、風袋の君に同意する。


「…我は、同意しかねますな。」

対岸の君が、茶を啜りながら言う。


「おや、何故です?それはどの道、了に継がせる他ないでしょうに。

 “司”を持たぬ神など、了を於いて他に居ないのだから…」

彼岸の君が疑問を呈す。


「このまま、天秤の君に預かっていて戴ければ良かろう。」

「“運命”とは似て非なる“宿命”を司る天秤の君に、このまま預けておくと?」

「…それも、一つの道であろう。」

「それこそ、不自然というもの。貴方は一体、何を案じているのですか?」


「私もお尋ねしたい。何故、了を“運命の司”である“歯車の君”と成すことに、

 同意して頂けないのですか。」

天秤の君も、対岸の君に疑問を投げかける。


「あれは可愛い末子だが、明らかに異質だ。

 ただ居るだけで、強い影響力を持っておる。

 そして、“運命”とは掴みが所なく、時に“宿命”をも押し流してしまう。」


「…だから、了に“運命”を託すのは不安だと?」

「左様」

「私には、“歯車の君”と成った了に、相対するだけの器は無いと?」

「そうではなく、ただ…」

「ただ?」

「あまりに多くが、変わりゆくことになるであろう。」


対岸の君の言葉に、静寂が生じる。

その静寂を、天秤の君が破る。


「それこそ、お母様が望まれたことです。恐らく、命を賭して…」


彼岸の君が、くつくつと笑いながら言う。

「では、決まりですね。…そもそも、これは決定事項なのでしょう?」


天秤の君が答える。

「ええ、そうです。今日は、その後の事を相談すべく、集まって貰いました。」


風袋の君が尋ねる。

「その後とは?」

「了が“黄金の歯車”を受け継いだ後、それをどう同胞達に伝えるかです。」


不死鳥の君が、朗らかに言う。

「全ての同胞を集めて、盛大に祝おうではありませんか!

 “黄金の歯車”は新たな主を得て、了は“司”を得るのですから。」


風袋の君も言う。

「俺も、それがよいと思います。」


天秤の君が、困り顔で応える。

「私も、そうしたいとは思うのですが、それだと戸惑う者も多いのではと…」


彼岸の君が、眉根を寄せて言う。

「さりとて、隠しておくことは出来ませんよ。」

「…分かっています。だから、口伝てで少しずつ広めようと思うのです。」

「確かに、我々は了の特異さを、いつしか当然と受け止めていますしね。

 司の継承という異例の事態も、大仰な事をせずに慣らすのも一計でしょう。」

「その通りです、彼岸の君。」


話が纏まりかけたその時、対岸の君が杯を置く音がゴトリと響いた。

「…なりませぬ。お母様の神器の継承なれば、相応の宴を開きましょうぞ。」


彼岸の君が、先程よりも更に眉根を寄せる。

「対岸の君。しなやかに対処するのも、年長者の徳というものですよ。」


それに、不死鳥の君が反論する。

「私は対岸の君に同意する。しなやかさは尊いが、逃げを打ってはならない。

 ここで正直に事に当たらねば、同胞達を偽ることになりかねない。」


天秤の君は狼狽え、言う。

「…しかし、それでは了は、最初から何もかも担わなければならなくなる。」


対岸の君が答える。

「左様。“黄金の歯車”を継承した暁には、了は時を司る神々の筆頭となる。

 当然、我等と共に、この“円卓”の席にも着くことになろう。」

「…少しずつ、慣れさせてやりたいのですが」

「天秤の君。若い頃から色々と任せるのも、親心かも知れませぬぞ?

 我は了ならば、それに応えられるだけの器と、見込んでおりますゆえ。」

「対岸の君…」


ふーっと息を吐いた後、風袋の君が声を張り言う。

「では、こうしましょう。了が“黄金の歯車”を継承し次第、盛大な宴を開く。

 形の上では、時を司る神々の筆頭として、円卓の席にも着かせる。

 だが実際には、いきなり全ては担わせず、皆で手解きをし徐々に任せてゆく。」



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



皆が去った円卓で、天秤の君は、ゆっくりと息を吐いて茶で喉を潤していた。

そこに、帰ったはずの彼岸の君が現れる。


「彼岸の君、どうされたのですか?」

「少々、気になる事がありまして…」

「何でしょう?」

「何故、今なのでしょう?」

「…と、いうと?」


彼岸の君は一旦、視線を落とし、再び天秤の君を捉える。

「“黄金の歯車”なる神器を了に託すのは、

 あれが青年に成るのを待っても良かったのでは?」


天秤の君は、暫し彼岸の君を無言で見詰めた後、窓の外に視線を移す。

夜空には、煌々と照る満月。

初めて最高峰の頂で、了を見つけたあの時も、こんな月夜だった。


「そうですね。それでも良かったのだろうと、私も思います。」

「ならば、何故…」

「私の“天秤”が、揺らいでしまったのです。だから…仕方がないのです。」

「天秤の君?」


彼岸の君に視線を戻し、続ける。

「それに、了が受け継ぐのは“運命”だけ…“時代”は最早、神の手の内では無い。」

「では、どこにあると?」

「地上の生き物達ですよ。」

「…そうですか。では、仕方がないですね。」


今宵の月の様に、“時”もまた満ちたと、“世界の天秤”も告げているのでしょう。


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