灰色の猫
マゼルダ達は声のした扉の方に目をやった。するとそこで柔らかいピンクのメイド服のようなものを着た小さな女の子がキョロキョロ辺りを見回している。年は10歳くらいだろうか。
「やぁ、ロズじゃないか」
グレイスが親しげに少女に声をかける─その猫は誰にたいしてもそうなのだろうが......。
「あっ、やっぱりここにいたんですね。.....ということはその方たちがそうなんですか?」
こちらに気づいたロズと呼ばれた少女はそう言って大きな赤い瞳を輝かせた。
─私達がそうってどういうことだろう。
「ちょうどいいところに来たね。ボクもう話し疲れちゃって....この3人はまだまだ聞きたい事もあるだろうし...........代わってくれるよね?ねぇ?」
「ヘ?.....えぇッ!?だ、だめですよぉ!ちょっと待ってください!」
無理やりな要求をされて困惑する少女を後目にグレイスは猫らしい素早さを見せ聖堂から立ち去った。
「グレイスさぁ........うぅ」
「あの、えっと.......大丈夫?」
スカートの裾をつかみ涙目になって立ち尽くしている女の子にマゼルダが声をかけた。すると─
「わぁ!しっ、ししし失礼しましたッ!これからお世話になろうというのにお見苦しいところを.....」
彼女は跳ねるように向き直り、緊張を全く隠せないでいるように.......
─あれ、なんでこの子こんなに緊張してるんだろう。それに、お世話になるのは私達の方じゃ......
「あっ、そういえば私、夕食の準備ができたことを知らせに来たんでした。ずっと立ち話も疲れるでしょうし、続きは食堂の方でいかがでしょうか」
グレイスが言った通り、マゼルダ達にはまだ色々説明が必要なのだろう。ちょうどお腹も空いてくる時間、彼女達はロズの提案に乗ることにした。
最初にイエルとシアーナに出会った食堂に戻って来た。やはり城の構造は謎だらけだが、そんなことを忘れさせるほど辺りには美味しそうな匂いが漂っていた。
「今運んで来ますから先に座って待ってて下さい。」
3人はそれぞれ席に着いた─マゼルダが座った席には赤い縁のお洒落な食器が並んでいる。しかし隣を見るとイエルのそれには黄色い縁が施されていて、その向かいのシアーナのものはそれが青かった。ふと自己紹介の時を思い出す。マゼルダは赤の、2人はそれぞれ自分は黄色の、青の魔法少女であると名乗った。そして今、何の指示も無く自分達が指定されていた席に座っていることで、クルールであることはこういう事なのだとマゼルダは感じた。自分の中にあるという色の魔法によって自然とその色と引き寄せあっているような......
そうこうしているうちに、たくさんの料理が目の前に運ばれて来た。
「すごーい!もしかしてこれ全部ロズちゃんが?」
目にも美しい豪勢な食事に3人の気分も自然と高まる。
「これくらいしか私に出来ることなんて無いので......」
ロズがテーブルに着いたので他3人も一緒に料理を口に運ぶ。どれも美味しいものばかりだ。すると、
「ところで皆さんは戦争や女王様達のことはグレイスさんから聞いてますか?」ロズがさっそく本題を切り出した。その問いにイエルが頷く。
「今この国が大変なのは理解していますわ。けれど、何故そこに私達が呼ばれたのか、それがまだですわね」
「...?それって私達がクルールだったからじゃないの?」
頭に疑問符を浮かべるマゼルダ。それに対しシアーナが呆れ顔で言う。
「ハァ......お前なぁ、もしそれだけならあんな長ったらしい話わざわざする必要も無いだろ?」
「え?そうなのかな......」
「ああ、あのぬいぐるみの性格なら絶対にしないはずだ」
「長ったらしくて悪かったね」
「だいたい何であいつガ......うわっ!」
気づくと途中で放り出していったあのぬいぐるみがテーブルに登ってちゃっかり食事をしていた。
「あの、グレイスさんは神出鬼没なので注意して下さ...」
「もう遅いよロズ、あとボクはぬいぐるみじゃないよ」
「......コホンッ」
目の前の茶番にイエルが一つ咳払いをした。
「はわっ、すいません!呼んだ理由ですよね。
率直に言います。貴女たちにこの国と美術という概念を救っていただきたいんです!」
「そういう事だと、思ってましたわ」
「それはメロディアと戦えと?」
‘戦え’というワードに赤音はまた自分の心が疼くのを感じた。キレイなモノが傷つけ合う、その意味が彼女はどうしても見いだせないでいた。
「......無理だよ、そんな...」
「大丈夫です。その心配には及びません。貴女たちにやっていただきたいのは女王様たちを目覚めさせることですから」
その方法についてロズはこう説明してくれた。
魔力消費により眠りについた者が目を覚ますには単純に魔力を回復させればいい。通常なら時間の経過と共に回復するが、今回は特例のようで消費されたのと同じ色の魔力を提供しなければならないらしい。その役目をマゼルダ達にお願いしたいとのこと。
それを聞いてマゼルダは胸をなでおろした。自分がここに来た理由は戦うため。そうでなくて本当に良かったと心の底から思った。
「騎士様たちはそれぞれ朱、緑、紫色の魔力を有しています。それらは全て赤、黄、青を混ぜ合わせればできる色。それができるのは貴女たち‘三原色のクルール’だけなんです。貴女たちこそが私たちの待ち望んだ救世主なんです!」
─救世主。なんて大それた言葉だろうか。自分のような平凡な女の子に─クルールである以上平凡とは言い難いのだろうが、そもそも本当に魔法なんか使えるかどうかも怪しいというのに......。この国を救いたい。そして美術の概念を取り戻したい。その願望で色々ムリに受け入れようとしてきたが、最初からずっと、突拍子の無い事ばかりで。
「皆さん、お困りなのは十分承知しているつもりです。ですが、混色はクルールどうしの絆があればすぐにでもできるはずなので.....」
「それって、私達が仲良くなればできるってこと?」
「はい。それに最近、女王様たちの結界が崩れたことをメロディアに気づかれてしまったようで...何時攻め込まれるか、判らない状況で......ですから皆さん、どうか私たちを......」
「やろう!2人とも」
話に割り込んでマゼルダが立ち上がった。
「私ね、もといた世界で友達があんまりできなかったの」
突然の告白に疑問符を浮かべるロズ。
「だからね、シアーナちゃんとイエルちゃん、もちろんロズちゃんとも、友達になってこの国が救われて私達のもといた世界で自由にキレイなものを見られる日が来るなら、そんな素敵なこと他に無いと思うんだ」
その震えた声を勇気づけるために赤い瞳を輝かせながら─
「実は......私も向こうでは独りぼっちでしたの。」
イエルも立ち上がり、そしてマゼルダの手を握る。
「ですから、よろしくお願いしますねマゼルダさん」
そう言って向日葵のような明るい笑顔を見せてくれた。するとこんどは向かい側の椅子の動く音─
「ボザロワを救う、美術を取り戻す...そのためなら......」
そっと白く綺麗な手が伸びてきて2人の手に触れる。シアーナの紺青の瞳は恥ずかしそうにそらされているがその手の温もりは皆平等で世界を彩るために強く優しく握られている。
「皆さん......ッ!ありがとうございます!!」
小さな身体を折りたたんで何度も頭を下げながらロズは涙を流し喜んだ。
─これがあたし達の始まり─
「あれ?そういえばグレイスは?」
「むかしむかし、人々は音楽ともう一つ美術というものを愛していた。今はもう忘れ去られたその悪しき概念は我らが女王フォルテシア様の力により封じられたんだ。だけどね、その概念を司る魔法少女は未だに存在し続けている。
これって大問題だよね?」
第1色 はイいロ 了