第一話
それを目にし、私は言葉では言い表せないような感情に苛まれていた。
雨が傘を叩く音が私の全身を包み込んでいる。
見下ろす先にあるのは、黒いマジックで『拾ってください』と書かれたダンボール箱。中にはタオルが敷いてあり、だけどそれは雨に濡れていてその濡れたタオルの上には衰弱している黒い毛並みの仔猫がいた。
恐怖、悲しみ、怒り、頭の中でごちゃごちゃと、そう言った感情が渦巻いている。
何故、こんなことが出来るのだろう。
拾ってくださいなどと書いたところで、無責任なことには変わりない。
傘を地面に置き、ダンボールの中にいる仔猫を抱き上げる。
かろうじて息はあるものの、身体は徐々に冷たくなっていく。
誰がこの仔を捨てたのかは分らないけれど、その無責任な人間によってこの仔は死に向かっている。
私は無力だった。
死に向かうこの仔に対し、何もしてあげる事が出来ない。
何をすればいいのか分らない。
こんな時、大人なら何をすべきかすぐに考え対処できるのかもしれない。 でも、私はまだランドセルを背負っている子供だった。
目の前の状況に対して混乱することしか出来なかった。
「風邪引いちゃうよ?」
すっと横から私の前に白く細い手が伸び、頭上に青色の傘がかかる。
差し出された手を目で辿っていくと、その先に女の人が立っていた。
女の人は近くの高校の制服姿で、心配するような目で私を見ている。
女の人の目が私が抱いている仔猫へと移り、そして次にダンボール箱へと移った。
「捨てられていたの?」
女の人の問いに、私は無言で頷く。
私が頷いたのを見て女の人は何事かを考えるような仕草を見せ、持っていた鞄から綺麗な石を取り出した。
それは蒼く、幻想的な印象を醸し出している石。
「その仔を助けたい?」
「助けられるの?」
「そうね……私には無理だけど、多分、あなたなら助けられるわ」
「私になら? どうやって? どうやってこの仔を助けるの?」
私はすがるような気持ちで女の人に聞いた。
何も出来ないと思っていたけれど、この人は私にならこの仔猫の命を助けられると言った。
もしそれが本当なら、私は助けたい。
出来ることがあるなら、何でもしたいとそう思った。
女の人が私の心を見透かすように、私の瞳を覗き込んでくる。
そして何かを決心したかのように、女の人は私に蒼い石を手渡した。
「石が三つあったのも、運命だったのかもしれないわね……いいわ。その仔を助ける方法を教える。その石の先端を、その仔の額に押し当てて」
私は言われた通りに受け取った石の先端を抱いている仔猫に押し当てる。
「今から私の言うようにその仔に石を押し当てたまま、その石を動かして。いい?」
無言で頷き、女の人の指示通りに押し当てた蒼い石を動かす。
本当にこの仔を助けられるのかは疑問だけれど、私は素直に女の人の指示に従った。
「最後、右斜め下に」
石を右斜め下に動かす。瞬間、石から蒼い光が発せられ私はその光に包まれた。
石から光が発せられるなんて、そんなことあり得ない。でも、石からは確かに光が発せられ、現に私を包みこんでいる。
そして、またも信じられないことに光が収まると段々と冷たくなっていた仔猫の身体は温かさを取り戻していった。
ここから始まった。
この先ずっと忘れることなんて出来るはずもない。
私とあの愛すべき黒猫との楽しい日々が。






