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シャノワールの選択  作者: 雨乃晴彦
第二章 睦月とシャノン
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第二話

 女の人は恵さんと言うらしい。その恵さんに招待され、私は彼女の家へとやってきていた。

 仔猫は今、タオルが敷かれている網籠の中で眠っている。タオルには猫用のヒーターがくるんである。恵さんの話だと体が弱っている場合、温めたほうが元気になるのが早いらしい。

 恵さんの家は、私の家から歩いて十五分ほどの距離にあった。私の家は洋風の造りだとお父さんは言っていたけれど、恵さんの家は古き良き日本の家という感じだ。私がいる居間からは縁側が確認出来る。

「睦月ちゃん。髪を拭くから、じっとしててね」

 居間で待機しているよう言われた私のもとに、タオルを持った恵さんがやってきた。恵さんは持っていたタオルで私の髪を優しく拭いてくれる。

 しばらくの間静かな時間が流れる。私はその間ずっと先ほど起きた事を思い返していた。

 あの蒼い光は一体なんだったのだろう。

 あの光に包まれた瞬間黒い仔猫の身体は温かくなった。

 多分、あの石が関係しているのだろうけど、それ以外はよく分からない。

「あの、恵さん……」

 唐突に現れ、仔猫を救いたいかと石を手渡してきた恵さんなら、私の疑問に対する答えを持っているだろうと思い聞いてみることにする。

「なに?」

「あ……」

 さっきの出来事について聞こうとした私の視界に二匹の猫が現れた。

 二匹の猫は連れ添い縁側沿いの通路から居間へと入ってくる。一匹は青い瞳の白猫で、もう一匹は薄茶色の瞳をした灰色の猫だった。

「グリとブラン。この家で飼っている猫よ。白い猫のほうがブランで、灰色の猫のほうがグリ」

 ブランとグリは私を一瞥すると、二匹とも居間に設置されたストーブの前で丸くなる。

 一緒にいるので、仲がいいのだろうか。何だか少し微笑ましい。

「……ねえ、睦月ちゃん。もしもの話だけれど」

 私の髪を拭いていた恵さんの手が離れ、恵さんは持っていたタオルをテーブルに置くと、私の向かい側に腰を下ろした。腰を下ろす際にふわふわとした髪が揺れ何だか綿飴みたいだなと思った。

「もし、猫が喋ったらどう思うかな?」

 急に変なことを言い出した恵さんに、私はすぐに反応を返すことが出来ない。

「ねえ睦月ちゃん。答えて。睦月ちゃんの答え次第で、私も対応を変えなきゃいけないから」

「……どういうことですか?」

 恵さんは私の答えを待っているらしく問いには答えず、ジっと私を見つめ続ける。

 ふと、ストーブの前で丸くなっていたブランとグリが私を見ていることに気づいた。まるでブランとグリも私の答えを待っているかのように感じた。

 もし、猫が喋ったら……そんなことあり得ないけど、もし喋ったら……きっと凄く楽しいことになると思う。

 それを想像するだけで、私はわくわくした。

「もし、猫が人の言葉を喋ったら……凄く楽しいと思います」

「……そう、良かった」

 そう言って、恵さんはふわりと花が咲くように笑った。

「私も丁度あなたと同じくらいの歳にね、同じことを思ったわ。あそこにいるグリとブランと話すことが出来たら、凄く楽しいだろうなって」

「はい。猫と会話が出来たら、きっと楽しいです」

「ねえ、グリ。こまとお母さんは?」

 何を思ったのか、恵さんは灰色の猫グリに対して質問をした。私はつい笑いそうになった。それが恵さんの冗談だと思ったから。

「こまと沙織なら買い物に行くって言って、ついさっき出て行ったよ。それより聞いてよ恵。ブランったらまた私の事をうるさい猫だって言ったの。ねえ、私ってうるさい? ねえねえ」

 私は本当に心から驚くような経験というものをしたことがなかったように思う。

 もう小学五年生になったけれど、思い返してみてもここまで驚いたことはない。

だってそうだ。

 目の前で猫が喋ったのだから。

「ブランは意地悪ね。グリはうるさいんじゃなくて、明るいだけだものね」

「そうだよね。やっぱり恵はよく分かってるよ。ブランとは大違い」

「グリはうるさい。少しは物静かな私を見習うべき」

「ああ! またうるさいって言った! ねえ、恵! ブランがまた私のことうるさいって言ったよ!」

「はいはい。今から睦月ちゃんと話をするから、ブランもグリも、喧嘩せずに静かにしててちょうだい」

「分かった」

「むー……はーい」

 騒々しさが収まり二匹の猫は話すことをやめて、またストーブの前で丸くなった。

 私の視線は二匹の猫に釘付けになっている。

「驚いた?」

 笑顔のままそう聞いてきた恵さんに、私は何度も何度も頷いた。

 未だに視線を二匹の猫から外すことが出来ないでいる。

「ごめんね、驚かしちゃって。でも最初に見せておいたほうが、これからする話を信じてもらえるかと思ったの」

 驚きのせいか、私はまだ声を発することが出来ず視線を恵さんと二匹の猫達の間に行ったり来たりさせる。

「ずっと昔から我が家に伝わってきたものらしいんだけどね、この石には不思議な力があるの」

 恵さんは脇に置いてあった鞄から、先ほど私に手渡した蒼い石を取り出した。

「この石を使って猫にある印を描くと、その猫と契約を交わせるの。どのような契約かまでははっきりと分らないのだけれども。文献が残っていないからね。予想なら……あっ、睦月ちゃんは契約って分かるかな?」

「……それくらい、分かります」

 私ももう五年生なんだから、それくらいの言葉は分かる。あまり子供扱いしないで欲しかった。でも、その言葉の意味を説明しろと言われると困るのだけれど……。

「そう。睦月ちゃんは賢いのね」

 恵さんに褒められて、ちょっと嬉しかった。

「契約を交わした猫には、色々な能力が身に付くわ。私が確認できているのは異常なほどの治癒力と、人の言葉を話せるということ。睦月ちゃんはそのどちらも確認したわね」

 まるで魔法のような話だった。異常な治癒力も、人の言葉を話すということも既に確認したことだけどまだ信じられない気持ちだ。でも、心の奥底で私は何かを期待していた。何か楽しいことがはじまるんじゃないかというそんな期待を。

「私が知っているのは方法と知識だけなの。私はそれをお母さんに教わったんだけど、お母さんもよくは分からないって言っていた。この石と一緒に残っていたのは方法と知識だけだったらしいから……多分、西洋の儀式魔術と関係しているのだと私は踏んでいるのだけど、詳しいことは分からずじまいなの……調べてはいるんだけれど、今の所手詰まりだし……あ、ごめんね。分からなかったよね」

 恵さんのいうように、途中から話が難しくなってきてよく分からなかった。

 でも、理解出来たこともある。

 もし恵さんの話が正しいとしたら私はこの仔猫と契約を交わしたということになる――と言うことは、網籠の中で眠っているこの仔も、ストーブの前で丸まっているあの二匹のように目が覚めたら人の言葉を喋るのだろうか。

「とにかくね、睦月ちゃん。あなたはその仔猫と契約をしたの。ごめんね。私は既にブランと契約をしてるから、あの時はああするしかなかった。でも安心してね。その仔の面倒は私の家で見るし、契約に関してもその仔が元気になったら切るようにするから」

「……え? それは、私はもう関係ないってことですか?」

 自然と、私の口からはそんな言葉が発せられていた。それと同時に、恵さんに突き放されたように感じて悲しくなった。

「あ、誤解しないで、睦月ちゃん。面倒は私が見るってだけで関係ないとは言ってないのよ」

 網籠の中で眠る仔猫に視線を送る。多分、恵さんはまだ私が子供だからこの仔の面倒を見ることは出来ないと思っているのだろう。それは……悔しいけれど正しい。何故なら私は猫の育て方なんて知らないし知識だってない。

 それに、もし私が面倒を見ることになれば、私の家でこの仔を飼うことになる。お父さんはともかく猫を飼うことをお母さんが許してくれるとは思わなかった。

「あのね、仔猫の面倒を見るのって凄く大変なことなの。獣医さんにも見てもらわないといけないし、決められた時間にミルクだって与えなきゃいけないわ。睦月ちゃんは学校があるし、それは難しいわよね?」

 その通りだ。私では、この仔の面倒を見ることは難しい。けれど、既に私は喋る猫のことを知り関わってしまったのだし、契約だとか不思議なことに関してはまだよく分からないけれど結果的にこの仔を拾ったのは私だ。

 だから全てを恵さんに任せることはしたくなかった。

「私も、この仔の面倒を見たいです。拾ったのは私だし、よく分からないけれどこの仔との契約は私がしたんですよね? なら、全部を恵さんに任せるのは嫌です」

「……偉いわね、睦月ちゃん。それじゃあ、こうしましょう。睦月ちゃんが学校や家にいる間は、私やお母さんがこの仔の面倒を見るわ。睦月ちゃんは空いた時間にここに来て、私やお母さんと一緒にこの仔の世話をしていきましょう」

「ここに来てもいいんですか?」

「ええ。お母さんには話しを通しておくから。それでどうかな?」

「そ、それでいいです!」

 恵さんの申し出に私は胸がドキドキと高鳴っていた。

 さっきまでの悲しい気分は消し飛び、何か自分だけ特別なことに関われたのではないかと嬉しい気持ちで一杯だった。

「あの仔、ここで面倒を見るらしいよ。ねえ、ブラン? 聞いてる? ねえってば」

「うるさい」

 二匹の猫のやり取りが耳に届く。

 この面白そうな二匹とも、離れなくて済む。いつでも会うことが出来るのだ。そう考えると、やっぱり私は胸がどきどきと高鳴った。

「それじゃあ、睦月ちゃん。この仔が離乳するまでは大変だと思うけど、一緒に頑張っていこうね」

 恵さんは、そう言って私に握手を求めてきた。その手を握り、私は元気よく返事をする。

「はい!」

 この時のことは、未だに忘れられない。

 不思議なことに対しての混乱よりも、楽しい気持ちで一杯だった。

 そして本当に夢のような楽しい日々が続いたのだから、忘れられる筈なんてない。

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