プロローグ
「実はね、今まで秘密にしていたのだけど私魔女なのよ」
母は悪戯を明かす無邪気な女の子のような表情で言った。
普段であれば、冗談の一言で済ませられてしまうような言葉だ。魔女なんて、現代の日本において存在する筈がない。
(お母さん、何ふざけてるの?)と、私はそんな風に返していたに違いないのだ。お母さんが私に見せてくれた魔法を,その目で実際に見ていなければ。
友達の家へ遊びに行った帰りに仔猫を拾った。雪のように真っ白い毛並みをした仔猫だ。
仔猫は橋の下に置かれた段ボール箱の中で、弱々しくミーミーと鳴いていて、私はその鳴き声を聞きつけたのだ。
捨てられたのだろう。長らく放置されていたのか白猫はとても弱っているのが分かった。
衰弱している白猫を見て、私は心の中で飼い主を罵倒した。
(酷い! 酷すぎるよ! こんな風にして捨ててしまうなら最初から飼わなければいいのに! この仔を飼っていた人は最低だ!)
それと同時に、衰弱した仔猫が可愛そうで、私は泣きたくなった。
きっとこの仔は、このままにしておけば死んでしまうだろう。何処の誰かは知らないが、この仔を捨てた人間の都合によって、命を落としてしまうのだ。
そのまま立ち去ることなんて、私には出来なかった。見てみぬ不利をしてしまえば、この仔を捨てた人間と同じになってしまうと思った。
なら、どうすればいい?
疑問が頭を過ぎった時には、既に私は段ボール箱を抱えて走り出していた。
小学生である私に出来る事は、助けを求める事だけだったのだ。
私は、優しいお母さんのいる家に走った。なるべく段ボールを揺らさないように、それでいて自分に出せる全速力で。
そうして、私は家にいたお母さんにお願いしたのだ。
「お母さん! お願い! この仔を助けて!」
台所にいたお母さんは、段ボールの中にいる仔猫を見てスッと目を細めた。
「あらあら、この仔、どうしたの?」
「河川敷で拾ってきたの。ミーミーって鳴いてるの!」
「大分、衰弱しているわね……」
何故かお母さんは、私の瞳をジッと見つめてきた。それから顎に手を当てて考えるような素振りを見せた。
「……ちょっと待っていて」
お母さんは険しい表情のまま、二階へと上がっていった。私は言われた通り、台所で待機した。
台所に戻ってきた時、お母さんは右手に見覚えのある物を持っていた。
蒼い石。お母さんがいつも紐に括って首に掛けている物と全く同じ物だった。
お母さんは仔猫が入っている段ボール箱の前に屈み、持ってきた蒼い石の先端をを仔猫の額体に押し当てた。
「何してるの?」
私の問いに、お母さんはウインクしてから答えた。
「これから、魔法を見せてあげる」
瞬間、お母さんの持っていた蒼い石が光を帯びた。私は突然の出来事に、呆然とするばかりだった。
そして、お母さんは光を帯びた蒼い石の尖った部分で、仔猫の額に何かを描き始めた。
動きが複雑すぎて、何を描いているのかは分からなかった。
やがて、蒼い光が消えた。先ほどまで苦しそうにミーミーと鳴いていた仔猫は、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
この日、私はとても素敵な【魔法】をお母さんに教えてもらったのだった。