閑話
恋をした。
唯一つの恋だと思った。
ミッドランの女は長く『幸せな人生を歩まない』とそう言われて来た。
でも実際は、お母様もお祖母様も幸せそうだから、その話の例えの本質がどこから来ているのか、当時の私は考えもしなかったし気付きもしなかった。
ミッドランの女は『竜に愛されている』とも言われている。
フォーリールフナー王国の最北端。氷の竜が住まう場所。いや厳密に言えば、大陸全土の最北端がミッドランであり氷と水の竜が多くいる為に寒さが緩和されないのだとも言われている。その死を前にするあまりの寒さに、今でも行って帰って来た者がいないという未踏の最北端にある山岳地帯には多くの竜が点在しているという。
ミッドランにいるいないに関らず、竜は情に厚くしかし気まぐれだが、多くの竜の本質は住処を離れたがらないという。故にミッドラン辺境伯と呼ばれ長くこの地を離れる事が無い穏やかな私の家の女は代々竜に愛されているともいうのだ。
事実その通りなのだろう。
私が生まれる少し前にミッドランに氷の竜が生まれ、彼らは私が生まれるのを待っていたと言い、一緒に育ったのは今も傍にいる事で明らかな事なのだから。
幸せにならないから氷の竜に愛される、そんな皮肉を知ったのは何時だったろう。
私が、恋に目が眩む前、気持ちが全てを受け入れる前に自分の意思で考える事を止める前。
人の言葉も深くは考えずに直感を信じ反発し行動できる、怖いもの知らずのその頃。
ああ、初めての舞踏会にお兄様と出席した時だったか。
私は社交界に同年代の者達の仲で一歩遅れてしまったから、余計気後れもしていた。
なぜなら家のしきたりとして、いやしきたり以前に普通に考えても、その参加条件が、噂の竜を他の者に気取られないように一緒に参加する事が出来るか、それともミッドランに置いて来る事を了承させる事が出来るかの二通りしかなかったから。
それらのどちらもが必要な精霊力や自分自身の未熟さで、本当は同年代の者達が集められ開催される王宮での初顔合わせの式典に出席するのが成人の儀式と同じで通例なのに、どうしても私は参加が間に合わなかった。
用意はしたけれど初顔合わせの式典用の真っ白で型の決められたドレスは、結局この先一生着る事が出来ないのだ。
違う形の、それでも初めてなのだからと家族と家令達に白いドレスと装飾品を贈り物されて着たけれど、隠しもしない噂話と囁かれる陰口と当て擦りの様な避難の言葉に、内心肩を落としながらも家族の温かさを思えばこそ起こる反発心と悲しみでどうしようもなく泣きそうになりながらも背筋を伸ばしていた。
分かっていたのだ、初顔合わせのその時を除いて乙女が白のドレスを着るのは結婚式か死が訪れた時であるのが本当は常識なのだと。
それでも、お母様もお祖母様も幸せそう、いや幸せそのものだったから、竜に愛されている為の嫉妬なのだと思っていたから、用意してくれた家族の家の者達の優しい気遣いに泣かないように毅然と顔を上げて初めてだからと着る白のドレスに心ときめかせ、舞踏会にお兄様と踊るのを楽しみにそして頑張ろうとしていたのだ。
不意に、銀髪の深い蒼色の瞳の声も表情もとても優しい青年から声を掛けられた。
その時は知らなかったが、お兄様が私の為に踊る相手をと声を掛けた友人に頼んだそうだが、実際兄様も話が違うと驚いたそうだ。
声を掛けてきたその青年が、お忍びで来られた皇太子である事を知った。
お兄様に言わせると皇太子も勿論勿体無いほど良いのだが、お兄様の友達も皇太子と似た外見をしていても、気持ちの良い男だからせっかくの初めての踊りは自分ではなくその彼に相手をさせた方が良いのだと思っていたそうだ。
お兄様は私が王宮に上がる事を知っていて、ささやかな恋物語の一つでもあればと思ったという。
事実、お兄様の思惑通りに私は恋をして、そしてその後に知った。
私は皇太子の側室候補であると。
氷の竜に愛されているから側室候補なのだと。
だから有頂天になった。
私が逢った、恋をした人こそが皇太子で、私は間違っていない、そのままで幸せなのだと。
正妃様が居て、側室だったとしても、恋とは別物であるのだから、幸せになるのだと。
お忍びで、時折逢うあの方に、恋に恋してそして愛して、幸せのままだと。
そう思っていたのだ。
女性主人公視点は(ドロドロになりそうで)書かない予定だったのですが、読みたいとの声と必要最低限として………………ちょこちょこと載せるかな?という状況です。