03 驚くだろう?
「可能性はとても低いが、ミルドラトに子がいるかも知れん」
「な………っ」
親友の低く重い声に言葉を失った。
眉尻を落とした親友の王は、そのままじっと俺の目を見詰めるが、その実眼差しは曲がらぬ強い意思を孕んでいた。
ああ、だから。
可能性が低くても懸念があるから、抱いただの同衾しただの手を出しただの(あれ、ここまでは言ってなかったか?)、いつもは気の利くファウントがわざわざ俺の癇に触る様に何度も繰り返して言ったのかも知れない。
事実は消せない、その事実とこれからの心構えをさせる為に。
「それで、わざわざ一度しか抱いてないなんて言ったのか……。つまり、このまま王宮に居させるつもりは無いんだな………?」
確認するように問えば、親友は今まで見た事の無い程の居心地悪い様な苦笑を俺に返した。
「一応、女官長と諜報部隊にミルドラトを監視してはいた。しかも近く……二月と経つと女官長から言われている。 兆しも無いと言うし、そろそろいい加減、子も居ないだろうという周りの見解だが。かの女官長がな、だからこそ女の障りの物が来るまで待てという」
「そうすればいい、何も急ぐ必要は無いだろう?」
いきなりの生々しい話につい顔を顰めて言えば、二人が眉をまた困った様に顰める。
「時期が悪い」
「………まさか」
「そう、今は待つ時間は無い」
苦い顔付きの王の声で、言いたい事が良く分かった。
「この前の事件の裏付けが取れた。このまま一気に叩き潰す。一掃出来る今でなくては駄目だ。この時期を逃したくは無いのだ」
「ただ一人の女性の状態を待つよりも、国民の為に動く方が先決………か」
俺は当たり前の事を口にして、自らを納得させようとする。
そしてこの数日、王宮で騒がれている騎士団がてんやわんやとなっている事件を思い出した。
事件は王宮内で起きた。
一人の侍女が恋人である騎士を巻き込み、とある貴族を殺傷しようとし、だがそれは結局遂げられなかった。
王宮の侍女や近衛兵は、身分もそして出自やその後見人も身元確かな上での事だ。
通常ならば起こり得ない。
だからこそ滅多に無い事でも大事にならない様、水面下でその事件性の裏付けを取るのだが、如何せん王宮内というのが拙かった。
フォーリールフナーの王城は、長い歴史があるにも拘らず『未だかつて血で汚された事の無い美しい知識の城』と、内実はともかく表上では他国に自慢さえ出来ると国内では言われていた事だからである。
侍女もまた清楚で美しく可憐であると王宮で働く男達に人気だったし、その巻き込まれたらしい騎士も城内外問わず人気の近衛兵である事も災いした。
そしてまた、相手の貴族が悪い意味での世間に注目されやすい業突く張りと言われている人物であり、事件が発覚する原因となった目撃者もまた名声を得ている他国の客人として招いた歌姫というのも、噂の火種に油を注ぐ結果となった。
侍女が、長い時間を掛けた計画的な犯行である事は事件直後の貴族に向けた恨みの言葉で分かった事であるが(故に態と王宮内で起こしたという事実も同時に発覚するのだが)、王宮内を血で汚した刃傷沙汰が大問題であるという事で騒然となったのだ。
侍女は元々下級貴族の息女であり、先程王や宰相の頭を悩ませているまさに例として挙げた加害者側の貴族に復讐をしようとしたというのが真相であるのだが、そこに人気の近衛兵が止めようとして傷を負い、そこをたまたま王宮の庭園から帰って通りがかった歌姫の声量ある悲鳴によって事件が発覚した。
詰まる所、その貴族は頭を悩ませている者達の筆頭に連なる者だったので、この際徹底的に裏付けを取り処断すべきという大きな風潮にもなっていた。
そしてまた、それは日を置かない方が良いという事も分かっているのだ。
そう、だから、ああ、お前ならそう考えるだろう、と納得をする。
来月には新興国でもあり同盟国であるリューララン国の使者も来る。
時期を考えるなら、今なら全てを行っても来月には少しは体裁も整っても居るだろう。
………ん?三ヶ月?
心のどこかに引っかかる事項が登ったが気付かない事にしておいた。
王に待望の王女が生まれたのは三ヶ月前、正妃様が著しく体調を崩された時期ではなかったろうか?
王には今では第三公子と生まれた王女が一人。他国に比べれば少ない方かも知れないが人数で言うなら十分王家は繁栄するだろうし、この先正妃様から生まれる子ならば、生まれても問題も出よう筈がない。
ついでに、事件の発見者である歌姫もその頃に正妃様の憂いを払う為にこの国に招かれている。
只でさえ気まずそうな親友に、ほんの少し胡乱な視線を向けてしまいそうになるのもまた許して欲しかった。
「まあ、いいだろう。確かにこんな良い機会も早々起きないだろう」
深く追求をせず吐息を落として言えば、親友と宰相は気色を浮かべて身を乗り出すと矢継ぎ早に言う。
「そうか結婚するか!」
「これで王宮内は心置きなく動かす事が出来ますな。では、王の仰られていた方々に文も送ります。皆気にしていた様ですからな」
「ま、まて!まてまてまて!待って下さい………」
殆ど前半分は親友である王に、後半の一言はいきなり口を出してきた宰相に向かって、俺は慌てて言いながら脱力しそうになった。
宰相、何でそんなに楽しそうなんだ?
「それより、はっきりさせておく事があるだろう?もし、万が一子供が出来ていたらとか、って言うより、王宮内一掃するのにこれから結婚どころではないと思うが?」
「それはそれで、ちゃんと考えているから」
「そうそう、大船に乗ったつもりでな」
「いや、お二人の事なんできちんと聞かせて頂きます」
「いやいや、ほら、私が親友のお前に酷い事をする訳無いだろう?」
「今のこれが、急な話で酷いとか親父に先に話が行っているのが酷いとか思わないんですか、そうですか」
「なにいじけてるんだ可愛い弟よ」
「いじけてなんかいませんよ!それを言うならリーファイス兄さん、って俺は宰相の弟じゃありません!」
「弟分は弟と変わらんだろう?お前だって今少し話に乗っかったではないか」
「あ、ああいえばこういう……」
「お前は、小さい時から乗りが良い奴だからな」
「そうそう、俺が王になってからも爺どもに怒られるのはお前も一蓮托生だしな」
「………何だ?それは聞いてないぞ………?」
二人の言葉に、俺はもう肩を落とすしかなかった。
分かっているのだ。この機会が滅多に無い事も。
勿論、俺の初恋云々よりも大事だって事も。
けれども許して欲しい、この目の前の二人のあまりにも有頂天になっているというか酷い上機嫌さに、俺は何か嫌な予感がしてならない。
俺が十代の半ばを過ぎた頃、つまりは親友が悪友となり、隣の領のお兄さんも酷い悪友と変わってしまった時の話である。
国内の中で、比較的温暖とされている南西の王領より西の最果てにオッドラン領があり、夏は適度に暑いとさえ言われているのだが、冬場は特に暖かな湯が湧き出す場所も多い上、山の幸が豊富な為大変過ごし易い場所で、貴族の中で避寒地の様に好まれていた。
王はともかく、舌っ足らずな幼少期には病弱でもあったファウントは俺と同じ年頃だった事もあり、夏に限らずオッドラン領に良く王妃共々お忍びで滞在をした。
俺自身、父に連れられて何度か王宮に赴いた時は、まずはファウントに挨拶をした後そのまま引き留められ、当時隣の領のお兄さんとしても交友のあった宰相の息子だった今の宰相リーファイスも一緒に学問等も行うようになっていた程、お互い父親の代から交友があったのだ。
年を経るに連れて、オッドランの気候が良かったのか食べ物が良かったのか、それとも親父の剣術や体術に組合わせた魔術の指南が良かったのかは分からないが、頑丈にもなったファウントと共に社交界にも出るようになる。
その頃、皇太子だった親友は剣の好敵手でもあり、俺達は舞踏会以外でも一緒に行動する事が殆どだった。もしかしたら、ある意味近衛兵の守る人物の一部に組み込まれていたのではないかと、統率する側となった今では当時の騎士の人員が多少多かった事により推測される。多分、別々にするよりは楽だったんだと思うが。
そんな中で、オッドラン家も王家の血筋の一員だったらしく、何故だかファウントと俺は奇跡の様に似ていると言われるようになった。
大きな魔力の違いはあるにしろ、良く見れば僅かに銀髪や瞳の色合いの深さが違っている位で、食べ物がそんなに違わない所為か、それとも身体を鍛え上げた人物が一緒の所為か、血筋も大きいだろうが育った環境によるものも大きいのかも知れないとは、当時の俺達家族の一致した意見だったのだが。
ファウントと俺が魔力のコントロール制御が出来るようになって、他人を威圧する事が無くなる位にまで抑えられるようになった頃。
親友が悪友と変わる、とある事が起こった。
簡単に説明すれば、俺達が舞踏会で似たような衣装を着た時、一瞬惑う人の視線に気付いたのである。
それによってファウントが悪戯を思いつくのは早かった。そしてそれを俺に話さない訳が無く。勿論、彼から聞いた俺も乗っかったものだから、向こうにしたら俺も悪友なのだろう。更に輪をかけて、それを補助するようにリーファイス兄さんも手を貸したのだ。
ここに今では、悪童三公と(公とか違うのだと俺は突っ込みたいのだが)親父達に小言つきで溜息を吐かれる状況が成立したのだった。
俺達の違いは魔力であり、そして姿形は二人揃えば顕著に現れる。
とりもすれば、魔力を同等に抑え一人だけで行動すれば、特に親しい者以外には殆どどちらであるかは分かり辛いという事だ。
つまり、ファウントが考え出した悪戯とは、俺達二人が入れ代わるという事だったのだ。
ファウントはいつもよりも魔力を抑え外見はそのままに、俺の方には髪と瞳に魔法で色を重ね、それを誤魔化すように魔力を重ね掛けする。
通常、ファウントの方が色も濃く見え更には魔力も多いのだから、比較してもばれないだろうという理由。
一番の懸念は、ファウントが幼少期に病弱だった名残か何故か猫背になり易いという王族の威厳が吹っ飛びそうな理由と、体系を良く知っている仕立て屋から俺達の計画が漏れるのではないかという事だったが、どちらも考え過ぎのようだった。
事実、その悪戯は成功した。
今では幸いにしてなのか、それとも災いと転じたのかは分からない。
ミルドラト様に遇ったのは、その時だ。
ミッドラン辺境伯の娘は何時の代も、皇太子と同じ年頃の娘がいると王の側室候補となるというのは昔からフォーリールフナー王国では知られていた事であったのだが、当時はミルドラト様はまだ社交界に出ていなかった。
そうして、その後の苦しい思いを俺は知らずに皇太子と偽った状態でミルドラト様であるミッドラン辺境伯の娘に遭ってしまったというのが、後にも先にも人生の中で一番後悔した悪戯である。
併せて、親父や伯母上、そしてその頃の王様とお妃様に気付かれた時の叱責も、生きていた中で五本の指に入る恐ろしさだった事は述べておこう。
そしてまた、その悪戯のツケが、まさか長い時を経て俺を悩ますとは、昔も今も、俺には予想だにもしていなかったのだ。
つまり今の二人は、その時と同じ様な悪戯を思い出した様な雰囲気を醸し出しているのだ。
とにもかくにも、この先ミルドラト様を抱いただの俺の前で言ったら二度と口を利かない事や、この先起きるだろう色々な仮定や想定した事も三人で話し合い、約定に入れて。
二人は俺の言葉に生温かい目で見て来るので、どうにも背中が痒かったが、必要最低限の内だと自ら納得させながら、この先の家庭というものに俺は少しだけ他の人よりも不安に思っても許されるのではないか、と天に救いを求めたくなりながら、急に決まった結婚への現実を噛み締めた。
結局の所、俺はミルドラト様と結婚する事に戸惑いこそすれ嫌な訳ではなく、嬉しいと思っている事を素直に感じ、幸運だと思えばいいのだと、自らを納得させたのだった。
だから、何でそんなに二人とも嬉しそうなんですか?
あまりにも上機嫌な二人を見ていれば、本当に不安感が拭えない。
そんな視線に気付いたのか、ファウントがニヤリ、と楽しそうに口の端を上げて言った。
「それでは、善は急げと聞くし、二人でミルドラトのところへ行こうかティオドォルフ?」
俺が一国の王を、一瞬殴りたくなったのは言うまでも無い。
侍女と騎士の話は書く予定は無いです。も一つ仕立て屋の話も多分書く事は………ないかな?
この3話目に関しては、改稿はする…可能性があるような無いような、なので、大幅に改稿した場合は活動報告に載せますので、本当に申し訳ありません。
一応プロットどおりに進んではいます………(苦笑)