02 聞くだろう?
現実逃避はともかく、本心ではこの国の王より継承権の無い女性の方が魔力は高いのではないか、と思う事がある。
フォーリールフナーと他国を比較して大きく違う所は、王は基本魔力や精霊力が高い王家直系の男子が選ばれる所だろう。
選定の次点はどれだけ民に尽くせるか、でもある。
いうなれば、民の為にならないならどんなに血筋か良かろうが王にはなれない、と言う現実があるのだが。
これは、国民性もあるかも知れない。
フォーリールフナー王国は寒い地域に属する。
その為、温かい室内で研究するとか、魔力の向上を目指すとか、精霊と仲良くなりたいとか、そんな知識欲の塊の様な国になっていたのは建国よりも遥か大昔からだ。
寒い中、喧嘩したくもないし、戦も出来れば回避したい。
出来れば温かい所でぬくぬくしていたいし、暖かいものを飲んで食べて、身も心も温かくなりたいと言うのが国民性である。まぁ、一応は秋から冬と春の初旬迄は引き籠らざるを得ないので鬱憤も少しは溜まり、春や夏のはっちゃけ具合はまた凄いのだが、それはまた別の話だ。
とはいえ、知識が高いから戦が弱いという訳でもない。
戦をしたくないから更に魔力に力を注ぎ研鑽も積む。
他国では階級格差があろうと、この国では能力格差が先に来るのが当たり前で、いつしか国民性と言われる位には、まあ学術や魔力が有名な国になった訳だが。
それは先にも言った様に王族にも反映される訳だ。が、だからといって国内の騒乱を推奨している訳でもない。
結局の所、王に何かしらあった時に一番魔力が強いものが王の代理を務め、身罷られた時にもう一度魔力の査定を行う。
そうして出来るだけ国内の波風を立たない様にする様になっているのだが、そうは言っても三年前の様に王の崩御に、他国が横槍を入れて来る事もある訳で。
勿論、血筋も大事だからこそ男子が後継ぎと決められている様でもあるが、だからといって女性に継承権が無いという訳でもない。あくまで男子が生まれ無かったらという前提があっての事だ。
そんな中で、正妃とはなんぞやという話になる。
魔力の高い王子が継ぐ訳だから、側室の子が王になる可能性もある訳だが、何故か上手い具合に他国の面子を考えなくても他国から嫁いで来る正妃から生まれる子は悉く魔力が強いので、幸いな事にそういった確執も生まれていないし、まあお国柄子沢山でもあり、実際考えられる様なお家騒動も幸いな事に建国以来まだ一度として起こっていない。
だからって訳じゃないが戦場でも数少ない女性の軍人もいて、詰まる所最初の話に戻る訳だが、だから実は女性の方が魔力が強いのではないかと俺はこっそり思っている。
意外と俺だけが知らなくて、既に研究所では知られている事かもしれないが。
まあ、それは別にしても、なんともゆったりとした国なのだ。
そんなこんなで、寒ささえもうちょっと和らげば、胸を張って世界一素晴らしい国であると自慢出来る訳なのだが……。
ふと、一つ思い当たる事もあって、俺は親友の姿をじっと見詰める。
そして、ただ静かにその横で佇む宰相の姿も。
「おい?」
微かに、それは微かに俺の問い正す声に、びくりと肩を震わす若き王を見て、俺はこの王国の行く末をちょっぴり案じた。
正直者は外交に向かんぞ?
まあ、親友だからこそ分かる些細な違いだろう、が。
「そんなに、まずいのか?」
叔母上が怖いのかとは敢えて聞かない。問題はそこじゃないのは分かっているからだ。
「………………」
「じゃあ、改めて聞いてやる、今年の王都の人口は去年と比較してどれだけだ?作物の生産量は?俺がいない間、技術や論文はどれだけ売れた?俺としては頑張って気を使った西国の防衛にどれだけ使った?新規の交易は?新しい国の繁栄案は?」
彼の僅かな眉間の皴が、宰相の眇める様が、その答えが良くないだろう事を顕にする。
「で?深くは聞かないって訳にも行かないだろう………理由ぐらいは教えてくれるのだろうな?まさか俺の一目惚れだからなんて理由だけじゃ、六年も経っている今になっての下賜や 恩賜って理由にも乏しいし、俺自身今更納得しないぞ?出来るなら三年前にやっていたろう?」
じっと見詰めれば居心地悪い様子に、眦を強くする。
「ファウント?」
名を呼べば、ぐぬぬ………、と王から唸り声が聞こえた。
幼馴染で親友で、こいつの良い所も悪い所も洗い浚い話せって言われたら何日も掛けて喋り続けられる程なんでも知ってる。嘘の機微さえ、動きの呼吸さえ分かる。向こうも俺の一目惚れの時を知っていれば、俺も向こうの恋の始まりを知っている。
それだけ、それだけずっと見て来た、そして支えて来たのだ。
わざと恨みがましく見詰めれば、目の前の男はとうとう深い吐息を吐いた。
「あぁ…ティオ、お前には隠し事は無理だと分かっていたよ」
肩を落としたのは演技じゃないだろう。本当は猫背気味な彼は、王子の頃も難儀にしていたが、王になってからはさらに王らしく背筋を真っ直ぐする事に難儀していたのを知っている。
今はそれは病気じゃないのかと案じる程背中がしょんぼりと丸まっているが、実際はそれが一番楽な体勢だとも。
まして人の前にいる時は、俺を昔の呼び名で話す事は少ない。
だから、今本当にまっさらな素直な状態なのだろう。
「我が国は………………財政難だ」
「………は?」
苦虫を噛み潰した顔をして言う王の横から、宰相が一歩と近寄った。
「こちらが以前のそしてまだ表には出していない今年の決議も出た会計表です」
渡された冊子を広げる。
財政難である事は知っていた。今さらだ、とも思う。
軍事は自分も隅まで確認はしている。そうでなくてはいざ身動きをしようとした時に支障が出る。
それは国の最高技術の総決算でもあり、最高水準であらねば国を守る事は難しいのは想像に難くなく、そこに付随する技術量の他、情報量や機密にも他国に隙を見せてはいけないから、色々な維持費も連なり、毎年頭の痛む処。
故に、戦時中では無くともそれなりの予算が組まれているのは、国の常とも言える訳だ。
だから、軍事費が少なくなれば、それはそれだけ平和になったともいえるし、あるいは国の財政も逼迫していると思われるのも想像に硬くない。
そんな目で紙を 捲って行けば、軍事とはまた別の長く続いている多くのどうしようもない赤字を見つけてしまう。
捲って捲って、捲ってもその金額は減らないらしい。
「これ………か」
「分かってくれるか…………まあ、去年迄はまだ良かったんだがな。この前の事件もある。本腰を入れねばならん。王宮の所為で国民を苦しめるのも忍びなかろう。何もせず散財してる奴は追い出し、きちんと統治している者は勿論残すがな?出来る奴はさっさとやるさ、その為に祖父様の代から調査と準備を進めてきたんだからな?お前と無駄な舞踏会も出席しまくったのは、どういう奴等かを見る為だったの分かっているだろう?」
懐かしそうににやりと笑う王に、ああ、と苦笑が漏れた。
周りからは若者の特権の嫁探し、と思われた時期である。あれで、余計な誤解も生まれたんだった。
嫌な事まで思い出し、俺は再び噛み付かんばかりの唸り声を出しそうになる 。
そんな、俺の内心なんてもう気にもしてないのか、気にする余裕も無いのか親友は深い吐息を吐いた。
「曽祖父様の代からの王族がどれだけいるのか考えたら頭が痛くなるが、今やらなければ本当に国ごと転覆してしまう。それを避ける為にもまずは俺の側室からと思ったんだが……、お前結婚してなかったし初恋の女性だろう?」
苦い面持ちの親友に、どうしようもなく鋭い視線を向けざるを得ない。
ああ、そうですか!と。
少し前、他国では階級格差があろうと、この国では能力格差が先に来るといった。
例えば、貴族の誰かが馬車で人を跳ね、その馬車はそのまま走り去ったとする。他国では跳ねられた人や御者が不注意だという事でその貴族には勿論何の罪状も起きないと噂では聞くが、ここフォーリールフナーでは跳ねられた人にもよって罪状が重ねられる。
この国は学者や研究者が多い。つまりこの貴族の場合、走り去った事も勿論貴族の罪に問われる。貴族が御者に逃げるように言ったとか、あるいは御者が恐れをなして逃げたのだとしても、その様に御者をその家が育てたという考えによって判断される。
故に、跳ねられた者がそれはそれは素晴らしい研究者だった時は、その損失された莫大な研究費用やその損失額諸々を肩代わりするのは当然で、勿論その家族や出資者にも多額の賠償金が発生する。
金額が提示され払えないとなると、それに変わるものを必ず賠償として支払わなければならない。
それは貴族自身が有しているものであったり知識であったり様々であるが、払えない場合怏々の貴族は気位もあるのか何故か国の土地や位を王に返還する事は無い(それによって退職金の様なものが貰えるにも関らずだ)。
あくまで例え話である。例え話であるが、似通った事象が起きていて、それらの負担は少しづつ少しづつ民が知らない間に背負う事になっている場合が多い。
先日そういった事から派生した王宮内で起こり得ない滅多に無い事件が起きて、最近は王宮の騎士団がてんやわんやである事を俺も知っている。
今の所、俺は休暇という話ではあるのだが、本当はこんな話をしている場合ではないのである。
勿論、国が、王が、何の対策をしていなかった訳ではない。
子沢山の国民性が徒となったとでも言おうか、悪い方に転がったとでも言おうか、簡単に言えば悲しい事に対策が追いつく事が出来なかったのだ。
目の前にある何十年に渡る決算書は、そういった些細な事でも多くの損失を出している貴族達の尻拭いの様な状態を浮き彫りにしている。
色々な金額に紛れ込ませ誤魔化している様に見えても、見る者が見れば分かるものだ。
ましてや今、一部の貴族を何かしらの処罰または放逐であるとか、実際は王がどう彼らに判決を下すかは分からないとしても、それを前提として書面を見れば塵も積もれば山となった数字は鮮やかに白日の下に晒していた。
ああ、だけど。
せめて親友特権とでも言おうか、俺の結婚と国の事業を同じにしないで欲しかった、と思うのは我侭な願望だっただろうか。
いや、同じにしてはないと思いたいのだが、国に使えている身分でもあるし、国と親友の窮地にまあ我侭言うのは無理があると……分かっているのだが。
「王宮内からの人員整理って聞こえはいいが、結局俺ら王侯貴族の維持費に金が掛かってるからって?で、何で俺をわざわざ呼び寄せる必要がある?ちょうど良いって?」
少しは…嫌味…言葉が険しくなってしまうぐらい、目を瞑って欲しいものだ。
「いや、ミルドラトの場合は手も出さず下賜するというのは最初からの予定だったんだが……問題があってな……………とにかくそれは本当に申し訳なく思っている」
「いや、お前は王だ、謝る必要も無い。しかし、今頃そんな事を言い出して俺を呼んだのはそれだけじゃないだろう?理由等言わなくても王の権限で断行すれば何とでもなるのを、国を引き合いに出してみたり、わざわざ回りくどいし、呼び寄せるぐらいだからな?いい加減話せ」
一瞬、王は悲しそうな顔をした様に眉を歪めたが次にはあっけに取られたのか薄く口を開け目を見張り、宰相と視線を見交わすと酷く困った様に落としたのだった。