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前章 冗談だろう?

 







「お、っま・・・」


 親友の言葉に、どうしようもなく言葉が詰まるのが自分でも分かった。

 目の前の男は豪奢な服を着ておきながら、そう寝巻きや私服の気軽な服ではない、通常執務に着ている王として改めた彼に相応しい豪奢な服だ。実際ここは執務室だし。


 もとい。説明すれば、親友でもあるフォーリールフナー王国の若き王はそんななりで執務室の机に両手を着いて俺の前で頭を下げている。

 この執務室には俺と横に控えている宰相位しか居ないからギリギリ良い様なものの、場所と場合が違えば一国の王が頭を下げているのだから大問題である。


 しかも、どうでもいい、どうでもいい事でだ。


「ティオドォルフすまんっ!お前に下賜するって言っておきながら、どうしても一度は手を付けなくてはいけなかった。ほんっと―――――に申し訳ないっ!」


 頭を下げている言葉に、ふらりと身体が傾ぎそうになる。

 や、お前言ってない、下賜するなんて言ってない、俺はひとっ言も聞いてないぞ!!?

 馬鹿だ馬鹿だと思ったが、こいつはそれこそほんっとーに大馬鹿だ!

 怒りと呆れと、やるせなさに、どうしようもなく切なくなった。


 哀れを通り越して、そう、正直ものの哀れさどころか喜劇どころか、ああそうかという諦観さえ、こいつは思考を一瞬停止させ爆発させる程に、言わなくて良い事も口にする。


 これを、俺はどうしろって言うんだ。


「で?」

「ミルドラトは来週にはお前の嫁だ。手続きも済んでいる。お前の親父さんにも話をつけているぞ」


 思わぬ女性の名前に、ぽかりと口が開いてしまうのが自分でも分かって、慌てて確認する。


「って、お前馬鹿か?つかどういう事だ!!?あほか?考え無しか?このやろう!!!?そのままで、今更下されなくたって手も付けたのだから、彼女は側室のままでも良いだろう!!!?何考えてんだ!?」


 ふつふつと、訳も分からぬ怒りが湧いてくる。

 いや、もう話が出る以前に訳が分からなかったから、余計にである。


「だってお前、嫁にするんだって、ずっと言ってたじゃないか」


 へらりとした、王の顔が憎らしい。

 それが俺と意外と兄弟の様に似通っているというのも、また思い出せば怒りに拍車が掛かるものだ。

 俺はこんなしまりの無い顔だけはしたくない。


「良い歳した大人が今更『だって』とか言うな!ああ、そりゃ言ってたよ!?だが、何年前の事を言ってるんだ!?今はお前の嫁だ!!」

「お前の嫁って言ったって、俺は愛するサティがいるし。何年前って、約六年前に決まっているだろう?下賜するには最低でも三年は宮中にいたっていうのが原則なんだからな」

「しかし、しかしな……確かにお前には仲睦まじすぎる正妃(サティ)様がいらっしゃるだろうよ。だからと言って、なら尚更今そんな話をしなくても良いだろうが………」


 そう、片や王で順風満帆と言うには多少の波乱もあったが、正妃様もいて愛に溢れた生活も送っている。

 それに比べて俺は独身でもあるし、男だらけの騎士団の将軍まで拝命している。

 何とも言い知れぬ感情に肩を落とした。


 分かっている。王の立場っていうものも。


 いくら俺が、若い時に騎士の仕事の合間に王宮内の図書室(というより図書館)や町の本屋や、まして菓子屋や雑貨屋で彼女に良く会って、会うのが当たり前な学会と言う名の舞踏会で顔を合わせようが、一目惚れだろうが、ましてやその一目惚れしたその時をこの目の前の王が知ってようが、当時王子である親友へ側室として彼女が入って、ミルドラト嬢からミルドラト様と呼び名さえ変わったのなら、それはそれで俺の初恋は終わったと思うじゃないか。


 それをどうしてこの馬鹿は、今更六年も経ったこの時期に言うんだ?


 三年前には、確かに彼が言う『最低でも』っていう期限が頭を過ぎる事や、ほんの少しの期待はあった。そう、あったよ?

 親友は俺の気持ちを分かってくれているかも、とか思った時もそれこそ無いとは言えない訳ですが。

 でも親友は、その頃王子から王に代わったばかりでもあったし、俺もそんな怒涛の時期にだからこそ彼を守る為にも近くに居たかったんだが、西国の不穏な情勢に目を光らせなくてはいけない立場で、他に都合の良い人員もなかなか居らず、下賜とか、それ以前に結婚はあんまり考えない様にしていた頃で。


 第一、後宮に入った女性が里下がりするのでさえここ何十年と無い事なのに。当時は、いや今でさえ下賜だの恩賜だの考える事も難しかったから、『これは縁がなかったな』と(ようや)くその時に諦めた。

 そう、諦めて、諦められて仕事に没頭して、王宮にもなかなか帰れなかったからこその今の泣く子も黙ると言われているらしいオッドラン将軍と呼ばれる地位な訳だ。

 そうして更に三年、やっと後身が育ち隣国もそれぞれ落ち着いて、王都に戻っても実家に足を伸ばしても大丈夫だろう、それじゃあ、そろそろ親孝行ならん結婚の相手でも探そうかっていうこの時期に……こいつは何を言い曝すのだ!!!


 ええ、ええ、俺の何もかもを分かっていらっしゃる親友で王ですよ。

 ついでに宰相だって、お隣の領地のお兄さんですよ。

 ああ実際、確かに初恋の痛手を癒すには時間がかかってたのを、二人に温かい目で見られてたのを知ってますよ。

 彼自体、窮屈な毎日だからこそ俺や周りの人間の立場を考えてらっしゃる、と言うよりも気を配れる立場の方ですよ。

 はっ、まさか人の弱味をわざわざ握らせる心算でこんなこと言い出したんじゃないだろうな!?

 だが、だがな………。


 疑心暗鬼に捕らわれる俺に、のんきな声が降って来る。


「仕方なかろう……、一度は同衾せねば下賜する事は適わぬと回りで耳を澄ませられ、あのばぁさ……女官長に怒られる立場にもなってみろ。それに、一度、誓って一度しか手を出してないんだからな!!!」


 だから、どうしてこいつは、こういう事を言うのだろう??

 男なら誰だって、好きな人が自分以外の奴と抱かれたなんて考えたくは無いだろうに。

 ああ、いや、古臭い人間なら王の御手付きの女性なら涙を流さんばかりに喜ぶのだろうな、とは言わないでおく。

 この国は頭でっかちとも言えるから、特に古参の人物達は結構王の嫁になる人物がそれなりの人物が選定されている事を良く知っている。

 俺はそんな事知らないで、好いていたのだがなあ、とはもう随分前に思った苦い気持ちが復活するようだった。

 

 しかし…ばぁさん、って今言いかけたな?

 しかめ面な俺の叔母上の顔を思い出して背中に冷や汗が伝った。

 知らないぞ、あの人恐ろしい位知らない情報が無いって人なんだぞ?

 だから俺のこの状況を知らない訳が無いだろうし、きっとこの話も父上よりも叔母上から聞かされそうでげんなりする。


「そしてそれを噂の叔母上から伝えられる身にもなってほしい・・・」


 でもいくら叔母上が怖いからとはいえ、本当に何で今頃…………と俺は頭の痛くなるこの現実に、よくいる女性の様にさっさと気を失う事が出来ればどんなに良いかと羨ましくも思ってしまったのは仕方のない事では無かろうか。


 



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