二級不良死体管理技士検定
① 学校教育法による高校、大学において、不良死体に関する学科を修め卒業した者で、その後3か月以上の実地修習を経た者
② 不良死体の取り扱いについて6か月以上の実地修習を経た者
③ 自衛隊に5年以上属していた者
「無いじゃんよ。」
受験資格が無い。受験する資格が無い。受けられない。そりゃあないぜ。せっかく対策問題集まで買ったっつうのに。しかもさぁ、欲しかった、あぁノドから手が出るほどに欲しかったニット帽やめてまでだぜ?そりゃあないっしょー。くじかれたよ、出鼻。あ~そう!分かった!いいわ。もうやめやめ。や~め。調理師にするわ。調理師とってさ、喫茶店でも開いてよ、フワフワでトロトロの洒落たオムレットライスでも振る舞うぜ。客の目の前でライスの上にオムレットをひょいと乗っけてやってさ、切ってやるんだ、俺が。すると、トローって中身の半熟の部分が出てくるっつう段取りよ。え?どうだい?いいだろう?すこぶるいいだろう?そうさ、俺は調理師さ。片手で卵割るでぇ。フライパンの上でライスの野郎を踊らすでぇ。たははは!こりゃゾンビどころじゃねぇな。そもそもゾンビなんてぇもんは、ガキの頃に田舎のばあちゃん家に遊びに行った時に見たきりだもの。その一度きり。ま、確かに最近ゾンビの事は耳にはいるよ。『僕は死にましぇ~ん』っつって栄養ドリンクのCMにも出てるしね。……。う~ん。むふぅ……。隣の木下さんも先月、山菜獲りに山に入った時に噛まれたっつったっけ。どないしょ?これ。やっぱ勢いのあるゾンビかなぁ…。年収もいいんだよねぇ、こっちの方が。しっかしねぇ、受験資格がねぇ、無いものはねぇ。……。……。あ!あ~っ!そうだ!聞いてみよう!当局に!日本不良死体協会に!ひょっとすると何か手だてがあるかもしれんし。って電話した。俺。すぐ。日本不良死体協会に。
「はい。こちら日本不良死体協会でございます。」
受話器から聞こえてきたのは、死体の死の字も感じさせない生き生きとした女性の声。その彼女に俺は言ってやったよ。
「あのぅ、ちょっと聞きたいんですけどぉ、2級不良死体管理技士検定を受けたいんですけどぉ、あの、そのね、その、全く無いんですよ。つまり、受験資格がね、あははは、無いんですよ。無いっつうか、ま、無いんですね。で、これって何とかなるもんなんですか?」
すると彼女
「大丈夫ですよ。実技講習を受ければオッケーです。それで受験資格が得られます。」
と、こうさ。講習は丸1日。7時間。費用はテキスト代を含めて18800円。当日は動きやすい服装で来てください、だとよ。へへへ。こいつぁ聞いてみるもんだ。俺はのけぞり、煙草に火を付け、ぷかはぁ~って煙を吐きだし、己のズボンのチャックが半開はおろか、全開である事に気づき、ウープスとチャックを閉め、あれれ?それにしても一体いつ開いたんだろうか?やはり排尿の後だろうか?などと考えた後、
「それ、申込みお願いします。」
って言ったった。な、なんだお前、結局やるんかい!え?やるよ。やりますよそりゃあ。受話器を置いて、ぷかは~って煙をまた吐き出したさ。実技講習は3日後。ワクワクしてきたさ。ワクワクついでに独りモノポリーを30分程プレイしたさ。その後、すぐ寝たさ。
10月21日。火曜日。晴れ。実技講習当日。その会場である駅前の商工会議所にチャリンコで俺は向かった。立ちコギなんて何年ぶりだろう?なんて小声でつぶやきながらサドルからケツを浮かしたまま、俺は咥え煙草でペダルをグイグイ。街中に香るキンモクセイ。いいね。朝の街。いいね。おっさん?良くないねぇ。前途洋洋な俺の視界に朝っぱらからフラフラしているおっさんの姿が入った。何?ゾンビ?ま、いっか。俺は先を急いだ。ペダルをグイグイこぐこと10分。商工会議所に到着した。入口の前で意味も無くスプッと屁をこき、中へと入った。二級不良死体管理技士実技講習会場二階と、漢字まみれの立札に従って、バイオハザードの洋館に出てくるような、中央にあるでかい階段を上り2階に向かった。そこには、自販機、灰皿、ソファー等が置いてある、団らんスペースがあった。で、その奥に向かって一直線に廊下が伸びている。左手前から201、202、203と教室。203教室の入り口横には、二級不良死体管理技士実技講習会場の看板が立っていた。間違いないね。ここだ。ウシッ!と俺は気合いを入れた。俺はね、縁起担ぎというか、まぁそんな感じなもので、何か新しい事を始める前、キャバクラに入る前、便秘が2日続いた3日目に便所に入る前などは、必ず左足から踏み出す事にしているんだな。今日もそう。左足から踏み出したのさ。203教室に向かってね。ラバーソウルがパスパスと廊下に響き渡るぜ。
ガラッと扉を開けた!
誰もいない……。
マダダレモイナイヨ。
そっか。まだスタートまで30分もあったっけ。てへへ。そうだな、ニコチン肺に入れて、ついでにミルクコーヒーでも飲んでくるかな。ブツブツ言いながら俺はさっきの団らん室まで戻った。12畳くらいのスペースにコの字になったソファー。その横に自販機。コの字の真ん中に灰皿。見るからに休憩所。団らん所。俺は自販機にてホットカフェオーレをオーダーし、コの字のソファーに腰を、あ、おいしょっと、と下ろした。で、ハイライトを懐から取り出し、1本着火、煙を肺に詰め込み、バハ~と吐き出した。そして、実技講習って一体何をやるのだろうか?その事について考えたね。…って3分くらい?後は今月の小遣いが残り7000円しかねえから、その使い道について考えたのさ。まず、この前行った古着屋に1800円で仕立てのいいフランネルのシャーツが売ってたからそれを購入。で、友達の家で鍋パーテーをやるっつうから、それの会費が2000円と。残りは4000円で、ま、タバコ買ったり缶コーヒー買ったりすると残り2000円か?あ!!やっべ!(プッ!っとライト級の屁をこいた後)焼酎切れてたっけ。あ~。買わんと。20度のヤツにしよ。ちょっと安いし。後は……何だっけ?タバコ?…はさっき入れたよな…って考えてると、人が1人、2人、5分して3人と通り過ぎていった。時計を見るとまもなく講習スタート。カフェオーレをグイッとやって俺、教室へと足を進める。
何とまぁ…しっかし何とまぁ、気味の悪いっつうか、得体の知れない恐怖感があるっつうか、そんな感じのする部屋なんだろうか。まるで、くさい屁の充満した冷房のガンガン効いてる部屋に入ったようだぜ。…不気味。教室に入った俺はまずそう感じたね。ちょうど高校の教室のような所だけど、止まってる時計、中途半端な人体模型、枯れた花が刺さってる花瓶、人の顔のようなシミがある天井、『死』とか『殺』とか落書きしてある壁。そして何より、部屋にコモっているどんよりとした空気。先に来て座っている3人は何も感じないのだろうか?そう思いつつ俺は適当な席についた。荷物をしまい、改めて周りを見渡し、うっわーとか思っていると、右腕にはめてる腕時計がピピッと鳴った。10時。講習開始の時刻。え?って事は講習受けるのこんだけ?うっそ!?ははは、さすがマニアックな資格。30人は座れるであろう教室に俺を含めて4人。1人1人見ていこう。
赤いシャーツにデニムのオーバーオール。アフロヘア―の小太りのおっさん。スーパーマリオブラザーズのマリオのにおいがプンプンするね。
背の高い、線の細い、いかにも病弱そうな色白の青年。ケータイをいじくりながらゴホゴホッと咳をしている。
カーキ色のミリタリー調のツナギを着た、口ひげを生やした30代半ばくらいの男。
ははーん。これはこれは。どれも個性的な人たちだな。あのアフロマリオなんか、何だ?予習か?ゾンビ解体新書読んでるぜ。あれコンビニで500円で売ってるヤツじゃん。って感心していると、廊下から、
「……だからぁ、ジョン・レノンと志村けんは似てるんだって!サージェント・ペパーのジャケ見て見ろよ。そっくりだから。…うん、うん…え?オノ・ヨーコ?…うん、何!?俺の姉ちゃんそっくり!?テンメー!言っていい事と…って、ま、あとにしようぜ。今から仕事だからさ。8時な、いつもんとこ。え?バカ野郎!ツタヤだよ!ツ・タ・ヤ!いいな?…おう…おう、オッケー。2冊だな?あぁ、わーってる、わーってるよ!ナースだろ?2冊ともそうだよ。…あ?そうそうカラーだよ!いいか?切るぞ!え?何?…ぶはっ!マジで!?ぶははは!ちょちょちょ、おい、あとにしろって!ぶはははは!ばかっ!き、切るぞ!じゃあな!」
と、声が聞こえ、扉をガラッとケータイをいじりながら男が入ってきた。さらに男は
「やぁ!どうもっ!」
と、妙にいやな感じのする爽やかさで挨拶した。声が高くて鬱陶しい。白髪交じりのスポーツ刈りに褐色の肌。水色の上下ジャージ。年齢は40代後半くらいだろうか?その男はさらに続けた。
「え~私、今回講師をさせていただく村沢一夫と申します。いやぁ、ね、今日はね、2級不良死体管理技士の実技講習って事でね、まぁ、不良死体、つまりゾンビです。皆さんには、これからゾンビについてのエキスパートになっていただく為にいろいろと勉強してもらいたいと思います。ね、それではさっそくね、このテキストを配ります。」
と、村沢は、アフロマリオ、病弱、ミリタリー、そして俺にテキストを配った。
「はい!いいですかー。それでは只今より2級不良死体管理技士実技講習を始めます。皆さんね、これからがんばってね、この2級を合格してね、さらに!上を目指してね、1級、その上のデスペラード!ぜひ挑戦してみてください。このデスペラードクラスはゾンビ語ペラペーラですよ。何せ同時通訳が必修ですからね。デスペラードなんかとった日にゃあねアンタ!あ、失敬。皆さん、テレビとか出れますよー。雑誌の取材も来ますよー。かっこいいですよー。モテますよー。何を隠そう、私はそのデスペラードを持っています。因みに親戚のおじさんも持っています。ね!皆さんもっ、ねっ!デスペラードを最終目標にしてね、がんばってくださいっ!え~では、テキストの2ページ目、『不良死体の基本』からいきます。」
実技講習開始。俺は、村沢について、何かイライラするなぁ、とか思いながら必要な事をノートにとった。
第一、ゾンビは弱い。ひと昔前の映画で、生肉をモリモリ食べるゾンビや走るゾンビ等、ほぼ無敵状態のゾンビが出てきたが、あれはやはりフィクションに過ぎず、実際はものすごく弱い。動きは鈍いわ、目は悪いわ。半分腐りかけていたり、筋肉が固まっていたりして満足に動く事が出来ないのがほとんど。小学5年生でも倒せる。万が一襲われた場合でも、近年は特効薬『ゾンビロイチンC』が発明され、朝昼晩食後に2錠の錠剤を飲めば2日程度でウイルスが死滅。ゾンビ化を免れ、3日目には彼女彼氏と元気にツタヤに行ける。薬局、コンビニで購入できる。30錠4500円。50錠6000円。緊急の場合、応急処置としてカルピスの原液を患部に塗布する。乳酸菌にゾンビ化の進行を遅らせる働きがある。
第二、ゾンビの生息場所。山や森に多いが、三大名所と呼ばれているのが、廃工場、廃病院、廃ショッピングセンター。この三か所は鉄板。
「あ!そうだ!みなさんっ!」
と、村沢は突然、妙にムカつく褐色の笑顔でこちらにふった。
「あのですね、ゾンビという言葉ね。こういう名前を出されると、やっぱりいい気分にはなれない、なれそうもない、ですよね?そこで、僕はね、ゾンビの暗いイメージを打ち消すという意味でね、奴らにニックネームというか、呼び名をつけています。ユーモラスなヤツに変えて呼んでるんですよ。そうする事でね、ホラ、想像してみて下さい。近所のお爺さんが飼い犬に『ポティや、ポティや』とか言ってる場面。何か暖かい感じですよねぇ?もちろんゾッとなんかしません。これがね、もし『ポティ』ではなく『ゾンビ』だったらどうでしょう?嫌な気分になりませんか?そうです。つまりユーモラスな名前に変えてゾンビを呼ぶ事で、ほのぼのとした、明るい雰囲気を作り上げるのです。ま、僕の場合は『ヘマタ』。へマタはね、僕の高校のクラスメイトでね、本名は木俣なんですけど、ヘマばっかりするから、木俣の『きま』と『ヘマ』が合わさって『へマタ』になったってわけ。いいでしょ?へマタ。いざ対面しても、何か楽勝って感じでしょ?皆さんもね、こういう風にね、別の名前でゾンビを呼ぶ事をおススメします。」
俺は、ノートに『ゾンビにユーモラスなニックネーム』と書いて、じゃあ俺だったら何にしようかなぁって考え、パンティーストッキングにしようか!と思ったけど長いからパンティーだけにしようと思っていたら『ティー』の部分を『テー』にしたらどうだろう?つまり『パンテー』、というアイデアも浮かんできて、更に、いっその事亀仙人風に『パンチ―』というのはいかがか?などと考えていると、
「はい!え~、何だっけ?あ、それではね、47ページを開いて下さい。『不良死体に至るまで』について勉強します。」
と、イラつく村沢の声がしたので我にかえり、ノートを進めた。
人がゾンビに噛まれてから発症しゾンビ化するまでは、個人差は多少あるが、おおよそ17時間から23時間。だいたい1日でゾンビになる。噛まれた時点でゾンビウイルスに感染。感染2,3時間で風邪に似た症状が出る。悪寒、咳、目がしょぼしょぼする等。6時間経過で、しゃっくりが止まらなくなる。テンションがやや上がる。同じ事を2回言うなどの症状が出る。10時間経過で、それまでの症状が消え、無性に喉が渇く。ブツブツ独り言をいいながら頷く事が増える。顔がモーガン・フリーマンに似てくる。15時間後、猛烈な睡魔に襲われ、眠る。起きた時にはゾンビ化。一説には、この睡魔を我慢し、乗り切る事ができればゾンビ化しないというのもあるが、現時点では確証がない。
ここまでノートに書き込んだところで、俺は変な声がするのに気付いた。
「ン、ンゴホンッ!……あんっ…。」
咳払いの後に、悦楽にひたった女が漏らす溜め息のような声が聞こえるんだな。声の主は、聞こえてくる位置から推測して、病弱に間違いないようだ。
「ゴッ…ホン!……ぅうんっ…。」
気が散る。まったくよう、何で咳払いの後に悦楽にひたった女が漏らす溜め息のような声なんか出しやがるんだよ。俺が心の中でそう思っていると、
「北澤君。咳払いの後に悦楽にひたった女が漏らす溜め息のような声を出すのはやめてくれるかな?」
と、村沢が俺の思っている事を見事にそのまま口に出した。病弱の名前は北澤というらしい。北澤は、
「すいません。咳払いの後に痰が喉にまだ張り付いてるような感じがして、それを流すつもりで…。ブレーキをググッとかけた後に軽くペダルを戻して衝撃を和らげるのと似たような感じなんですけど……。って、すいません。以後気を付けます。すいません。」
と、申し訳なさそうに言った。それから北澤は、咳払いの後、悦楽にひたった女が漏らす溜め息のような声を出さなくなった。そして実技講習は続いた。
「まぁね、ゾンビに襲われてもね、落ち着く事。それが大事です。やつらはね、噛みつくでしょ?すぐに肉を食いちぎるとかね、できないんですよ。そんなアゴに力がないからね。映画の『ゾンビ』でさぁ、食いちぎってんじゃん。ああいう事無いから。あと腹を手で引き裂いてプリプリッて出た内臓を食うとかさ。無理無理。確かに噛まれたり、爪とかで傷をつけられたりする事で感染はします。が!肉を持っていかれたり、肉を切り裂かれたりする事はまずありませんからね。やつらの動きは前にも言いましたが非常にノロいです。落ち着いて対処すれば惨事には至りません。パニックに陥る事こそが命取りです。…え~では、ここで午前の部を終了します。皆さん各自昼食をとった後、13時30分から午後の部を開始しますので、5分前にはこの教室に戻っているようにしてください。では、お疲れ様でした。」
村沢は、耳に障る甲高い声でそう言うと教室を出て行った。はぁ~あぁ...。何だかんだ言って半分終わったな。さ、飯にしよう。一階の食堂で肉うどんでも食おうかなって思った。そう思って席を立とうとしたところ、
「やぁ、俺、信也。よろしく。」
と、ミリタリーの男が突然しゃべりかけてきた。俺も名前を彼に告げ、同じくよろしくと言った。
「信也でいいから。」
って言ってきたが、信也しか教えてもらってないので信也って呼ぶしかないじゃん。何かめんどくせぇ奴だな。俺はそう思いつつ
「俺は下で肉うどんでも食いに行くけど、し、信也は?」
って、聞きたくもないけど聞いてみたところ、
「ミー?俺はいいよ。ホラ、ここにホラ。キャロリーメイッがあるから。」
キャロリーメイ?何だそら?って信也の指差す鞄の中をみると、カロリーメイトの固形のヤツがモリモリと入っていた。何だコイツ。それにやたら発音いいし。
「HAHAHA!ユーもいっとくかい?一本。俺、アメ―リカに3か月くらいスティしてたけどさ、飯は三食これだったよ。オーケー?朝フルートゥ、昼チーズァ、夜チーズァ&チョコォ!イエアー!どうだい?一本!」
「いやいいよ。俺肉うどん食うから。」
「リアリー?あ、ねえねえ、なんでこのザォーン…ビのライセン取ろうと思ったの?」
うっわ。こりゃたまらん。すげぇうぜぇ。俺は適当に答え、肉うどん食うからとその場を切り抜けた。
肉うどんを食らい、団らん室で一服し、5分前に合わせて教室に戻った。北澤はケータイをいじっている。信也は机に突っ伏して寝ている。アフロマリオはゾンビ解体新書を相変わらず読んでいる。しばらくすると、村沢がイライラを伴う爽やかな笑顔で入ってきた。
「はい!皆さん、揃ってますね?では午後の部を始めます。午後はね、いよいよ実践講習です。テキスト89ページからですね。」
と、村沢は教室の隅に置いてある中途半端な人体模型を教壇中央まで運んできた。
「これをね、ゾンビだと思ってください。今から皆さんにはね、ゾンビと対峙した時の対処法について学んでいただきたいと思います。え~では、平山さん。前に出て来てください。」
アフロマリオが席を立った。アンタ平山って言うんかい。
「じゃあね、平山さん、ここにいて下さい。そう、ええ、そこでいいですよ。これからこのゾンビが攻撃を仕掛けますが、うまく切り抜けていきましょう。皆さんもよく見て学んで下さいね。あ、平山さん、一応この軍手をはめてください。汚れるかもしれないんでね。」
村沢が渡した軍手をはめた平山。うおっ!まさにマリオ!俺は半笑いで信也の方を見ると、やはり同じような事を考えていたらしく、ジーザス!とも言っているような感心した顔を平山に向けていた。
「まずこうね、ゾンビが両手を伸ばし、平山さんに近づいてきます。さぁ、どうしましょう?」
村沢が人体模型を操り、平山に襲いかかった。と、平山は慌てて
「や、やっぱこうですかね。」
と後ろにジャンプしながらかわした。そのジャンプがさ、左腕を上に突き上げ、右腕は下に踏ん張るって、もうまさにマリオでさ、笑いをこらえるのがやっと。俺は再び信也
を見てみた。今度はかすかに聞こえる声でプァーフェクツ!と言いながらグッと拳を握りしめていた。
「いやいや、そうやってバックして逃げるとかえって危険ですよ。バックはダメです。バックは。」
「え?ファックですかっ!?」
俺は、己の太ももツネッて笑いを抑えたね。って、この平山って人は何なんだよ。強烈すぎだぜ。バックとファックを聞き間違えたんだろうけどさ、ファックって言葉があの年で思い浮かぶか普通?多分70近いんじゃねえか?あの人。
「いやいやいや。平山さん。バックですよ。後退。すみません。紛らわしい事言って。後退するとね、背後に他のゾンビがいるかもしれない、地面に穴が開いてるかもしれない、とかね、二次災害に陥る危険があります。だからダメなんですね。こういう場合はね、まず、いいですか?平山さん、こうね、そう!そこ!ゾンビの肘の部分をそうやって、そう!それ!上に払うんです。皆さんいいですか?これでゾンビは万歳した状態になります。上手くいけばこの一撃でゾンビの腕は取れちゃいます。ま、仮に取れなかったとしても、動きの鈍いゾンビどもは、しばらくこの状態でいるので、その間に足払いをするなり、体当たりするなりして倒して下さい。はい、平山さん、ありがとうございました。席に戻ってください。」
平山は照れ臭そうに席にもどった。
こんな感じで、他にロープの結び方や毒キノコの見分け方などのサバイバル術。『こんにちは、元気ですか?そんなわけ無いですよね。ごめんなさいね変な事聞いたりして』等、日常会話程度のゾンビ語の学習。とにかく午後の実践講習は非常に勉強になった。で、いよいよ一通りの講習が終わった。
「え~皆さん。ねっ。どうも長い時間お疲れ様でした。これで二級不良死体管理技士の実技講習を終わります。あとは本試験で合格してね、ここにいる全員がね、二級を取れる事を僕は祈ってます。二級を取って、ハンターやらブリーダーやら、ま、ゾンビ関係の仕事を目指すと思いますが、ここで学んだ基本を忘れないようにね。お願いします。では皆さん、この次、一級の実技講習でね、ははは、お会いできる事を楽しみにしてます。じゃ、お疲れさまでしたっ!」
俺たち受講者は、何か意味も無くムカつく褐色の笑顔の村沢から実技講習修了書を受け取り、教室を出て行った。
帰りのチャリンコで、さて受験資格も取ったし、あとは村沢の言うとおり本試験だぜ。今夜はとりあえず打ち上げで乾杯だな。勉強は明日からはじめるか。と、心の中で呟いた。
あ、焼酎買わなきゃ。
俺はその事を思い出し、ついでに平山の「ファックですか!?」も思い出し、1人で大笑いしながら酒屋に向かった。
おわり