仮説
グリフォンという種族がいる。このグリフォンという種族、上半身が鳥で下半身が獣の特徴を持つ魔物で、生息する地域によって様々な亜種が存在することを確認されている。
フリモリウム魔法学院北部に広がるオッフェルの森には、上半身が鷹、下半身が狼のヴァルフ・グリフォンが生息しているのは有名な話だ。
このグリフォンという種族、厄介なことにそれぞれの特性が反映されているとの報告もある。
例えば、火焔山ヘルレンや照耀山ダリレンのような山岳部に住む、上半身が梟で下半身が山猫のアウィルデ・グリフォンの場合、羽音も足音も立てることなく忍び寄り、狩りをするので、捕獲も討伐も難航を極める。
アウィルデ・グリフォンと同じく山岳地帯に生息するのは、鷲と獅子のアーレーウ・グリフォン。南方に広がる草原には鳶と虎のワウガラ・グリフォンや烏と豹のクラタラ・グリフォンが生息している。
特にクラタラ・グリフォンについては、農村地区での被害が報告されており、フリモリウム魔法学院に陳情書が届くため、学生たちの実習がてら討伐隊が組まれることが多い。
なお、全般的に各グリフォンの生態について詳しいことは判明していない。今後の解明が待たれている。
さて、前述したヴァルフ・グリフォン。基本的に単身での活動が多いが、繁殖期に入ると雄雌が番、洞窟などに巣を作ることが、近年の研究で明らかにされており、学者の間では、グリフォン種に対する研究の糸口になるのではと期待が高まっていた。
「詳しい生態を調査したい、ですか?」
ここのところ、慈雨の谷やアルラウネの群生地の件で忙しくしていたマディアスに呼び出されたジョージは、説明を受けて不可思議そうな顔をした。
「マディアス先生の専攻とは違う気がするのですが、どのような風の吹き回しでしょうか?」
マディアスの専攻は生命学。つまり、治癒から呪死まで、人の生命にかかわる学問だ。グリフォンの生態は、どちらかというと魔物生態学に分類される。
「知りたいのは私ではない」
疲れたように告げるマディアスは、机の上の書類をパラパラとめくる。
マディアスが疲れるのも無理はない。その例の件を魔法公と魔法伯の一部に報告し協議したのだが、有力な商人に強力な伝手を持つ魔法伯から見返りを求められたのだ。この魔法伯の協力が得られれば、商人への口封じは容易いため、マディアスも背に腹は代えられなかった。
「そろそろ繫殖期に入ったころだろう」
鳥型魔物のグリフォン種であれば、春先が繁殖の時期だという学院の定説に則り、マディアスは時期を確認する。
「卵か幼体を手に入れられれば最良だが、そこまで無理しなくても構わない。求めるのは、ヴァルフ・グリフォンの番が巣を作る環境についての詳細なレポートの提出だ」
「番と巣を確認してのレポート程度でしたら問題ありませんが……マディアス先生、僕は死体屋ですよ?」
ジョージはコテンと首を傾げた。
「卵や幼体、手に入れられるとしても生死は問わないでください」
「そこは問題ない」
解体するにも標本に残すにしろ、魔法伯の自由にすればいいとマディアスは考える。
(私に求められたのは、情報の提供だ。卵や幼体が手に入らないのは相手だって承知の上……私への一寸した嫌がらせに過ぎないのは百も承知だ)
「キミの代わりはいないからな……安全第一で頼む」
「わかりました」
少年はコクリと頷いて、足元に座る犬の頭を撫でた。来客用のソファに丸くなる狐がチラリとこちらを眺める。夢中になって来客用の茶菓子を食べている狸は、満足そうにモグモグと口を動かしていた。
「それでは、準備を整えてオッフェルの森で調査をしてきます」
「よろしく頼む」
少年は一礼すると、次のお菓子に目星を付けている狸を抱きかかえると、狐と犬を引き連れて研究室から出て行った。
(魔法伯の興味が植物系ではなく動物系の魔物で助かったというべきか)
マディアスは書類の中に潜んでいた評議会の開催を知らせる手紙を憂鬱そうに眺めて、溜息をひとつ吐いた。アルラウネの群生地について、植物系魔物生態学の権威である某魔法伯には知られずに対処するとなると、同じ魔物生態学でも動物系の権威である件の魔法伯の力を借りるしかないのだ。
さて、学院から帰宅したジョージは、オッフェルの森に数日間滞在する前提で準備を進めた。商店街で必要なものを揃えて、準備したものを確認したうえで、最後に念のための数種類の術符を作成する。
『このくらいでいいかな……今回は観察だけでいいって言われたけど、出来れば期待には応えたいよね』
呟いたジョージに狐はポンと前足を乗せた。まるで無理はするなと言われてるかのようで、少年は『大丈夫だよ』と狐に言葉を返す。
『出来る範囲で、だよ。無理してキミたちに何かあったら大変だしね』
特別な術式を描いた術符を内ポケットに忍ばせた。
狐はフンっと不満げに鼻を鳴らして、自分の寝床であるソファの上に丸くなる。
次の日の早朝、一人と三匹の姿はオッフェルの森の中にあった。
「ぽきょー!」
元気よくポテポテと歩く狸は、フンフンと鼻を鳴らして美味しいものを探す。犬が注意を促すように尻を鼻先で突くもお構いなしだ。狐はと言えば、少年の姿をチラリと確認して、いつものように斥候に向かう。
事前に調べたヴァルフ・グリフォンの生息地は、オッフェルの森の奥地、玄夢の森とも呼ばれる区域だ。珍しい生き物や植物が多いため、研究者にとっては楽園のような区画だが、その分危険も多い。そのまま楽園に旅立つ者が後を絶たないため、危険区域の一つに指定されていた。
『確か……睡蓮の見事な池があるんだったよね』
「ぽきょー?」
ポツリと呟けば、美味しい物の話かとばかりに狸が振り返った。
『睡蓮の花が咲く時期は、その香りに誘われて美しい蝶が集まるらしいよ……睡蓮の時期になったらお散歩してみようか?』
「ぽきょー」
狸は土の中からひょっこり顔を出したミミズをパクリと食べた。
ガサリと音を立て奥の藪が動くと、狐が戻ってくる。草の音に反射的に指を組んだジョージは、狐の姿に警戒を解くと『おかえり』と声をかける。
「ケーン」
軽く鳴く狐に、犬は「ワン」とひと声応えて、駆けだした。見つけた昆虫で遊んでいた狸は、狐と犬の声に驚き、慌てて少年の側へと戻る。
『何か見つけたのかい?』
ちらりとジョージを見た狐は少年の足元をぐるぐると回る。狸が面白がって狐の後ろをポテポテと歩いた。
しばらくして、鋭い悲鳴と鳥が羽ばたくようなガサガサと大きな音、何かと何かが争うような鈍い音に呻く声。草木が揺れる音が静かだった森に響いた。
『っ!』
犬を心配してだろう。動き出そうとする少年の足を狐が止める。その動きを見た狸は、何か新しい遊びかと目を輝かせて、少年の足にじゃれついた。
しばらくして、一羽の鳥を咥えた犬が戻ってくる。ぐったりとしたそれは、既に事切れているようだ。
『……今日は死体屋の仕事じゃないよ』
犬の動きを観察して、異常の見えないことを確認した少年は、安堵の息を吐きつつ呟く。
「見えざる鳥」
犬が咥えていたのは、犬の頭ほどの茶色の地味な鳥だ。この鳥の怖いところは、羽根の模様が落ち葉の敷き詰められた地面と同化して、見た目では判別が難しくなることで、鳥の存在に気付かず不用意に近くを通った際、鋭い嘴で足を突かれ、肉を食まれる事例が数多く報告されていた。
「ぽきょー」
嬉しそうに近づこうとする狸を抱きかかえる。
『駄目だよ……鳥の骨は尖っていて鋭い。喉に詰まらせたら大変だからね』
「ぽきょぽきょっ!」
ジタバタする狸を尻目に、狐がお疲れさまとでも言うかのように犬に近付く。犬は、咥えていた鳥をその場に置いて、周囲を見回した。
『群生地があるのかな? 少し道を変えよう……この鳥がいるなら、もうすぐ玄夢の森だね』
狐がチラリと振り返って先導する。狸は身体をくねらせて少年の腕から逃げ出すと、一目散に茶色の鳥の元へ駆け寄った。
「ヴゥ……」
狸を咎めるように犬が唸る。その声にピタリと狸の動きが止まり、名残惜しそうに何度も振り返りつつ、犬の後ろを歩きだした。
『……囮、か』
グッタリとした鳥を持ち上げると、荷物の中の術符を鳥に貼り付ける。もしもの時の囮に使えるかもしれないと思ったのだ。
ヴァルフ・グリフォンが番で営巣をしているならば、当たり前だが二体いることになる。もしも勘付かれた場合、二体同時に相手にするのは中々に大変だと、今更ながらに思う。
(見つからないように気配を消したとして……)
巣は洞窟の奥にあると言われている。そこまでどうやって行って営巣を確認するか、そういえば考えてなかったなと思ったところで、犬が心配そうに振り返ってきた。
(鳥の目を使うか……)
おあつらえ向きにワウドォールは目立たない鳥だ。この鳥を飛ばし、視界を借りれば、中の様子を窺うことが出来そうだと考える。
犬が立ち止まり少年をジッと見ていた。ジョージは犬の視線に促されるように歩き出す。
しばらく歩けば、瑠璃色の池が現れた。この先が玄夢の森と呼ばれる区画だ。
『この水は飲んじゃダメだよ』
フンフンと池の水の匂いを嗅いでいた狸に注意する。
振り返った狸は少年の手の中にある鳥の死骸に興味津々だが、犬の鼻先で頭を軽く突かれ、恨めしそうな眼差しを送ってきた。
その視線が、あまりにも食い意地のはった狸らしくて笑みが零れる。
『さぁ……この先は注意が必要だよ。今回は離れちゃダメだよ?』
「ぽきょっ」
分かってるとばかりに胸を張る狸の姿に、どこまで分かっているんだろうとジョージは思う。
ある程度偵察してきたのだろう。玄夢の森から狐が戻ってきた。
「けーん」
短く鳴いて顎を上げる。どうやら池の周辺に危険はないらしい。
犬が鼻をひくつかせて先に進む。分かっているとばかりに少年の顔を見た狸が犬に続こうとしてこけた。こちらへ歩み寄る狐の呆れた眼差しが狸に突き刺さる。
狸が躓いたところに小さな穴があり、ひょこりと蛙が顔を出した。それを見た狸の目が輝いたところで、狐が走り寄りながら唸り声をあげる。少年が手に持っていた鳥を蛙にぶつけるよう投げた。
狐が狸の首根っこを咥えて、勢いを付けてブンと飛ばした。少年は指を組み術式を編む。先に進んでいた犬が異変に勘付き、こちらに戻ってきた。
鳥が蛙にぶつかると蛙が跳ねる。跳ねた蛙がブワリと身体を膨らませ、口を開いた。開いた口の中から舌が伸び、鳥に絡みつく。
放り投げられた狸はコロコロと地面を転がる。狸と蛙の間に身を割り込ませた狐が上体を低くして、後ろ脚に力を漲らせた。狐の低く唸る声が水面を渡る。
蛙の口の中に舌が戻り、鳥が丸呑みされる。蛙の大きく開いた口が閉じた瞬間。
『破裂せよ』
少年が指で組んだ印を蛙に向けると、蛙の口の中に入った鳥が爆発し、蛙の身がバラバラに吹き飛んだ。蛙だった破片が池に落ちると、バチャバチャと池の水面が粟立ち、無数の魚の口がパクパクとすごい勢いで開閉していた。
呆然とする狸に、警戒を怠らない狐。犬が低く唸り、周囲を威嚇する。
どのくらい警戒しただろうか。池の水面が穏やかになり、辺りに静寂が戻った。
『……だから、離れちゃダメだからね?』
コクコクと狸は頷いた。




