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例え祝福されなくても  作者: 陽花紫


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4/4

今この瞬間(完)

 インターホンの音が、やけに大きく響いたような気がしていた。


 押したあとで、遅れて実感が追いついてくる。

 もう、引き返せない。


『……はい』


 スピーカー越しの、少し低い聞き慣れた声。

 それだけで、胸の奥が強く鳴る。


「俺だけど」


 一瞬の沈黙。

 それから、小さく息を吐く音がした。


『……今、開ける』


 それだけを言って、通話が切れる。

 ほどなくして、オートロックが解錠される音がした。


 部屋の前に立つと、ノックをする前に扉が開いた。

 テルヤが立っていた。

 部屋の明かりを背にして、その輪郭が少しだけ滲んで見えた。

「……なんだよ、急に」

 ひどく、ぶっきらぼうな声だった。

「……話を、したくて」

 かろうじて出た声は、ひどく震えていた。

 テルヤは少しだけこちらを見て、それからドアをもう少し開けた。

「入れば?」

 とても、短い言葉だった。


 そのまま、部屋に入る。

 いつもと同じ匂い、いつもと同じ温度であるはずだというのに、心臓の音だけがやけにうるさい。


 ドアが閉まる音がして、逃げ場がなくなったような気がした。

 少しだけ距離を置いて、テルヤと向き合う。


「この前の話……。ちゃんと、答えてなかったから」


 喉がひどく乾いていく。

 それでも、止めることはできなかった。

 言葉を止めてしまえば、また同じことを繰り返してしまうような気がしたからだ。

「俺、怖いんだ……」

 その一言で、少しだけ空気が揺れる。

 テルヤの表情が、ほんのわずかに変わっていく。

「また、ダメになるかもしれないし……」

 言葉が、少しずつ形になっていく。

「周りにどう思われるかとか、そういうのも……正直、まだ気になる……」

 情けないくらい、全てがそのまま出てきてしまう。

「祝福されないかもしれない。……でも、それでも……」

 視線を逸らさずに、テルヤを見る。

 俺は、逃げずに向き合うと決めていたから。


「それでも、お前となら……付き合いたい……」


 部屋の空気が、わずかに止まる。

 テルヤは、しばらく何も言わなかった。

 その沈黙が、ひどく長いものであるかのように感じられた。


 ――やっぱり、遅かったのかもしれない。


 そのような考えが、頭をよぎる。

 もう、別の誰かにその心は向かっているのかもしれないと。

 そう、思いかけた時だった。

「……おせーよ」

 ぽつりと、声が落ちた。

 顔を上げると、テルヤは少しだけ困ったような顔をしていた。

 でも、その目は逸れていない。

「お前さあ……、何日考えてんだよ」

 呆れたように、そう言った。

「悪い」

「まあ、いいけど」

 テルヤは軽く息を吐いて、一歩近づいた。


「さっきの、もう一回言ってくんねー?」


「……は?」

 思わず、間の抜けた声が出てしまう。

「ちゃんと聞きたいんだ、もう一回」

 その真っ直ぐな目に、少しだけ笑いそうになってしまう。

 このような状況であるというのに、テルヤらしいと思ってしまう。


 俺は小さく、息を整えた。

「……怖いのは、変わらないけどさ。でも、それでもいいって思えたの……お前が初めてだから」

 そして少しだけ間を置いて、俺は、はっきりとこう言った。

「だから、付き合いたい」

 テルヤは、それを聞いて、小さく笑った。

「最初から、そう言えよ」

 呆れたような声だった。

 でもその奥に、安堵みたいなものが見えたような気がしていた。

「別れるかどうかなんて、付き合ってから考えりゃいいだろ?」

 あっけないくらい、単純な言葉だった。


 でもその単純さが、すとんと胸に落ちていく。


 未来のことを、全て考えなくてもいい。

 今、この瞬間の選択だけでいい。

 なぜだか、そう思えた。


 小さく頷けば、テルヤが俺に向けて手を伸ばした。

 その手が、腕に触れていく。

 たったそれだけであるというのに、前とは違うような感触がした。


 まるで、意味が変わったかのように。

 この関係に、名前がついたからだろうか。


 そのまま、少しだけ引き寄せられる。

 確かめるように、静かに近づく。触れるか触れないかの距離で、ふと止まる。


 それからほんの少しだけ、額が触れた。

 それだけで、充分すぎるほどだった。


 ――今は、この距離だけでいい。


 部屋の中は、相変わらず少しだけ温度が高い。

 でもその温度は、もう嫌じゃなかった。


 むしろ、落ち着くくらいに。愛おしいと思えてしまった。


 外では、相変わらず車の音が流れていた。

 世界は、何も変わっていない。

 祝福される場所も、されないような場所も、そのままそこに存在していた。


 ――でも、それでも。


 ここで選んだものは、確かに自分のものだった。

 いつものように、狭いソファに並んで座る。

 ほんの少しだけ、肩が触れる。

 それを、避けようとはしなかった。


 そのまま、何も言わずに時間が流れる。

 特別なことは、何も起きない。

 でも、それでいいと思えてしまう。

 例え、祝福されなくてもいい。

 そう思えたのは、初めてだった。


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