帰還
「すっかり遅くなってしまったわ」
アリスが門から帝都に入ったときには日がすでに落ちていた。
魔法機械文明時代に作られた照明が町を照らしている。
冒険者ギルドからは冒険者たちの笑い声が漏れ出していた。
アリスが扉を開けて中をのぞくと、そこは酒場になっており、昼間よりも多くの冒険者が集まっていた。
酒を飲み、思い思いに騒いでいる。
「戻ったわ」
受付に座っている、昼間に遺跡探索がしたいと申し出た受付嬢に声をかける。
「おかえりなさいませ。ご無事ですか」
「……? ええ」
一拍置いて、アリスはうなずいた。
受付嬢の反応に嫌な予感がするアリス。
「一緒に行った彼らはどうなさいました?」
「襲い掛かってきたから逃げて、近くを巡回していた兵士がとらえたわ」
「そ、そうですか。冒険者はこのようなことがございますので、次からは護衛等をお付けしたほうがよろしいかと」
アリスは違和感に気づいて、ため息をつく。すると、受付嬢がびくりと身をすくめた。それで十分だった。
「私の正体に気づいたのね」
小声で受付嬢にだけ聞こえるように言うアリス。
「ここにいるときはただの冒険者アリスだから、そういう反応はやめて」
「……かしこまりました」
「じゃあ、何か新しい遺跡が見つかったらぜひ私まで持ってきてくれると嬉しいわね」
「善処いたしましょう」
アリスは行くときに男たちから教わった通りに、ギルドカードを差し出す。
受付嬢はそれを受け取ると、カードを溝に差し込む。
「はい、ありがとうございました」
受付嬢はギルドカードを返す。無事、依頼を追えて帰還したという証明のためだ。
「それじゃあ、よろしく」
アリスはそういうと、冒険者ギルドから出ていく。
それを見て、受付嬢は、息を大きく吐きながらテーブルへと突っ伏す。
「大変ですね」
アリスたちが心配でついてきていた青年の冒険者が受付嬢に声をかける。
「本当に皇女様なの?」
小さな声で受付嬢が聞くと、うなづいて、
「近衛騎士の姿を確認しました。おそらく向こうにも僕のことはバレてましたが、見逃されました」
「皇女様ならお城で優雅に暮らしててよぉ」
さすがに大きな声で言うわけにはいかないので小さな声で抗議をするのであった。
「皇女様はお前の担当だからな。頼むぞ」
小さな声で受付嬢の後ろから話しかけた彼女の上司はそういうとすぐに離れる。
「ちょっ。そんな!」
そんな受付嬢の異論は聞き入れてもらえなかった。
帝城。最上階。
煌びやかな廊下を早歩きで歩くアリスとその後ろを必死についていく、アリスのお付きのメイド。
警備の騎士がすれ違いざまに敬礼する。
アリスは足を止めることなく、軽く手を挙げて応じ、一番奥の部屋へと向かう。
ドレスは淡い青色で動きやすさを優先した控えめな装飾で、それでも皇族の品格だけは否応なく主張していた。
「お父様!」
「おお、アリス」
両開きの扉を勢いよく開けて中に入ると、机で辛そうに執務をしている父親が笑顔でアリスを迎え入れる。
「アリス、はしたないですよ」
近くにいたアリスの母親である皇妃が諫めるが、母親のことなどスルーして父親である皇帝の元へと向かう。
「冒険者ギルドに私の正体を言ったでしょ!」
「アリスが危険な目に合わないように一応伝えておいたのだが」
「迷惑!」
「アリス、あなたは皇族なのですから、本来は――」
「まあまあ、いいじゃないか。アリスには好きにしろと言ってある」
ただ、と皇帝は言葉を続ける。
「好きにしてもいいが、それはイコール、危険な目にあっていいというわけではない。最大限の警戒をしなければならんぞ」
アリスは、ドレス姿に似合わない不機嫌な態度を見せるが、父親の言い分もわからなくはないので何も反論が思いつかない。
「わかりました」
ドレスのスカートの裾をもって速足で部屋を出るアリス。
そんなアリスに背後で母親の皇妃がはしたないと怒るが、アリスは足を止めずに部屋を出た。
「近衛騎士団をつけられずに好きに遺跡を見に行くにはどうすれば……」
そんなことをブツブツとつぶやきながら廊下を歩く。
眉をひそめ、表情からは苦悩がにじみ出ている。皇妃が見ればまた苦言を言われそうな顔だ。
部屋の外で待機していたアリスの付き人のメイドは、そんなアリスの後ろを歩きながら、
――また抜け出すつもりだ。
そう確信しながら、密告するかどうか悩むのであった。




